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28.子犬による取り合い

 シャロが受けることとなった巡回の依頼は王都の南門から伸びる街道を進み、揺らぎの森までの道中に何か異常がないか調べる。というものだった。

 はっきり言ってしまえばこれだけを単体で受けるような依頼ではなく、本当に他の依頼のついでに受けるのが正しい依頼だ。

 だがシャロのように冒険者になるには早すぎる子供が冒険者となるのであれば保護者と共に受ける、ということであればおかしなことではない。

 アッシュは街道を進む中でシャロにそのことを伝えると、シャロはなるほど、と納得していた。


「暫くはゴブリンのこともあって巡回の依頼を受けることになるだろうけど、ある程度落ち着いたらもっと違う依頼を受けても良いかもな」


「もっと違う依頼、ですか?」


「討伐か? でもチビには早いと思うけど……」


「まぁ、どれだけ戦えるのか知らないから何も言えないけど……採取辺りが妥当だろうな」


 冒険者ギルドの代表的な依頼は魔物の討伐と採取の依頼、そして護衛や奪還などの依頼がある。その他にも王都の住人から助けて欲しい、ということでちょっとした依頼もある。

 そういうこともあって巡回の依頼の次に受けるなら採取の依頼が妥当だ。とアッシュは考えていた。


「あー、確かにそうかもな。最近だと薬草系?」


「王都の近くだとそれくらいだな。少し足を延ばせばもっと選択肢は増えるんだけど、まだ早いだろ」


 アッシュとルキがそうして話をしているがシャロは疑問符を浮かべていた。


「あの、主様、ルキさん」


「何か質問か?」


「はい。王都の周囲では薬草が採取出来るんですよね?」


「そうだぞ。っていうか、薬草くらいしか採取は出来ないって言った方が正しいんじゃねぇか?」


「なるほど……」


 王都の周辺で採取出来るのは薬草が関の山であり、ならば魔物を討伐して素材を、ということも出来ない。

 これは魔物除けの効果によって魔物がほとんど寄り付かないからだ。

 だが、本来であればほとんど寄り付かないはずなのにゴブリンが湧き、王都へと進攻を開始した。それがどれだけ異常なことなのか、考えるまでもない。


「まぁ、とにかく今は巡回だな。今から揺らぎの森まで進んで、それから王都に戻る。簡単だろ?」


「簡単ですね……聞いてる限りは、ですけど……」


 そう言って少し難しい顔をしてシャロは言葉を続けた。


「その、今回で言えばゴブリンの群れが、と言う可能性もあるんですよね? ですから主様が言うように簡単なことではないような気もします」


「へぇ……チビは察しが良いみたいだな。チビが言ったみたいにゴブリンの群れと遭遇する可能性もあるから巡回だけしてはい、終わり。ってなる可能性はそんなに高くないんだよな」


「だからこそ主様とルキさんが一緒にいる、ということですね」


 ただ巡回をして終わりというだけではなく危険な可能性も充分にある。

 そのことをシャロが理解していることがわかってアッシュは満足そうにふっと微笑んでから言った。


「良くわかってるじゃないか。いや、そうしてちゃんと理解してくれてるなら俺があれこれ言う必要もないからさっさと巡回を終わらせようか」


「はい!」


 シャロは元気よくそう返事をしてからアッシュの隣を歩き、そしてアッシュを見上げながらえへへ、と嬉しそうに笑顔を浮かべていた。

 どうしてそんなに嬉しそうな笑顔を浮かべているのか。それがわからないアッシュは小さく首を傾げてからその疑問を口にした。


「随分と嬉しそうだな」


「え? そうですか?」


「あぁ、何か良いことでもあったんじゃないか、って思えるほどにな?」


「んー……えへへ、確かにちょっと良いことがありました! でも秘密です!」


「秘密?」


「はい! 主様とルキさんは二人だけの秘密があるみたいですから、私も秘密にしちゃいます!」


 シャロに他意はなく、本当にアッシュとルキが二人だけの秘密を持っている。ということでそれなら自分も秘密にしちゃおう! と考えていただけだった。

 だがその二人だけの秘密、というのがあの日の夜のことなのでアッシュはビシリッと動きを止め、シャロとはアッシュを挟んだ反対側を歩いていたルキはにへらっとだらしなく頬を緩ませてアッシュの腕に抱き着いた。


「おう! 俺とアッシュだけの秘密だからな!! なー、アッシュ?」


「……ルキ、実は俺のこと嫌いか?」


「んなわけないじゃん! アッシュのことは大好きに決まってるだろ!」


「ならそういうの控えてくれよ……本当にあの日のことは心臓に悪いっていうか、色々と気まずいっていうか……」


 そう言ってからルキから少しだけ視線を逸らすアッシュは言葉の通りに気まずそうにしていて、それでいて本当に少しだけ耳が赤くなっていた。

 シャロはそれに気づくことはなかったが、ルキは当然のように気づいていてそんなアッシュの様子に非常に満足そうにしながらアッシュの腕をぎゅっと抱き締めた。


「仕方ねぇなぁ……アッシュのことが大好きだから控えてやるか」


「あぁ、そうしてくれ……」


 微妙に疲れたように言葉を零したアッシュはすぐに気を取り直すように軽く頭を左右に振ってから前を見ようとして隣からの視線を感じてそちらへと顔を向けた。

 そちらにはシャロが少しだけ面白くなさそうな表情を浮かべてアッシュとルキを見ていた。それがどうしてなのかアッシュにはわからなかったが、その答えはすぐにシャロの口から出た。


「主様とルキさんが仲良しさんなのはわかっていますけど、仲間外れは良くないと思います!」


「仲間外れって……別にそんなつもりじゃないんだけど……」


「そーだぞー。チビのことを仲間外れにしてやろうとか、そんなこと思うわけねぇだろ?」


「お二人はそうだとしても! 私は仲間外れにされているように思えるんです!!」


 そんなつもりはない、と言うアッシュとルキに対してシャロは抗議の声を上げた。

 またシャロはぷんぷん、と擬音が聞こえそうないつもの怒り方をしていた。可愛らしい少女であるシャロのそうした様子はお怖いというよりも微笑ましくすらあった。


「ですから……そんな主様にはこうです!」


 こうです、と言ってからシャロはアッシュの空いていた手を取った。


「シャロ?」


「こうして手を繋げば仲良しさんです!」


「おいチビ!! 気安くアッシュの手を取るとか何やってんだ!!」


「二人だけの秘密とか言って、二人だけで仲良くするのが悪いんです!」


「仲が良いのは当然だろうが!! 俺と! アッシュは!! 昔からずーっと一緒にいるんだからな!!」


「それでしたら私だってこの数日間は主様とルキさんとはずっと一緒でした! ですからもうちょっと距離を詰めるというか、仲良くしても良いと思います!!」


 アッシュを挟んで左右からキャンキャンと言い合う二人は子犬が吠え合っているだけ、のようにも見えるがルキはより強くアッシュの腕を抱き、それに対抗するように手を握っていたシャロもアッシュの腕をしっかりと抱き締めた。

 右腕にはもはや慣れたとも言える子供特有の柔らかな感触。左手には服越しとはいえ慣れない少女の膨らみかけの仄かに柔らかい感触。それを感じながらアッシュの目は静かに死んでいた。

 決して嫌な感触ではなく、寧ろ悪くない。とアッシュは思ってしまい、それが更に目が死ぬ理由になっていた。何でこの状況で悪くないなんて思ってるんだろうか、と。


「アッシュ! 俺の方がアッシュと仲良しだよな!」


「主様!! 私だって主様と仲良しさんですよね!!」


「俺の方が仲良しだ!!」


「私だって仲良しさんです!!」


「ガルルルル……!!」


「むぅー……!!」


 ついには唸り合いにまでなってしまい、三人の歩みは完全に止まっていた。不幸中の幸いとでも言えば良いのか、街道でありながら現在は周囲に人影はなく、人の目はない。だからこそロリコンだとかショタコンだとか、そういった趣味があるんだろうな、と思われることはなかった。

 なかったのだが、それでもアッシュにとってはこの状況は何とかしなければならなかった。主に自身の心の平穏のために。


「アッシュ!」


「主様!」


 唸り合っていたかと思えばルキとシャロは同時にアッシュを見上げてから、これもまた同時に口を開いた。


「アッシュと俺の方が仲良しだよな!?」


「主様と私もちゃんと仲良しさんですよね!?」


 シャロはルキよりも仲が良い、ということを言いたいのではなく自分だってアッシュと仲良くなっている。ということを言おうとしている。

 だからこそルキは特に気にすることも張り合う必要もなかったのだが、ルキとしてはそうやってアッシュと仲が良い、と言われると対抗心が沸々と湧いて来るのだ。

 そして非常に厄介なことにあちらを立てればこちらが立たず。というようにどちらかに同意したとしても決して納得されることはなく、寧ろ泥沼化してしまう可能性すらあった。


「あー……そう、だな……」


 というわけでアッシュはどう答えれば良いのかと非常に頭を悩ませ、言葉を探していた。

 そうしている間もルキとシャロはアッシュをじっと見上げ、どんな答えが帰って来るのかを待っていた。


「えっと……こう、何て言えば良いのか……」


 二人に見つめられ、視線を彷徨わせ、どうにかルキとシャロにある程度納得してもらうにはどうしたら良いのか。必死に考えているアッシュだったが徐々に二人から感じる圧力が強さを増していることに冷や汗を流し始めた。


「アッシュ!!」


「主様!!」


 そんなアッシュに業を煮やしたルキとシャロが再度アッシュの名を口にすると、アッシュはもうどうにでもなれ! と思考をかなぐり捨て、普段であれば絶対にしないような行動を自棄になって起こした。


「あぁ、もう! そんなことは聞かなくたってわかってるだろうが!! ルキとの方が仲は良いに決まってるしシャロとだって仲良くなってるっての!!」


 そう言ってからアッシュは非常に器用に一瞬で抱き締められている両腕を引き抜くと二人を纏めて抱き締めた。


「うぉっ?!」


「ふえっ!?」


 すると突然のことでルキとシャロはそんな声を上げてしまった。


「ったく……こんなわかりきったこと聞く必要もないだろうに」


「それはそうだけど! 俺にとっての一番はアッシュで、アッシュにとっての一番は俺じゃないと嫌なんだよ!!」


「私だって仲良くなったのに仲間外れみたいにされると嫌です!」


「あー、はいはい。そいつは悪かったな。まぁ、そうだな……ルキのことはちゃんと好きで一番仲が良いんだし、気にする必要はないだろ。それとシャロは仲間外れにしてるわけじゃないってことを理解してくれ。昔からずっと一緒だったんだ、俺とルキしか知らない秘密だってあるのは当然だろ?」


 小さく苦笑しながらそう言葉を返してからアッシュはルキとシャロを少しだけ強く抱き締める。


「だからシャロももっと仲良くなったら三人だけの秘密とかそういうのも出来るさ」


「三人だけの秘密……そ、そうですね! これからもっともっと仲良くなれますから、そういうのもありですよね!」


 そしてアッシュの言葉を聞いたシャロはパァッと表情を明るくしてそう言った。その表情はとっても嬉しそうで、またこれからのことに想いを馳せているようだった。

 またルキはアッシュに好き、一番仲が良い。ということを言われて頬をにへらっと緩ませて嬉しそうにしていた。

 そんな二人を抱き締めながらアッシュは内心で乗り切った! 良くやった俺!! と自画自賛していたのだがそれに気づく者はいなかった。

ルキとは違ったベクトルでアッシュにぐいぐい迫るシャロ。でもこれがいずれは……いずれは……!!

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