42.添い寝×2
あれからアッシュはストレンジで酒を飲んでいるイシュタリアと自分を見て顔を赤くするシャロを回収し、ハロルドにはまた来ると伝えて自宅へと戻っていた。
イシュタリアは家に戻ってからも上機嫌に隠していた酒を引っ張り出し、リビングでそれを飲み始めてしまった。
そんなイシュタリアにアッシュとルキは呆れ、シャロはオロオロとしていた。
「はぁ……もう面倒だからイシュタリアは放置だな……」
「さんせーい。酒飲みまくるクソ女神の相手とかくっそ面倒だからな」
「え、えぇ……?そ、それで良いんでしょうか……?」
「良いんだよ。それよりも疲れたから少し休みたいんだけど……」
「! それなら部屋で休んだ方が良いんじゃねぇかな! っていうか俺も疲れたから一緒に休もうぜ! な!!」
少し休みたい、というアッシュの言葉に耳をピンッと立てて何かを思いついたようにルキがそう言った。
「……まぁ、休むだけだし良いか」
その言葉に少しだけ考えてそう返したアッシュだったがルキが尻尾をブンブンと左右に振っていることからもしかしてしくじったか? と思いながらも気にしないようにしてイシュタリアへと声をかけた。
「イシュタリア」
「んー?なぁによー?」
「酔ってるな……部屋に戻るから、あんまり散らかすなよ」
「わぁかってるわよぅ……」
完全に酔っているようで間延びした声でイシュタリアは言葉を返し、そしてまた酒をグラスへと注いでいた。
そんなイシュタリアにため息を零してからシャロにこう言った。
「シャロ、この状態のイシュタリアの相手は面倒くさいから相手しなくて良いぞ。何だったら俺の部屋にある本を読んでも良いんじゃないか?」
「あ、本当ですか? そういうことでしたら前の本の続きを……」
「チビも一緒かよ……いや、気にしなくても良いか」
「ルキが何を考えてるのか少し怖いんだけど……」
そんな言葉を零しながらアッシュは自室へ向けて足を進め、その後にルキとシャロが続いた。
▽
自室へと戻ったアッシュは本当に疲れているのかベッドへと腰かけ、そのまま横になった。
その様子にシャロは心配して口を開く。
「あ、えっと、主様……その、大丈夫ですか……?」
「ん、あぁ……少し疲れただけだから大丈夫だ……」
「そ、そうですか……」
アッシュの言葉を聞いて何か言いたげに、しかし何かを躊躇うようにシャロはそう言ってもじもじとしていた。
だがアッシュはそれに気づくことなく、目を閉じてから深く息を吐いていてその様子から本当に疲れていることがルキとシャロにはわかった。
ルキにはどうしてアッシュがそこまで疲れているのかわからず、シャロにはそれほどまでに騒動の首謀者との対決が大変なものだったんだ、という風に考えていた。
アッシュが疲れている理由としては知識の瞳の加護をずっと使い続けていたことと、太陽の如き人と称したカルナと対峙していたこと、そして突然の告白とそれによって機嫌が悪くなったルキを宥めること。そうしたことが原因で最近積もり積もった精神的な疲労がピークに達したのだ。
ついでに言えば割合として最も大きいのは知識の瞳の加護を使い続けていたことだ。神から授けられた加護、というのは非常に強力な反面、使い続ければそれ相応に消耗する。
だからこそアッシュとしては普段加護を使う場合は短時間だけ、としていたが今回は少しばかり特殊な事情だったために仕方なく長時間の使用となっていた。
「んー……まぁ、疲れてるなら仕方ないよなぁ……」
ルキはそんなことをしみじみと言いながら自身もアッシュの転がるベッドに横になるとアッシュにぴったりと引っ付いた。
「……何してんだよ」
「いや、疲れてるっていうからこういう時は人肌の温かさっていうのが安心してしっかり休めるんじゃねぇかなって」
「ルキがそうしたいってだけだろ」
「ばれたかぁー」
「バレバレだっての。まぁ、大人しくしておくなら別に良いけど」
「よっしゃ!」
ルキの考えなどお見通し、とばかりにアッシュが言うとルキは悪びれもせずにそう返した。
そして結局その行為を良しとされてルキは嬉しそうにそう言ってからもぞもぞと動いてよりアッシュに密着した。
「えっへへ……アッシュの匂いと、アッシュの体温……最高だよなぁ……」
本当に幸せそうにそんな言葉を零しながらルキはアッシュへぐりぐりと額を押し付けた。
「はぁ……大人しくしてろっての……」
そんなルキにアッシュはため息を零してから言って軽く眠ってしまおうかと考えているとギシッとベッドの軋む音が耳を打った。
アッシュはまたルキがごそごそ動いたせいか、と思ったが先ほどから自身に密着しているルキは大して動いていない。では一体誰が。それを確かめるために目を開けるとルキとは反対側。自信を挟むようにしてシャロが横になっていることに気づいた。というよりも今まさにルキほどではないにしても自身に引っ付いたことに気づいた。
「…………シャロ?」
「あ、いえ、その……ルキさんが人肌の温かさが、と言っていたので……私も、少しくらいは役に立てるかなぁ、と思いまして……」
「いや、別に人肌どうこうってのはルキの建前みたいなもんだから……」
自分のことも構って欲しい、ということを口にすることやルキに感化されてアッシュにぐいぐい迫ることもあったシャロだがそれはあくまでも話をするなり撫でるなり褒めるなり、そういったことだった。
それが今はルキのようにアッシュにぴったりと引っ付いて、シャロはそういったことをするタイプではなかったはず、とアッシュは少しばかり困惑していた。
「別に良いんじゃねーの? チビだって大人しくしてるだろ」
「あ、はい。主様がお休みになる邪魔にはならないように大人しくしておきますよ」
「チビもこう言ってるしな。良いよな、アッシュ?」
「え、あぁ……別に、良いけど……」
「だってよ」
「ありがとうございます、主様、ルキさん」
仕方ねぇな、と言外に含みながらルキが言い、シャロがアッシュとルキにお礼を口にする。
そんな二人を見てアッシュは普段であればルキが絶対にシャロに対して離れろ、と言いそうなのにどうして今回に限っては何も言わないどころかそれを良しとしているのだろうか、と不思議に思っていた。
その反面。ルキがこうしてシャロの行動を良しとした、ということはルキが少しはシャロのことを身内として認めたということだろうか、と嬉しくもあり、また安心もしていた。
そうして疲労や安堵感によってアッシュは意識を手放し、眠りへと落ちて行った。
▽
アッシュの小さな寝息が聞こえ始めたのを確認してからルキは声を抑えてシャロに話しかけた。
「なぁ、チビ」
「はい、何でしょうか?」
そんなルキに応じるシャロも同じように声を抑えて返した。
「アッシュはお前のことを身内だって思ってる」
「身内、ですか?」
「簡単に言えば守るべき対象、失いたくない誰か、大切な人、そんな感じだな」
「た、大切な人ですか……」
ルキの言葉の中から大切な人という言葉に反応したシャロはルキからは見えなかったが頬を赤らめて嬉しそうに小さく笑みを浮かべていた。
「だから、仕方ねぇから俺もお前のことは身内だって認めてやる。まぁ、悪い奴じゃねぇしな」
「む、主様が認めるから仕方なく、ですか?」
「だってお前、そのうち敵になるだろ」
「え? て、敵、ですか?」
身内と認めると言いながら敵になる、と言われたシャロは困惑しながらもぞもぞと動き、アッシュ越しにルキを見た。
するとルキはジト目になってシャロを見ていて、その疑問に対しての答えを口にした。
「お前、アッシュのこと好きだろ」
「え、あ、はい。主様は何だかんだで面倒見が良くて優しくて、好ましい方だと思いますよ」
「まぁ、今はそれくらいだよな。でも今後はどうなるかわかんねぇよな。っていうかどうなるか何となくわかってるから敵だって言ってるんだけど」
「それは……その、私が主様を、れ、恋愛感情というもので好きになる、と……?」
「おう、こういう時の勘は当たるからな」
「そんなことは、ないと……思いま、す……」
自分で否定しながらシャロはストレンジでの会話を思い出し、もしかしたらそういうこともあるかもしれない、と否定の力が弱くなっていった。
というよりもそうして意識してしまうと徐々に胸の鼓動が早くなるのを感じてシャロは自分自身で戸惑っていた。
「ほらな。アッシュが相手だし仕方ないと言えば仕方ないけど、チビがアッシュのことを好きになったとしても譲る気はねぇからな」
本来であれば吠えるように言いたいはずなのにアッシュが眠っているということもあって頑張って声を抑えているようだった。
「そ、そうは言ってますけど、もし好きになったなら譲るとか譲らないとか、そういう話じゃないと思いますよ!」
「馬鹿! 声がでかい!」
「ご、ごめんなさい……ってルキさんも声が大きいですよ!!」
「んっ……く……」
徐々に声が大きくなる二人だったがアッシュが身動ぎをしたことによってピタッと動きを止めて話すのをやめた。
「……すぅ……」
「……あ、危なかった……!」
「もう少しで主様が起きるところでした……」
結局起きることはなく、穏やかな寝息を立てているアッシュに安堵したルキとシャロ。
先ほどまで言い合いをしていたとは思えないほどに息がぴったりの二人だった。そしてそれと同時に毒気を抜かれたように二人ともぽふっとベッドに倒れ込んだ。
「はぁ……もう良いか。今はこうしてアッシュの匂いと温かさを堪能しようっと……」
「温かさはわかりますけど匂いって言われると、その……何と言えば良いのか……」
「別に良いだろ。俺はアッシュの匂いが好きなんだよ。本当に少しだけ香る灰の匂いとかな」
「灰の匂い、ですか?」
「そう、普通の灰とは違って温かいような、冷たいような、炎の匂いとか、大地の匂いとか……色んな匂いが混ざってる不思議な匂いなんだよ。それなのに灰の匂いってわかるのは不思議だけどさ」
ルキにはそうした匂いを嗅ぎ分けることが出来て、それなのに確かにそれは灰の匂いだとわかっていた。そのことを不思議に思いながらも、決して嫌な物ではないのでルキは大して気にしていなかった。
だがシャロはどういうことなのだろう、と疑問符を浮かべていた。
そんな二人のことなど夢の世界に旅立ってしまっているアッシュは知る由もなく、本人が思っていたよりも本当にぐっすりと、そしてしっかりと休むことが出来ていたのはまた別の話。
▽
軽快な足取りで階段を上るイシュタリアは少し前にアッシュたちに見せた酒に酔った様子など微塵も残ってはいなかった。
いや、残っていなかったというよりも元々酔っていなかったが酔ったフリをしていたというのが正しいのかもしれない。
自分が酔っている場合は放置されることが多いので、アッシュが疲れていることを悟って何だかんだで世話を焼こうとするアッシュを遠ざけたのだ。
「さーて、随分静かだけどアッシュはちゃんと休んでるかしらねー」
言いながらイシュタリアはアッシュの部屋の扉を開けてその中へと足を踏み入れた。
部屋に入ってすぐに視界に入る人影はなく、どういうことかと思いながら更に踏み込むとベッドに三人が寝転がっているのが見えた。
イシュタリアはベッドにスススッと近寄るとそんな三人の顔を覗き込むと三人とも穏やかな寝息を立てていた。
「あらあら……仲良しねー」
アッシュの両隣を固めたルキとシャロはアッシュに引っ付いてすやすやと眠り、アッシュも深い眠りに落ちていた。
それを確認してからイシュタリアは安堵したような、何処か嬉しそうな微笑みを浮かべてからアッシュの頭を一撫でした。
「おやすみなさい、アッシュ。どうか良い夢を」
その様子は確かに慈愛の女神と呼ばれるに相応しい姿だった。
二章はこれで終わりになります。




