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ある微笑 3

 ジェイクから話を聞いた数日後、その彼女がパラデスにやってきた。大きく口外されたわけではないが、フロンティアから来た少女の噂はすぐに広まり、住民たちの話題のネタになった。僕は噂話に耳を傾けながら、彼女の顔をいつ見られるか探った。



 彼女は部屋からあまり出てこないらしい。ある住民はフードコートに来るんじゃあないか、と言った。確かにご飯を食べない人間はいない。僕は朝食時間にフードコートに足を運んだ。



 彼女はいた。フードコート内の窓側に座り、外を眺めている。黒い髪は顎のラインまで伸びていて、内側にカールしている。前髪は眉毛の上で直線に切りそろえられていた。瞳はパラデスの女性にはない強さを持ち、内側から輝いている。唇は薄いピンク色。肌は白く透き通っていて、窓ガラスに浮かぶ憂いた表情を()えさせる。



 服装は赤と白のボーダーシャツにジーンズ、革製の靴。そして、ボロボロの本がテーブルに置かれていた。傷心の少女。おそらく十代後半。そして、ミステリアス。僕が興味をひかれたように、大勢の男女、アンドロイドが彼女のテーブルを囲った。僕は遠くで傍観した。



 フロンティアから来たんだって? 何歳なの? 両親はどこにいるの? パラデスの生活は快適? 好きな食べ物は? 外の生活ってどんな感じ? フロンティアでは獣を食べてるって本当? プレイ対象は男、女? というか外の人間ってプレイするの?



 クエスチョンマークの乱発に彼女は顔色を変えずに黙って聞いていた。



 私たちの言葉わかる? ねえねえ? 聞こえてるんでしょ? 返事しなさいよ?



 彼女は答えない。



「つまらない」



 誰かがそう言葉を発し、烏合の衆はちりぢりになった。



 その後、彼女は朝食を食べ終えると、部屋に戻っていった。






『今日はいつも以上に講義に身が入らないね』



 歴史の講義が終わってからミルフィーが言った。何度も電子ゴーグルを外して、物思いにふける僕に呆れているようだ。



「わかる?」



『君は単純だからね』



 ミルフィーは尻尾を振りながら言った。



『噂の少女が気になってしょうがないんだろう』



 いかにも。



『その娘はご飯を食べる時しか部屋の外に出ない。正午前の今、そわそわしたってその娘に会えないだろう。それとも講義をさぼって、今からフードコートに入り浸るつもりかい?』



「うるさいな」



 ミルフィーはいつだって口やかましい。



 僕はミルフィーの忠告を無視し、午前の講義を切り上げ、フードコートに向かった。



 彼女がいた。案の定、やじ馬にテーブルを取り囲まれていたが、話しかけても反応がないため、彼女の周りから誰もいなくなった。彼女は古い文庫を読み始めた。



 僕は彼女が座るテーブルに向かった。彼女は僕に気づいていない。



「君、何の本を読んでいるの」



 どの声掛けにも反応しなかった彼女が、文庫から目線を外し、僕に顔を向けた。改めて近くで見ると可愛かった。神話の女神。僕は神々の世界を信じないけど、もし女神が存在するなら、彼女みたいに神々しいのかもしれない。



「フランソワーズサガンの『悲しみよこんにちは』」



 彼女は僕に文庫の表紙を見せた。確かに『悲しみよこんにちは』というタイトルらしい。



「サガン?」



 知らない名だった。



「20世紀後半に活躍した女流作家よ」



「大昔の人だね」



「そうね。でも、素晴らしい作家よ」



 そこで一瞬、会話が途切れた。



「自己紹介がまだだったね。僕の名前はユウ。君の名前は?」



「フランセス。あだ名はフラニー」



「フラニー、いい名前だね」



 社交辞令をひとつ。



「うん」



 また会話が途切れる。



 沈黙。



 場の空気が重い。僕はなにか言葉を発しないといけないと思い、頭を巡らせた。そして、無思慮な言葉を発した。



「今度、プレイしない?」



 フランは僕を見た。そして、睨みつけた。



 僕はフランの機嫌を損ねてしまったと思い弁明を始めた。



「急にごめん。でも、プレイをすれば、すぐに仲良くなれるし、君もここの生活に慣れるきっかけになるかもしれないし」



「ここに保護されるようになって、その言葉の意味を教えてもらったわ。あなた、プレイの本当の意味知っているの?」



「プレイはプレイだろ」



「じゃあ昔の言葉でなんていうか知っているの」



 歴史の講義で習った。



「セックス」



 バチン。乾いた音とともに僕の左頬に痛みが走った。一瞬、訳が分からなかった。普通に会話をしていたら、女の子にビンタをくらった。それも理由もなく。



「気持ち悪い」



 僕が呆然としていると、フランは勢いよく立ち上がり、その場から走り去った。



「なんだよ。まったく」



 思わずミルフィーの口癖を呟いた。



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