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35.対峙

 貧民街(スラム)。それは大きな街であれば何処にでも存在するものだが王都にあるものは規模が違った。王都全体の約二割が貧民街(スラム)であり、本来であればその規模はあり得ないものだった。

 元々この貧民街(スラム)は王都の一割にも満たないものだったが、王国の中心であり最も大きな街ということもあって人が多く流れてきた。するとその中に往来を歩くことが憚られるような犯罪者や何らかの理由でまともな生活を送ることが出来なかった人間も当然存在することになる。

 そうした人間が増えることにより既に存在していた貧民街(スラム)では広さが足りなくなり、徐々に貧民街(スラム)の外へ外へと広がっていった。

 そして気づけば貧民街(スラム)の規模は現在の規模にまでなっていたのだ。


 そんな貧民街(スラム)に足を踏み入れ、騒動の首謀者の下へと真っ直ぐに進んでいるアッシュとルキはこの貧民街(スラム)の出身だ。

 アッシュは家族に貧民街(スラム)へと捨てられ、ルキはアッシュに拾われて貧民街(スラム)で生きることとなった。だからこそ二人にとってはもはや自らの庭のようなものでその足取りに迷いはなく、それでいて物陰などを警戒しながら進んでいた。

 貧民街(スラム)の住人の中には迷い込んだ人間を襲って金品を強奪する者がいるのでそのことを考えてのことだった。


「ルキ」


「わかってる。そっちはどうだ?」


「問題ない。というよりも俺を見て逃げて行った」


 交わした言葉は短いものだったが、何が言いたいのかはお互いに伝わっていた。

 もうすぐ首謀者に追いつくことをアッシュが言外に口にすると、次はルキが短い言葉で周囲の状況を問いかけた。それに対して逃げて行った、と返したアッシュは小さく苦笑を漏らしていた。


「まぁ、そうだろうな。アッシュは容赦がなくてやり過ぎるタイプだったからさ」


「手を出すべきではない相手、って考えてもらいたかったんだ。事実として俺たちに手を出すような奴らはいなかったからな」


「それもそうだな。まぁ、知らない奴は喧嘩売ってくるんだけど」


 昔のことを思い出しながら笑みを浮かべるルキにアッシュは何処となく呆れたようにため息を零し、そしてすぐに気を引き締めると貧民街(スラム)でも最も外界に近い第一地区と呼ばれる地区の酷く寂れた広場へと辿り着いた。

 元々はもっとちゃんとした広場だったはずのそこは、中央に枯れた噴水があり、その前に一人の女性が立っていた。


 鮮やかな長く艶のある茶の髪と黒のドレスを身に纏ったその女性はアッシュとルキの姿を確認して訝しむように目を細める。

 そして二人を注意深く観察しながらこう言った。


「おや……こんな場所に、随分と似つかわしくない人間がいるものだな」


 その声には他人を見下すような色が濃く浮かんでいて、聞く者を不愉快にさせるものがあった。もしくはその高圧的な声に怯むことだろう。

 だがアッシュとルキにとってはその程度、といったことでしかなく平然と言葉を返した。


「なんだ、自己紹介か?」


「お前の方が似つかわしくないっていうか、貧民街(スラム)でお前みたいな恰好するのは馬鹿だけだぞー」


 そんな二人の言葉を聞いてはっきりとわかるほどに不愉快そうな表情を浮かべてこう吐き捨てた。


「下郎が……もはや貴様らになど興味はない。早々に失せよ」


 そうしてアッシュとルキに背を向けて広場から立ち去ろうとしたその女性の背にアッシュは声をかけた。


「今、王都の外ではゴブリンの群れの進攻を冒険者たちが食い止めてる。心当たりがあるだろ」


「何が言いたいのか、わからないな」


「マジか。ってことは相当理解力がないってことになるんじゃねぇのか?」


「そうだな……いや、随分と偉そうな言葉遣いをする割には残念な奴だったみたいだ」


 どう見てもアッシュの言葉の意味を理解している様子の女性が惚けるとアッシュとルキは馬鹿にしたように、煽るように言葉を交わした。

 明らかにわざとやっていることがわかった女性の蟀谷(こめかみ)には青筋が浮かんでいて今にも二人を殺してしまいそうな憤怒の感情が浮かぶ目で睨みつけていた。


「それで、お前はこの程度のことも理解出来ない馬鹿なのか?」


「……ふぅ……そうだな、あぁ、わかった」


 そう言ってから女性はアッシュを手で制するようにしてから一度目を閉じて、次に目を開いた時には先ほどまでの憤怒などなく、何処までも底冷えするような目でアッシュとルキを見た。

 そして一言。


「貴様らは惨たらしく死ね」


 その言葉と共に女性の手の前に魔法陣が広がり、その魔法陣が輝くとアッシュとルキを囲うように炎が燃え上がった。

 まるで二人を逃がさないように、二人を焼き殺すように。魔法によって生み出された炎はすぐに周囲の建物と同じ高さまで燃え上がっていた。

 それを見て女性は唇を歪め、愉悦に満ちた瞳で二人の姿を眺めていた。だがそれはすぐに鳴りを潜め、訝しむように二人の様子を見た。

 アッシュもルキも、それほどの炎に囲われようと一切気にした様子はなく互いに対して気にした様子もなく言葉を交わしていた。


「こいつじゃないにしても、正当防衛、ってやつだよな?」


「あぁ、このままだと殺されそうだからな」


「よし、それじゃ……やるか!」


 こんな状況だというのに何処か楽しげなルキはそう言うとまるで周囲の炎を薙ぎ払うように軽く、それでいて鋭く腕を振った。

 するとたったそれだけのことで突風とも言える風を巻き起こし、それは周囲の炎をかき消してしまった。


「この程度の炎なんざどうってことねぇんだよ!」


「まぁ、ルキにかかればこの程度、って感じだな?」


「おう! って、アッシュだってどうってことないだろ?」


 相も変わらず楽しげに言葉を交わす二人を、というよりもいともたやすくかき消されてしまった自身の炎を見て女性は呆然としていた。

 だがすぐに憤怒の形相を浮かべて今度は両手を突き出し、先ほどと同じ魔法陣を、先ほどよりも強く魔力を込め、それに呼応するように魔法陣はより強く輝きを放った。


「私の炎をこの程度だと!? 舐めるな下郎が!!!」


 そしてそれによって更に強大な炎を生み出し、それは二人を囲うのではなく直接二人を焼き殺さんと轟々と二人を襲った。

 するとアッシュが一歩前に出るとそれに対して軽く手を翳した。その瞬間、空間そのものを焼き尽くさんと轟々と燃え盛っていたはずの炎はまるで解けるように霧散してしまう。


「……は?」


 これには女性も先ほど以上に呆然と、何が起こっているのか理解出来ないようで何処か間の抜けた声を漏らしてしまった。

 そうなってしまうのも仕方のないことだった。アッシュとルキにとってはその程度、という炎でしかないそれは女性にとっては全てを焼き尽くす炎だという自負があった。

 魔法を扱う人間の中には自身の魔法に絶対的な自信を持っている者も少なくはなく、この女性もその一人だった。だというのにその自慢の魔法を片手間にかき消されてしまえばこうなってしまってもおかしくはなかった。


「な、え……あ……な、何をした!? 私の炎を容易く無効化するなどあり得ない!!」


「何って、解いただけだろ。見てわからなかったのか?」


「アッシュ、アッシュ。魔法について俺はほとんど知らねぇけど魔法を解くってのは異常だってことだけはわかるぞ」


「まぁ、確かに俺くらい視えてないと無理だろうな」


 軽くジト目でそう言ってくるルキに対してアッシュは軽く肩を竦めながら返した。

 この視えていないと、というのは知識の瞳の加護でその魔法の術式や構築式が視えていなければ、という意味だ。常識では出来ないようなとんでもないこと、というのはやはり神の加護や祝福の下であれば容易く行われるものなのだろう。


 何にしても、そんな言葉を交わしながらアッシュは自然な動作で玩具箱(トイボックス)からナイフを数本取り出すと躊躇うことなく女性へと投げた。

 それは以前にゴブリンを襲ったように本来あり得ない軌道を描きながら飛び、女性の四肢へと深く突き刺さった。

 アッシュにとっては牽制、もしくは挨拶程度の軽いものだったので防げないのか、と内心では呆れていた。


「ぐぅ……!」


 痛みによって現実へと引き戻された女性は、足にナイフが突き刺さったことで崩れ落ち、痛みに叫ぶことはなく呻き声を漏らし、戸惑いと憤怒の色が浮かぶ瞳でアッシュを睨みつけた。


「貴様のような下郎に、このような……!!」


 忌々しそうに吐き捨て、地面に手を付いた。するとその広場全体に魔法陣が広がり、光り輝くと同時に女性とアッシュ、ルキを分断するように、それでいて広場を埋め尽くすようにゴブリンの群れが現れる。

 ゴブリンは女性とアッシュ、ルキを分断するように現れ、それを見たアッシュとルキはやはりこいつが首謀者だったか、と考えていた。その間に女性はナイフを抜き取ると傷口に手を翳して治癒魔法を発動させていた。


「貴様らがこの程度でどうにかなるとは思わん。だが時間稼ぎ程度にはなるだろうよ」


「逃げるのか」


「貴様らのような得体の知れん相手とまともにやり合うつもりはない。それに本来の目的を果たさねばならんからな」


「へー、そうかよ。まぁ、逃がす気とか欠片もねぇけどさ」


 ルキの言葉を女性は鼻で笑うと女性は自身の足元に魔法陣を展開し、転移(テレポート)の魔法を発動させようとしていた。


「止められる気なら止めて見せると良い。出来るものなら、な」


 女性は勝ち誇った様子でそう言った。自身の転移(テレポート)の魔法はすぐに発動する。そうなればアッシュとルキが自身に追いつけるはずがない。そう考えていたからだ。


「あっそ。なら遠慮なく」


 だがつまらなそうにそう言ったルキが地面を蹴り、一瞬の間もなく女性の眼前に迫り、勢いのままにその顔に膝を叩き込んだ。


「ガァッ……! な、あ……?」


その軌跡は刃の如くシュナイデン・クロッツァオ!」


 そして膝蹴りの直後に身を捻り、蹴りと共に放たれた銀の軌跡が周囲のゴブリンを斬り伏せた。

 それから枯れた噴水の上に着地するとその場で高く跳んだ。


「王都の中だってのに……閉ざされた箱庭に(セリャド・エスパシオ)


 呆れたようにアッシュが呟き、イシュタリアから押し付けられた神域の加護の力を使った結界を張った。

 その結界は本来ある空間と全く同じ空間を作り上げ、その空間に対象を引きずり込むものだった。この結界は外部から認識することも干渉することも出来ない。とはいえ自身の周囲に呼び寄せる転移(テレポート)の魔法や召喚魔法であれば少しだけ違ってくる。

 また作り上げられた空間と言うこともあって結界内がどれだけ荒廃しようとも元の空間には一切影響を与えない。


「さっすがアッシュ。判断が早いな!」


 そうした結界が展開されたことを察したルキはこれなら心配する必要はない、と空中を蹴って地上へと強襲をしかけた。


その軌跡は流星の如く(フラルゴ・メテオール)!!」


 そしてルキは地面を目掛けて流星のように一条の光となり、地面に衝突した瞬間に閃光が奔り、一瞬遅れて轟音と共に周囲の全てを巻き込むように爆発が起こった。

 それは枯れた噴水は粉砕し、周囲の建物を薙ぎ払い、ゴブリンを一匹残らず炎で焼き、爆風で全身を吹き飛ばした。

今更ゴブリンに負ける二人ではないので……!

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