12.緊急事態
あの後、夕食の準備が終わり、四人で食卓を囲むこととなった。
その食事風景は満面の笑みで尻尾を揺らしながら骨付き肉にかぶりつくルキや、うさぎカットのリンゴを見てテンションを上げていたシャロ、そんな二人を微笑ましいものを見るように見ていたアッシュとイシュタリア。
ついでに言えばルキは骨付き肉だがアッシュたち三人は普通に切り分けて食べやすいようにしていた。
アッシュがそうした理由はイシュタリアとシャロに骨付き肉にかぶりつけ、というのは厳しいと考えたからだ。
何にしても食事を終えて一息ついているのが現状である。
後はシャワーを浴びるなりして就寝するだけ、となっているのだがアッシュにはその前に話をしておかなければならないことがあった。
「さて、とりあえずは落ち着いたから話をしないとな」
そう切り出すと三人がアッシュを見た。
「ルキ、もう何となく気づいてると思うけどシャロはこの家に住むことになったからな」
「知ってる。使ってなかった部屋をクソ女神が勝手に割り当てたんだろ?」
「あぁ、だから苦情は全部イシュタリアに頼む」
ルキが嫌がるようならアッシュとしてもどうにか説得しなければならないかもしれない、と考えていたがそれは杞憂に終わることとなった。
だがやはりと言うべきか、ルキは非常に不服そうにしていた。
「その辺りのことは一応チビと話をして、とりあえず納得はしたからアッシュは気にしてなくて良いぞ」
「はい。ルキさんとお話をして、一応納得はしていただけました。後は、一応その……主様に許可を頂ければ良いなぁ、と……」
おずおすとそう口にしたシャロはイシュタリアの言葉ならアッシュは何だかんだで受け入れると頭では理解していてもやはり不安には思うようだった。
「この家に住む許可ってことか? それなら問題ないさ。まぁ、お世話役だって言うなら家事をしてもらおうかと思うんだけど……出来るか?」
この出来るか、というのは家事を全部やれ、ということではなくて家事スキルがあるのかどうか、という問いかけだった。
あまり出来ないとしても今後出来るようになれば良い。出来るのであればある程度は任せても良いとアッシュは思っていた。
「あ、それは大丈夫です! 一応、イシュタリア様から神託を授けていただいて、それをお母様たちに説明してから色々と教えていただきましたから!」
「そうか、それなら明日から幾らか頼もうかと思ってる。それで良いか?」
「はい! お任せください!!」
何となくだがアッシュには、シャロは精一杯自分は役に立つのだとアピールしようとしているような気がした。
なのでこういった場合は余計なことは言わずに仕事を与えるというか、頼るというか。そうした方が良いと考えてそれだけ聞くことにした。
するとシャロは元気よく、何処となく嬉しそうにそう返事をした。
それをイシュタリアが微笑ましそうに見て、ルキがつまらなさそうに見ていた。
本来であればもっと話をする必要がある。だがとりあえずはこれくらいでも問題はない。とアッシュは判断していた。
元々貧民街で生きて来たアッシュとルキにとってあれこれと話をしてお互いを知る。ということよりもお互いに警戒し合いながら何をするのか、何が出来るのか、どういった相手なのか。というのを知るのが定石だった。
「よし、なら明日から頼む。それで、話は終わりで良いよな。無駄に長々と話しても――」
そう言ってアッシュは話を切り上げようとした。あまりだらだらと話をしても仕方がないのと、子供が遅くまで起きているのはあまり感心しないと思ったからだ。
だが残念ながらそれは叶わなかった。
「アッシュさん! いらっしゃいますか!? アッシュさん!!!」
何度も強くドアを叩く音と、アッシュの名を呼ぶ声によって遮られたからだ。
酷く焦っているような声にその場にいた四人は異常事態だと悟る。
「ルキ」
「食後の運動、ってくらい軽めなら良いんだけどな」
返事をしながらルキは立ち上がり、アッシュの隣へとやって移動する。
「イシュタリア」
「はいはい。特別に留守番しててあげるわ」
そう言ってからイシュタリアはキッチンにある棚を開け、酒瓶を一つ取り出した。
留守番というのは一人で酒盛りをしておけ、という意味ではないはずだが。と思いながらも留守番をしてくれるというので今回は目を瞑ろう。そう決めてアッシュは次にシャロへと言葉をかけた。
「シャロは……イシュタリアの御守を頼もうか」
「い、イシュタリア様の御守、ですか……?」
「あぁ、話し相手になるくらいで良いから頼めるか?」
「わ、私が話し相手だなんて恐れ多いと言いますか……!で、でも!が、頑張ってみます!!」
緊張した面持ちでそう宣言するように言ったシャロを見て、それからアッシュはイシュタリアに目を向ける。
イシュタリアは気にするな。とで言いたげにひらひらと手を振って今度はグラスへと手を伸ばしていた。
それを見てからアッシュはため息で返し、先ほどから叩かれ続けている扉へと向かった。
「アッシュさん!! いらっしゃらないんですか!?」
相当切羽詰まっているのか、先ほどよりも扉を叩く音も声の大きさも上がっていた。
「いるからドアを叩くのをやめてくれ」
アッシュはそう声をかけて人の気配が扉の前から一歩引いたのを確認して扉を開ける。
するとそこには先ほどまで大声を上げて扉を叩いていたせいか肩で息をするようにしているフィオナの姿があった。
そしてアッシュとルキの姿を確認して、どうにか呼吸を整えようとするフィオナ。そんなフィオナが落ち着くのを待ってからアッシュは声をかける。
「それで、何かあったのか?」
「……はい、緊急事態です」
「緊急事態ね……俺に声をかけるってことは今日の依頼に関係することで良いんだよな」
わざわざこんな時間に家にまで来て関係ない、ということはありえない。
だからこそ断定するような形でそう言えばフィオナは一つ頷いてからこう答えた。
「その通りです。本来であれば日中にお話ししたように調査などを行って対処する際に、と思っていたのですが……」
フィオナは言外に想定外の何かが起きた。ということを口にした。そういうことなら詳しく話を聞いた方が良いとアッシュは判断した。それと同時にここで話をするよりも冒険者ギルドで詳しく聞いた方が良いだろう、とも思った。
「冒険者ギルドで詳しい話を聞かせてもらえるか?」
「はい、勿論です。ルキくんもそれで構いませんか?」
「ここで話をするよりはそっちの方が良いからな」
そう答えたルキだったが何処となく不満そうというか残念そうにしていた。
「わかりました。それではついて来てくださいね」
一度冒険者ギルドで、ということでくるりと背を向けてアッシュとルキを先導するフィオナ。
だがそれよりも先ほどの様子が気になったのでどうかしたのかとアッシュがルキを見ると、ルキはアッシュにだけ聞こえるように小さく呟いた。
「折角一緒に寝られるはずだったのに、遅くなりそうだなって思っただけだから気にしなくて良いぞ。軽い運動くらいなら良かったのに話し合いもありとかなぁ」
「あぁ、そういうことか。ちゃんと我慢出来るってのは良い子だな」
アッシュがルキの頭に手を乗せてくしゃくしゃと撫でながらそう言うと嬉しそうに尻尾を振りながら、表情と声だけは不満そうにして言葉を返した。
「うっせぇなー。そんなことよりも緊急事態ってのをさっさと片付けようぜ。遅くても眠くなるだけだしさ」
いや、不満そうにしようとして完全に失敗し、ふにゃっと破顔し、て声も非常に嬉しそうな声になっていた。
それに気づいたアッシュは仕方がないな、というように小さく苦笑を漏らしてから口を開く。
「あぁ、わかってる」
「わかってるならさっさと終わらせて早く寝ような!」
そんな言葉を交わしてアッシュとルキはフィオナの後に続き、冒険者ギルドへと向かった。
▽
アッシュとルキを見送ってからイシュタリアとシャロは大人しく留守番をすることにした。
いや、イシュタリアの場合は一人で酒盛りを始めたのでそうとも言い切れない。
「あの、イシュタリア様」
「んー? どうかしたのかしら?」
「主様とルキさんは大丈夫なのでしょうか……?」
緊急事態だということで連れて行かれたアッシュとルキのことを心配するようにシャロがそう言うと、イシュタリアはグラスを空にしてから言葉を返した。
「あぁ、あの二人なら大丈夫よ。アッシュもルキもとんでもなく強いもの」
「そう、なのですか?」
「ルキは元々の種族的にもスペックが異常なほどに高いのよ。それに昔からアッシュが色々と仕込んでいることもあって、ね……」
イシュタリアが知る中でも上位に入る強さを持っているのがルキだった。
そして、それ以上に強い、というよりもイシュタリアは人間の中では最も強いのはアッシュだと思っている。
「それとアッシュに関しては……私がありったけの加護と祝福を授けたから人間も魔物も勝てる道理がないのよ」
勝てる道理がない、と言い切ったイシュタリアはアッシュとルキが見れば殴りたくなる、と称するであろうドヤ顔をしてみせた。
それを見たシャロは酷く戸惑った様子で言葉を返した。
「え、えっと……ルキさんに関しては良くわかりませんけど……主様に加護と祝福を……?」
「そう、たっっっっっぷりとね! 思いついた物から他の神の権能を参考にしたり色々よ! 流石最高の女神である私! あれだけの加護と祝福を躊躇なく授けられるだけの力があるのよ!!」
シャロの戸惑いに気づかないままにイシュタリアは自画自賛を口にした。
そしてグラスに酒を注ぎ、気分良さそうにそれを傾ける。
「何にしても心配の必要なんてないわ。とりあえず、アッシュとルキが戻って来るのを待ちましょう? どうせ無傷で戻って来るわ」
「は、はぁ……わ、わかりました……」
完全にイシュタリアに流されているシャロだったが、イシュタリアの言葉である以上はシャロとしてもそうするしかない状態だった。
何にしてもアッシュに言われたイシュタリアの話し相手を、というのはこうして上機嫌にグラスを傾けるイシュタリアを見る限りはその役目を全うした。ということなのかもしれない。
▽
冒険者ギルドに到着し、通されたのは建物の奥にある会議室のような部屋だった。
そこでは大きな机の上に王都を中心とした地図が置かれ、数人でそれを囲むように立っていた。
「おや、アッシュ殿がいらっしゃったようでございますね。それに……ルキ殿も」
入ってすぐにアッシュとルキの姿を確認して声を上げたのは淡い紺の髪を一纏めにした幼い少女だった。
いや、幼い少女とは言ったがそれはあくまでも見た目だけの話であり、この人物こそがこの冒険者ギルドの長であるクレスという名の女性だ。
ギルドマスターであるクレスは小人族だ。小人族は成人したとしても子供のような姿までしか成長せず、また他の種族に比べて非力な種族となっている。
そんな小人族でありながらギルドマスターを務めているということは、規格外の力を持っているのではないか、とまことしやかに囁かれている。
「緊急事態ってことだったからな」
「で、何があったって言うんだよ」
挨拶よりもさっさと用件を言え、とでも思っているのか面倒くさそうにルキが言うとクレスはその失礼な態度をさらりと流してから一つ頷き、アッシュとルキに地図を見るように示してから言った。
「まずは地図の確認をしていただいてもよろしいでございましょうか?」
「あぁ……それは構わないけど……」
「……あっちこっち赤い印がついてるのは何なんだよ」
ルキが言ったように地図のあちらこちらに赤い印がつけられていた。
その赤い印が何なのかわからないまでも、王都をぐるっと囲むように点在していることが見てわかる。
「最近ゴブリンたちの姿が確認された場所だ」
机を囲む冒険者の一人がそう言った。確かに良く見れば赤い印の一つは揺らぎの森にあった。
そうだとしても赤い印の数は多く、これだけゴブリンの姿が確認された地点があるということはそれだけでも充分に異常事態だと言えた。
「俺たちもそれぞれゴブリンの討伐に当たったんだが……何故かすぐに再度ゴブリンたちの姿が確認されてな……」
「冒険者ギルドではそれぞれから討伐完了の報告を受け、その後再度ゴブリンの姿が確認されるまでの間隔が非常に短いことから調査が行われていた、とのことだ」
「ええ、我々としましては異常だと思ったことに関してはすぐに手を打つように、としているのでございますよ。ただ、全ての職員に共有は出来ていなかったというのはこちらの落ち度でございますが」
その情報の共有が出来ていなかった職員というのはフィオナのことが含まれている。
もしフィオナにも情報が共有されていればアッシュが報告をした時点で何かしらの話をされていたはずだ。
「あぁ、それでフィオナは何も知らないようだったのにとっくに調査が行われていたのか」
「情報の共有ってのは初歩の初歩、って感じだと思うぞー」
「そうでございますね。今後は肝に銘じさせていただく所存にございますよ」
それぞれの言葉を聞いて随分と前からゴブリンたちの異常な湧き方について調査が行われていたことがわかった。
ただそういうことは可能な限り共有しておくべきだったのではないか、とアッシュが考えているとルキが投げやりに言った。
ルキはこの場にいること、もしくは話し合いが面倒だと感じているようで、それを隠す様子は欠片もない。
「ルキ、とりあえず黙って聞いとけ」
「はーい」
だからと言って話の腰を折られても困るのでアッシュが黙るように言うとルキはそう返事をして地図へを目を向けた。
話し合いは面倒でも一応、話は聞いておく。ということだ。
「さて、それでは人も揃ったところで話をさせていただきたいと思うのでございますが」
「あぁ、良いぞ」
最後の一人というか二人だったアッシュがそう言葉を返すとクレスは一つ頷いて他の冒険者たちに目配せをした。
緊急事態と言いながら随分と悠長に話をしていたような気もするが、変に緊張した状態で話をするよりはマシか。とアッシュは思ってそのことに言及はせずに話を聞くことにした。
クレスは合法ロリ枠なのでロリです。行き遅れでも合法ロリなのでセーフ。




