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21.謎を残して

 自分の部屋に戻るアッシュの後ろについて歩くルキの尻尾は嬉しそうに左右に揺れていた。もはやいつもの姿とも思えるそれは、だが普段よりも嬉しそうな雰囲気を纏ったルキの姿もあって嬉しそうというよりも幸せそうにすら見えた。

 そんなルキとは違ってアッシュはこれからどうしようかと頭を悩ませていた。ルキと一緒に入浴するまでは抱き締められた際に骨とか平気だろうか。という程度にしか考えていなかったが今はそうもいかない。

 これからどういった距離感でルキと接するべきなのか、というかこれから一緒に寝るようになるというのはどうしたら良いのだろうか、距離を開けたり拒絶とかするとルキに嫌われるか悲しませてしまうのではないか、とあれこれと考えることが多かった。


「はぁぁぁぁ……」


「そんなため息ついてどうしたんだよ。あ、もしかして疲れてるのか? それならちゃーんと休まねぇとな!」


「疲れてるのは疲れてるけど……あぁ、いや、良い。気にしないでくれ……」


 あまり変なことを言ってルキが妙な行動に出ても困る、と考えてアッシュはそう言葉を返してから辿り着いていた自分の部屋の扉を開けた。

 そして自分の部屋の中の様子を見ることとなったアッシュは凍り付いたように動きを止めた。

 ルキはそんなアッシュを見て首を傾げてこう言った。


「アッシュ、何かあったのか?」


「……ルキ、イシュタリア、それからシャロ……いや、たぶんシャロは違うな。椅子が動いてる。三人の中で椅子に座って大人しく、ってのはシャロくらいだろうからな」


「え?」


「ルキ、部屋の中が少し荒れてるんだけど心当たりあるよな。特にベッドが酷いもんだ」


「あ」


 ルキがひょこっと部屋の中に目を向けると本が出されたままになっていたり、綺麗に並べられていた本が適当に収められていた。そして何よりもアッシュの言うようにベッドがぐちゃぐちゃになっていた。

 元々ルキが朝に寝ていて、日中にはイシュタリアがベッドで横になり、その後ルキがゴロゴロと好き勝手にやっていた。そうなると当然のように今の惨状が出来上がる。


「はぁ……もう疲れたから片付けるのは明日で、ベッドは軽く整えてから寝るか……」


「あー……ごめん! 完全に忘れてた!」


「いや、良い。それよりもさっさと休もうぜ……」


 本当に疲れた、という様子を見せるアッシュはそう言うとベッドへと潜り込んでいった。

 流石に悪いことしたよなぁ、と思いながらもルキはいそいそとアッシュに続いてベッドに潜り込む。そしてそのままアッシュの背中にピトッと張り付くようにして身を寄せた。


「んっ……アッシュの匂い……」


「浴室みたいなことは勘弁してくれよ……大人しく休ませてくれ……」


「わかってるって。俺だってアッシュと一緒に寝るとか幸せだからゆっくりと堪能したいしな」


「はいはい……」


 堪能したい、と言いながら胸いっぱいに呼吸をしてアッシュの匂いを堪能しているルキにおざなりな言葉を返してからアッシュはそのまま瞳を閉じた。

 視界には何も映らなくなり、代わりに聴覚が少しだけ鋭敏になる。そんなアッシュに聞こえてくるのは自身とルキの呼吸音のみで、ルキだけは普段よりも大きく呼吸していることがわかった。


「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」


「深呼吸やめろよな……ったく……」


「仕方ねぇだろ。何か……朝よりもアッシュからすごく良い匂い(・・・・・・・)がするんだからさ」


「……どういうことだ?」


 すごく良い匂いがする。それに引っかかるものを感じてアッシュは言葉を繰り返した。


「さぁ?でも……何か安心するような、胸が熱くなるような、満たされるような……とにかくすごく良い匂いがするんだよ」


「……まぁ、イシュタリアにでも聞けばわかるか。あいつはアレで最高位の神だからこの世で知らぬことなし。って言えるくらいには色々知ってるからな……」


 もはや投げやりになっているようにも思える言葉を口にしてからアッシュは小さく息を零した。

 事実としてイシュタリアは全知全能とすら言えるほどの神である。そんなイシュタリアであればそうしてルキがそんな風に感じるようになったのか知っているだろう。

 勿論、それを素直に教えてくれるのかどうか、となれば話は別なのでその点に関してはアッシュも大丈夫だろうか、と疑問を抱いていた。

 それと同時に疲れている。ということもあって睡魔が忍び寄り、徐々に頭の働きが低下し始めていた。

 本来であればイシュタリアの加護と祝福によって人の枠を超えていて、睡眠もあまり必要としないアッシュがそのような状態になる。ということは何か特殊なことがあったのかもしれない。

 だがアッシュはそれを考えるよりも早くより強い睡魔に襲われる。


「ふぁ……妙に、眠いな……」


「アッシュがそんなに眠そうにしてるって珍しいよなぁ……」


「あぁ……んっ……流石に狭い……」


 まともに働かない頭で言葉を吐きだしながらアッシュは寝返りを打った。

 元々はルキに背を向けるようにして横になっていたアッシュはそれによってルキと向き合う形になった。

 そして狭い、と口にしていたアッシュは少しでもまともにベッドを使えるように、とでも頭の中にあるのかルキを抱き締めるようにしてどうにかベッドのスペースを確保しようとしていた。


「うぉっ……あ、アッシュ?」


 突然そんな行動を取られたルキは驚いて声を上げたが既に半分以上夢の世界に旅立っているアッシュが言葉を返すことはなく、より強く抱き締め、小さく寝息を立て始めた。


「え、あー……完全に寝てるなぁ……」


 ルキはそう言葉を零してから自身もアッシュを抱き締めるように腕を回してより密着するように体を寄せた。そんなことをしてもアッシュから反応が帰って来ることはなかった。

 それを少しだけ残念に思いながらもルキはそれならばそれでも良いか、アッシュの胸にぐりぐりと顔を押し付けて深呼吸を一つした。

 たったそれだけのことでルキは満たされていくような感覚を覚えた。

 ルキにとってはどうしてなのかわからないが、理由などどうでも良かった。こうしている今がとても幸せなのだから、それで良い。


「んー……ヤバい本当に幸せ過ぎる……今でこれなら、アッシュを落とせれば……」


 それ以上の言葉は口にせずにどうなるのかを想像したルキの頬がにへらっと緩む。

 そしてまたアッシュの胸に顔を押し付けたり抱き締めたりとルキは一人で忙しそうにしていた。

 もしそんなルキを見る誰かがあれば何をやっているのだろうか、と若干引いてしまうくらいのことはあっただろう。それ程に今のルキは動きが不審なものだった。

 とはいえルキのことをある程度理解しているのであればそうなるのも仕方がないか、と結論付けただろう。

 何にしても休むように、という話だったがルキは一人でアッシュにあれこれしながらお楽しみだったこともあって結局眠るまでに時間が非常にかかり、翌日寝坊することになるのだがそれはまた別の話だ。



 イシュタリアはアッシュの家から姿を消し、一人もしくは一柱だけでふわりと空を飛んでいた。

 何処かへと向かっているわけではなく、ただ純粋に空中遊泳を楽しんでいるだけのイシュタリアの表情は非常に穏やかで、空を舞うその姿はまるで絵画のようだった。

 とはいえそこはイシュタリア。内心ではこれからアッシュを取り巻く状況が確実に変化することに対して心を躍らせていた。


「ふふ……ルキとシャロが二人いるだけでも色々ありそうなのに、まさかルキがその気になるなんてねぇ……神とはいえ、そういった人の心の動きっていうのは全てを見通せはしない、ってことかしら」


 自分に知らないことがある。わからないことがある。それはイシュタリアにとっては愉快なことだった。

 もしそれが害のある未知であった場合はイシュタリアは平然と握り潰すが、今回のように自分のお気に入りに関する害のない、しかも今後が面白いことになるようなことであるのでイシュタリアはの楽しみで楽しみで仕方がなかった。

 そんなイシュタリアがふと空中で動きを止めて地上を見下ろした。いや、地上の更にその下を見た。というべきなのかもしれない。


「あら、貴方から話しかけてくるなんて珍しいこともあるのね。一体何の用かしら?」


 その言葉に答える者はいない。いや、存在はしている。だがそれを聞き取れるような者はこの場にイシュタリアしか存在せず、もしこの姿を見た誰かがいたのであれば大きな独り言を呟いているようにしか見えなかっただろう。

 だがイシュタリアには確かに聞こえていた。空を行く自分に対して話しかけてくる、地上の更にその下。深い深い地の底よりも更に下。無限とすら思えるほどに広大な一つの世界。その支配者たる自身と並び立つ神(・・・・・・・)の声が。


「んー……あぁ、ちょっと良いことがあったのよ。いえ、違うわね。これから面白いことになりそうだな、ってことが起きたの。えぇ、アッシュ絡みでね」


 そう口にしたイシュタリアは相手からは自分の姿が見えないことを承知の上で軽く肩を竦めてみせた。

 だがすぐにそれをピタッと止めて何処か視線を彷徨わせながら言葉を続けた。


「え、えー? 別に、肩を竦めたりなんてしてないわよー? っていうか貴方から私は見えないはずなのに何言ってるのよ!」


 自身の姿をピタリと言い当てられたことが原因だった。

 特に言い当てられて困ることではないが、突然のことに弱いのは人も神も同じと言うことだろうか。


「そ! れ! よ! り! も! 本当に何の用なのよ。わざわざ私に話しかけるなんて本当に珍しいんだから……あ、もしかして地上に出るからよろしくとかそういう……え? 当たり? 嘘ぉ……」


 自分で言っておきながら本当に地上に出てくる、ということだったらしくイシュタリアは信じられないという声を上げた。

 そして何かを考えるような仕草を見せてからため息を零してからイシュタリアは投げやりに言った。


「あー、はいはい。わかったわよ。貴方が地上に出るとか何も対策しないと人が沢山死んでもおかしくないわね……とりあえず出てくるときは私が手を貸すから、後はアッシュに頼りなさいよ」


 今話をしている神が地上に出ただけで人が沢山死ぬ。とんでもないことを言っているがイシュタリアは事実を口にし、その対策に関して手を貸すとも言った。だがその後はアッシュに丸投げする気だった。


「はぁ? 何で私が一から十まで面倒見ないといけないのよ。多少は手を貸すのは良いとして……というよりも貴方は私にちゃんと感謝しなさい? わざわざアッシュと関わるようにしてるんだから」


 言いながらイシュタリアは地上のその下へと向けていた視線を上げて空中遊泳を再開した。


「はいはい。照れない照れない。とはいえ貴方もすぐには出て来れないでしょうから準備が出来たらまた連絡して頂戴。良いわね?」


 そう口にするイシュタリアは先ほどよりも楽しそうで、何かを企んでいるようにも思えた。

 とはいえそれを指摘する者はこの場には存在せず、色々と言っている相手の言葉を全て聞き流しながら月明かりの中をイシュタリアは優雅にふわりと飛んだ。

一人遊び(意味深)


一章は終わり。次からは話が動くかな、たぶん、きっと。

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