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26.恋敵宣言

 クレスとフィオナにとってはどうにかシャロが落ち着いたことに安心しつつ、今後のことについてもう少し話をしたいと思っているクレスがアッシュたち三人を一度見渡してから口を開いた。


「はぁ……それで、今後のことでございますが……」


「国王陛下や騎士団、憲兵団への情報の共有でしょうか。それと……何かあるとしたら選定の儀の最中が一番怪しいような気がしますね……」


「その通りでございますね。選定の儀も近づいて来ているということもあって選定の儀の日に本格的に何かある。と考えるべきでございます」


「本当にその日に何かあるなら……まぁ、憲兵団と騎士団にも話を通しておかないと大変なことになるかもしれないな」


 逆に言えば、きっちりと話を通して対策さえ組めていれば冒険者ギルド、憲兵団、騎士団という戦力で対処が出来るということなので実のところは問題らしき問題はなかった。

 勿論、選定の儀の日以外を狙われた場合は事情が変わってしまうのだが。それがわからないクレスではないので勿論その日以外も常に警戒することになる。だがその期間が長ければ長いほどに様々な負担が増していく。


「はぁ……非常に厄介でございますね……人を動かすにも先立つ物は必要でございますし、期間が長ければ長いほどに消耗も激しくなってしまうのでございます」


 だからこそ早めに解決して欲しい。という思いを言外に込めながらため息交じりに言葉を零したクレスはこれからのことを考えてか陰鬱な表情を浮かべていた。

 とはいえ頭を一度小さく振ることでそれを消し去り、ギルドマスターらしい余裕のある笑みを浮かべながら言葉を続けた。


「ですが、我々に喧嘩を売ったことを後悔してもらわなければならないのでございますよ」


「冒険者ギルド、冒険者、憲兵団、騎士団。それぞれが動けばそう簡単に王都を落とせるはずもないし、というかどう考えてもゴブリンの群れじゃ勝てる道理がないよな」


「えぇ、その通りでございますよ。ゴブリン程度、数を集めたところで所詮は塵芥のようなものでございますからね」


 敢えて得意げにそんな言葉を口にすることで事実として余裕なのだとシャロとフィオナに示そうとするクレスだった。

 それが功を奏したのか、二人ははほっと安心したように見える。

 そんな三人を見ていたアッシュに横からルキが小声で話しかけた。


「なぁ、どう思う?」


「ゴブリンの群れなら大丈夫だろ。ゴブリンの群れなら、だけどな」


「あ、やっぱりか」


「当然クレスもわかってるはずだ」


「まぁ、それはそうだよな。わかってないと本当にヤバいしなー」


 こそこそとアッシュとルキが言葉を交わしているとクレスがそれに気づいたようで窘めるような視線を二人へと向けた。それを受けてアッシュは軽く肩を竦め、ルキはぷいっとそっぽを向いてしまった。

 するとクレスは小さくため息を零してから、表情を引き締めると口を開いた。


「さて、そうと決まれば私は今から報告のために王城へと足を運ぶ必要があるのでございます。今回のことは直接報告をしなければ不敬も良いところでございますからね」


 王城へ足を運ぶ。ということは直接国王に報告をすることを意味する。


「ですのでフィオナにはシャロ殿の冒険者登録の手続きを任せたいと思っているのでございます」


「わかりました、お任せください」


「アッシュ殿、ルキ殿、シャロ殿。これから少々王都が騒がしくなる可能性はございますが、こちらでどうにか手を打ち、解決するつもりでございます。ですのでどうぞ、普段通りお過ごしいただければ幸いでございますよ」


「あぁ、わかった。とはいえ何かあったら頼ってくれ。いつまでも騒がしいよりはさっさと終わらせた方が良いからな」


 普段通りに過ごして欲しい、というクレスの言葉に対してアッシュはそんな言葉で返した。

 アッシュ本人は何てことはないという様子で口にしていたが、非常に厄介な状況になっていて本来であればそれほど軽く口にすることなど出来ない。だというのにアッシュは気負うこともなく平然と力になると言っている。

 そんなアッシュに対してクレスは少しだけ困ったような、喜んでいるような何とも曖昧な表情を浮かべて言った。


「……状況が分かっていても、アッシュ殿は相変わらず平然とそんなことを言うのでございますね」


「状況がわかってるからだ。お前は厄介事ばかり抱え込むんだから、少しくらいは誰かに頼ることを覚えろよ」


「はぁ……まったく……ルキ殿」


 アッシュの言葉にため息で返してからクレスはルキの名を呼んだ。


「何だよ」


「アッシュ殿がこの調子だと、恋敵(ライバル)は多そうでございますね」


「んなことわかってるっての」


「ついでに言えばここにも一人いるのでございますよ」


「はぁ!? お前には絶対に渡さねぇからな! つーか誰にも渡さねぇ!!」


 クレスはルキがアッシュに対してどういった感情を抱いているのか理解していて、敢えてルキに自分は恋敵(ライバル)であると宣言した。

 その言葉が本心からなのか、もしくはルキをからかうためのものなのか。それはクレスにしかわからないが普段の言動を考えると本気半分、からかい半分。という風に取れた。

 それに対してルキはバッと立ち上がってアッシュの頭を自分の胸に抱きしめるようにして吠えた。言葉の通りに絶対に渡さない、という意思表示であり、ついでに自分がそうしたいという欲望のままに動いた結果である。


「……ルキ殿は大胆でございますね。以前よりも、と頭に付くのでございますが」


「当然だろ。もう我慢する必要はないんだからさ」


「ほう……それはそれは……」


 我慢する必要はない、という言葉を聞いたクレスはそんな言葉を零してからアッシュを見た。

 アッシュはルキに頭を抱き締められたまま微妙に死んだ目になっていた。


「ルキ……自重しような?」


「やだ」


 たった二文字でアッシュの言葉を拒否して少しだけ強くアッシュの頭を抱き締めた。そして上機嫌に尻尾を左右に揺らし、非常に嬉しそうというか楽しそうにしていた。

 そんなアッシュとルキを見ていたフィオナは何とも言えない表情を浮かべてから口を開く。


「え、えーっと……ルキさんは相変わらずアッシュさんのことが大好きなんですねー……あはは……」


「大好きなのは当然だろ。っていうか……まぁ、その、大好きのその先って言うか……」


 微妙に引き攣った笑みを浮かべるフィオナに対してルキは照れたように頬を赤く染めながらそう言ってからふにゃっと頬を緩ませた。


「そ、そうですか……」


 そんなルキにそう返してからフィオナがアッシュを見ると先ほどよりも更に死んだ目をするアッシュに同情するような視線を向けた。


「あの……アッシュさんにはそういう趣味はないんですよね?」


「ないっての……」


「では、私のような女性が好ましい、という趣味はございますか?」


「それもない。あぁ、もう……クレスはさっさと報告に行け。シャロ、フィオナが冒険者登録の手続きをしてくれるらしいからちゃんと登録するんだぞ」


 クレスが自分のような、と言っていたのは幼い少女のような見た目の、という意味でありアッシュはそれも否定した。その際にクレスが安心したような、残念そうな表情を一瞬だけ浮かべていたがそれに気づいた者はいなかった。


「それもそうでございますね。それではこれで失礼するのでございますが……フィオナ、後は任せるのでございますよ」


「あ、はい……お任せください」


「アッシュ殿、ルキ殿、シャロ殿。では、またいずれ」


「あぁ、またな」


 クレスに呼ばれた三人を代表してアッシュがそう言うとクレスは一つお辞儀をしてから部屋を出て行った。

 それを見送ってからフィオナがシャロを見ながら口を開いた。


「それではシャロさんには冒険者登録をしてもらおうと思います。それで良いですよね?」


「元々その予定だったからな。冒険者登録が終われば簡単な依頼を一つ、ってつもりだからそっちで何か見繕ってもらっても良いか?」


「えぇ、良いですよ。それではシャロさんは手続きのためにこちらへ」


「はい! 主様、ルキさん、行ってきますね」


「あぁ、行ってらっしゃい」


「おー、あんまり遅くなるなよー」


 そんな言葉で別室へと移動するシャロとフィオナを見送るアッシュとルキだったが、ルキは未だにアッシュの頭を抱き締めたままで、アッシュの目は死んだままになっている。

 そしてルキは部屋に自分とアッシュしかいない、という状況になるとアッシュの頭を抱き締めるのをやめてから、今度は普通にアッシュに抱き着いた。


「そういえば今日はアッシュに抱き着いてなかったよなー」


「今抱き着いてるんだろ」


「ここからアッシュの匂いを堪能するっていう流れがあるんだよ!」


 言いながらルキはアッシュに胸に顔を押し付けるようにして言葉通りにアッシュの匂いを嗅いでいた。

 アッシュにとっては毎日のことなので諦めているようで、そんなルキの言葉に小さくため息を零すだけで返した。

 そうしてルキがアッシュに抱き着いたまま時間は過ぎ、ある程度満足したのかルキが胸に押し付けていた顔を少しだけ離してアッシュを見上げながら口を開いた。


「ゴブリンだけで終わると思うか?」


「思わないな。性根の腐った人間の臭いがしたんだろ?」


「あー、やっぱりアッシュならそいつが関わってるって思うよな」


「露骨に怪しいんだ。そう思って当然だ」


 アッシュはルキが口にしていた人物のことを考えてゴブリンの群れ程度では終わらないと考えていた。

 性根の腐った人間、というたったそれだけの情報は貧民街(スラム)で生きてきたアッシュにとっては重要な意味を持つものだった。何故ならば貧民街(スラム)で覚えがあるものよりも更に酷いものだと言うのだ。

 であればたったそれだけのことで終わるはずがない。もっとえげつない何かを用意していてもおかしくはないし、寧ろ用意している。とアッシュは警戒していた。


「まぁ、場合によってはクレスたちとは別で動くしかないか」


「結構積極的だな……もしかして、あの行き遅れのためとか言わないよな……?」


 自分で言いながら不機嫌そうな表情を浮かべるルキにアッシュは苦笑を漏らしてから答える。


「違うさ。選定の儀の最中に何かあるとすれば王都は、っていうよりも王国全体に余計な混乱を招くことになる。そうなると色々と俺たちにとって不都合があるだろ?」


「あー……ハロルドの依頼か。確かにごたごたしてるとやり易い依頼とやり難い依頼があるからなぁ……暗殺とか、やり易いだろうけどアッシュはもう受けないんだよな?」


「あぁ、もっとマシな、多少はまっとうな依頼を受けるようにしてるからな」


 そんなことを言いながらアッシュはその多少はまっとうな依頼を受けるようにしている理由であるルキの頭をそっと撫でた。

 ルキは気持ち良さそうに目を細めてそれを享受し、嬉しそうにアッシュの胸にぐりぐりと顔を押し付けた。

 そうしてアッシュとルキは普段通りいちゃつきながら冒険者登録を終えてシャロとフィオナが戻って来るのを待つこととなった。

クレスはまだ本気ではない……!

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