34.首謀者を追う
高台の広場で雑談をしながら過ごしていた五人だったが、何かに気づいたようにルキがふと遠くを見た。
それは王都の中ではなく、外へと向けられているものであり、それに気づいたアッシュが口を開いた。
「外か」
「みたいだな……」
何が、という言葉は口にしないがその場にいるイシュタリア以外の四人にはどういうことなのかすぐに理解出来るものだった。
アッシュとルキの言葉に釣られるようにシャロとアナスタシアは王都をぐるりと囲っている城壁へ目を向け、見ることは出来ないがその先にいるであろうゴブリンの群れを幻視していた。
▽
時間は少し戻り、ついに、と言えば良いのか。それともやはりか、と言えば良いのか。何にしても王都の外ではゴブリンの進攻が開始されていた。
王都を中心としてほぼ全方位からゴブリンの群れが押し寄せてくる光景は異様なものだった。
もし何も知らないままにその光景を目にしたのであれば恐怖に支配され、足は竦み、ただ進攻を続けるゴブリンを見続けるしかなかっただろう。だがそのゴブリンたちの進攻を食い止めるべく集められた冒険者や騎士団、憲兵団の人間は既に覚悟を決めて事態に臨んでいた。
「本当に突然現れたな……全員準備は出来てるな?」
「あぁ、勿論だ。ったく、本当なら今頃祭りを楽しんでるはずだったのに、貧乏くじ引いちまったかなぁ」
「はいはい、自分から志願しておきながらそんなこと言わない。それに報酬は良いんだから頑張るわよ」
「わーかってるって!」
冒険者はそんな会話を交わして武器を構える。
「王都を攻め込もうなどと考える不埒者が指揮している、ということだったな」
「ギルドマスターであるクレス殿からはその可能性が高い、と話を伺っています」
「そうか……まったく、ゴブリン程度でどうにかなるなど、我ら王国騎士団も舐められたものだな」
「えぇ、本当に」
そう言いながら騎士たちは腰に携えた剣を抜き放った。
「では諸君、我ら王国騎士団の力を存分に見せつけるとしようか」
そしてその言葉に応えるように周囲にいた騎士たちが鬨の声を上げた。
「騎士団の連中は元気ですね」
「そうだな。まぁ、普段はひたすらに鍛錬ばかりを繰り返しているんだ。こうした実戦に出られることが嬉しいんだろうさ」
「なるほど。では存分に働いてもらいましょうか」
「あぁ、我々は我々の役目を果たし、騎士団は騎士団の役目を果たし、冒険者は冒険者の役目を果たす。それで此度の問題は一切合切問題なく終わる。では、我々も行くとしようか」
「はっ!」
何処か淡々とした様子を見せる憲兵団の人間たち。それはこうした王都の危機に対して当然のように尽力し、当然のように解決してきた。
その事実が確固たる自信となり、この状況で憔悴することはなく、また逸ることもなく普段通りの様相で淡々と自らの役目を果たさんと動き始めた。
そうして三者三様の始動を見せながらもそれぞれがゴブリンの群れへと突き進み、その進攻を食い止めんと戦いを始めた。
▽
聞こえないはずの戦闘音を聞き取ることが出来るルキは何も言わずにただじっと城壁の先へと視線を向けていた。
ルキがそんな状態ということもあって他の四人は何も言わず、同じように城壁の先へと視線を向けていた。いや、イシュタリアだけは興味なさそうに王都の街並みを眺めていた。
そしてふと何かに気づいたように視線を一点に留め、少しだけ目を細め、それから愉快そうに口元を歪めてこう言った。
「さて、そろそろ休憩も終わりにしましょうか。どうせ壁の向こうのゴブリンなんて私たちにはどうしようもないわけだしね」
「どうしようもないって……まぁ、確かにそうかもしれないけど……」
「とはいえ何だか疲れちゃったわ。ストレンジ、だったわよね? あのハロルドって人間の経営しているバーの名前は」
「あぁ、それがどうかしたのか?」
「あそこならこのお祭り状態の中でも静かでしょ? そこで休ませてもらうわ。ついでに……そうね、お酒の一杯や二杯、ね」
訝しむアッシュに悪戯っぽく返すイシュタリア。それを見てルキはこれだから駄女神は、と思ってため息を零し、ハロルドとストレンジという名前に憶えのないシャロは疑問符を浮かべ、状況がわかっていそうなのにどうしてそんなに悠長に構えているのかと困惑していた。
だがアッシュだけはそんなイシュタリアの様子に何かを考えるように数舜黙り込み、そして何かに気づいたように先ほどまでイシュタリアが見ていた一点へと目を向けた。
「まさか、とは思うけど……」
そう零して魔力を瞳へと巡らせ、知識の瞳の加護を発動させる。
アッシュの零した言葉を聞いてルキもシャロもアナスタシアも今度は全員で疑問符を浮かべる中、イシュタリアだけが満足そうにアッシュの様子を眺めていた。
「……イリア、ストレンジの場所はわかるよな」
「えぇ、わかるわよ」
「そうか……そうか。ならシャロを連れてストレンジで休んでてくれ。俺とルキは少し用事があるから頼めるか?」
「勿論。シャロ、ついて来てくれるかしら?」
「え、え?」
アッシュとイシュタリアだけで話を進めているとどういうことなのか、とシャロが非常に困惑していた。
それはルキも同じだったがアッシュがそう言うのなら何か考えがあるはずだ、と判断して何も言わなかった。
「シャロ、悪いけどイリアを頼む。こいつ絶対に飲み過ぎるから」
「あら、飲み過ぎるなんてことはしないわよ! 美味しいお酒はついつい飲むペースが上がるけど、酔って醜態を晒す、なんてことはしないわ!」
「家では散々醜態晒してるだろ」
「あれはあの場所だからよ。外ならへーきへーき! ってことで、行くわよシャロ!」
「え、えぇ!? あ、主様!!」
イシュタリアがシャロの背後に回って強引にその背中を押して進もうとするのでシャロが助けを求めるようにアッシュを呼んだ。
「イリア、強引にするのは良くないぞ。とりあえずハロルドには俺とルキの名前、それから……まぁ、祭りが終わって一段落ついたらまた顔を出すって伝えておいてくれ」
「わかったわ」
「いえ! そうではなくてですね……!」
「はいはい。良いから行くわよー」
「あの、イリアさん! 先ほどと大して変わっていないというか……あ、主様ぁ!」
アッシュの言葉に頷いて返し、それからイシュタリアはシャロの背中をぐいぐいと押してストレンジへと向かって行った。
シャロはアッシュへと助けを求めたがアッシュは苦笑を漏らしながら手を振って見送り、ルキは少しだけ同情するようにシャロを見ていた。
「あの……シャロさんは本当に大丈夫でして?」
「大丈夫だ。それよりも俺とルキはこれからやらないといけないことがあるからここでお別れだな」
「やらないといけないこと……それがどういったものなのか、ルキさんは理解していらっしゃいますの?」
「いや、知らねぇよ。でもアッシュがこう言ってるんだ。必要なことに違いないな」
そう断言したルキを見てアナスタシアは少しだけ戸惑いながらも、そういえばこういう方でしたわね、と一人で呆れを含んだ納得の仕方をしていた。
「何と言えば良いのか、ルキさんらしいのかもしれませんわね……とはいえやらなければならないこと、というのがあるのでしたら私はこれで失礼させていただきますわ」
「あぁ、またな、アナスタシア」
「おう、どうせまた顔を合わせそうだからまたなって言っておくぞー」
そんな言葉を交わしてアッシュとルキはアナスタシアと別れることとなった。
ただその際にルキの言葉にアナスタシアが苦笑を漏らしていて、そのまま二人から遠ざかって行った。
その様子に何となくアッシュは妙な予感がしつつ、アナスタシアの姿が充分に遠ざかったことを確認してからルキへとこう言った。
「さっきイシュタリアが見てた場所」
「貧民街入り口、だよな?」
「流石ルキ、ちゃんと見てたか。そこに妙な奴がいたんだ」
実はしっかりとイシュタリアの視線を辿っていたルキを褒めながら軽く頭を撫でてからアッシュは言葉を続けた。
その際にルキはアッシュに褒められ、頭を撫でられたことで尻尾を左右に揺らしながら嬉しそうに笑みを零していた。
「俺が視た限りだと貧民街の住人じゃない人間がいた。ただ……どうにも高い魔力を持ってるみたいだったな」
「へぇ……このタイミングで、か」
「そうだ、このタイミングで、だ」
二人は言外にゴブリンの進攻と同時に貧民街の入り口という本来であれば人が訪れない場所に現れた人物の異様さと怪しさを口にしていた。
そして互いに目を見合わせ、一つ頷くと王都の中だというのに一切の躊躇いなく、地面を強く蹴って跳んだ。
地面を蹴り、高台から飛び降りると建物の屋根の上を駆け、アッシュとルキは人に見られる可能性を考えたが緊急事態だとしてお構いなしに貧民街の入り口へと風のように突き進んだ。
とはいえ今の王都は祭りが開催されていることもあって文字通りのお祭り騒ぎ。アッシュとルキが屋根の上を跳んで駆けて、としても気づく者はいなかった。
いや、気づく者は数名いた。とあるカフェのウェイトレス、王都の警備を担当していた一人の騎士、そして燃えるような赤い髪の少年だった。
ウェイトレスはアッシュとルキの姿を見て首を傾げたがすぐに客に呼ばれてそちらへと向かう。騎士は訝しむように二人が過ぎ去った方向を見てすぐに上司へと報告に走り、少年は思案気に二人が去った方を見て後を追うように歩き始めた。
アッシュとルキが貧民街の入り口に到着すると既にそこには人影はなかった。
まずアッシュは周囲を警戒し、ルキはそこにいたであろう人物の匂いを探った。するとすぐにルキは顔を顰めてこう言った。
「げっ……この臭い、揺らぎの森で嗅いだのと同じ臭いだ」
「ってことは……性根の腐ったクソ野郎がいる、ってことだな」
「あぁ……それと、当たりだってこともな」
この当たりというのはゴブリン騒動の首謀者らしき人物を見つけた、という意味だ。
まだその姿を捉えたわけではないのだが、この場には知識の瞳の加護によって人を探すことが出来るアッシュと、首謀者の臭いを辿ることの出来るルキがいる。つまり、ほぼ確実に首謀者を見つけることが出来る、ということだ。
「ならさっさと見つけるぞ」
「おう! そんでもってぶちのめしてやろうな!」
「当然だ。遠慮も手加減もなしに、な」
そんな言葉を交わしてアッシュとルキは首謀者の情報と臭いを追って貧民街へと足を踏み入れて行った。
首謀者との対峙までもう少し。




