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Filling Children  作者: 笹座 昴
最終章 Filling Children
50/56

15話 クリスマス



「おーい。晃久!」

12月も終わりが近づいてきて、少しずつ近づく受験の日に、俺たち受験生はただひたすら自宅で勉強をする日々だ。久しぶりに模試の会場で晃久の姿を見つけて声を掛ける。

「晃久。結果どうだった?」

晃久は、俯いたまま重そうな肩をひねっている。

「今から見る。喉が渇いたからコンビニに寄っていいか?」

「ああ」

寒いので俺も一緒に中に入った。コンビニの中を目的もなくふらふらとしていると、ふと懐かしいものを見つけて俺は思わず手に取った。

 しばらく手に取って考えて、ちらりと奥の方を伺うと晃久は飲み物を物色していて俺のことなどまったく見ていない。よし、これにしようと少し面白くなってそれを手に取り、晃久に気づかれないうちに購入して先に外に出た。


 コンビニの前の車止めのポールの上に腰掛けて、ルーから今朝持たされた魔法瓶にゆっくり口を付ける。温かいミルクティーのしびれるような甘さが口の中に広がった。

 コンビニから出てきた晃久が俺の横に腰掛ける。右手に持った紙コップに口を付けて、嫌そうに口を一度ゆがめてから、ポケットから携帯端末を取り出した。

 晃久は無言でそれを見つめている。

「どうだった?」

「Bだ」

「おめでとう!」

晃久は、持田の会社が近い大阪の大学の医学部を第1志望にしている。前まではEだ、Dだと言っていたから、合格圏内のBで俺はすごく安心した。晃久も嬉しいのか、顔が少しにやけていた。

「春は?」

「俺はAだ」

晃久は俺の言葉にけっと顔をゆがめてから、前を向いた。

「まあでも、春は俺と違って、高校でずっと頑張ってたからな」

「俺の志望は医学部じゃない。それにまだ2ヶ月ある。この調子で頑張ろうな」

「そうだな。頑張るか」

晃久はそう言ってから、ぐいっとカップの中身を飲み干した。

「なあ晃久。最近どうなんだ?」

俺の言葉に晃久は何かを思い出すようにふと笑った。

「家では毎日、レミーネらしさを追求するためのスパルタレッスンが繰り広げられているよ。俺でももう、たまに騙されそうになる」

「だったら、大丈夫そうだな」

「ああ。あとは俺が早く医者になって金を稼ぐだけだな」

前は沈んでいたその横顔も、今はまっすぐと前を見据えていた。


 その顔を友人として嬉しく思いながら見ていると、ふと右手に持ったビニール袋の存在を思い出した。中身を思い出して、やっぱり止めた方がいいかと考えてから、まぁいいだろうと取り出して晃久に軽く渡す。

「はいこれ」

「何だ?」

晃久は俺からそれを受け取って、じっと眺めてからドーナツ状のそれを人差し指に引っかけた。

 しばらく無言で指先でぐるぐると回してから、俺を振り返る。

「春、何だよこれ!」

「ははは。輪なげチョコって言うらしい。懐かしいだろ」

「これと同じやつで普通に箱に入ったやつもあるだろ。こんなの食いにくいだけだろうが」

晃久は文句を言いつつも、銀色の包みから黄色のチョコをひとつ押し出して口の中に入れた。


「どう美味い?」

「普通だ」

晃久にその輪っかを手渡されて、俺も一つ貰ってから晃久に返した。口に入れると、まぁ予想通りの味だ。

 晃久は再び指に引っかけて、ぐるぐると器用に回している。楽しいのだろうかと見ていると、晃久が指を止めた。

「受験前とは言え、なんでクリスマスに春にこんなプレゼントをもらってるんだ。俺は……」

晃久ががくっと肩を落とした。

「クリスマス?」

そうか今日はクリスマスか。さっきコンビニで見た赤と緑のデコレーションの意味がやっとわかった。


「いやクリスマスかもしれないけど、それは違う――」


 男同士で真面目なプレゼントなんて気持ち悪いかもしれないから用意はしなかったけど、今年はちゃんと言おうとアラームをセットして、さっきタイミングよく思い出すことに成功した。


「晃久。誕生日おめでとう」

俺がそう言うと、晃久ははっと顔を上げた。喜ぶでも笑うでもない、息の止まったような顔で俺を見つめ返すその表情に、もしかして俺は日を間違えたのかと動揺した。

「ごめん。今日じゃなかったか?」

「いや。今日だ……」

今日で合っているらしいけど、晃久は無言で、指にひっかけた輪なげチョコを見ていた。


「なあ、春……」

「ん?」

「こんなもので、こんなものでよかったのにな……こんなもので、あの頃の俺には十分だったのに……」

晃久は独り言のようにそう呟いてから、もう一粒チョコを取り出して口に入れた。

 どういう意味だろうと考えていると、食い終わったのか晃久が立ち上がってこちらを見下ろした。

「春。ありがとう」

「あ、うん」

そのときの晃久の顔は、あんなネタ的なお菓子ではなくてもっといいものをプレゼントするんだったと、そう思えるくらいすっきりとした笑顔だった。


「なあ、春。俺はこれまで自分が世界一、運が悪いんだと思ってた。でも、最近、運が良くなってきたんじゃないかってそう思えるよ」

突然何の話かはわからないけど、俺の友人は笑っている。


 晃久が俺に向かって手を挙げた。

「春、ありがとう! じゃあ、またな」

俺も手を挙げて、「また」と返した。




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