ある微笑 8
僕はフラニーと仲直りした。
次の日から、フードコートで見かければ、僕から声をかけて少しの間だけ話をした。彼女はここでの生活の仕方やルールなどを真剣に聞いてきた。僕はわかる範囲で答えた。でも、会話の内容は慎重に選んだ。だって、また変なことを言って、フラニーに怒られたらと思うと気が気でなかった。
「そういえばあの猫ちゃん、かわいかったわ」
フラニーは頬を緩ませて言った。
「ミルフィーのことかい? 憎たらしいやつだよ」
「でも、愛嬌があるじゃあない」
「フラニーは勘違いしているよ。あいつ、いつも言葉の最後に、まったく、まったくというんだ。うんざりするよ。いなくなってほしいな」
『それは悪かったね。僕も君がいなくなればせいせいするよ』
ミルフィーは僕らが座るテーブルに飛び乗って、恨めしそうに言った。あちゃあ、面倒くさいことになるぞ。
「ミルフィーね。先日は手紙を預かってくれてありがとう」
フラニーがタイミングよく話しかけた。ミルフィーの機嫌が直ればいいけど。
『こちらこそ。ミス・フランセス。また会えて光栄だよ』
キザっぽい台詞。
『このおバカさんが迷惑をかけていないかい?』
「今のところはね」
『それは良かった』
ミルフィーは尻尾で僕の腕を軽く叩いた。
『フランセスは……』
「フラニーでいいわ」
『オーケー。フラニーはいつも部屋にいるのかい?』
「うん」
『退屈しない?』
「退屈かも」
フラニーは両手で頬杖をついて、うなずいた。
『じゃあパラデスの中を散歩しないかい? 僕が案内するよ』
「いいの? うれしい」
僕は会話の蚊帳の外。ミルフィーが僕の肩に飛び乗る。
『さあ行こう』
置いていかれなくて良かったよ。まったくもう。
パラデスはとても広い。全てのカ所を回るには数日かかる。足が何本あっても足りない。
巨大コンピュータがある中央制御室。スポーツ施設。ショッピングモール。VR映画館。そして、最後に植物工場を見学した。
工場内は大きなライトに照らされ、栽培用の棚が何段も積みあがっている。そこの中に様々な種類の作物が植えられていた。
『この工場に衛生管理が徹底されている。不作も害虫も病原菌もない。人は飢餓から解放された。フラニー、すばらしいことだと思わないかい?』
ミルフィーは自信ありげに言った。
「そうね。でも、美味しくなさそう」
『まずそうって言うのかい?』
「うん。だってその作物には大地の恵みが入っていないでしょ」
『前近代的な考え方だ』
僕はミルフィーの頭を小突いた。
「お互いの考えを尊重しないとダメだろう」
僕は猿の脳漿を思い出した。
「ただ、栄養を取るだけならいいけど、食べるってそれだけじゃあないと思う」
『ごめん。確かにそうだ。一方的なことを言って申し訳ない』
「自然を感じたい」
フラニーが寂しそうに言った。
『パラデスの衛生管理上、構外に行くことはできない。それに構外には伝染病が蔓延している。とても危険だ』
「オオマキフラワーガーデンはどう?」
僕が提案する。
「フラワーガーデン? お花があるの?」
「そうだよ」
僕らはフラワーガーデンに来た。天井に大きなライトがあり、その下に様々な種類の花が咲いている。赤、黄色、白、緑。豊かな色彩。しかし、僕は花を美しいと思ったことがない。食べられない植物という印象しかなかった。それは僕だけではない。フラワーガーデンに閑古鳥が鳴いているのが、その証拠だ。花を愛でるという言葉は死語だ。いつの世も忘れ去られた文化を神聖化し、崇拝する輩は多い。そんな輩がガーデニングという文化を継承している。
「きれいね」
フラニーが優しい表情で言った。
「そうだね」
心ない同調。
「ユウは花をキレイと思わないの」
バレた。
「形状としてはキレイなんじゃあないかな」
「それだけじゃあないわ」
「例えば」
「花は生きている」
「植物学上はね」
「妙にリアリストになるのね」
僕はまだ若い。周りは壊れないアンドロイドとなかなか死なない人間ばかり。身近で死を経験したことがない。だから、対極に位置する生を実感できない。
「花は太陽から元気をもらい、大地から栄養を吸い、一生懸命生きる。そして、蝶や蜂に花粉をつけて運んでもらい、どこかで新しい種子が宿り、大地に根をはる」
フラニーは急にしゃがみ込んで、一輪の花を採った。
「そして、人間に採られて、枯れていくの。それが自然よ」
「フロンティアの教え?」
「それと私の考えも混じっているかな」
フラニーは一輪の花を僕の前に差し出した。名前もわからない黄色い花だった。
「あげる」
フラニーは陽気に笑った。花の美しさはよくわからないけど、フラニーが持つと美しく見えることはわかった。
僕は部屋に花を飾ろうと思った。でも、フラワーガーデンの管理ロボットに衛生面を指摘され、回収された。フラニーは残念な顔をした。でも、これがパラデスの文化なのよね、と言って受け入れた。僕は少し切なくなった。
『また花を見に行けばいいじゃあないか。何度でも案内するよ』
ミルフィーが慰めるように言った。
「うん」
僕らは部屋に戻った。




