36.一方その頃、女子会中
アッシュとルキが首謀者である女性と対峙している頃。イシュタリアとシャロはストレンジでハロルドと三人でキャッキャッと楽しそうに会話をしていた。
「不思議よね……どうしてかイリアの言葉は本当のことだって信じられるもの。まぁ、アッシュとルキのことを色々知っているみたいだから、っていうこともあるけど」
「大丈夫大丈夫! 私を信じなさいって! それにアッシュとルキと仲が良い訳じゃないのに知り合いだから、とか軽々に騙るとか出来ないでしょ。後が怖いわよ?」
「アッシュが、っていうよりもルキが怖いわねー。あ、それよりも何か飲む? バーの主人としてはお酒をお勧めしたいところだわ。でもシャロにはお酒はまだまだ早いからジュースにしておきなさいね?」
「はい、ありがとうございます。でもイリアさんも飲み過ぎはダメですからね!」
「わかってるわよ。もう、アッシュみたいなことを言うんだから……」
「主様にイリアさんは絶対に飲み過ぎるから、と言われていますから」
ファーストコンタクトはイリアが扉を勢い良く開ける、というハロルドにとっては何事かと思うようなものだったが随分と打ち解けているように思えた。
これは隠しているとはいえ女神であるイシュタリアの神性が関わっているのか、はたまた人との距離を詰めるのが上手なハロルドが原因なのか、はたまた二人の間に入ることとなったシャロの存在によるものなのか。きっとその全てがあってこそなのだろう。
「あら、イリアはイケる口みたいね……アッシュの知り合いでもあるみたいだし、ちょっと良いお酒、出しちゃおうかしら?」
「良いわね! バーの女主人がどんなお酒を出してくれるのか、楽しみだわ!!」
「イリアさん、美味しくっても飲み過ぎはめっ! ですからね! ハロルドさんもイリアさんが飲み過ぎないように出すお酒には気を付けてください!」
ノリノリで酒を勧めようとするハロルドと、同じくノリノリで酒を飲もうと考えているイリア。そんな二人を諫めるようにシャロが口を開くと、二人は少しだけ困ったように眉尻を下げた。
「んー……思わぬ伏兵ね……いえ、アッシュも飲み過ぎないように、って窘めることが多いけどそれと同じくらいかしら?」
「シャロも少しずつ馴染んでいた、ってことかしら? 前まで私に対してここまで強く言えなかったわよね?」
「そうですね……何と言えば良いのか……イリアさんには遠慮したりするよりもはっきり言わないとダメだということがわかったからだと思います。主様からもそう聞いていますよ」
何処か自慢げにそんなことを言うシャロを見てハロルドは随分とアッシュに懐いているみたいね、と感心していた。
それから、アッシュの性格を考えれば幼い子供を邪険にすることはなく、本人に自覚はなくとも優しくしていたのだと容易に想像がついたハロルドは当然の結果ね、と納得していた。
またイシュタリアは一人でうんうんと上機嫌に頷きながらシャロがアッシュに充分懐いた現状を喜んでいた。後はアッシュがシャロのことを身内だと認識するようになれば大丈夫ね、と考えていた。
何が大丈夫なのか、は現状イシュタリアしか知り得ないがもしアッシュがこの場にいたのなら何を企んでいるのやら、と呆れていたことだろう。
「はいはい、気を付けるわ」
「アッシュに報告されると私たちがアッシュに怒られちゃものね」
イシュタリアもハロルドも何処となく楽しそうにそう言ってからハロルドがふとこんな言葉を零した。
「そういえば……アッシュの用事って何なのかしらね……」
ハロルドはそんな言葉だけを残してイシュタリアに出す酒とシャロに出すためのジュースの用意を始めていた。
その言葉にそういえば、と同じく疑問を抱いたシャロが首を傾げているとイシュタリアはこう言った。
「ハロルドは知ってるかしら。一部の冒険者や憲兵、騎士の間でしか情報が出回ってないゴブリンの騒動について」
「えぇ、知ってるわよ。随分と物騒なことになったわね、とは思っていたけど……それがどうかしたのかしら?」
「アッシュは騒動の首謀者のところに向かったわ」
しれっとイシュタリアが言った言葉にハロルドは何を言っているのかと意味が理解出来ず、またシャロはすぐに理解出来たからこそ絶句していた。
シャロにはアッシュとルキの二人がどれだけ強いのかわかっておらず、だからこそ首謀者の下に向かったと言う二人のことが心配でならなかった。
「そんな! 話を聞いているだけでも危険な相手のところに向かうなんて無謀すぎます!!」
そうしたことから叫んでしまうのも仕方のないことだった。
だがどういうことなのか理解したハロルドはため息を零し、イシュタリアは楽しげに笑っていた。
「シャロ、アッシュとルキなら大丈夫よ」
「え?」
「アッシュもルキも一人だけでも相当強いのに二人揃ったらとんでもないわよ? だから今回の騒動の首謀者と対峙したとしてもきっと大丈夫」
「で、でも……」
「大丈夫大丈夫。それに私の知る限りあの二人、というかアッシュに勝てる人間なんて存在しないわよ? 今頃首謀者をかるーくあしらってるんじゃないかしら?」
「う、うぅ~……でも、そうだとしても、やっぱり主様とルキさんが心配です……」
ハロルドとイシュタリアがが問題ないと、大丈夫だと太鼓判を押すがそれでも心配なのだとシャロが言った。
それはアッシュとルキの二人を信じていないからではなく、信じていたとしても身近な誰かが戦うことに対してどうしても心配に思ってしまうシャロの優しさから来るものだった。
まだ出会って間もないハロルドはシャロの様子からそれを感じ取り、こんな状況だというのに頬が緩むのを自覚していた。
「ふふ……大丈夫よ。シャロがついつい心配する気持ちもわからなくはないけど、あの二人なら問題ないわ」
「そうそう、何事もなかったみたいに無傷で帰って来るわよ」
「そう、だと良いですけど……」
二人に諭されてシャロは渋々納得をしたように見えた。見えただけで内心では全く納得などしていないのだが、それは何となく二人にも伝わっていた。
だからこそ二人は苦笑を漏らしてお互いに顔を見合わせた。そして全く納得していないというのはあまり良くないわね、と考えたイシュタリアが口を開いた。
「ところでシャロ。どうしてアッシュはわざわざ首謀者のところに向かったと思う?」
「え? それは……王都の中にいる、ということですから見つけた以上は放っておけなかった、とか……?」
「アッシュの性格を考えるとそれはないわね……まぁ、騒動を起こした瞬間に敵だって認識して叩き潰すくらいはするかもしれないけど……」
「あはは……主様って随分と過激な方だったんですね……」
「今は落ち着いた方だと思うわよ? 昔なんてもっとすごかったらしいもの」
脱線してシャロとハロルドが言葉を交わしているのを見てイシュタリアがわざとらしく咳払いをすると二人はハッとしたようにイシュタリアを見て気まずそうに視線を逸らした。
「はいはい、楽しそうなのは良いけど、まずは私の話を聞きなさいね?」
「は、はい……すいませんでした……」
「ごめんなさいね……それで、アッシュがわざわざ向かった理由って何なのかしら?」
謝罪を挟んで話題を戻したハロルドはシャロと共に答えを知っているようなイシュタリアを見た。
するとイシュタリアは小さく微笑んでからこう言った。
「貴方がいるからよ、シャロ」
「え?」
「シャロがいるから? それって……」
疑問符を浮かべるシャロと何か心当たりがあるようなハロルドの様子にイシュタリアは満足そうに頷いて言葉を続ける。
「だって、アッシュは何かあったとしてもシャロを守るって言ってたでしょ? でもそれは何かが起こってからだと遅いってわかってるからアッシュは先手を打ちに行ったのよ」
「まぁ、アッシュならそうよね……というかアッシュってばそんなこと言ってたの? ルキには自分の身は自分で守れるようになれ、とか言ってたらしいのに」
「あぁ、それね。そう言いながらも結構過保護だったみたいねー。あれは見てて面白かったわ」
「あー……やっぱりそうよね……アッシュらしいと言えばアッシュらしいけど……って、え?見てたって……もしかしてイリアってばアッシュが貧民街にいた時からの知り合いなの?」
「そうよ。アッシュにとっては今でも交流がある存在では一番古い仲になるわね」
答えを口にしてからイシュタリアはハロルドとテンポ良く会話をしているたその間シャロは何も言わず黙り込んでいた。
そのこと気づいたハロルドがどうかしたのかとシャロの顔を覗き込むようにして見ると、シャロは頬を緩ませていた。ついでに言うのであればその頬は僅かに紅潮していた。
「そ、そっか、主様は私を守るために……なんだか、そういうのってちょっぴり憧れてたけど、照れ臭いような、嬉しいような……えへへ……うん、すごく、嬉しいかなぁ……」
そして覗き込んで来るハロルドに気づかないまま自分の世界に入り込んでいるようで独り言を呟いていた。
それを見てハロルドはシャロを覗き込むのをやめて困ったようにイシュタリアを見た。
「えっと……シャロはどうしたのかしらね……」
「さぁ? もしかしたら物語の王子様がお姫様を守ろうとしている、っていうのに自分を被せちゃったのかもしれないわねー。いやはや、子供っていうのは思いもよらないところでロマンチックだったりするものだわ」
「あー……まぁ、確かに自分を守るために普段しないようなことをしている、っていうのはちょっと心が惹かれるのかもしれないわね……シャロも幼いとはいえ乙女ねぇ……」
「そこに恋愛感情はないにしても、憧れのシチュエーション、ってやつね。うん、このままだとシャロが現実に戻るまで時間がかかりそうだし……今のうちに一本、行っちゃっても良いわよね?」
「あら、一杯、じゃなくて?」
「一本、もしくはいっぱい、ね」
お互いにくすくすと笑みを浮かべながらそんな言葉を交わしてイシュタリアは酒の注がれたグラスを受け取り、またハロルドも同じようにグラスを手にした。
「あら、主人である貴方も飲むの?」
「えぇ、一人で飲むよりも二人で飲んだ方が美味しいわよ?」
「ふふ、それもそうね。それじゃ、そうね……新たな出会いに乾杯、で良いかしら?」
「えぇ、素敵ね。新たな出会いに、乾杯」
そうしてグラスを軽くぶつけ、小気味いい音をさせてから二人はグラスへと口を付けた。
こうして本来であれば飲み過ぎないように諫めるはずのシャロは自分の世界に入り込み、野放しとなったイシュタリアが酒を次々に飲み干していくこととなる。
またハロルドはハロルドで良い飲みっぷりのイシュタリアについつい酒を勧めていくことになるのだが、それが原因でアッシュに怒られることになろうとは知る由もなかった。
イシュタリアの神性補正によって何故か信用してしまうハロルド。
でも嘘ではないからね、大丈夫だね。
といった感じでワンクッションおきましょう。




