2.ゴブリンの討伐依頼
アッシュとルキが多くの人で賑わう大通りを進むと、それとは違った賑わいを感じさせる大きな建物が見えてきた。
その建物こそが冒険者であれば誰もが世話になる冒険者ギルドの本部である。
表向きは普通の冒険者として活動しているアッシュとルキは躊躇うことなく建物へと足を踏み入れた。
冒険者ギルドの中は冒険者たちで非常に賑わっている。
仲間と共にどの依頼を受けるのか相談をしていたり、情報交換をしていたり、最近手に入れた剣を自慢したり、受付嬢を口説いたり。いつも通りの冒険者ギルドの様相がそこにあった。
それらを尻目にアッシュとルキは依頼書が貼り付けられている掲示板へと進んだ。
「ゴブリンの討伐依頼は……あった。南の街道付近で目撃情報があるからそれを討伐して欲しい。だってさ」
アッシュはそう言いながら掲示板に貼り付けられている羊皮紙を一枚手に取る。
予定としてゴブリンの討伐依頼を、と考えていたこともあって目当ての依頼書があったことに僅かではあるが声に安堵が混じっていた。
「街道? 街道なら魔物除けがあるんじゃねぇのか?」
王都から伸びる街道には王家お抱えの魔法使いたちによって作られた魔物除けの魔道具が設置されている。
それによって街道の付近に魔物が姿を現すことはない。例外としては上空を飛んでいく魔物くらいのものだ。
それだというのに街道の付近でゴブリンの姿が確認されている。そのことを疑問符を浮かべながらルキはそう口にした。
「魔物除けの効果外で姿を見た、とかその辺りだろ」
「ふーん……まぁ、俺たちはゴブリンを始末するだけだし気にしても仕方ねぇか」
ルキは自分で疑問を口にしておきながらどうでも良さそうに返事を返した。
そんなルキを見て、小さくため息を零してからアッシュはルキの頭を軽くはたいた。
「いてっ」
「自分から話を振っておいて丸投げするのやめろよ」
「いや、だってさ。良く考えなくてもどうでもいいって気付いたんだよ。何かあればギルドか騎士団が動くだろ?」
「それは……まぁ、そうだな」
魔物除けの効果が切れてるのか、はたまた別の要因があるのか。
そのどちらだとしても一介の冒険者に過ぎないアッシュとルキが対処するようなことはなく、ルキが口にしたようにギルドが調査員を派遣し、王国騎士団が問題を解決するだろう。
少し考えてからアッシュはそれに同意しつつも、だからと言って丸投げするのはやはりどうなのだろうか、と考えていた。
「そうなればギルドから正式に依頼の形で募集がかかるか、騎士団が勝手に終わらせるか。そのどっちかだからどうでもいいだろ」
「あー……確かに出来ることならギルドからわざわざ募集がかかるような依頼は受けたくないからな……」
「だろ?だから総じてどうでもいい。ってことになるんだよ」
ルキの言葉に苦い顔をしながらアッシュが答えると、ルキは心なしか得意げに、もしくは所謂ドヤ顔で言葉を返した。
だがそれはそれとしてどうでもいいと言い切るのはどうなのだろうか、とアッシュは思ってしまう。
とはいえルキの言っていることは最もなのでそんなことを言うな、とは言えず微妙な表情を浮かべるしかなかった。
そうとなるとこれ以上あれこれとこのことについて話をしても仕方がないと判断したアッシュは話を切り上げることにした。
「まぁ、確かにルキの言う通りだな。だったらさっさと依頼を受けて何も考えずにゴブリンを始末してくるか」
「だなー」
そう話を付けてアッシュとルキは依頼を受けるために依頼の受付カウンターへと進んだ。
先ほど見たときは受付嬢を口説く冒険者の姿があったのだが、今はカウンターの横で尻を突き出すようにして倒れている。
アッシュはそれを見て恐らく邪魔だからという理由で他の冒険者にでもボコられたのだろう。という適当な、それでいて見当違いでもない憶測を立てていた。
「おはよう、フィオナ」
「あ、おはようございます、アッシュさん」
「おい! 俺もいるぞ!」
「あはは……ええ、わかってますよ。ルキくんはいつもアッシュさんと一緒ですからね」
そんな冒険者が視界に映らないようにしながらアッシュとルキは受付嬢のフィオナへと言葉をかけた。
ルキの元気な、というよりもスルーされていることに少し怒りながら言っている姿を見て、フィオナはくすくすと小さく笑って緑色のポニーテールを小さく揺らしながらルキにそう言った。
フィオナにとってはルキのそうした様子は子供のする微笑ましい物、と映っているようだった。
そうとは知らないルキは、いつもアッシュと一緒。という言葉を聞いて機嫌を直し、得意げに口を開いた。
「当然だろ。アッシュが離れろって言っても傍にいるからな!」
「自慢げに言うようなことじゃないからな」
アッシュはそう言いながらルキの頭に軽く手刀を落とした。
「いてっ……暴力はんたーい!」
「暴力じゃないっての」
すると不満を口にしたルキだったが尻尾は左右に揺れているので本気で言っている訳ではなく、アッシュとじゃれ合っている。という認識のようだった。
そんなルキの頭をアッシュはぐりぐりと撫でてから依頼書をフィオナに手渡した。
「フィオナ、確認を頼む」
フィオナは自身のかけている眼鏡に一度触れて位置を調整し、依頼書へと目を通し始めた。
「えーっと……南の街道付近に出没したゴブリンの討伐ですね。アッシュさんとルキくんなら問題ありませんね。では、ギルドカードの提示をお願いします」
言われるままにアッシュがギルドカードを手の中に呼び出してフィオナに渡すとルキもそれに続いた。
このギルドカードは冒険者個人の魔力を登録することで冒険者の情報を刻み込み、冒険者ギルドでの依頼の適正や達成状況を確認するために使われている。
また魔物を討伐した際にその情報がギルドカードに刻まれるようになっていて、討伐の依頼であればそれを確認するのが一番確実な手段だ、とされている。
そしてギルドカードに限っての話ではあるが、召喚と送還の魔法が使えるように術式が刻まれているので紛失や提示出来ない。という状況にはならないように考えられている。
「これをこうして……はい、大丈夫ですね。場所は王都を出て真っ直ぐ進んだ南の街道。揺らぎの森付近ですね」
フィオナは手早くギルドカードを確認し、依頼の内容を刻むとそう言ってギルドカードをアッシュとルキの二人へと返した。
「それでは、本日もお気をつけて」
「あぁ、フィオナも……まぁ、冒険者の相手は面倒だけど頑張れよ」
「そこで伸びてる奴みたいなのとかな」
ルキが言っているのは先ほどからカウンターの横で倒れている冒険者のことだ。
時折ビクンビクンと痙攣しているのが非常に気持ち悪いので、三人とも極力視界に入れないようにしていたがその異様さからどうしてもルキの視界には入ってしまったようだった。
その結果としてルキはそれについて口にしてしまい、アッシュとフィオナは何とも言えない表情を浮かべてしまった。
「あ、あははー……ま、まぁ……お仕事ですからね! 大丈夫ですよ!」
大丈夫だと口にするフィオナだが件の冒険者が視界に入らないようにサッと目を逸らした。
言動が一致しないことに対してツッコミを入れた方が良いのだろうか、とアッシュが考えているとフィオナはそんなアッシュの考えを見抜いたのか、慌てたように口を開いた。
「そ、それよりも! ゴブリンの目撃情報があった場所はそれなりに距離がありますからあまりゆっくりしていると日が暮れてしまいますよ!?」
俺の考えを見抜いたのか、それとも単純に心配してくれたのか。
どちらにしてもフィオナの言う通りなのでここは大人しく目的地に向かうとしよう。
「それもそうだな。それじゃ、またな」
「またなー」
「はい! 頑張ってくださいね!!」
何処となくほっとしたように手を振るフィオナに見送られてアッシュとルキは冒険者ギルドを出た。
その際にアッシュが少しだけ振り返ると、倒れていた冒険者がガバッと起き上がり、近くにいた冒険者に殴り倒されてまた同じように倒れていた。
「……あれだよな、すっげぇ手慣れてる感じ」
「わかる。起き上がった瞬間に殴り倒されてたからな……」
同じくそれを見ていたルキは非常に呆れたようにそう零した。
それに対してアッシュは同じく呆れたように答えてから最近は変な冒険者が増えたものだな、と思いながらルキと二人で南の街道へと向かった。
▽
アッシュとルキは王都を出て南の街道へと真っ直ぐに進み、目的地である揺らぎの森の近くへとやって来ていた。
揺らぎの森という名前の由来は風や動物、魔物の姿がなくとも木々が常に微かに揺らいでいるから。というものであり、一説では妖精がいるのではないか、などという眉唾な話もある。
「んー……臭ぇな……」
そんなこと揺らぎの森を前にしてルキが顔を顰めてそう呟いた。
「ゴブリンか?」
臭い、という言葉を聞いてアッシュは真っ先にゴブリンのことだと考え、確認の為にそう口にした。
「あぁ。でも何だろうな……ゴブリン以外にも微かに臭いがする。微かなのに、頭が痛くなるような……貧民街で覚えのあるものよりも酷い、性根の腐った人間の臭いだ」
だがアッシュの考えとは違いゴブリンではない何者かの臭いのことルキは言っていた。
そしてその臭いの主はルキ曰く性根の腐った人間。とのことだった。
「……極悪人がいたみたいだな。遭遇しなくて良かった、って思っておくか」
「だなぁ……あー、クッソ面倒な依頼か!? って思ったけどたぶん大丈夫そうで良かった良かった」
微かに、ということは既にこの場にはいない。そう結論付けてアッシュとルキは言葉を交わし、揺らぎの森を見る。
相変わらず風もないのに木々が揺らいでいるがルキの言葉を聞く限りではゴブリンがこの森に潜んでいるとのことだ。
「ゴブリンは森の中、だよな?」
「おう。うじゃうじゃいる。って感じだ。これ絶対に森を焼いた方が早いよなー。あ、でも他にも一人いるっぽいぞ」
再度確認の為にアッシュが問うと、うじゃうじゃいる、という答えをルキは口にした。
それは少し面倒だな。そうアッシュが考えているとルキが不満そうにしながら物騒なことを呟いた。
確かにこの森を焼き払えばゴブリンを殲滅することが出来るだろう。
だがその他にいる一人を焼き殺すことになるので実行は出来ない。それに何よりも王国領では放火は重罪とされている。
「それはそうだけど、重罪人として指名手配されることになるだろ……」
王都で指名手配されてしまうと瞬く間に近隣の町や村にまで情報が広がり、王国領の外へと逃げなければ捕まってしまうことになる。
そして放火は問答無用で死罪。と決まっている。
それは流石に勘弁してくれ。そう思いながらアッシュが言うとルキは少し考える素振りを見せてから口を開いた。
「……アッシュと逃避行……ハロルドとか変態狐とか桜花はいない、二人きり……良いなそれ!」
「良くない」
キラキラと瞳を輝かせながらそう言ったルキの頭をアッシュは割と強めにはたいた。
「痛い!」
「馬鹿こと言うお前が悪い」
「えー、良いじゃん、二人きり。たまにはそういうのも悪くねぇと思うんだけどなー」
言いながらルキは拗ねたように唇を尖らせていた。
そんなルキに対してアッシュは頭が痛そうに額を抑えながら言葉を返した。
「家だと二人きりだろ」
「もっと二人きりの時間が欲しいんだよ! 朝とかベッドに忍び込んでもいつの間にかいなくなるし!」
どうにもルキとしてはもっとアッシュと二人きりの時間を確保したいようだった。だがそれと同時にベッドに忍び込むことについても口にした。
アッシュとしてはベッドに忍び込むというのはおかしなことであると気づいて欲しい。と思っていた。
そしてどうにも依存しているように思えることに関しても少しばかり思うことがあった。
「はぁ……その依存気味なの、どうにかした方が良いぞ、お前……」
アッシュは多少なりとではあるがルキが自身に依存してしまう理由を理解していた。
ルキが幼い頃からアッシュがずっと面倒を見て育ててきたこともあって親のように、もしくは兄のように慕ってくれているのだと考えている。
だがどうにもいき過ぎているような気がすることも多々あってアッシュは最近、それについて頭を悩ませることも多い。
「まぁ、今は良いか。それよりも……ゴブリンをどうにかしないとな」
とはいえ今それを考えてもどうしようもないと判断したアッシュはゴブリンの討伐に意識を向ける。
「俺としてはこれから話を発展させても良いのに……いや、アッシュがゴブリンを始末するのが先だって言うならそれに従うけどさ」
従うと言ったがルキは非常に不満そうにしていた。
だがそれについて指摘すると面倒なことになりそうだとアッシュの勘が告げていたこともあり、アッシュは気づかないふりをすることにした。
それにゴブリンの討伐のために来たのだから、本来の目的を優先すべきだ。とも考えていた。
「で、やり方は?」
そしてルキも同じように考えたのかゴブリンとどう戦うのか、アッシュを見上げながら問いかけた。
「木の上を移動して見つからないようにするか、索敵をルキに任せて木の影から強襲をしかけるか。まぁ、面倒なら普通に進んで真っ向勝負だな」
「まぁ、森の中だと縦横無尽に動けるって感じだからなぁ……ゴブリンに手こずるようなことはないから適当でも良いんだけどさ」
アッシュの案を聞いたルキだったが、結局はゴブリンに手こずることはない。と断言して揺らぎの森へと目を向ける。
「とはいえ、一応警戒はしておかないといけない。わかったな?」
「わかってるって!」
そんなルキに釘を刺すように言ってからアッシュも同じように揺らぎの森へと目を向けた。
それから任せてくれと言ってグッとサムズアップをするルキの頭にポンと手を乗せてから頼りにしている。と言外に伝えて揺らぎの森の中へと歩を進めた。
普通であれば伝わらないが、アッシュとルキはずっと一緒にいることもあってこれだけで充分に伝わる。
その証拠としてルキはニッと嬉しそうに笑ってアッシュの隣を歩く。
「なーなー! 勝負しようぜ、勝負!」
「勝負?」
だがすぐに良いことを思いついた。とでもいうようにルキが声を上げた。
急なことでどういうことなのかとアッシュが疑問符を浮かべると意気揚々とルキはそれに答えた。
「そう! どっちがゴブリンを多く始末出来るか。どうだ?」
「別に良いけど……勝ったら何があるんだ?」
「負けた方が何でも言うことを聞く!」
「常識の範囲内で。ってのを付け足そうか」
何となく、言うことを聞く。ということに嫌な予感を覚えたアッシュが釘を刺す。
だがそれはテンションが上がり始めていたルキには通用しなかった。
「俺が勝ったら……その時のお楽しみだな!」
「おい」
「そうと決まればさっさと行こうぜ!絶対に負けねぇからな!!」
「ちょっと」
「へへ……どうでもいい依頼だったけどやる気が湧いて来るぜ!」
「人の話を聞け!!!」
テンションを上げていくルキにはアッシュの言葉など耳に入っていないようで一人で完結させながらずんずんと揺らぎの森の中へと進んでいく。
そんなルキを見て、もしかすると受けてはならない勝負を受けてしまったのではないか。そんなことを考えながらアッシュは大きなため息を零した。
だがすぐにアッシュは勝てば良いだけだ。と妙な吹っ切り方をしてルキの後を追って揺らぎの森へと進むことにした。
ルキは既に好感度が天元突破してるのでアッシュ大好きっ子となっています。
そういうメインヒロインがいても良いですよね。




