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96.取引の対価

 カルナは太陽神の武具の価値を理解している。

 というよりも太陽神の加護を受けているのはこの世界で自分だけであり、またその武具を与えられた人間も自分だけだとわかっていたために、それと等価だと出来るのは他の神に関わるものだけだと判断していた。


「今回は些か公平性に欠けてしまうが、太陽神の武具と釣り合うと判断出来るものを要求させてもらおう」


 そんなカルナはそう言ってアッシュを見上げた。

 アッシュはどんなものを要求されるのだろうか、と少しばかり内心でげんなりしてカルナの言葉を待つ。


「だが……そうだな、少しばかり身を屈めてはくれないだろうか」


「別に良いけど、何かあるのか?」


 アッシュが問えばカルナは一つ頷いて返し、それ以上は何も反応を返さなかった。

 そんなカルナに対して疑問符を浮かべながらもアッシュは言われた通りに身を屈める。

 ルキとシャロの二人も何があるのか、と同じく疑問符を浮かべながら見守っていたがルキは何となく嫌な予感がしていた。

 だが当のカルナは三人の様子を一切気にすることはなく、アッシュとの距離を一歩詰める。

 そうして距離を詰められたアッシュは少し近いな、と考えて一歩引こうとした。

 しかしそれを察したのかカルナはアッシュの襟元を掴むとそのまま強引に引き寄せ、無防備なアッシュの唇へと自身のそれを重ねた。


「なっ!?」


「え、えぇ!?」


 それを見たルキとシャロが声を上げるがカルナに唇を塞がれているアッシュは内心で驚きながらも、何処か冷静にこれがカルナの求めるものなのだろうか、と考えていた。所謂現実逃避のようなものだった。

 カルナはアッシュが抵抗することなく自身と唇を重ねている状態にこれは脈ありと考えても良いのだろうか、と思考を巡らせていた。


「赤チビィ!!!! お前何やってんだよ!!!」


 いきなりのことに呆然としていたルキだったがカルナがアッシュの唇を奪った。その事実に怒り心頭といった様子で吠えた。

 だがカルナはそれを気にしていないようでアッシュを開放する様子はなかった。


「さっさと離れろよな!!」


 ルキはそう吠えてからアッシュからカルナを引き離そうと迫る。

 しかしカルナはルキが迫るのを防ぐように炎を壁を作り出した。突然のことにルキは足を止めることとなった。

 カルナの炎はただの炎ではなく、太陽神の炎そのものであり、ルキと言えども足を止めざるを得なかった。というのが正しいのかもしれない。

 そしてルキが足を止めたのを良いことにカルナは次の行動に出た。が、それを許すアッシュではなかった。

 カルナは一瞬だけ僅かに顔を顰めるとアッシュから離れた。

 その瞬間、炎の壁は消え去り、それと同時にルキはアッシュとカルナの間に割り込み、そしてアッシュを背に庇うようにしてカルナを睨みつけた。


「アッシュ、こいつ潰しても良いんだよな? っていうかぶっ潰す!!」


 アッシュは口元を手の甲で軽く拭ってからルキの方に手をかけてその動きを止めた。


「ルキ、落ち着け」


「落ち着けるかよ!! っていうかアッシュは大丈夫なのか!?」


「俺は大丈夫だ。だからルキ、冷静になれ。流石に部屋の中で暴れられるとこっちが困る」


「でもアッシュ!! こいつアッシュにキスしやがったんだぞ!?」


 普段のルキであればアッシュに静止されると不承不承ながらに大人しくなる。しかし今回ばかりは我慢ならないようで落ち着く様子は欠片もなく、また何が何でもカルナを潰すと考えているようだった


「……流石に、舌を噛まれるとは思わなかった」


「あ? 舌?」


「いや、流石に舌を入れてくるのは看過出来ないからな」


「舌を、入れるぅ!?」


 ブチッと何かが切れる音が聞こえてきそうな目でカルナを睨みつけるルキの頭の中にはカルナを潰すというよりもここで殺した方が今後のために違いない、という考えが浮かんでいた。

 そしてそれを実行するために一歩踏み出そうとしたところでアッシュは先ほどよりも強くルキを止めた。


「ルキ、止まれ」


「アッシュ!!」


 止めてくれるな! と言外に伝えるルキだったがアッシュは首を横に振ってそれを良しとしなかった。

 それを見たルキは歯噛みし、それでもカルナを睨みつけることだけはやめなかった。


「カルナ、取引はこれで終わりだな?」


「あぁ、俺としては現状で最も価値のある行為だったと考えている」


「そうか。で、これからどうするつもりだ」


 殺気立つルキを間に挟んで淡々と言葉を交わす二人だったが、アッシュとしてはカルナに引いてもらおうと考えていた。

 このままカルナがこの場に居続けることになればルキを抑えるのは難しく、最悪殺し合いが始まってしまう。

 そうした考えと共に、こんな時だというのにイシュタリアの言っていた言葉が脳裏に過る。

 フェンリスの子は愛が大きく重い。もしかするとルキがここまで怒りに飲まれそうになっているのはその辺りも関係しているのかもしれない。そう思うと同時に確かにこれは大変だな、とも考えていた。


「そうだな……本来の任務は終わっている。それならば帝都に戻るべきだろう」


「そうか……そうか。それならここでお別れだな」


 というかさっさと帝都に帰ってくれ。と言外に含むアッシュの言葉にカルナは一つ頷いた。


「あぁ、そうさせてもらおう。ところで……」


「ところで?」


「俺との口づけに関して何か思うことはなかったか?」


「よっしゃ赤チビはやっぱりここでぶっ殺す!!」


「このタイミングで爆弾投げるのやめろよな!? ルキも落ち着け!!」


 カルナとしては純粋な疑問として、何かアッシュが思うことはないのか、と聞いたのだがいい加減に我慢の限界を迎えてそれでも耐えていたルキの怒りが爆発してしまった。

 そしてアッシュはそんな爆弾を放り投げたカルナに文句を言いながらルキが本当にカルナを殺しにかからないようにとルキを抱きかかえた。


「いきなり何やってんだこいつ、とかその辺りは思ったけどそれだけだ!」


「なるほど、嫌ではなかったと」


「余計なこと言わずにさっさと帝都に帰れよお前!!」


 嫌ではないのか、と内心で嬉しく思いながらカルナはそう言葉を返した。

 それに対してアッシュは更に暴れ始めたルキを強く抱くことでどうにか抑え、珍しく声を荒げていた。


「良いことを聞いた。これは少しばかり浮ついた心になってしまうが仕方のないことだな」


 そんなアッシュとルキの様子を気にした様子もなくカルナはそんな言葉を口にした。

 そして嬉しそうに僅かに頬を緩ませ、それから言葉を続けた。


「それでは俺は帝都に戻る。またいずれ、縁があれば会えることもあるだろう」


 カルナはそんな言葉を残し、燃え上がる炎と共に姿を消した。

 部屋に残されたのは未だに呆然としているシャロと、ルキを抱きかかえているアッシュ、それから消えたカルナがいた場所を睨みつけているルキというなかなかに混沌とした三人だけだった。

 そして、そんな状況で一番に口を開いたのは意外なことにシャロだった。


「あの、主様……だ、大丈夫ですか……?」


「その大丈夫か、っていうのはどれのことなんだろうな……」


 シャロに言葉を返したアッシュだったがその声は何処か疲れていた。

 いきなりの修羅場はアッシュにとってとても大きなダメージとなっていたようだった。


「えっと……カルナさんのこととか、ルキさんのこととか……」


「あぁ……カルナに関してはあれだ、野良犬にでも噛まれたと思っておく。それからルキは……暴れる子犬を抱えてる気分になって来たな……」


「主様!? その考えは何かおかしいのでは!?」


「いや、ほら、ルキは俺にとってもまだまだ子供だから子犬ってのは間違ってないよな、うん」


 何処となく目の中がぐるぐると渦を巻いているような、正気ではないアッシュの様子にシャロは慌ててどいうにか正気に戻そうと考える。


「ルキさん! 主様の様子がおかしいです!!」


「ガルル……!! って、あ? アッシュが……え、なんで俺アッシュに抱えられてるんだ!? これはあれか、アッシュがちょっと積極的になったとかそういうことか!?」


「ルキさんも正気に戻ってください!!」


 その後シャロ一人でどうにかアッシュとルキを正気に戻そうと奮闘し、暫くかかったが二人の正気を取り戻すことに成功していた。

 とはいえ正気に戻ったアッシュはぐったりベッドに腰掛けていて、ルキはルキでアッシュから離れようとはせずに抱きついたままだった。


「あー……悪かったな、シャロ……」


「いえ……私は大丈夫です。でも、主様は……」


「突然のことに少し疲れただけだから大丈夫だ。ただ……」


 アッシュは言葉を切ってルキを見る。

 一旦は落ち着きを取り戻したルキだったがやはり先程までのことに関して思うことがあるのか、アッシュに抱きついたまま沈黙を保っている。

 アッシュにとっては文句の一つや二つ、口にしてくれた方が何を考えているのかわかりやすいのに、こうも沈黙したままだとこの後何があるのかと不安になってしまう。


「あの、ルキさん?」


 そんなアッシュの心中を察してかシャロがルキへと声をかけた。

 それでもルキは沈黙したままであり、シャロは不安そうにルキを見ていた。

 しかし数秒後、ルキはバッと顔を上げてアッシュを見つめてから口を開いた。


「アッシュ」


「な、何だ? どうかしたか?」


 この時点で非常に嫌な予感がしていたアッシュは珍しく、またわかりやすく怯みながら言葉を返した。


「俺はさ、アッシュは誰にも渡す気はないし、奪おうとする奴がいるならそいつをぶっ飛ばすくらいのつもりだったんだ」


「そ、そうか……」


「まぁ、チビなら少しくらいは許してやっても良いけどさ。で、だ……そう思ってたのに赤チビにしてやられただろ?」


「あ、あー……まぁ……やられたと言えば確かにそうだけど……」


 何だろうこれ、すごく嫌な予感がする。そう思いながらもアッシュはひとまずルキの言葉を待つことにした。

 また傍で話を聞いているシャロはここは口を挟まずに大人しく聞いておいた方が良いかな、と考えていた。


「だから決めた。まずはアッシュを誰にも渡さないことよりも先にアッシュを俺だけのアッシュにするって」


 そんな宣言をしたルキにアッシュは先ほど以上の嫌な予感を覚えていたが、それと同時に色々と手遅れなことになった、ということも悟っていた。

 シャロはその言葉の意味をはっきりとは理解していなかったものの、何となくその言葉はルキの決意のように聞こえていた。

痺れて憧れても良いんですよ、ええ。

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