幕間 宵隠しの狐 上
選定の儀が終わり、それに伴って祭りが終わってから数日後。アッシュはルキとシャロを連れてとある場所にやって来ていた。。
そこはアッシュとルキが最近は全く足を運んでいない場所で、昔からずっと世話になっている場所だった。
その場所の名前は宵隠しの狐。アッシュがアナスタシアに勧めた宿兼酒場であり、近いうちに顔を出すとアナスタシアに伝言を頼んでいた場所だ。
そんな宵隠しの狐にやってきた三人だったが、まだその建物の中には足を踏み入れてはいなかった。
「さて、入る前に注意事項がある」
「注意事項ですか?」
「あぁ、まずは白亜って見た目は子供にしか見えない狐人には気を付けろよ。まぁ、別に狐人じゃないと思うけどわかりやすいから狐人ってことにしておくぞ」
狐人ではないと思う。というアッシュの言葉にどういうことなのか、とシャロが首を傾げていたがアッシュはそれにお構いなしに言葉を続けた。
「まぁ、シャロみたいな子供にセクハラはしないと思うけど、念の為にな」
「その心配はチビじゃなくてアッシュがするべきだと思うんだよな。白亜の野郎、毎度毎度アッシュにべたべたしやがるからな」
追い打ちのようにルキの言葉を聞いたシャロは疑問符を幾つも浮かべていた。
「まぁ、会ってみればわかるけどすごい変わり者なんだ。でも悪い奴じゃないから安心してくれ」
「安心して良いのかわからなくなることを先に言われたような気がします……」
苦言を呈するように言ったシャロの言葉に苦笑を返したアッシュは宵隠しの狐へと目を向けた。
そして一つ深呼吸をしてからこう言った。
「よし、諦めて行くか」
「諦めないといけないようなことがあるんですか!?」
「あるんだよ。アッシュにはな」
「そんなところに入って本当に大丈夫なんですかそれ!?」
そんな風にアッシュとルキの様子に狼狽するシャロだったがアッシュが既に歩き始めていたのでシャロはその後を追って恐る恐る宵隠しの狐へと足を踏み入れた。
宿ということもあって宵隠しの狐には従業員以外の姿もあり、それなりの活気があった。
そしてシャロが内観やそこにいる人をぐるっと見渡しているとアッシュとルキに気づいた従業員である狐の耳と尻尾を生やした狐人の女性が叫ぶように、というよりも叫んだ。
「あぁー!! アッシュさんとルキくんが来てる!! 白亜さぁん!! 桜花さぁん!! 聞こえてますかー!!」
宿全体に響き渡るようなその叫びとほぼ同時にそれぞれの仕事をしていたはずの従業員が集まった。
「本当だ! もう、アッシュさんもルキくんももっと定期的に顔を出してくれてもいいんだよ?」
「というか数日に一回とか顔出してくれると嬉しいんですけどね!! 白亜さんと桜花さんも楽しみにしてるんですから!!」
「っていうか白亜さんと桜花さんは? アッシュさんとルキくんが来てるなら呼ばないと後で拗ねられちゃうよ?」
「大丈夫大丈夫! あの二人ならすぐ来るって! それにさっき叫んでたからちゃんと聞こえてるはずだよ!」
「あー……はいはい。とりあえず静かにしろよな」
最初に叫んだ女性から順番に浅葱、紫苑、瑠璃、菖蒲、杏という髪の色と名前がリンクしている狐人の女性たち。
そんな五人に瞬時に囲まれたアッシュたち三人は、というかシャロは何事かと混乱していた。
「本当に久しぶりだからってことで仕方ないにしても急に囲まれるとシャロが困るだろ」
「シャロ?」
「あぁ、俺の新しい連れでちょっとした事情があって俺が預かってるんだ。まぁ、色々と妙なことになってるけどあんまり気にしないでくれ」
「むむむ……これはとりあえず白亜さんと桜花さんに任せるのが良さそうだね……」
そんなことを言っているとダダダダダッ! と階段を駆け下りてくる足音が響いた。
するとそれが誰によるものなのかわかっているのか浅葱たちはスッとアッシュたちから離れた。
そして同じくわかっているアッシュはため息を零し、ルキは腰を落として何があっても動けるように準備をしていた。ついでに言えばシャロは何事かと更に混乱していた。
「アーッシュ!!!!」
するとそんな叫びと共に金色の何かがアッシュに向けて飛び込んだ。と、同時にルキがそれを迎え撃った。
「こんのセクハラ野郎がぁ!!」
金色の何かを蹴り砕かんとルキが蹴撃を放つがそれが直撃することはなかった。
直撃したと思った瞬間、金色の何かはその蹴撃をすり抜けてそのままアッシュへと向かった。
「チィッ!!」
「ショゴスッ!?」
そして見事にアッシュを捉えるとそのままアッシュを押し倒し、胸部というか腹部に顔を押し付け、全力で深呼吸を開始した。
「すぅー……! はぁー……! すぅー……! はぁー……!」
「う、ぐ……白亜、お前、もっと手加減しろよな……」
「あぁ~……アッシュの匂い! 最高だよなぁ……あ、やべ、ムラムラしてきた」
「どうしてだよ!! 桜花! 桜花ぁ!! 白亜をどうにかしてくれ!!」
ムラムラしてきた、ととんでもないカミングアウトをする見た目は十二歳前後に見える太陽を思わせるような金色の髪に狐の耳と尻尾を生やしたその人物は白亜という名であり、この宵隠しの狐の主だ。
可愛いらしさと、何処となく美しさがあるよう美少年。といった見た目をしているが実年齢を誰にも明かさず、それでもアッシュが初めて会った時から一切見た目は変わっていないという不思議な存在だったりする。
そんな白亜に身の危険を感じたアッシュが助けを求めて桜花という名を口にした瞬間、白亜の頭部を何かが撃ち抜いた。
「ダメですよ、白亜。アッシュくんが困ってますからね」
「痛っ!?」
何かに頭を撃ち抜かれた白亜は頭を押さえて悶えながらもアッシュからは離れようとしなかった。もはや執念でアッシュに張り付いていようだった。
そんな白亜に呆れた視線を送ってからアッシュは声の主である桜色の神とおっとりとした印象を受ける柔和な微笑みを浮かべている狐人の女性を見た。
この女性こそが先ほどアッシュが助けを求めた桜花であり、この宵隠しの狐を切り盛りしている白亜の伴侶だ。
「お久しぶりですね、アッシュくん、ルキくん。それと……初めまして、シャロちゃん。私は桜花と言います。これからよろしくお願いしますね」
そんな桜花は桜花に押し倒されたままのアッシュとガルルと唸りながら白亜を睨みつけているルキ、そして何が怒っているのかと混乱しているシャロへと声をかけた。
「あぁ、久しぶりだな桜花」
「……おう、久しぶり。で、白亜をどうにかしろよな。お前の旦那だろ」
「え、あ、は、初めまして! えっと、シャロ、と言います!」
「はい、ちゃんと挨拶が出来る三人は良い子ですね! それと白亜は……えいっ」
言いながら桜花は三人の頭をよしよし、と撫でてからアッシュから白亜をべりっと引き剥がした。
「あぁ! 折角生アッシュの匂いを堪能してたのに!!」
「生アッシュって言い方やめろよお前」
「白亜ー? アッシュくんが嫌がることはなし、って決めましたよねー?」
「いや! あれは嫌がってないはず!! むしろウェルカムって感じだったはず!!」
「ムラムラするって言われたら普通に嫌がるに決まってるだろ」
「はい、アウトですねー」
普通に嫌がるに決まってる、と言ったアッシュだったが白亜に対して嫌悪感を抱いている様子はなく、寧ろそうした冗談の言い合いを楽しんでいるようにすら見えた。
とはいえ先ほど桜花に助けを求めた辺りこうして引き剥がされている状態だから、なのかもしれない。
そうして三人が軽快に言葉を交わしているとルキがアッシュに抱き着いた。
アッシュは何事か、とルキを見るとルキは白亜を威嚇するようにガルルと唸っていた。
「あちゃー……ルキを怒らせちまったかぁ」
「ルキくんはアッシュくんのことが大好きですからね! 勿論、私たちもアッシュくんとルキくんのことが大好きですよ!」
「おう! 俺もアッシュのことは大好きだし、ルキのことも当然大好きだぞ!!」
そんなルキを見て白亜と桜花の二人はアッシュもルキも好きだと言った。
するとそれを聞いたルキは唸るのをやめて大きなため息を零した。
「はぁぁぁ……本っっっ当にお前らは……! アッシュ、やっぱり俺、この二人苦手だわ」
「どうしてだ? 二人ともルキのことを大好きだって言ってるんだぞ?」
「何を言ってもさらっと受け流してこういう反応するからだよ! これじゃ俺が我儘な子供みたいじゃねぇか!!」
「ルキはまだまだ子供だろ?」
「そうだけど!!」
白亜と桜花に大好きだと言われたルキは微妙に頬が赤くなっているがそれを誤魔化すように吠える。
そんなルキをからかってからアッシュはルキの頭をわしわしと撫でた。
そうした二人を見て白亜と桜花はほっこりとしていて、それを眺めている浅葱たちも同じようにほっこりしていた。
だがそんな中で一人だけその輪に入れていない人物がいた。
「む、むぅ~……!」
シャロは自分が仲間外れというか、輪には入れていないことを理解していて、そんな現状に不満を抱えていた。
「仲間外れは! ダメですって! 言いましたよね!!」
そしてその不満が微妙に怒りに変わり、そんなことを言いながらアッシュに突撃した。
「アザトース!?」
完全に意識の外から突撃されたアッシュはルキの時ほどではないがダメージを受けて膝から崩れ落ちそうになったが自身に抱き着いているルキと、追加で抱き着いて来たシャロに支えられることで崩れ落ちることはなかった。
「主様たちが仲良しさんなのはわかりました! でも私のことを仲間外れにするのはダメですよ!! いいですね!?」
「う、が……わかった、わかったけど、今のはなかなかに強力だったな……!」
「おいチビ、アッシュが苦しんでるだろ。何やってんだよ」
「それは、その……申し訳ないと思いますけど、ルキさんにだけは言われたくないです!」
「俺は良いんだよ! 昔からだからな!」
「胸を張って言うようなことじゃないと思うんですけどね」
「まぁ、あれだな。ルキは相変わらず元気そうで何よりってやつだな!」
「そうですね! 元気すぎてアッシュくんが少し大変そうですけど、それはそれとして元気なのは良いことですよね!」
一人だけ苦しむアッシュは置いておくとして。
四人はそれぞれ何処となく楽しそうに言葉を交わしていて周りからは同情的な視線がアッシュへと向けられていた。
こう言っては何だがシャロと、白亜と桜花の二人のファーストコンタクトは何とも混沌としたものだったがアッシュを中心として和気藹々としているようなしていないような状況は悪い物ではない、のかもしれない。
とはいえこれから事情の説明だったりまともな顔合わせをしなければならないことに変わりはなく、きっとアッシュはまだまだ疲れるようなことになるだろう。
白亜と桜花を出したいがための幕間だったりします。




