お茶会での出来事……唖然としました
お読みいただきありがとうございます。
憂鬱。
一言でいえば、まさにそれだ。鏡の前に立ち、ため息をついた。今日は恒例の独身令嬢を呼んでの茶会だ。
前回がとても懐かしい。気分よく婚約者候補を辞退を叩きつけ、意気揚々と屋敷に帰ってきた。お父さまの帰りを今か今かと待っていた時が一番幸せだったかもしれない。翌日には王宮に連れてこられ、忙しい日程で王子妃教育をこなしてきた。
その期間、約2か月。
教育期間としては最短なのだそうだ。アルバートは第三王子であり、王位継承権第三位。第二位には王太子夫妻の王女が、王太子夫妻にさらに子供ができればどんどん繰り下がっていく。
将来的にはアルバートは臣籍降下する予定であった。いずれは一貴族になるため、わたしに求められる王族としての知識は王太子妃ほど多くはなく、必要な儀式やその手順、あとは王族の歴史程度だ。その他の教養に関しては、婚約者候補として受けていた教育で事足りていた。
忙しさのあまり、ロイドを知っている人に話を聞くなどできていない。昔からいる使用人たちは領地にいるので、すぐにすぐ行動に移せない事情もありすっかり後回しだ。
「お綺麗ですわ」
ヘレナと一緒にドレスの着付けを手伝ってくれたスターシアがそう褒める。わたしは観察するようにじっと鏡の中の自分を見つめた。
淡い青の生地に重ねるように濃い色の生地が使われている。この組み合わせが何を意味しているのか、思いだけで頬が熱くなった。
「……独占欲が強いのは意外でした」
呆れたようにそう呟くのはスターシアだ。ヘレナも同意するように頷く。
「このドレスの色は完全に殿下の瞳のお色ですね。それからこれも」
そう言って取り出してきた宝石箱を開ける。スターシアは何とも微妙な顔になった。わたしもそれを見て固まった。
「え? これもつけるの?」
「はい。是非ともとおっしゃっておりました」
有無も言わさず首につけられた首飾りは大粒な濃い青の宝石が一つ。そして耳にも大きめの雫型の宝石を飾る。ドレスの濃い色と同じくらい深い青だが、光の具合では透明感のある青にも見えるし、黒にも見える。
「……」
こんな格好で王妃様の茶会に参加することを考えて、遠くを見つめた。全身彼の色に包まれるなんて、恥ずかしくてどうにかなりそうだ。
「欠席、で」
「いけません。今日は婚約者候補だった令嬢たちも出席されます。きちんと今のお立場をお示しなさらないと」
それもまた憂鬱だった。社交界にまだ出られない年齢の3人は普段なら招待されないのだが、わたしが婚約者になったことで3人も納得していますよと示す場として招待されていた。社交界に出ているのなら夜会を出席することで可能なのだが、年齢を満たしていないため今回の茶会でとなったのだ。
他の3人の令嬢のうち二人の令嬢、オーガスタとシビルはお姉さまと呼んでくるほどとても慕ってくれているので問題はないが、面倒なのはジョアンナだ。彼女は恋しているのと同時に、王子妃という地位も欲しがっていた。きっと父親であるノリス伯爵の意向が強いのだろうが、あまりにも周りが見えなさ過ぎていた。
アルバートが話しかければ必ず割り込んでくるので、それを幸いに彼女を盾に使ったこともあったが、アルバートが選んだのがわたしであるとなると話が変わってくる。どんな場だろうが、突っかかってくるのは間違いない。
上手く捌ければいいのだが、飾らない言葉でも理解することが少ない彼女に遠回しの言葉が通じるとは考えにくかった。
「護衛が来たようです」
スターシアがそう告げると、扉の方へと移動した。中に入ってきた護衛を見て目をつい嬉しくなった。
「今日はケリーが護衛担当なの?」
「久しぶりだね。キャロライン嬢」
ケリーはあまり変わらない態度で挨拶をした。砕けた挨拶に、護衛を案内してきた侍女のスターシアが足を踏みつけた。よほどの力で踏まれたのか、ケリーがとても痛そうに顔を歪めた。しゃがみこまなかったのは騎士としての意地か。
その遠慮のない態度に目を丸くした。
「失礼しました」
「驚いたわ。お知り合い?」
「……愚兄です」
どうやら兄妹のようだ。二人を交互に見てなるほどと納得した。それほど顔立ちがよく似ていた。スターシアはネイサン子爵家の長女であるから、ケリーは嫡男になるのだろう。
「あ、そうするとケリーも貴族であっていたのね」
「自己紹介もまだとは」
今にも舌打ちしそうな彼女の様子がとてもおかしくて笑ってしまった。ケリーは困ったような顔で頭をかいているが、表情は穏やかだ。仲のいい兄妹なのだろう。
ふと、最近会えていない弟のユーインを思い出した。8歳も年下だが、とても賢くて優しい子だ。足の悪いわたしをいつも気遣ってくれている。姉を守ろうという気概はお母さまの教育の賜物だと思う。
「気にしなくて大丈夫よ。ケリーにはよくしてもらっているから」
「……何をとお聞きしても?」
「抜け道とか?」
ため息を付きながらスターシアはわたしの側に戻ってくる。
「今日はわたしも後ろに控えさせていただきます」
「ええ、わかったわ。よろしくね」
覚悟を決めると、二人を連れて茶会会場へと向かった。
******
王妃様の催す茶会はいつもは穏やかな空気に包まれているのだが、今日はどことなく浮ついた感じだった。きっとわたしのせいだろうな、と遠くを見つめる。隣では王妃様と王太子妃様が二人顔を合わせて、くすくすとおかしそうに笑っていた。今日は立食なのでテーブルはあっても椅子は用意されていない。
「もっと肩から力を抜いても大丈夫よ?」
「何も心配いらないわ」
「ですが」
二人は優しい言葉をかけてくる。落ち着かないのは参加した令嬢たちがこの何とも生ぬるい眼差しを向けてくるからだ。わかっていたわ、とか、やっとなのね、とかそんな言葉が漏れ聞こえてくる。もっと嫉妬されるような眼差しにさらされるかと思っていたのだが、どういうことなのだろう。
「あなたは本当に気が付かなかったのね。アルバートは貴女を見ているときは見ている方が恥ずかしくなるほど熱い眼差しを注いでいたのよ」
「本当に。アルバート殿ったら男性が少しでも近づくと睨みつけていたりして」
王妃様も王太子妃様もうふふと可笑しそうに教えてくれる。
「アルバート殿はもう少し紳士かと思っていたのに。あんなにぎらついた視線で他の女性を見つめていたら、淡い恋なんて吹き飛んでしまうわ」
どうやらアルバートは熱心にわたしを見ていたようだ。わたしが睨まれていると思っていたことが間違いだった。王太子妃様の言葉に頷きながら王妃様は上から下までわたしを観察する。
「それにその独占欲丸出しにした装い。あの子の余裕のなさに笑うしかないわ」
独占欲と聞いて真っ赤になった。わかっている。わたしもそう思ったから。だからこそ触れてほしくなかった。王妃様はにこにこと笑い、ぽんとわたしの肩を叩いた。
「ではあちらからよろしくね。わたくしは王太子妃と一緒に回りますわ」
「わかりました」
手前の集まりに、にこやかに挨拶しながら入っていった。
***
どの集まりに声をかけても、暖かなお祝いの言葉をもらうばかりだった。それだけならいいのだが、どんなふうに二人で過ごすのか、アルバート殿下とのキスはどんな感じなのかなど、とても普段のお茶会では考えられないよな言葉がかけられる。皆、恥じらいながらも興味津々だ。目が少し怖い。
「内緒ですわ」
顔を赤らめて、そう返すのが精一杯だった。ただその態度が好意的に受け止められたのか、わたしよりも若い令嬢たちはうっとりした視線を向けてくる。話を逸らしたくて、婚約者がすでにいる令嬢にそっと婚約者と仲良くする秘訣を教えてほしいと尋ねれば、嬉しそうに詳しく教えてくれる。
親しい友人といえばリリアーヌしかいないわたしはその色々な方法を聞いてどきまぎしたり、感心したり。初めて聞く内容に思わず聞き入ってしまった。
「おめでとうございます。キャロライン様」
リリアーヌのいる集まりにたどり着くと、彼女は真っ先にお祝いを告げてきた。少し照れながらも、笑みを浮かべてお礼を返す。
「ありがとう。リリアーヌ様」
「こうなるとは思っていましたが、よかったですわ。辞退するなんて言い出した時にはどうなることかと」
揶揄う言葉にわたしは笑ってしまった。
「そうね。辞退したかったわね」
「……殿下にすっかり捕まってしまいましたのね」
本音を漏らせば、逃げるのは無理だろうという顔をされた。楽しく笑いあっていると、ばしゃりと水音がした。
「え?」
濡れていたのはわたしだ。ドレスだけでなく、頭からお茶をかけられたらしい。幸いなことに温くなっていたためやけどの心配はないが、ぽたぽたとお茶が髪を伝って顔に落ちてくる。どうするべきか、よくわからずとりあえず額に張り付いた髪をかき上げた。
「この恥知らず! 一度辞退しておきながら、家の力で婚約者になるなんて最低だわ!」
顔を真っ赤にして怒鳴ったのはジョアンナだった。
「……」
どんな反応をしていいのかわからず、彼女を凝視した。笑みを見せても怒りを煽るだろうし、言い訳するのも何か違う気がする。誰もが反応ができずに固まった。
しんと凍り付いたこの場を動かしたのは、騒ぎを知ってやってきた王妃様だ。王妃様はいつもと異なり難しい顔をしている。
「何事です」
「妃殿下」
近くにいた令嬢たちは戸惑った様子で王妃様を見つめた。一目瞭然の状況に王妃様がため息を付いた。
「ノリス嬢。何をしているのです」
「妃殿下、お聞きください。セクストン侯爵令嬢はアルバート殿下には相応しくありません。一度、辞退しておきながら財務大臣の力を使って……」
彼女は得意気に説明をするが、今はそういうことじゃないのだけどと思った。
だってそうだろう。王妃様主催の茶会を駄目にしているのだ。理由なんて関係ない。
ところがそこに思い至らないのか、ジョアンナは興奮したように甲高い声でさらに続けた。
「しかも、セクストン侯爵令嬢は醜い傷痕があるというじゃないですか。子供だって産めないような女、相応しくありませんわ」
蔑むような言葉を吐き出した途端に王妃様の顔色が変わった。周りにいた令嬢たちも王妃様からの怒りに思わず一歩後ろに下がる。
わたしは冷静にああ、と心で呟いた。誰に聞いたか知らないが、彼女はわたしの欠陥を知って攻撃することにしたようだ。どこから漏れたのかな、と他人事のように心のうちで呟く。
「妃教育の時から思っておりましたが、貴女には貴族令嬢としても相応しい振る舞いが身についていないようですね」
凍えてしまうほどの声音に、流石のジョアンナも黙り込んだ。周りをきょろきょろと見回している。誰か助けてくれる人を探しているようだ。
「遅くなった」
最悪だ。今日、この場にアルバートが来るなんて聞いていない。
「アル」
王妃様も怒っているから、冷静にね?
そう続けようと思っていたが無理だった。自分でも驚くほど声が震えていた。




