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13.行き遅れではない、らしい

 クレスはその見た目に反せず幼い少女のような指を地図上の赤い印へとスッと伸ばしてから口を開いた。


「まず初めにゴブリンたちの姿が確認されたのが王都の北でございます」


 王都の北。そよ風の丘を指差し、それから指を這わせていく。


「次が王都の北西、その次が西、南西、南、南東、東、北東。というように王都をぐるりと一周するように姿が確認されていたのでございます」


 その軌跡は北から始まって綺麗にぐるりと一周している。


「地図の印を見ればわかることだが王都を囲むように、というのがどうにも気になるな」


「ゴブリンがどうして討伐してすぐに姿を現すのか、ということもだ」


「何処かに隠れていた、ということかしら。でもくまなく探しても見つからないから引き上げたのにその後になってすぐに確認されてるのがおかしいのよね」


 この場の冒険者たちは思い思いに口を開くが答えは出ない。

 そうした答えの出ない疑問に向かい合い続けるよりもアッシュとルキにとっては緊急事態というのが何なのか、そちらの方が気になっていた。


「それについては後ほど。それよりも問題は念の為にとそれらの地点を監視していた者たちからゴブリンが移動を開始した。という報告が上がったことでございます」


「移動を?」


「はい、どうやら王都に向けて進攻を開始した、ということでございますから放っておくわけにはいかない。ということでございますね」


「あぁ……なるほど。確かにそれは緊急事態だな。それで、どういった手を打つつもりだ?」


 ゴブリンが王都へとやってくる。ならば通常は冒険者に声をかけるよりも憲兵団や騎士団を動員した方が良いだろう。

 特に騎士団はウルシュメルク王国最大の戦力として謳われるだけの実力を持った人間が集まり、日々研鑽を重ね、有事の際に王国を守るために戦う。

 と、言われているのでこういう時にはしっかりと働いてもらいたいものだ。そんなことをアッシュが考えているとクレスは首を左右に振ってから答えた。


「騎士団が動く、となれば我々としても非常に楽が出来たのでございますが残念ながらそうもいかないのが現状でございます」


「選定の儀か……」


「その通りにございます。シルヴィア様が選定の儀を執り行う、ということで騎士団はそちらの警護に。そして憲兵団は王都内部の警羅に、となっているのでございますよ」


 選定の儀、というのはウルシュメルク王国にて管理されている聖剣の持ち主を探し出すための儀式だ。

 ただ今回は既に第三王女であるシルヴィアが聖剣に選ばれているので、言ってしまえば今回の選定の儀はパフォーマンスのようなものであり、第三王女が聖剣に選ばれ勇者になったのだと王国領内や友好国、敵対国に対して大々的に知らしめるために行われる、と考えるべきだ。


「そうした事情から今回は我々が対処する必要がある、ということでございます」


「なるほどな。そういうことであれば仕方ない。俺たちは北に向かおう」


「なら俺たちは東だな」


「わかったわ。西に向かわせてもらうわね」


 その後もそれぞれが自分たちの向かう方角を口にし、残ったのは南だけとなった。

 どういう基準で選んでいるのか、と考えてすぐにアッシュはその答えに思い至る。


「なるほどな。自分たちが依頼を受けた場所のある方角ってことか」


「あぁ、そういうことだ。南は任せても良いんだろう?灰被り」


 そういうことなら南に向かおう、とアッシュが思っていると冒険者の一人がアッシュのことを灰被りと呼んだ。

 貧民街(スラム)で生きていた頃にアッシュが灰を被っていたことや髪の色が原因で蔑称として呼ばれたのが始まりだった。だがアッシュとしてはその蔑称は気に入っていた。

 灰被りという蔑称をそのまま灰被り(アッシュ)という今の名前としたくらいには気に入っている。何よりも灰というのが良かった。

 またこうして冒険者として活動するようになってから呼ばれる灰被りというのは蔑称ではなく、上位の冒険者となった際に二つ名として呼ばれるようになっただけのものだ。

 つまりアッシュは蔑称をそのまま二つ名に変えただけ、ということだ。


「わかった、それくらいは任せてくれ」


 だからこそ灰被りと呼ばれても対して反応することもなくそう返した。

 するとアッシュのことを灰被りと呼んだ冒険者は満足そうに頷いてクレスを見た。


「それぞれ何処に向かうのか、という話し合いが済んだのであればゴブリンの迎撃に向かっていただけると幸いにございます。報酬に関しましては納得いただけるだけの物を用意いたしますのでそちらも安心していただきたく思うのでございますよ」


 そうしたクレスの言葉を聞いて冒険者たちはそれぞれ部屋から出て行く。

 彼らはこれから仲間と合流して自分で宣言した方角からやって来るゴブリンと戦うのだろう。

 そんな冒険者たちを見送る形になり、最後に残ったのはアッシュとルキ、そしてクレスの三人だった。


「俺たちで最後か。アッシュ、さっさと行って終わらせようぜ」


 退屈な話し合いが終わり、これで後はゴブリンを倒すだけだ。ということでルキは少しだけ声が明るかった。

 いや、ルキはその後にアッシュと寝ることを考えているからこそ声が明るくなっているようだった。


「そうだな。わざわざ王都に向かってくるってことは戦いやすい平原や街道で迎撃することになる。俺とルキなら余裕だろ」


「おう! 当然だな!!」


 アッシュの言葉に自信満々に応えたルキに先ほどまでの退屈そうな、面倒くさそうな様子はなかった。

 どうにも話し合いが面倒なだけで、ゴブリンと戦うことに関しては割と乗り気のような気がした。


「アッシュ殿」


 そんなアッシュとルキは部屋を出ようとしたところでクレスに名前を呼ばれた。

 何かあるのかとアッシュが振り返るとクレスがアッシュの背後に立って見上げていた。

 小人族(シエンシス)であるクレスがアッシュの近くに立てば必然的にそれを見下ろす形になってしまうが、どうにもクレスは小人族(シエンシス)の中でも更に小柄な方なのかもしれない。と思えるほど小さかった。


「どうかしたのか、クレス」


「いえ、大した用はないのでございますが……最近はあまり顔を出してはくれないのだな、と思っているのでございますが」


「それならハロルドに依頼でも出すんだな。そうすれば嫌でも顔を合わせることになるぞ」


 少し拗ねたような表情で言われてもアッシュとしては反応に困ってしまう。

 一介の冒険者に過ぎないアッシュがギルドマスターであるクレスと顔を合わせるようなことなど本来あるはずがない。

 ただクレスはハロルドに依頼を出し、アッシュはハロルドから依頼を仲介される。ということが何度もあったからこそこうしてクレストは顔見知りとなっていた。

 ただ厄介な依頼を達成するだけの実力があるということで目を付けられているのでアッシュにとっては面倒なことだと思っていたりする。


「そういうことではございません。もっと、こう……一人の人間として、一人の女として……」


 少しだけもじもじとしながらアッシュを上目遣いで見るクレス。だがそれに対してアッシュは面倒臭そうに、それでいて投げやりにこう返した。


「婚期を逃しそうだからって俺に目を付けるなよな」


 アッシュとルキはクレスの実年齢は知らないが、事実として良い年齢と呼ばれる年齢になっている。

 そして最近はクレスの過去の仲間や友人たちが結婚している、もしくは恋人がいるというのに自分にはそういった浮いた話が一切ない。ということで焦っていたりする。ついでに言えばアッシュとルキはハロルドからそんな話を聞いたことがあった。


「わ、私は! い、行き遅れてなどいないと言わせていただきたいのでございますが!!」


 婚期を逃しそう、という言葉を受けてクレスは慌てたようにそれを否定した。

 ただその否定の仕方がハロルドから聞いた話が真実なのだな、とアッシュとルキに悟らせることとなった。


「はいはい。そいつは結構なことだ」


「どうしてそこで聞き流すのでございますか!?」


 アッシュにとってはクレスの話をまともに聞いたとしても面倒なだけなので聞き流しても当然。と考えていた。


「俺たちはこれからゴブリンを迎撃するために出ないといけないんだ」


「そーそー。だからお前の話に付き合ってる暇はねぇんだよ! というかアッシュに近寄んな!!」


 バッとアッシュとクレスの間に入ってルキがグルルと唸るのを見て、アッシュはこれを強引にでも切り上げないと長くなるような気がしていた。

 いや、そういう気がするというよりも確実に長くなってしまうだろう。


「それはわかっているのでございますよ!! それでも! 行き遅れなどと!! 言われては!! 否定せざるを得ないということでございます!!!」


「行き遅れは行き遅れだろ!! 今年で何歳だよ! もう立派なおばさんじゃねぇのかよ!!」


「お、おばさんなどと言われるような見た目ではございませんから!!」


 子供と子供がキャンキャン吠え合っているようにしか見えないが、本当は子供対大人なのだと思うと何ともやるせなくなる光景だった。

 またクレスはそんな見た目ではない。と口にしていたが年齢に関してはまったく否定していなかった。本人にも年齢に関しては自覚が充分にあるようだ。

 ただアッシュとしてはルキの言葉は言い過ぎだと思っていたので軽く諫めておくことにした。


「ルキ、それくらいにしとけ」


「ガルル……!!」


 アッシュの言葉を受けてそれ以上は言わなくなったルキだが、それでもいつものように唸りながらクレスを威嚇していた。

 そんなルキに対するクレスは必死になって声を上げていたせいか軽く肩で息をしていた。そうなるまで必死に否定していた、ということになる。


「はぁ……クレス、どうせ今回の件が解決するにしろ、まだ何かあるにしろ、話し合いの場はまた設けるつもりだろ。これ以上はその時か、その後で良いよな」


「はぁ……はぁ……え、えぇ、それで結構でございますよ。ただ迎撃に向かう前に行き遅れというのは訂正していただきたく思うのでございますが!」


「見た目だけだろ! ていうか小人族(シエンシス)で見た目がおばさんとかやべぇんじゃねぇのかよ!」


「だから!! おばさんではないと言っているのがわからないのでございますか!?」


 そこは譲れないのか。と思いながらも訂正するまでは解放してもらえそうになかった。


「あー、そうだな。大丈夫大丈夫、クレスは可愛いから行き遅れとかしないさ。そのうち良い人が見つかって誰もが羨むような幸せオーラを振りまくようになるんじゃないか?あぁ、きっとそうだろうさ」


「その通りでございますよ!行き遅れとかあり得ないことでございますし、それよりもアッシュ殿は私のことを可愛いと思っているとわかったので今回は良しとしておくつもりでございますよ!」


「はいはい。それじゃ、俺たちはもう行くから報告を楽しみにでもしておけよ」


 アッシュは適当に口から出まかせを言っただけ。という状態だったがどうやらクレスは納得したらしい。事実としてゴブリンの迎撃が終われば報告と言う名の話し合いをしなければならなかった。

 何にしてもクレスは見た目は良いのに内面が非常に残念というか、婚期や行き遅れという言葉を必死に否定するのが不憫というか。とりあえずアッシュが引き金を引いているのでそんなことを考えられるような立場ではないのだがそれに関してアッシュは気づいていなかった。


「ええ、そうさせていただこうと思っているところでございます。では、どうぞご武運を」


「あぁ、さっさと終わらせて戻って来るさ」


「アッシュ! さっさとこんなの放っておいて行こうぜ!」


「わかってる。それじゃ、行くぞ」


 そろそろ面倒になってきたと感じたアッシュはそれだけ言ってからゴブリンの迎撃へと向かうことにした。

 ただ最後の最後までルキはクレスに対して唸っていたのでこいつは何をやっているのか、とも思ってしまっていた。

 誰彼構わず噛みつく、というわけではないのでアッシュとしても今のところは見逃しているがあまりに酷いようなら少し話をしなければならないかもしれない。そんなことを考えながらアッシュはゴブリンの迎撃へと意識を切り替えた。

若くて有能、ということもあって狙われている状態。

但しアッシュの眼中にはない模様。

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