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Filling Children  作者: 笹座 昴
エピローグ
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エピローグd:こちらルーミスティ。定期連絡を送信します。


「だから、甘やかすと愛するは違います。それは甘やかすに該当する行為です」

『ですが!』

愚かにも私に理論戦を挑んでくるひよっこを、理論で叩きのめしてから言葉で締める。

「なぜピーマンが嫌いなのか、きちんと向き合ってください。今後生涯与えないなどと判断するのは時期尚早で――」


「ルー!!」


 その大きな声に、一度手を止める。

「ルー!」

どたどたと鳴る大きな足音が少しずつこちらに近づいてくる。自動扉が開くのを待ちきれずに、滑り込むようにこの子は私の前に現れた。

「家の中を走ってはいけませんよ」

「ルー。それよりこれ見てよ!」

私の注意など聞こえてはいないこの子が私に見せてくれたもの――

「ルー、これ!」

図鑑の一ページだ。大きく開かれた、宝石のような青い色の蝶々。

「ルー、こんなのが、空とんでいるなんて、ウソだよな!」

「ウソではありません」

この子は、蝶々の3Dモデルをぐるぐると回して、「こんなにうすくて生きてるとか、ウソだあ」と信じていない様子だった。

「蝶々がなぜ薄いのかと聞かれると、それは飛ぶためです。そしてなぜ飛ぶのかと聞かれると、食べ物を探すためです。蝶々は花の蜜や、腐った果実なんかを食べます」

「へえー」

私がちゃんと話を始めると、この子は真剣に聞いてくれる。

「蝶々がきれいな姿をしているのは、仲間を識別するためだと言われています」

「ふーん、なかま……あっ、そういえば他にもあったな」

この子は図鑑の別のページを開いて、「いろんなのがいるなあ」と目を輝かせてのぞき込んでいた。ゆっくりとめくられるそのページに、ふと私が知っている姿を見つける。

「私、その蝶ならたくさん見たことがあります」

「えっ、ほんと!?」

向けられたその笑顔に頷いて、部屋の電気を消した。真っ暗になった部屋の照明器具をすべてコントロールして、私は、私がかつて見た光景をその場に再現した。


「うわあ……」

電子的に作られたその花畑を、この子は口を開けて見入っている。駆け出しそうなこの子の手を左手でがっちり掴んで、反対側の手を見れば、この場には映し出していないけれど、まっ黒な髪を持つ小さな男の子が見えた。その子の目がこちらを向いて笑ったので、私も微笑みを返す。

 しばらく見つめ合ってから、反対側に視線を戻すと、茶色の髪を持つこの子は、青空の中をふわりふわりと飛ぶアゲハチョウに夢中だった。

「ルー! ほんとにとんでる! きれいだね!」

「ええ。そうですね」

大切なものを握りしめた両手に、少し力を入れすぎていることに気がついて、私は苦笑しながら両手を緩めた。

 そのとき、右手側にいた男の子が私の手からするりと抜け出して、花畑に向かって駆け出した。その小さな背中を、慌てた様子で追いかけるのはかつての私――

 生まれたてで、未熟で、不慣れで――でも、あの子のことを一番に愛していた。


 そのとき、ぐっと左手を引かれた。

「ねえ、ルー」

「なんですか」

この子は私の手を強く引きながら、じっと私を見上げている。

「このチョウって、まだいるんだよな?」

「はい、いますよ。特に日本は環境保護が他国より進んでいますので、たくさんたくさんいます」

この子は、私の言葉に嬉しそうに笑った。


「じゃあ、いつかいっしょに見に行こう!」

その言葉に、かつてのことを思い出して少し反応が遅れてから私は頷いた。


「ええ」

「いっしょに見に行こう!」


 私に向かって差し出された小さな小指に、私もしゃがんで小指を絡めた。


「約束しましょう」

「やくそく!」


 記録していた映像の再生が終わって、暗くなった部屋の中から窓の外に目を向ければ、青く輝く大きな星が空に浮かんでいた。




 こちらルーミスティ。2232年4月7日、定期連絡を送信します。


 地球にお住まいの皆さま。春風が頬に心地よい季節となりました。

 本日はいかがお過ごしでしょうか。



 月から見た地球は――今日も美しいですよ。



Fin





 すみません。こんな作品に最後までお付き合いいただき本当にありがとうございます。

 こんな作品を書くことになった、軽くはないあとがきは活動報告に記載しております。


 タイトル、あらすじ、プロローグ、各章と読者を絞りに絞ってここまで到達されたあなた様の、何か良い方向で心に届くものであったらよいのですが、ご意見ご感想、お叱り等々頂けましたら非常に嬉しいです。


笹座



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