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Filling Children  作者: 笹座 昴
最終章 Filling Children
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最終話 幸せに満ちた子どもたち(下)



「これは置いとこう……これも置いとこう」

先ほどから私の前では、これもこれもと、どう見ても必要ないなら捨てていくべきものが順番に積み上げられている。

「先輩からの置き土産や。大事にするんやで」

「もっつん、ちゃんと捨てに行こう」

「大丈夫。これを片付けるところから、美術部の伝統や」

もっつんの言葉にマリアも何かを思いだしたかのように頷いている。私が入部する前に、先輩が残した遺物を片付けるというイベントがあったのだろうか。

 マリアと私は、しっかりと自分のものは処分したので、もっつんの暗幕があったエリア以外は、もうすっきり片付いている。静かに私とマリアがかつて並んで絵を描いていた場所を見つめていると、私の隣に二人が立つ気配がした。


 もう、今日で最後だ。

 そう考えると、泣きたくなった。


 ぐっと堪えて、顔を上げる。

「行こっか」

「うん」

「そうやな」

みんな口数が少なかった。



 授業が行われる校舎は新しいから、すべての扉は自動扉だけど、旧校舎であるここはまだ手動だ。3人で順に美術室から出て、開いた扉の外から、私たちの美術室(ホーム)を振り返った。

「閉めるね」

マリアの言葉に頷くと、マリアが両手でゆっくりと扉を閉めた。

 そしてマリアのポケットから取り出されたのは、美術室の鍵――

「今度開かれるのは、美術部が復活した日だ。それまで、おやすみなさい」

旧式のそれを鍵穴にはめて手首をひねると、カチャンと音が鳴って鍵が掛かった。


 静かなその音に、思わずぽたりと涙がこぼれ――


「なー、聞いて! 聞いてや!」

空気を読めよ。

「ちょっとええもん作ったんや!」

もっつんはそう言って、ごそごそと横に持った大きな紙袋の中から何かを取りだして、地面に置いた。

 そして、いつものように

「はい、スタート」

それは唐突に始まった。


 もっつんの声と共に地面に置いた機械から、箱庭のような小さな美術室が私たちの手元に浮かび上がった。

「美術室作ってん! もちろん、おっきくもできるで」

ホログラムはどんどん大きくなって――廊下だから端は切れているけれど、ついに等身大のサイズになった。周囲を見渡せばいつの間にか、マリアと私はいつもの定位置に並んで立っていた。


「これでまた、いつでも、ここで会えるな!」


 そうじゃないんだよと反射的に言いそうになって――でも、そうなのかもしれない。横のマリアを見ると、にこにことするもっつんにマリアも困った顔をしてから、私と目があって最後は諦めたように笑った。

「またここで会おう」

「うん。会おう」

「もっつん。ネットワークだけじゃなくて、物理的にもだよ」

マリアの声にもっつんは一瞬めんどくさそうな顔をしたけど、でも最後は頷いた。私はもっつんがちゃんと頷いたその瞬間を、カザネに頼んで記録を取った。

「じゃあ、帰ろうか」

「うん」

「せやな」

私たちは美術室に背を向けて、並んで歩き始めた。




 私は生まれ育ったあの町からみっともなく逃げ出して、この町に来た。

 一度逃げてしまったら、もう一生逃げ続けることになるんじゃないかと――私はずっとそう思っていた。だけど、全然そんなことなかった。

 私は、私が逃げないと来られなかったこの場所で、まっすぐに生きている。



 何一つ見えなかった私の足元に、出来た土台。

 怖くて仕方がなかったそこから顔を上げて、私はやっと一歩を踏み出した。


 振り返れば、かけがえのない記憶は、私の支えとなってくれている。

 そして、うっすらと道の先に見える物語を、再び会うその日にみんなも喜んで聞いてくれることだろう。



「ちょっと先に行ってて! すぐ追いかけるから!」

一人2年生の教室があるエリアまで上がって、2-Cの教室でやっと私は目的の人を見つけた。


「02789-113Vさん!」

今日も真剣に掃除をしていた彼女は、手をとめてこちらを振り返った。


 今日も彼女は、私の言葉を待っている。


「2年間お世話になりました! 行ってきます!」

「はい。行ってらっしゃいませ」


 荷物が入った鞄を肩にかけて、私は廊下を引き返し、門に向かった。




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