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33.思わぬ遭遇

 アッシュたちがイシュタリアから受け取ったコカトリスの串焼きを食べ終え、いよいよ家を出て祭りへ、となったところでそういえば、といったようにアッシュが口を開いた。


「シャロ、外ではイシュタリアのことは名前で呼ぶなよ」


「え?」


「クソ女神は一応女神だからな。気づかれても面倒だろ。まぁ、気づかれないように手は打ってるらしいけどな」


 ルキの言うようにイシュタリアは自身の力を使って周囲の人間に自身が女神であると悟られないようにしている。周囲からはとんでもない美人に映っていて、しかしその強すぎる神性の影響で人が寄ってくることはなかった。

 基本的にイシュタリアが話しかければ友好的に言葉を返すが、あくまでも受動的に対応はしても能動的にイシュタリアに関わる人間はいない。

 イシュタリアとしてはわざわざその辺りにいる十把一絡げの人間と好んで関わろうとは思っていないのでそれで構わない、と考えている。


「なるほど……イシュタリア様であればその程度造作もない、ということですね」


「そういうこと。とりあえず私のことを呼ぶ時はイリアって呼びなさい」


「イリア、ですか?」


「えぇ、イリア。まぁ、私の名前から少し文字を取っただけなんだけどね。ねぇ、アッシュ?」


 言いながらイシュタリアはアッシュへとニヤニヤしながらスススッと近寄るとその脇腹をツンツンとつついた。


「うるさい。わかりやすくて良いだろうが」


「本当にわかりやすいわねー、イシュタリアだから最初の一文字と最後の二文字でイリア。あの子の場合はルル、だったかしら」


「うるさいっての。シャロ、外ではイリアって呼ぶように。あと、ただでさえ人目を集めることになるからそれに拍車をかけないように様は付けない。良いな?」


 ニヤニヤしながら脇腹をつついて来るイシュタリアに何処となく憮然とした様子で返してからシャロにそう言い含めていた。

 その言葉の意味を理解したシャロはなるほど、と一つ頷いてから言葉を返した。


「わかりました。イシュタリア様だと気づかないとはいえ、何かあってからでは遅いですからね」


「あぁ、理解が早くて助かる。ルキもクソ女神って言うなよ?」


「俺だって面倒事は御免だからそれくらい言われなくてもわかってるって」


 ついで、とばかりにアッシュがルキに釘を刺すとルキはそう返すと一人で扉を開けてから振り返って甲言った。


「それよりもさっさと旨い物食いに行こうぜ!」


「そうですね……異国の料理がどんなものなのか、気になりますからね!」


 するとシャロもそれに続いて早く早くとアッシュとイシュタリアを急かすように言ってから先に出て行ったルキの後を追った。

 そんな二人に苦笑を漏らしてからアッシュはイシュタリアを見てからこう言った。


「それじゃ、二人がこれ以上は我慢出来そうにないから置いて行かれないように俺たちも出るか」


「えぇ、そうね。このままだと本当に置いて行かれそうだもの」


 そうした言葉を交わしてからアッシュもイシュタリアもどちらともなく苦笑を漏らしてから扉を潜って家の外へと向かった。



 あれからアッシュたちは四人で祭りが行われている大通りへと足を踏み入れ、その喧噪の中へと身を投じていた。とはいえ普通に祭りに参加して屋台を巡って食べ歩きをしていた。

 アッシュは時折珍しい物に手を伸ばす程度で、肉料理があればルキが意気揚々と買いに行き、美味しそうな料理があればシャロが興味津々といった様子で買いに向かう。イシュタリアは非常に楽しそうにそんな三人の姿を眺めていた。


 そして四人がそれぞれがそれぞれの楽しみ方で祭りを堪能し太陽が最も高い位置になる頃、四人は大通りから離れて王城と王都の中央広場の中間にある高台の広場へとやって来ていた。

 この広場にはベンチが幾つか設置されていて休憩しながら王都の大半を一望することが出来るようになっていて休憩をするにはもってこいの場所だ。また落下防止の手すりがあるため少しばかり身を乗り出したとしても落下することはない。


「はぁ……短時間で随分と回ったもんだな……」


「そうね……ルキとシャロは元気に回ってたけど、私たちは最後はついて歩くだけになってたわね……」


「本当にな。とはいえ、二人はまだまだ元気が有り余ってるみたいだからどうなってるんだろうな」


「それは……ほら、子供ってこういう時は普段以上に疲れ知らずっていうか、無敵っていうか……そんな感じじゃない?」


「あー、確かにそうかもなぁ……」


 しみじみとそんなことを話している二人の視線は、中央広場を眺めながらあの屋台がどうだった、その屋台がどうだったと楽しそうに話をしているルキとシャロに向けられていた。

 二人の表情はとても明るく、そして楽しそうなものだった。事実としてルキもシャロも祭りを存分に楽しんでいたのでそうした表情も当然のことなのかもしれない。

 そしてそんな二人を見るアッシュとイシュタリアの表情は柔らかく、また見守る目は非常に温かなものだった。


「あら……こんなところで奇遇ですわね」


 すると背後からそんな言葉がアッシュの耳に届いた。

 その声と口調が誰の物なのか。それがすぐに理解出来たアッシュは振り返りながらこう言った。


「アナスタシアか。俺たちはちょっと休憩してるところだけど、そっちはどうしたんだ?」


(わたくし)も休憩のようなものですわ。王都を歩き回るだけでも疲れますものね。それに今日はこの賑わいですもの」


「あぁ、祭りだからな。人の数も普段の数倍くらいはあるから仕方ないだろ」


 やはりと言うべきか、そこにはアナスタシアが立っていて言葉の通りに少しだけ疲れているように見えた。だが流石と言うべきか、それでも余裕を感じさせられる微笑みを浮かべていた。

 そうした変わらぬお嬢様然とした姿に感心するような、呆れるような、何とも曖昧な感想をアッシュが抱いているとアナスタシアはアッシュの隣で自身を興味深そうに見てくるイシュタリアの姿に気づいた。


「アッシュさん、その……そちらの非常にお美しい方は……?」


「あぁ、俺の古い知り合いのイリアだ」


「初めまして、私のことは気軽にイリアと呼びなさい」


 何処となく上から目線でそう口にしたイシュタリア。本来であればそれに対してアナスタシアは何かしら思うことがあったはずだ。だがどうしてかそれが当然のことのようにアナスタシアは感じていた。

 だからこそ反感を覚えることもなく、それをすんなりと受け入れて言葉を返した。


(わたくし)の名前はアナスタシア、と申しますわ。どうぞお見知りおきを、イリアさん」


「えぇ、よろしく。それにしても……ふぅん、そう、そういうことなのね……貴方も随分と大変そうねー」


 そんな言葉を交わしている間もイシュタリアはアナスタシアの何かを見透かすように見ていたが、納得した様子でそう言ってから視線を切った。

 そしてそのままアナスタシアに背を向けて王都を、というよりも王都の人々を眺め始めた。


「あ、えっと……イリアさんはどうにも不思議な方ですわね……」


 アナスタシアは戸惑いながらもイシュタリアに聞こえないように、と考えたのかそうアッシュに耳打ちをしてイシュタリアのことを不思議な方と評した。

 イシュタリアにとってはアナスタシアがどういう人間なのか、どんな想いを抱いているのか、何を成そうとしているのか、そういったものを見極め終えていて、アナスタシアのことは既に興味の対象からは外れている。


「あー! デカ女!!」


「え? あ、アナスタシアさん! いつの間に……というか何だか主様と近いです!」


 アッシュへと耳打ちするために近づいていたアナスタシアを見てシャロが少しだけ咎めるようにそう言った。すると同じくそれに気づいたルキが足に力を込めてアッシュとアナスタシアの間に割り込むように突撃した。


「シアエガッ!?」


 というよりもアッシュに向けて突撃した。ルキとしてはアッシュを抱き締めつつアナスタシアと距離を取らせようとしたのだが、ついうっかり勢いが良すぎてアッシュにダメージが入ってしまった。


「……ルキさん、その突撃するのをどうにかしないとアッシュさんが不憫すぎますわ……」


「うるせぇ! お前がアッシュに近寄りすぎるのが悪いんだよ! でもアッシュごめん! 本当にごめん!!」


 アナスタシアに対して悪態をつくルキだったが前回の説教が聞いているようでルキはアッシュへと謝ることを忘れなかった。いや、どうにか怒られないようにと割と必死に謝っていた。


「ルキぃ……! お前って奴は……!!」


「本っ当にごめんって! でもアッシュとデカ女が近いのが我慢出来なかったんだよ! お前だってそうだろチビ!」


 アッシュが怒っていることを理解したルキは慌てた様子でどうしてそんな行動に出たのかを弁明し、それからシャロに同意を求めるように声をかけた。

 するとシャロはどう答えるべきかと少し考えてからおずおずと言葉を零した。


「えっと……何て言えば良いのか……仲が良いのは素敵なことですよ? でも、私やルキさんとしては何となく面白くないというか、とにかく! そういうの良くないと思います!!」


 とはいえ途中から自分でも何を言っているのかわからなくなったらしく、とりあえず自身もルキも快くは思えない、ということをはっきりと伝えることにしたようだった。

 そしてルキを叱ろうとしていたアッシュだったがそれを聞いて言葉を詰まらせた。それからため息を零してから口を開いた。


「はぁ……さっきのはアナスタシアが俺に耳打ちするためだけに近寄ってただけで、別に仲が良いってわけじゃないっての……」


「そうですわね、それ以外には意味のない行動でしたわ。とはいえ、ルキさんとシャロさんにとっては不快な思いをさせてしまったのであれば謝罪をさせていただきますわ。本当に、申し訳ありませんでしたわ」


 そう言ってからアナスタシアは深々と謝罪のために頭を下げた。

 するとそれを見たルキは少し気まずそうに視線を彷徨わせ、シャロは慌ててアナスタシアが頭を下げるのをやめさせようとした。


「あ、アナスタシアさん!? えっと、そうして謝ってほしくて言ったわけじゃなくて……!」


「あ、あー……まぁ、別に、そんな謝ることはないし……と、とにかくアッシュと近寄り過ぎないようにしてくれればそれで良いからさ! あ、それとアッシュも少し気を付けてくれれば嬉しいなって!」


「そう言っていただけると助かりますわ」


 二人ともあれこれ言いながらも実のところ自分たちが気に入らないだけでアッシュやアナスタシアが悪いと思っていたわけではなかったので、そうして謝られると慌ててしまう。

 だからこそ、それ以上謝らなくて良い、ということを口にするとアナスタシアはゆっくりと下げていた頭を上げてそう言い、ふわりと微笑んだ。

 そんな三人、というよりも謝るルキとシャロを見ながらアッシュは先ほどまでのダメージなどなかったように頬を緩ませた。


「そうか……そうか。わかった、少し気を付けてみるよ。ただルキも突撃しないようにな? あれ、地味に痛いから」


「おう! わかった!」


「はい、よろしくお願いしますね!」


 そして二人に気を付けてみる、ということを言うと二人は嬉しそうにそう返した。

 ただそれを聞いていたアナスタシアはどう考えても強烈な一撃が入っていたのに地味に痛いというだけで済ませるのはどうなのだろうか、と考えていた。

 そんな三人を横目で見ながらイシュタリアはふっと小さく笑みを零し、再度眼下で行き交う人々の姿を見守り始めていた。

これで漸く事態が動くぞー!

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