ある微笑 7
「ユウから私の部屋に来るなんてめずらしいわね」
僕はフラニーとの一件の後、ミカ姉さんの部屋に行った。ミカ姉さんはまだ誰ともプレイをしていなかった。薄手のシャツに白いパンツだけの姿だった。室内には女性特有の甘い匂いがする。その発生源がミカ姉さんなのか、香水の類なのか、傷心の僕はわからない。
「その雰囲気だと、フラニーとかいう娘とまたなんかあったんでしょ?」
「うん」
僕は力なく頷いた。
「今度はなにをしたの」
「謝ったら、怒られた」
「その娘はなんて言ったの?」
「なんで気持ち悪いと言われたか、理由はわかっているの? と聞かれたけど、答えられなかった」
「私もわからないから何とも言えないけど、怒られた理由もわかっていないのに謝られても、こいつ反省していないな、と思うものよね」
「だよね」
「無鉄砲」
ミカ姉さんは笑った。
「ちゃんと考えてから謝りなさいよ」
「ああ、どうしよう」
「どうしようもないと思うけど」
ミカ姉さんは僕の頭を撫でた。そして、僕を強く抱きしめた。
「私がいるし、女の子ひとりに嫌われても関係ないじゃあない」
そんな気がしてきた。フロンティアのことやリリースされていない体について、話を聞ければ、それで良かったんだ。それなのに、あんなに怒ることないじゃあないか。僕は悔しくなった。そして、ミカ姉さんの胸に顔をうずめた。
僕はミカ姉さんをベッドに押し倒した。
※
僕はあの一件以降、フラニーに声を掛けなかった。あんなことを言われたんだ。当たり前だろう。
でも、時折、フードコートで見かけた。彼女がパラデスに来て1週間が経ち、取り囲むやじ馬もいなくなった。彼女はいつものように窓際のテーブルに座って、静かに本を読んでいた。たまに文庫から眼を離し、窓を眺める。彼女はなにを見ているんだろう。フロンティアの生活を思い返しているんだろうか。本当はひとりで寂しいのかもしれない。
その時、フラニーが僕の方を見た。目が合う。彼女はなにか言いたそうな顔をした。でも、僕らの距離は離れている。数秒間、眼を合わせて、彼女は再び文庫に目線を向けた。
僕が気持ち悪いなら、見なければいいのに。
※
ある日、僕はミカ姉さんたちとプレイを終えて、部屋に戻った。
すると、ミルフィーが部屋中を歩き回っていた。そわそわしている。
「どうしたんだい」
『ユウ、帰ってきたか。大変だ。手紙を貰ったぞ』
「手紙って、あの歴史に出てくる手紙?」
『そうだよ。紙に書かれた手紙だよ』
確かに尻尾に手紙らしきものがくっついている。パラデスで紙は滅多にお目にかかれない、というか使う人がいない。
『恋文だと思うんだ』
恋文という言葉。時代錯誤も甚だしい。
「落ち着けよ。誰から貰ったのさ?」
『黒いボブカットの女の子だった。おそらくフロンティアの子だ』
僕はミルフィーから手紙を奪い取り、読み始めた。
ユウくんへ
フラニーです。朝は酷いことを言ってごめんなさい。もう私のこと嫌いかもしれないけど、私の気持ちを知って欲しいから手紙を書きます。
あの後、私の保護官と話をしたの。私がプレイに対して強い嫌悪感と羞恥心があることを伝えたら、パラデスとフロンティアの考え方は違う、一方的に否定するのは失礼だろう、と諭されました。
こんな例え話を聞いたの。
大昔、とても栄えた国があって、そこから遠く離れた未開の地で暮らしていた人達がいた。栄えた国の人たちは未開の住民を蛮族と呼んだ。時々、戦争もした。ある時、栄えた国の代表が友好の使者として未開の地に招かれた。友好の宴が始まった。そして、猿の脳漿(脳みそ)が料理として振舞われた。
使者は、そんな野蛮なものは食べられない、と言った。
未開の地の住民は、来賓のために用意した高級料理を食べないとは失礼だ、と怒った。
友好関係は築かれなかった。そして、戦争になった。
栄えた国の使者は食べたふりをすれば良かった。未開の住民は栄えた国の文化を学び猿の脳漿を提供しなければ良かった。
私は考えた。悲劇は相手を知らないために起きた。今回のいざこざはユウくんだけの責任じゃあなくて、ユウくんを理解しようとしなかった私にも原因がある。だから、ちゃんと話をしてみたい、と思ったの。
今度、もし良かったら、ユウくんの気が向いた時でいいので、お茶でもしませんか。
追伸。私は猿の脳漿を提供しないから安心してください。
フランセス。
僕は2回ほど読み直した。
『どうしたんだい?』
「お茶に誘われた」
『おお』
ミルフィーの尻尾がピンと立った。
『嫌われたんじゃあなかったのかい?』
「それが、お話がしたいって」
『不思議だ』
「ひとまず会いに行ってくる」
僕は食事時でもないのに、フードコートを目指した。フラニーはいないかもしれないけど、居ても立っても居られなかった。
フラニーがいた。少し退屈そうに頬杖をつきながら、いつものテーブルに座っている。もしかしたら、僕が手紙を読んで会いに来てくれるかと期待して待っていたのかもしれない。
僕はフラニーの前に立った。彼女は気づかないふりをすることなく、僕を見た。
「ごめんなさい」
フラニーは立ち上がり頭を下げた。
「僕こそごめんよ」
僕も頭を下げた。
「ひどいことを言ったのに、何度も声を掛けてくれてありがとう」
フラニーは微笑した。かわいかった。




