第五話

連れてこられたのは、お店などではなく、普通の家だった。

「？？」

一体ここになんのようなんだろう？

そう思っていると、アオはノックをした後返事も待たずに中に入っていく。

ぎょっとしてつい握っている手を引っぱってしまった。

「ん？ああ、大丈夫だ。ここは俺の隠れ家なんだ。管理を任せてる奴がいるだけだから…」

「え？じゃあ、おう…じゃなかったアオの家ってことですか？」

「ん。まあ、そうだな。あ、来た来た。遅いぞメリー」

誰かが来たようなので、前を向くと赤毛の女性がけだるそうにこちらを見ていた。

「また抜け出してきたんですか。まあ、いいですけど。って、その人誰ですか？

めっちゃカッコいいんですけど！アオ様がここに連れてくるなんて…でもその貴族ですってカッコじゃ…」

「カッコいいだろ。友人だ。メリー。そう、下手に貴族すぎて困ってるんだ。着替えをたのむ。」

「ああ、そういうことですか。解りました。」

「あ、そうそう。……」ボソボソ。

「…まぁ、大丈夫だとは思いますけど…いいんですか？」

「ああ、任せた。」

「了解です！ああ、腕がなります！ちょっといいですか？？」

「へ？」

なにやら、内緒話のようにコソコソとアオとメリーが話していたなぁと思っていたら、いきなりメリーが目をキラキラさせてアティをなめるように見てくる。

な、なに？？

正直、メリーさんの目が怖い…

キラキラというよりはぎらぎらとした目をアティに向けて、全身を見るメリーにアティは寒気を覚える。

「よし！決めた。あれでいきましょう。さ、行きますよ。こちらへ来て下さい！」

「え、ええ？」

「ああ、行ってこい。その間に俺も着替えておく。さっき言っただろう。服をかしてやる

「え、ああ。でも…」

「ああ、もう！早く来て下さい！時間なくなっちゃいますよ！」

「あ、はい…」

にやにやとしたアオを残してメリーの後について行くアティ。

…なんなの？

まぁ、アオの前で着替えなくてもいい様なのでちょっと安心したが…

通された部屋で渡された服を見て、アティは顔が引きつった。

…女物の服なんですけど…

まぎれもなく、街娘が着るようなワンピース。

淡いピンク色で、花柄の刺繍がされている可愛いタイプのワンピース。

…可愛い…けど…。

今自分は兄の格好をしている。

ということは男として、ここに居るはずなのになんで？

「似合うと思いますよ〜。お兄さんに。しかしアオ様も酷いですよね。女装させるなんて。まあ、お忍びでしょうからばれないようにって事だと思いますけど…

さ、早く着てみてください！着終わったら、化粧しますからね！」

「え…」

女装…ばれない為…ああ、そうか。理由はわかった。

でも、なんでこの子こんなに嬉しそうなの…？

その理由はすぐ解ることになるのだが、アティは怖くてしょうがなかった。

着替えると、メリーは更に目がぎらついた。

…めちゃくちゃ怖い。

「いいっすね。いいっすね！めちゃくちゃ似合いますね！！女子って言われても信じちゃいます！」

…女子なんで。言われなかったら逆に泣いちゃいます。

「ああ、腕が鳴る〜〜〜！あたし、元はお姫様とかを着飾る仕事してたんですよ。でも、身内でアホな輩がいて、仕事場から解雇されたんですけどね。アオ様が拾ってくれたんで、文句はないんですけど、人を着飾らせることが減っちゃったのがちょっとストレスで…。久しぶりに着飾りガイがあるお人が来てくれて嬉しいです。しかも、こんな綺麗な人が女装ですよ！ううん！腕がなる〜〜〜」

ああ、そうでしたか…。

でも、手をわきわきするのはやめて頂きたい…。

そうして化粧をされたアティは、鏡を見て少し驚いた。

…この娘、腕がいい。

ナチュラルメイクで、街娘風に仕立て上げられたアティ。

トータルバランスもいい。ナチュラルだけど、良く見れば解る品のよさ。

落ち着いた感じで、アティはかなり好みだった。

「うんうん。いいですね。っていうかさすが貴族様。肌がめっちゃ綺麗ですね！

顔が整い過ぎてて神々しかったので、逆に化粧でおとなしくしてみました。似合いますよ〜」

「…ありがとう」

「いえ！いえ！」

「…腕がいいね。メリー？アオが引き抜くだけのことはある。もっと自信もっていいよ。是非今度私の妹もお願いしたい。」

にっこりわらって、メリーの手をとると、メリーは急に真っ赤になってもじもじしだした。

さっきまでの勢いはどうしたのだろう？

「あの、いえ、その…あたしなんて…好きでやってて…それに…一度解雇されているし…」

「メリーはちゃんと人のこと見て、その人にあった見立てをする。しかも、嫌味がない。私は好きだよ。それにね、メリー。解雇されたのはメリーのせいではないのでしょう？だったら気にすることない。アオが認めたんだ。もっと自信もって」

「…また、貴方様のも…見立てていいですか？」

「うん。もちろん。お願いしたいな」

そういうと、メリーは嬉しそうに笑った。その目に涙が浮かんでいたのは分かっていたが、アティはあえて触れずにメリーの手を離し、その赤毛にキスをした。

「ありがとう。メリー」

ぱくぱくと口を開くメリーはさっきのぎらぎらメリーよりも何倍も可愛かった。

すると、コンコンとノックの音がしたので振り向くと、ドアを開けてカベに寄りかかるアオがいた。

「…まさか、その姿でメリーを口説いているとは思わなかった…」

「口説く？？なんのこと？」

「…無自覚か…」

「？」

「まあ、いい。それよりも…」

すっと近づいてきて、アティの耳元でアオはささやいた。

「…想像以上に、可愛い。似合っている」

「…なっ…」

可愛い？これって、喜んでいいの？

でも、今は、兄上なんだから、男が可愛いって言われるのは…嬉しくない？

…それでも、アティは可愛いと言われて嬉しかった。

可愛いはティティに向けられることが多い。だから、アティが言われることがほとんどなかったのだ。

…なんだろう、顔が、胸が熱いな…

「メリーさすがだな。完璧だ。」

「ありがとうゴザイマス。あたしも楽しかったです。」

「そうか、よかった。じゃ、行こうかフォルス殿…って、この格好でその名前はないよな。

…アティ…」

「…え…？」

どきっとした。

今、なんて言った？

「いや、確か、フォルス殿のもう一人の妹がアリアティーノ姫だろう？ティアナティーノ姫のことをティティと呼んでいたから、アリアティーノ姫のことはアティと呼ぶのかなと。違ったか？」

「…いえ、違いませんが…」

「なんとなくだが、アリアティーノ姫がいたら今のフォルス殿みたいな感じなのかなと、思ってな。気を悪くしたか？」

「いえ、その、驚いただけです。」

「敬語はいい。で、妹姫の名を借りてはどうかと思ったのだが、嫌か？」

…そう言われてしまったら、嫌とは言えないじゃない…

でも、アティは何故か嬉しいと思う自分が居た。

本当の名前を呼ばれている。それが、嬉しかった。

「…嫌じゃ、ない。アティでいい。」

「そうか。」

ほっとしたように笑うアオ。

一瞬、もしかして気付いている？と思ったけど、そんな訳ないと首を横に振る。

だって、アオはアティのことは知らないハズだし。

単に、呼ぶ名前に困ったから、アティの名前を出してきたのだろう。

「さ、いくか。アティ。」

そうして差し伸べられた手。

長身であるアティよりも高いアオ。

きっと並ぶと、カップルに見えるだろう。

なんか…恥ずかしい。

そう思いながら、アティはアオの手をとるのだった。