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10.少しずれた子供が二人

 時は少し戻り、アッシュとルキが冒険者ギルドへの報告と買い物をしている頃。

 残されたイシュタリアとシャロは片付けに勤しんでいた。いや、片付けに勤しんでいるのはシャロだけだった。イシュタリアはシャロにあれこれと口で教えながら、自身は椅子に座ってのんびりとしていた。

 普通であればそうしてのんびりとしている相手からあれこれと言われる。というのはあまり良い気分はしないはずったが、シャロにとっては信仰している女神の言葉ということもあって嬉々として動いていた。


「イシュタリア様! 片付けが終わりました!」


「ええ、そうみたいね。とりあえず何が何処にあるのか、覚えられたかしら?」


「えっと……イシュタリア様に教えていただけたことは覚えました!ただ、他にも色々あるようなので……」


「まぁ、そうよね。この家はアッシュが色んなルートで集めた物があるからわからないのも仕方ないわね。私だって全部把握してるわけじゃないもの」


 何処に何があるのか。全てを把握出来たかと問われて言葉を濁したシャロに対してイシュタリアは苦笑を浮かべながらそう返した。

 そんなイシュタリアに対してシャロは何処となく申し訳なさそうにそわそわとして落ち着かない様子だった。


「その辺りはアッシュに聞かないとどうしようもないとして……どうせ時間はあるんだからシャロの使う部屋でも掃除しましょうか?」


「え……? あ、あの、イシュタリア様?」


「どうかしたのかしら?」


「えっと、主様に相談せずにそういうことを決めても良いのでしょうか……?」


 シャロの疑問はもっともだった。本来そうしたことは家主であるアッシュに話を通してからでなければならない。そう、本来であれば、だ。


「あぁ、良いのよそれくらい。だって、私が決めたことだものね。アッシュなら私が一つ二つ言えば承諾するはずよ」


 最高位の女神であるイシュタリアの言葉が決めたことだから。ということではなく、単純にイシュタリアに対しては何を言ったとしても意味がないので諦めた方が早い。という理由で承諾するのがアッシュだ。

 だがそんなことを知らないシャロは、イシュタリア様に対しての態度や言葉遣いがあまり良くない主様といえどちゃんとイシュタリア様の言葉には従うのですね! と内心で上機嫌になっていた。

 信仰する女神に対して態度はアレだが実はちゃんとイシュタリアに対する信仰心を持っていると思ったからのことだった。また残念ながらその勘違いを正す者はいなかった。


「なるほど……流石イシュタリア様ですね!」


「そーでしょそーでしょ! まったく、アッシュもルキも私のことをぞんざいに扱うんだから、シャロみたいな反応は新鮮で良いわね!」


 シャロの言葉に機嫌を良くしたイシュタリアはそんなことを言いながらアッシュとルキのことを思い浮かべる。

 昔から自身に対する態度が変わることないアッシュと、昔に比べて良く吠えるようになったルキ。女神に対する態度がなっていない! と思いながらもあの二人はそうでなければ。と思うイシュタリアだった。

 何だかんだでイシュタリアはアッシュとルキのことを気に入っていて、アッシュと下らない言葉を交わすことも、ルキとお互いに罵り合ったり吠え合ったりすることも、イシュタリアは内心では楽しみにしていた。

 とはいえそれを本人たちには悟られないようにし、事実として悟らせていないのは流石女神というか、女の恐ろしさというか。


「まぁ、良いわ。それよりも二階に使える部屋があるはずだから上がりましょう?」


「はい、わかりました!」


「うん、素直でよろしい!」


 先ほどまでも申し訳なさそうな様子は何処へやら。シャロは元気に返事をし、イシュタリアもそれを聞いて楽しそうに笑みを浮かべていた。

 それから二階へと上がり、シャロの使う部屋を適当に決めていざ掃除を。と思ったところで二人が顔を見合わせて感嘆のため息を零した。


「うーん……わかってはいたけど、やっぱり掃除されてるわよねぇ……」


「はい……ゴミとか落ちてませんし、机の上や窓の周囲にも埃がありません。すごく綺麗にされてますね……」


 二人の言うようにその部屋は非常に綺麗に掃除されていて、誰かが使う予定だったのではないか。と思えるほどの状態だった。

 勿論そんな予定はなく、ただアッシュが掃除を欠かさないようにしていただけのことだ。


「んー……そうなると……シャロの私物を運び入れるだけ、なんだけど……」


「えっと……私物、と言われましても……その、持って来ている物だけですから……」


「そうよねぇ……だったら! アッシュの言っていた本でも読んで時間を潰せば良いわね!」


 掃除の必要はなく、シャロの私物を運び入れる必要も特にない。となれば後は時間を潰すだけだ。ということでイシュタリアはそう言ったかと思えばアッシュの部屋へと向かった。


「え、あ! イシュタリア様! 待ってください!」


 そんなイシュタリアを追うことになったシャロは、勝手知ったるとでもいうように平然とアッシュの部屋へと入っていくイシュタリアに戸惑うばかりだった。

 流石に女神とはいえ人の部屋に勝手に入るのは如何なものか、と思いながらも一人で廊下に立ち尽くすわけにもいかないのでシャロはおずおずとアッシュの部屋へと足を踏み入れた。


 そこは言ってしまえば一般的に部屋にある家具が置いてあるだけの部屋だった。違うところがあるとすれば少し大きな本棚にはしっかりと本が詰まっていてイシュタリアはその本棚を物色しているところだった。


「えーっと……アナスン、アナスン……あ、あったわ。人魚の話って言ってたけど、どんな内容なのかしらねー?」


 目当ての本を見つけたイシュタリアはそれを手に取り、そうするのが当然のことのようにベッドへと寝転がるとそれを読み始めた。

 うつ伏せになって足をパタパタとさせている様子は女神の威厳など欠片もない姿であり、それを見てシャロの中にあった女神像というものにとても大きな罅が入ったがイシュタリアはそれに気づかない。いや、気づいてもきっと気にしない。


「あ、シャロも適当に本を読んだらどうかしら? アッシュってば意外と色んな本を買い込んでるからシャロ気に入るような本もあると思うわよ?」


「あ、はぁ……え、えっと、それじゃ……」


 完全に状況についていけていないシャロであったが、そのせいもあってイシュタリアの言葉に流されてしまった。

 半ば混乱した状態でシャロは本棚の前へとふらふらと進むと本棚の中の本へと目を向ける。


「えっと……わ、私もアナスンさんの本を……?」


 題名だけではどんな内容なのかわからないことと、どうせならイシュタリアと同じ作者の本を読んでみよう。ということでシャロはアナスンの本を探し始めた。

 そして一つの題名が目に入ると、それに惹かれるように手を伸ばした。そしてその本を開き、その内容に少しだけ目を通した。


「マッチを売る少女の話……? どんな話なのかな……?」


 そのまま本を手に椅子まで移動するとそれに腰かけてから本格的に本を読み始めた。

 それによって部屋の中には時折ページをめくる音がするだけで非常に静かな空間が出来上がり、それはアッシュとルキが帰って来るまで続くこととなった。



 アッシュたちが家に戻ってから目にしたのは綺麗に片付いたキッチンであり、そこにイシュタリアとシャロの姿はなかった。


「イシュタリアは部屋に戻ってる。ってことで良いんだよな?」


「そうだと思うぞ。けどさ、あのクソ女神に部屋何て用意する必要ねぇと思うんだけどな!」


「用意しなかったらしなかったで面倒なことになるのはわかってるだろ」


「そうだけどさぁ……」


 わざわざイシュタリアの為に一室用意している。というのがルキとしては気に入らないらしく、不満を隠そうとせずにそう言った。

 だがアッシュにとっては今回に限ったことではなく、以前から何度も聞いている言葉なのでいつもと同じように言葉を返していた。


「だいたいクソ女神はふらっと顔を出すことはあっても夜には消えるし、部屋があっても意味ないと思うんだよなぁ」


「あいつは深夜になれば戻ってきてるんだけど……」


 ルキは知らないことだがイシュタリアは夕食を食べた後にふらっと姿を消すが、結局は深夜になって戻ってきてアッシュに酒の一席に付き合うように言って半ば強引に付き合わせている。

 アッシュはイシュタリアに押し付けられた加護や祝福によって必要な睡眠時間は少なく、また酒に酔うこともないので騒がれるよりはマシだと毎回付き合っているのをルキは知らないようだった。

 ただルキは夜になればぐっすりと眠る健康優良児なので仕方ないことではある。


「はぁ!? 何だよそれ聞いてねぇぞ!!!」


「言ってないからな。ほら、それよりも少し早いけど夕食の仕込みをするからその間に……あー、一緒に寝るならその準備ってわけじゃないけど枕くらいは移動させとけよ」


 口を滑らせてしまい、それを聞いたルキが少し怒っているようだったので気を逸らすために夕食の話とルキの要望通りに一緒に寝るために、という話をアッシュが口にした。

 するとルキはピタッと動きを止めて、だが尻尾だけは左右に揺らし始めた。またそれは徐々に振れ幅を大きくなり、最終的にはブンブンと大きく尻尾を振るようになった。


「わかった! 部屋の方は俺に任せて、アッシュは晩飯の準備頼んだぞ!!」


 瞳をキラキラ輝かせながらルキはそう言うと大急ぎで二階へと上って行った。

 それを見送りながらそういえばイシュタリアは俺の持っている本を読むとか言っていたので部屋で遭遇して喧嘩をしなければ良いのだが。とアッシュは思った。

 だがそれはそれでいつものことなので特に気にする必要もないか。と結論付けてアッシュは調理へと移ることにした。

 ワイルドブルの骨付き肉、となれば下処理と焦げ付かないように焼くのに時間がかかるので今から手を付けておく必要がある。もしこれで焦がしてしまうとルキが目に見えてしょんぼりすることがわかっているアッシュはそうならないように調理しなければならなかった。


 そうしてアッシュが調理を開始しようとすると二階からルキの叫んでいる声が聞こえてきた。

 聞こえてきた、とはいえその内容はわからない。ただ叫んでいる、もしくは怒鳴っている。ということだけはアッシュにもわかった。

 多分イシュタリアと顔を合わせて、その時に何かがあったのだとアッシュは判断した。つまりはいつものことなので何を言っているのか耳を澄ます気にはならなかった。

 だから特に気にする必要はない、と判断してアッシュは今度こそ調理を開始した。



 アッシュが調理を開始する少し前。

 ルキは自分の部屋から枕とお気に入りのブランケットを持ってアッシュの部屋へと突撃した。したのだが、扉を開けてまず目に入ったのは椅子に座って本を読んでいるシャロとベッドに寝転がっているイシュタリアの姿だった。


「このクソ女神!! 何でお前がアッシュのベッドで寝てんだよ!!」


「うるさいわね……別に良いじゃない。アッシュのベッドだからって私が使ってはいけない。なんて事はないはずよ」


 二人がアッシュの部屋にいる、ということもルキとしては許せないことだったがそれ以上にイシュタリアがアッシュのベッドに寝転がっていることが許せなかった。


「アッシュの匂いがお前の匂いで台無しになるだろうが!!」


 許せない理由は勝手に使っていることもあるが、今ルキが口にした理由が最も大きかった。

 今朝もそうだったがアッシュのベッドに潜り込んでアッシュの匂いを堪能するのがルキは好きだった。幼い頃からずっと一緒だったアッシュの匂いはルキにとって非常に落ち着く上に胸の奥が熱くなるような不思議なものだった。

 そして今日からそんなアッシュのベッドでアッシュと一緒に寝られるとうきうきしていたところにイシュタリアの匂いという不純物が混ざることにルキは腹を立てていた。


「あぁ、そうね、ルキはそういう子だったわね……」


 そんなルキの心情までは理解出来なかったが、その理由を聞いてイシュタリアは呆れたようにそう言った。

 ルキはガルルと唸りながらイシュタリアを威嚇していた。だがそんなルキを見ていてイシュタリアは首を傾げることとなった。

 どうしてルキはアッシュの部屋に枕とブランケットなんて持って来ているのかしら、と思ったからだ。


「ちょっとルキ。どうして枕とブランケットなんて持って来てるのよ」


「あ? んなもん決まってんだろ。今日から俺はアッシュと一緒に寝ることになったからだ!!」


 唸るのをやめてルキは一気に上機嫌になり、胸を張って得意げにそう返した。

 ついでに耳と尻尾も動いているのでルキと関わりのないシャロでさえ相当嬉しいのですね、と内心で思うほどにわかりやすかった。


「アッシュと?」


「おう! どうだ、羨ましいだろ!!」


「いや、別に羨ましくはないけど……」


 アッシュと一緒に寝る。という事実だけで幸せそうなルキを見てシャロは戸惑いながらイシュタリアを見ると、イシュタリアはため息を零した。


「はぁ……まぁ、その辺りのことを詳しく聞く気はないけど……あんまりそういうことを強請ってばかりだとアッシュがそういう趣味の持ち主だって誤解されるかもしれないわよ?」


「そうなればアッシュに近寄る奴が減るってことだろ? 良いじゃねぇか」


「貴方はまたそうやって……本当に仕方のない子よね……」


 頭が痛い。とでもいうように頭を左右に振ってからイシュタリアは本を手にベッドから立ち上がった。

 するとすぐさまそのベッドにルキが飛び込むと自分の匂いでマーキングをするようにゴロゴロと転がり始めた。


「やっぱりクソ女神のせいでアッシュの匂いが台無しになってやがる……!」


「それ、聞きようによっては私が臭いみたいに聞こえるんだけど」


「そんなことはありませんよ! イシュタリア様はとっても良い匂いだと思います!!」


「フォローは有難いんだけど……そういう話じゃなくて、匂いがどうこうって言うのやめなさい。ってことが言いたかったのよねぇ……」


 ルキとシャロの言葉に対してイシュタリアは何とも言えない微妙な表情を浮かべてそんな言葉を返した。

 最高位の女神と言えども子供には弱いとみるべきか、はたまたルキとシャロがずれているせいなのか。何にしてもルキ一人であれば問題はないがシャロも一緒だと自分は振り回される側になってしまうのではないか。とイシュタリアは一抹の不安を抱えていた。


「あ、あー! そうだわ! ルキがいるってことはアッシュも帰って来てるってことよね! ちょっと話があるから私は下に降りるけど、二人はゆっくりしてなさい。良いわね?」


 そんな不安を抱えてしまったからかイシュタリアはそう言って逃げることにした。いや、本人はアッシュに話があるだけなので逃げているわけではない。と思っていそうだった。


「あ? 別に良いけど……ってかのんびりとか出来ねぇよ。どうにかクソ女神の匂いを消さないといけないからな」


「えっと……そういうのは簡単に消えるものなのでしょうか……?」


「それは、こう……とにかく頑張れば良いんだよ!」


「えぇ……そんなアバウトな……」


 そんなイシュタリアに気づくことなくルキとシャロはそんな話をしていた。

 それを好機と見てイシュタリアはそっと部屋から出て行った。部屋の中では中身のない言葉をルキが口にし、それにシャロが返すといった他愛のない会話にならない会話が続いているのを耳にしながらイシュタリアはため息を一つ零した。


「はぁ……これはアッシュも苦労しそうね……いえ、違うわね。アッシュに上手く押し付ければ私は苦労しないし、見ていて面白いからそっちの方が良いわね……!」


 ついでに独り言を呟きながらイシュタリアは何となく感じていた疲れが吹き飛び、苦労するアッシュの姿を想像して良い気分になっていた。

 これは他人の苦労で、ということではなく何でもそつなくこなすアッシュのそうした様子を見られるのが楽しみだ、ということだ。どちらにしてもろくでもなかった。

 そんなイシュタリアは一階にいるはずのアッシュと下らない話と、しておかなければならない話をするために階下へと足を進めた。

本当の最強はロリショタ。

女神ですら振り回されるくらいに最強。そういう小説です。

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