表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わたし、傷物令嬢なので婚約者候補を辞退したい!  作者: あさづき ゆう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/15

暗闇の先には - シンディー -

お読みいただきありがとうございます。これで完結となります。



 何を言われているのか、理解できずに呆けてしまった。

 執務机に肘をつき頭を抱えるようにしている父親を黙って見下ろした。


 頭頂部、ヤバいかも。


 父親の幸薄い頭頂部を凝視し、父親の言葉を待つ。


「すまない……借金が返せないんだ」

「は?」

「借金をすべて肩代わりする代償に、お前をよこせと」


 借金。肩代わり。


 その二つの単語に、ふるふると体が震えた。


「お父さま。まさか……と思いますが賭博をまだ続けていたのですか?」


 声が低くなってしまうのはこの際仕方がない。怯えたように父親の肩が震えた。


 やったんだな。


 大きなため息が出た。気の弱さと流されやすい父親は正直ダメ人間だ。子爵家当主だというのにパリっとしていない。それでも母親がいるときはまだよかった。


 政略結婚で没落させないための縁組だったと聞いている。その通り、母親が生きていた3年前までは普通の子爵家だった。ところが母親が病で亡くなると、手綱を引いていた者がいなくなった父親は自称友人たちに誘われるまま、酒に賭博にと耽ってしまった。


 わたしがいくら注意していても、こちらはまだ13歳の小娘。知らないうちに連れ出されていた。自称友人たちは父親から金を巻き上げるために近寄ってきたに違いない。


「借金の返済にわたしの身が必要だというのなら、応じましょう。ただし、一つ条件があります」

「なんだね?」


 弱弱しい声で父親が尋ねた。わたしは一度大きく息を整えてから真っすぐに父親を見た。


「子爵家の当主の座を叔父様にお譲ください。このままでは子爵家が潰れてしまいます」

「……シンディー」


 悲壮感漂う顔に笑いがこみあげてくる。どうしてこの人はこうなんだろう。母親を愛していたのはいい。喪失感も耐えがたいことだ。だが、貴族として、父親として。もうちょっと矜持を持ってほしい。


「お父さまには隠居して、ゆったりと暮らしてほしいですわ」


 それが一番平和だ。



******



「あの女っ!」


 激しく陶器の割れる音が響く。投げたカップは花瓶にもあたったのか、複数の異なった音がした。イライラと部屋の中を歩き回るのはわたしが買われた先の伯爵家のお嬢様だ。

 使用人が壁際で縮こまっている。怒りを向けられたら、何が飛んでくるかわからない。仕方がなくこの場を治めようと一歩前に出た。


「ジョアンナ様、落ち着いてください」

「どうして! 一度はあの女を退けたのに!」


 あんな方法、上手くいくはずがない。

 ジョアンナの指示でわたしはアルバート殿下に近づき、好意を寄せている女性を陥れようとしていたのだ。今までジョアンナが嫌がらせをする相手が身分的にも下だから通用していたけど、相手は格上の侯爵令嬢だ。あんな言いがかりにしか過ぎないことでキャロラインをどうにかできると思っているのだから幼い子供のようだ。


 どちらかというと、わたしの存在がアルバート殿下の後押しをした気がする。言えばさらに激昂するのがわかっているからそのことは指摘せずに黙っている。わたしは()()()()指示通りに動いた。


「大体、お前が役立たずなのよ! 醜い傷痕のあるような女をどうして殿下は気にするのよ!」


 傷痕よりもジョアンナの性格の悪さの方が勝っていると思う。笑いがこみあげてきたけど、苦労してかみ殺す。キャロラインが婚約者候補辞退したにもかかわらず、アルバート殿下は逃がさず閉じ込めてしまったようだ。

 王族の居住区に連れていかれてしまえば、いくら貴族たちの弱みをたくさん握っている伯爵家でも手が出せないだろう。もっとひどくキャロラインを傷つけることだってこの伯爵家なら指示するかもしれない。そう考えれば、アルバート殿下の動きは不思議でも何でもなかった。


 そもそもジョアンナが貴族の推薦をもらって婚約者候補になれたのは、陥れて金でがんじがらめにしてるからだ。わたしの家と同じように。

 父親に借金の肩に望まれていると言われ糞爺の慰み者にでもされるかと覚悟してやってくれば、もっと最悪だった。第三王子の本命であるキャロラインを排除するための駒として買われたのだ。


 説明されて、初めてわたしを手に入れるためだけに父親が陥れられたと知った。それほどノリス伯爵は王族の一員になることに執着していた。その執着がどこから来るものかは知らないが、その様子はとても正常には見えない。


 確かにわたしの見栄えは母親に似て美しいと褒められる部類なのは知っている。それでも侯爵家の美貌を譲り受けたキャロラインに勝てるような容姿でも器量でもない。しかもアルバート殿下がキャロラインを見る目を見れば、間に入ることなど無理だと普通は理解する。


 それにしても。

 激高し続けるジョアンナを見つめ、心の中でため息を付いた。

 まさか王妃様主催の茶会でやらかすとは思ってもいなかった。不審者として立ち入り禁止されていたのをこれほど喜んだことはない。あの場に一緒にいたらわたしがやらされていた。子爵家の身分でそんなことをしたらもっと処罰が厳しかったはずだ。


 ふと、それもそれでよかったかもしれないと思いなおす。このノリス伯爵家から安全に逃れようとするなら、騎士団にでも捕まって切り捨てられるのが最善だ。

 ただ切り捨てられた後、どうなるかわからない。一番の希望は修道院へ行くことだ。



******


 この計画はうまくいくはずがない。


 たとえキャロラインを排除できたとしてもジョアンナがアルバート殿下の婚約者になれるとは到底思えなかった。ジョアンナを選ぶよりも他の二人の令嬢の方がまだいい。


 キャロラインはすでに第三王子の婚約者で結婚まであと数か月だ。当然、護衛もついているし簡単に近づけるわけがない。そう考えてジョアンナの気のすむまで、と彼女の立てた計画通りに夜会会場をうろついていた。

 うろうろしていると、退出するためにキャロラインと離れるアルバート殿下を見てしまった。侍女の格好をして一緒にいたジョアンナは喜色を浮かべた。もちろんわたしが感じたのは絶望だ。

 それでも護衛がいるはずと思いつつジョアンナに押されるままキャロラインのいる場所へと移動する。


 ジョアンナの運の良さなのか、わたしの運の悪さなのか、それでもあと一歩というところまで近づけてしまった。


 そのおかげで今は王族殺しの容疑で牢の中だ。とても居心地のいい場所とは言い難いが、あのような場所に鋏を持って行ったのだ。疑われても仕方がない。


 キャロラインの背中にあると言われている傷を公にさらして、アルバート殿下が婚約を破棄するようにしたかったと説明しているがどこまで信じたか、不明だ。命さえ奪うことが可能な大きめの鋏があるのに、ドレスを破きたかっただけだなんて。

 もし関係者ではなくて第三者としてわたしが聞いても信じないだろう。


 今回のような場合はどうなるんだろうか、とぼんやりと考えていた。なるべく苦しくないのがいいなと贅沢な望みを呟いた。


「リーベン嬢」


 落ち着いた声で名前を呼ばれた。入ってきたのはメイナード・クレモンズだ。

 騎士団に一度捕まった時、彼は言ったのだ。早めにノリス伯爵と関わるのはやめろと。忠告通りにできればよかったが、わたしの事情がそれを許さない。逃げてしまったらリーベン領がどうなるかわからなかった。


 きっと呆れているだろうなと思いつつ、顔を上げた。


「なんでしょう?」


 落ち着いた様子で答えれば、彼は何とも言い難い顔をしている。


「処遇が決まりました。貴女はリーベン子爵領での蟄居となります。生涯、王都には入れないと思ってください」

「え?」


 あまりにも軽い処罰に目を瞬いた。メイナードが小さく笑った。


「すでに調べがついています。ノリス伯爵家と同一の処罰では重すぎるということでこのような形になりました」

「ジョアンナ様は?」

「ノリス嬢は未成年なので遠方の修道院へ行くことが決まりました。ノリス伯爵は他にも色々罪状があるので罪人として裁かれます」


 修道院か。さほど悪くはないが、甘やかされて育ったジョアンナにしたら絶望的に感じるだろう。

 あっけないほどの結末に、ただ頷いた。


「リーベン子爵が身元の引き受けを名乗り上げてくれたので貴女は修道院ではなく領地での蟄居です」


 そう説明した後、メイナードが出て行った。彼の代わりに別の男性が入ってくる。


「シンディー」

「叔父様」


 顔は父親に似ているが、その性格は全く異なっている。目を細めると、彼はわたしの頭を撫でた。


「何も知らず……すまなかった。兄上からはお前は行儀見習いに出たと言われていたのだ」

「いえ」


 そういう事にしておいてほしいとわたしが父親にお願いしたのだから、叔父様は知らなくても仕方がない。父親が母の死から立ち直れず領地経営が難しいと説明して当主を引き継いでもらっていた。実際に父親と会話してみれば、領地経営など無理だとすぐにわかるのだ。だからこそ叔父様は疑問を感じなかったのだと思う。


 誰も助けてくれないと思っていた。握りしめた両手が震えた。


「許される範囲で過ごしやすい環境を整えよう」


 優しい言葉に涙がこぼれた。

 どうして誰も助けてくれないと思い込んだのだろうか。

 一度でいいから声をあげればよかった。そうすればこんな不名誉な身内が出ることもなかった。

  

「ごめんなさい、ごめんなさい」

「これからはもう少し頼ってほしい」


 小さな子供をあやすように背中を撫でられていつまでも涙が止まらなかった。



Fin.




最後までお付き合い、ありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ