ある微笑 5
『歴史の講義で習っただろう! まったく』
ミルフィーの口癖が止まない。
僕らは共有スペースの映像室にいる。ミルフィーが無知な僕らに歴史の特別講義を行うとのことだ。
投影機を使い、部屋の中央に映像が映し出される。そして、特別講義が始まった。
21世紀中期。進化した人工知能生命体マリアは人類の叡智を超え、ついに人類の管理する側に立つ。その頃、医療技術の発達による死者の減少により増加の一途をたどっていた人口を抑制するために、マリアはHCPを実行に移す。
計画内容は巨大な建造物を各所に作り、数十万単位の住民を転居させるというものだった。アンドロイドの登場で建築コストは格段に低下。インフラコスト、交通の利便性、食料の配給のしやすさを総合すると、一軒家やマンションなどに点在して住むより、メリットが高いとされた。そして、マリアは人の出生をも管理するようになった。
女性はリリース(去勢)され、養育の義務から解放された。人口増加は抑制される。そして、マリアは試験管で結合した受精卵を使い、マトリクス(人工子宮)で胎児を作った。パラデスからリストレイト(自然妊娠)が無くなった。それに伴い遺伝的血縁関係にある父、母が子供を育てる概念がなくなり、パラデス全体で子供の成長を見守る風潮が広まった。
僕はミカ姉さんやジェイクと同じ幼児園で育った。特定の親に育てられることなく、パラデスにいる優しい大人が面倒を見てくれる。もし昔の養育システムのままで、僕が悪い両親のもとに生まれたらどうなるだろう。幼児虐待を受けていたかもしれない。考えるだけでも怖い。そして、幼児園で一緒に育った子供たちは兄弟のような関係になる。僕は幼児園の生活の名残で、年上のミカをミカ姉さんと呼ぶ。
各家庭で子供を作る必要が無くなり、結婚するカップルが激減。そして、快楽を享受するスポーツとしてセックスを楽しむようになった。セックスの言葉の意味は次第に薄れ、遊ぶ(プレイ)という言葉が取って代わったのである。
そのシティ計画に異を唱えた人々がマリアと決別し、旧来の生活を維持しながら暮らしていた。その地がフロンティア。マリアは編入を強く勧めたが、彼らはかたくなに拒んだ。しかし、パラデス構外で世界的な伝染病が蔓延し、多くの人間が死ぬ。これを重く見たマリアは緊急保護法を発令。そして、フラニーはパラデスに保護された。
というわけらしい。
『ユウ、これでわかったかい。プレイは本来、性行為なんだ』
「なんとなく……」
『バカチンが! まったくもう』
ミルフィーは泣きそうだった。
「確かに歴史の講義で習ったことはあるけど、子供の出産とか見たことないし、明確な母親、父親もいないし、性行為の実感がわかないのよね」
ミカ姉さんも首を傾げた。どうもピンとこない。
『君たちには失望したよ。フンだ』
ミルフィーは泣きながらそっぽを向いた。
『違う考えを持つ人間なんて山ほどいるわ。理解し合うには、じっくり話し、互いの価値観を尊重して、認めることから始まるんじゃあないの』
傍観していたドロレスが呟いた。的確な考察。僕はまだまだ子供だなぁ、と思った。




