56.全力で甘える狼
四人が片づけをしている間もルキは相変わらずアッシュに抱き着いて甘えていた。
本人はとても嬉しそう、幸せそうなのでアッシュとしては無理に引き剥がすことも出来ず、早く満足して離れてくれないかなー、と思いながら手持ち無沙汰なためにルキの頭を撫でていた。
アッシュは本当にその程度の理由で撫でているのだが、実のところそうして撫でられる度にルキから幸せオーラと共にハートがまき散らされているのでルキが満足しない原因は実のところアッシュにもあったりする。
しかしそのことに気づかないアッシュはルキの髪って結構サラサラだよなー、とか尻尾モフりたいなぁ、とかなんか微妙に硬い物が当たってる気がするなぁ、とか取り留めなのないことを考えていた。
そして現在はその片付けも終わり、クロエが戻って来るのを待っている状態だった。
「ん、くぅ……ふえへへ……」
そんなアッシュとは対照的にルキは本当に幸せそうにアッシュに抱き着き、普段以上の甘え方をしていた。
というのも本人が全力で、と言っていたことの一環であり、こうして普段よりも濃密なスキンシップを行うことで周囲への牽制と少しずつ肌を重ねる機会を増やしてアッシュの感覚を麻痺させようとしていた。
その先にはもっと濃密なスキンシップを! えっちな感じになればそのまま押し切ってアッシュを美味しくいただくことも出来る! という狼らしい肉食的な考えと覚悟と決意に満ちていたりする。
とはいえまだ子供ということもあって照れだったり恥ずかしさだったりと躊躇う理由もある。だがそれを押し切るだけアッシュに対する愛で溢れてしまってもいた。
「あー……ルキ、まだ満足しないのか?」
「まだ……もっともっとアッシュでいっぱいにしたいから……」
「それ匂いのことだよな!? 妙な言い回しするのやめろよ!!」
「えー、こうやって匂いを嗅いでるんだから匂い以外にないだろー?」
「そう思わない奴がいるんだよ! ほらシルヴィアとアルトリウスを見てみろ!!」
アッシュがそう言うとルキは何があるんだよ、と二人へと目を向けた。
すると二人はアッシュとルキへと時折ちらちらと視線を向けながら、微妙に顔が赤くなっていて見られていると気づいてからは気まずそうに視線を逸らしていた。
「あれはあいつらがむっつりだからだろ」
むっつり、と言われた二人は首をブンブンと振って違う! と否定しているがルキはあの二人はむっつりだ、と決めつけているのでそれに意味はない。ついでに言えばクロエも入れて三人もむっつりがいることになる。
またアッシュも赤くなって気まずそうに視線を逸らす、という行動をした二人のことをジト目で見ていて、アッシュはアッシュであの二人はむっつりだったか、と認識していた。
「はぁ……まぁ、むっつりの二人は置いておくとして。こういうのは人前では控えて欲しいんだけどな」
「えー、俺は甘えたいと思った時に甘えたいんだから控えるとか無理! それにアッシュには今まで以上にぐいぐい押していかないと意味がないみたいだしな」
「……ってことはこれはその一環か……」
アッシュはそう呟いて小さくため息を零した。
ルキとしては今までのような甘え方でダメだ。もっともっとぐいぐい押して、アッシュが自分のことを意識してしまうくらいの距離感にまで詰めなければ! と考えているので今後は人目があろうがお構いなしで今回のようなことが起きる可能性があった。
そうしてあまり何も考えていないアッシュと如何にしてアッシュを落として手に入れるか。それを真剣に考えているルキという非常に温度差のある二人。
そんな二人の下へとトコトコとシャロが歩み寄った。
「ルキさん、そろそろ満足しましたか?」
「してねーぞ」
「満足しましたよね?」
「だからしてねーって!」
「満足、したんですよね?」
「いや、だからしてない……」
「ルキさんも満足したようですから離れましょうか。離れてくれますよね?」
「…………やだ! 俺はアッシュから離れる気はねぇからな!!!」
次は自分が褒めてもらう番ですよね! と考えているシャロがそろそろルキには退いてもらうために話しかけたがその言葉には妙な圧力があった。
それが言葉を交わす度に強くなり、最終的にルキはアッシュに抱き着いている腕の力を強めることで自分はアッシュから離れる気はないと態度で表していた。
「はぁ……ルキさんは主様に甘えすぎな上に引っ付き過ぎだと思いますよ」
そうした何処か子供っぽい行動に出たルキへとため息を零してからシャロは苦言を呈した。
「良いんだよ! 俺にだって考えがあってこうやってるんだから!」
「考え、ですか?」
「おう! まぁ、チビに話してもわかんねぇだろうから話す気はねぇけどな」
「むぅー……いえ、それよりもそろそろ私が主様に褒めていただく番だと思います!」
「……そうか、それなら褒めてもらえば良いんじゃねぇのか?」
そう言いながらもルキはアッシュから離れる様子はなく、寧ろそんな言葉をシャロに向けてから自分はアッシュの首筋に顔を埋めて深呼吸をしていた。
だが時折微妙に顔を離して一呼吸、二呼吸おいて再度首筋に顔を埋める。ということをしているのであの夜と同じことにならないように、と気を付けてはいるようだった。
「むむむ……もうこうなったらこの状態でも良いので主様、褒めてください! 準備も片付けも頑張りましたからね!」
「あぁ、そうだな。確かに頑張ってたな。それに俺とルキが何もしてない分、代わりに片付けもやってくれたし……いや、本当にありがとうな、シャロ」
「どういたしまして! ささ、それでは主様……」
笑顔を浮かべながら言ってシャロはアッシュが撫でやすいようにと頭を差し出した。
その意図を理解出来ているアッシュはシャロの頭に手を乗せると優しくその頭を撫でた。たったそれだけ、とも思えるがシャロはふにゃりと頬を緩ませてとても幸せそうにしていた。
そんなシャロを見てアッシュも先ほどまで死んでいた目も元通りになり、少し口元が緩んでいた。
ところで現在のアッシュは傍から見ると男の子を膝の上に乗せて抱き着かれ、更には首元に顔を埋めて深呼吸されていて、女の子を撫でている。という意味の分からない状態になっていた。
そしてそんな意味の分からない状況になっているアッシュを、丁度挨拶を終えて帰ってきたクロエが目撃して硬直してしまっていた。
「な、ななな……何をしているんですか!?」
そしてすぐに顔を真っ赤にしながらそう叫んだ。
「んっ……あ? んだよむっつり目隠れ」
「そ、そういうのは人目を避けて二人きりとかそういう時にと言いましたよね!? というか先ほどよりも凄いことになってませんか!?」
「首元で深呼吸してアッシュの匂いを堪能してるだけだろ。別に何もおかしくねぇよ」
「おかしいですよ!! 普通は首筋に顔を埋めて深呼吸とかしませんからね!?」
「俺はするんだよ。っていうかお前にとやかく言われる筋合いはねぇっての。大体この前はこれよりももうちょっと先までやってたしあれくらいならセーフセーフ」
「こ、これよりも先……!?」
「いや、あれは完全にアウトだからな。人前であれとか絶対になしだからな」
「つまり、人前でなければ良いってことだな! よっしゃ言質取った!!」
首元に顔を埋めて、のその先。という言葉に何を想像したのかクロエは耳まで真っ赤になりながら妄想の世界へと旅立ってしまい、一人であわあわもじもじし始めた。
そんなクロエに呆れたような視線を向けてからアッシュは完全にアウトだったとため息交じりに口にした。そして人前では絶対にしないようにと言い含めた。
だがルキはそれを人前でなければ良いのだと自己解釈し、言質として喜んでいた。その瞬間にアッシュの目がスンッと死んでしまったのも仕方のないことだ。
そしてそこに追い打ちをかけるような出来事があった。
「あ、あれの更に先ってちょっとえっちな雰囲気がするね……」
「そ、そうだね……というかあの二人はそういう関係だったのかな……」
少し離れた場所でシルヴィアとアルトリウスの二人がひそひそとそんな言葉を交わして内心でドキドキとしていた。
「はぁ……クロエの教育に悪そうですね……いえ、それ以前に教会の修道女の前で何をしているのでしょうか……」
同じく少し離れた場所でミザリーはため息を零してから呆れたようにそう言った。
「主様主様、その先って何ですか?」
そして何よりもアッシュへと強力な追い打ちとなったのはどういうことなのか、と疑問符を浮かべて自分を真っ直ぐに見つめてくるシャロだった。
シャロにとってはルキの行為は全力でアッシュに甘えている。というように見えていてその先と言われてもいまいちピンと来ていなかった
だからこそ純粋に疑問としてそう口にしたのだがどう返すべきかとアッシュは一瞬考えて真実と嘘を織り交ぜて話せば誤魔化せるか、と結論を出した。
「ルキは狼人だからな。狼らしくついうっかり無防備な首筋に噛みついたりしたくなるんだとさ。流石にそれを人前でやると余計な心配をかけるから出来ないって話だ。まぁ、シャロはついうっかりで噛みついたりしないようにな?」
「私はそんなことしませんよ!? というよりも、何と言えば良いのでしょうか……狼人という種族はそういうこともあるんですね……」
「ルキだけかもしれないけどな……」
狼人だから、という本当なのか嘘なのかわからないような理由にシャロはなるほどなー、と納得した様子を見せていてアッシュは内心で胸を撫で下ろしていた。
そしてその理由を聞いたシルヴィアとアルトリウスはそういうことか、と自分たちの想像が的外れだったのだと恥ずかしくなり赤くなり気まずそうに視線を逸らしていた。
またミザリーはそれならば仕方ない、かな? というように少し考え、そして仕方ない仕方ない。と自分に言い聞かせるように一つ二つ頷いていた。
だがクロエだけは未だに妄想の世界から戻って来ることは出来ないようで蒸気でも上がっているのではないか、と錯覚するほどに真っ赤になっていた。
そんな五人を見てとりあえずは誤魔化せたか、と内心で胸を撫で下ろしていたアッシュの耳元でルキが小さく囁いた。
「狼人だから仕方ないってアッシュが言ったんだから、これからはこれも遠慮なしだからな」
アッシュ以外には聞こえていないその言葉を口にしてルキはアッシュの首筋に軽く犬歯を立ててからそのまま舌先で首筋を舐めた。
その行動に対してアッシュは反応を示さず何もなかったかのように振る舞う。だがアッシュに密着しているルキにはアッシュの心臓の鼓動が大きくなったことがわかっていた。
ルキはその反応に満足したのか顔を離すと満足そうな笑みを浮かべていた。
ルキ的にはえっちな展開もOKです! な話。のはず。




