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19.三匹の始祖

 ルキから逃げて浴室を出たアッシュは急いで着替えるとパタパタと未だに赤いままの顔を手で扇ぎながらリビングに戻るとそこは相も変わらず酒瓶などが散乱していた。

 だが違うこともあり、それはイシュタリアが起き上がり一人で酒盛りを再開していた。

 そしてイシュタリアはアッシュを見るとにやにやしながら口を開いた。


「さっきはお楽しみだったわね?」


「楽しんでたと思うか?」


「そうねー、途中まで流されてたけど、途中からは楽しむ余裕はなかったんじゃないかしら?」


「流されてる時も別に楽しんではなかったっての」


 嫌そうな表情と疲れたような声で返したアッシュの様子を見てイシュタリアはくすくすと小さく笑っていた。

 さて、ここで通常であれば一つ問題となることがある。どうしてイシュタリアが浴室で起きていたことを知っているような口ぶりをしているのか、ということだ。


「えぇ、それも知ってるわ。でもあれよね……アッシュがルキに手を出しそうになるなんて思ってもいなかったわ」


「俺だって手を出しそうになるとは思ってなかったさ。にしても、相変わらずプライバシーも何もないな……」


 相変わらず、とアッシュが言ったようにそうしてイシュタリアが知り得ないことを知っている、ということは珍しいことではない。アッシュにとって神というのはそういうものだ。と投げやりにも思える考えを持っているので文句のように口にしながらもあまり気にしていなかった。

 というよりも、気にするだけ意味がない。と考えているといった方が正しいのかもしれない。


 何にしろ、もしあのまま流されていたのならアッシュはその手の趣味はないと言っているのにルキに手を出していただろう。

 それがわかっているからこそアッシュは額を抑えながらそう言ってからソファに腰を下ろした。

 そこにはまだシャロが丸くなって眠っていて、酒に酔ったことが原因なのか深い眠りに就いていた。こうしてアッシュとイシュタリアが話を続けていても起きることはなさそうだった。


「女神には何でもお見通しよ。まぁ、場所が悪かったとでも思っておきなさい?」


「場所っていうよりも浴室を勝手に改造して神域の類にしたお前が悪いって思っておくさ」


「何よ。お風呂は大きくないと! 狭いとゆったりリラックス出来ないじゃない!」


「あー、はいはい。そうだな、そうかもしれないな」


 放っておくと自分のこだわりを延々と語るとわかっていたアッシュは適当にイシュタリアの言葉を聞き流しながら深く息を吐いた。

 そんなアッシュに対してイシュタリアは仕方がないわね、とでも思っているようで生暖かい目を向け、口を開いた。


「まぁ、あれよね。これから頑張りなさいね」


「頑張るって何をだよ」


「ルキのことよ。あの子、これからは本気でアプローチをかけてくるわよ」


「は?」


 イシュタリアが口にした言葉の意味を理解出来ず、そんな言葉にならない声を上げてルキがイシュタリアを見た。

 するとイシュタリアはこれから面白いことが起こるわね、と考えながら上機嫌な様子を隠そうともせずにこう言った。


「あの子がどういう感情を貴方に向けているのか、薄々勘付いてるんじゃないかしら」


 その言葉を受けてアッシュは視線を泳がせた。


「あー……それは……」


 イシュタリアの言うようにアッシュはルキが自身に向けている感情がどういったものなのか理解していた。

 理解しているからこそ、軽く聞き流すようにしていた。それをイシュタリアに指摘され、そして先ほどの言葉の意味を理解した。


「……もしかして、今回のことがきっかけか」


「でしょうね。アッシュの様子を見て自分でもいけると思ったみたいね」


「…………俺にその手の趣味はない」


「知ってるわ。でもその手の趣味はなくても身内に弱くて更に言えばルキに対してはそれ以上に弱いのよねー。ダメじゃないかしら」


 軽く肩を竦めてそう言ってからイシュタリアはにまにましていた。

 そんなイシュタリアを見てアッシュは一つ舌打ちをしてから観念したように手を挙げて言葉を返した。


「あぁ、そうだな。でも仕方ないだろ、俺がこうしていられるのはルキがいてくれるおかげだ。ルキに弱くて当然だ」


「えぇ、そうね。本当に昔からあの子には弱いんだから……とりあえず、気を付けないと貴方がルキを食べるよりも、ルキに貴方が食べられてしまいそうね」


 少し面白いことを言った。と思ったのかドヤ顔でそう言い切ったイシュタリアだったがすぐにその動きを止めてすぐに微妙な表情へと変わった。


「……ダメね、これ。洒落になってないわ。今日から一緒に寝るんでしょ? 大丈夫? 油断してるところをペロッと食べられたりしない?」


「いや、流石にそれはない……と、思うんだけど……え、ないよな?」


「……あの子の一族はちょっと特殊だからないとは言い切れないわね……というか、たぶん、あの子が暴走したらペロッと食べられるとかじゃ済まないんじゃないかしらね……」


 何とも言えない空気の中でアッシュとイシュタリアは互いに微妙な表情を浮かべて顔を見合わせ、そしてイシュタリアが憐れむような表情へと変わり、こう言った。


「アッシュ……強く生きなさいね……」


「どうせ無理でしょうね、って目になってるぞ」


「いや、だって無理でしょ。ルキに対してはどうしようもないくらいに弱いんだから。まぁ、あれね。適度にまともに反応してあげないといつか冗談抜きで食べられる側よ、貴方」


 イシュタリアの言葉を聞いたアッシュは大きなため息を零してから、イシュタリアの言葉の中で気になった物があったのでそれについて言及することにした。

 いや、気になったからというよりも今はルキに食べられるどうこうを考えたくないと思っているからこその逃避のようなものだった。


「なぁ、ルキの一族が特殊だって言ってたのはどういうことなんだ?」


 アッシュはルキのことに関してならば誰よりも良く知っている。だがルキの家族に関してはそうはいかない。それについてイシュタリアは何かを知っているようで、現実逃避と単純な興味でアッシュはイシュタリアにそう訊ねた。

 するとイシュタリアは少しだけ考えるような素振りをしてから口を開いた。


「そうねぇ……人間にだって生まれた国によって人種が違うっていうのがあるわよね」


「あぁ、王国で生まれた人間はウルシュメルク人って言うくらいだからな。その言い方だと狼人(ウェアウルフ)にもそういった括りがあるってことか?」


「近いような、遠いような……まぁ、狼人(ウェアウルフ)の場合は始祖の存在によって決まるのよ」


「始祖?」


「ええ、狼人(ウェアウルフ)の始祖は狼王アンセナ、天狼フェンリス、賢狼シアースの三匹の狼よ。アンセナの子たちは顔も狼みたいだし、人よりも狼に寄ってるわ。逆にシアースの子たちはルキみたいに人に近い見た目をしてるわね」


「へぇ……ってことはルキの始祖はシアースになるのか」


 王都でも見かける狼人(ウェアウルフ)には確かにわかりやすい特徴としてその二点があった。

 ざっくり言ってしまうとガチなケモナーが好きなのは始祖がアンセナである狼人(ウェアウルフ)。ライトなケモナーが好きなのは始祖がシアースである狼人(ウェアウルフ)。ということだ。

 そんなことを考えたアッシュに対してイシュタリアは首を横に振った。


「違うわ。ルキはフェンリスの子よ」


「フェンリスの?」


「えぇ、フェンリスの子なんて狼人(ウェウルフ)の中でも本当に稀少な存在で、一番ぶっ飛んでるのよ……まぁ、フェンリス自体もとんでもない狼なんだけどね」


 とんでもない狼だ、と言いながらもイシュタリアは何処となく楽しそうにしていた。

 それを見てアッシュはイシュタリアとそのフェンリスは何かしらの縁があるのだと判断した。それも悪いものではなく、どちらかと言えば快い縁だと。


「あぁ、そんなことは置いておくとして。とりあえずフェンリスの子の特徴としては他の狼人(ウェアウルフ)とは比べ物にならない程に高い身体能力、魔法や毒物、薬物などに対する高い耐性、というかほとんど無効化するのよねぇ……」


 どう、すごいでしょ? とでもいうようにドヤ顔をするイシュタリアだったがアッシュはその話を聞いてなるほど、と納得していた。

 以前からルキには魔法が意味を成さないのが疑問だった。シャロに対して言って良いのか、と考えたのも答えのわかっていない物を教えて良いのか疑問に思っていたからだったりする。

 とはいえ治癒魔法などは効果があるのでルキに害となる魔法を無効化する、というのが正しいのかもしれなかった。


「それが本当なら確かにフェンリスが始祖なんだろうな……」


「ただ……特殊だって言ったのはそれじゃなくて、何て言えば良いのかしら……フェンリスの子は生涯において一人を愛し、その愛が大きくて重くて……まぁ、フェンリスの子に愛されるってことは割と大変なのよねー……」


「……具体的には?」


 愛が大きくて重い。そして割と大変。という言葉を聞いてアッシュは嫌な予感がしつつもそう訊ねた。

 するとイシュタリアは少し考えてからあれ? と何かに思い至ったようで、すぐにどうということはないか、という風に一人で納得するように頷いてからこう答えた。


「好き好き大好き超愛してる。そんな感じ?」


「何だよそれ」


「愛してるから傍にいたい。愛してるから触れ合いたい。愛しているから愛されたい」


「……普通じゃないか?」


「恋をしてるから傍にいることを想う。恋をしているから触れ合うことを想う。恋をしているから恋をされることを想う。求め、夢を見て、そしてそれが何処までも際限がない」


 イシュタリアの言葉を聞く限り、ルキはアッシュに恋をしているだけではなく深く愛しているようだった。いや、ようだったではなくそうなのだろう。

 愛の女神でもあるイシュタリアはそうした事実に対しては真摯であり、嘘偽りを口にすることはない。それは愛の女神としての矜持のようなものだった。


「際限がない、か。まぁ、確かにルキはそういうところがあるけど……」


「それが今度からはエスカレートするわよ。ルキはアッシュを落とせると思ってるみたいだもの」


「マジか……」


 イシュタリアの言葉を聞いてそんな言葉を零してからリビングからでは見えない浴室の方を見た。

 当然そこを見たからと言って何があるわけではないがアッシュはため息を零してイシュタリアの方へと向き直った。


「はぁ……イシュタリア、アドバイスはあるか?」


「アドバイスね……とりあえずはルキの想いを正面から受け止めて、そういう感情を抱いているってのをちゃんと意識してあげなさい。反応がないとどんどん過激になる可能性があるわ」


「そうか……そうか?」


「そうなのよ。だから頑張りなさいね?」


 にやにやして頑張りなさい、という言葉を口にしたイシュタリアは非常に楽しそうでそれを聞いたアッシュはため息を零してしまった。

 どうにもイシュタリアはこんなことになってしまったアッシュとルキの状況を楽しんでいるようだった。それがわかっているからこそのため息だった。

 だがそれでも何も知らない状況よりはマシになったと思いながらアッシュはこれからのことを考える。

 ルキの想いを受け止めて、ちゃんと意識する。そして反応を返す。それをイシュタリアは軽い調子で言っていたがアッシュにとっては非常に難しいことだった。


 今まで聞き流したり受け流したりしていたのに急にそんなことが出来るわけがない。

 一体どうすれば良いのか、アッシュはそれを考えて頭が痛くなるのを感じた。

一章丸々使ってルキがアッシュのこと大好きって話にしかなっていないような。

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