12話 文化祭再び
「し、しおりん! こっち来てや! やばいって!」
広い美術室で黙々と勉強をしていると、もっつんの叫び声が聞こえた。慌ててもっつんの居住区に駆け寄り、暗幕を潜った先で目に入った物は――
「えっ、あっ、かわいい!」
和服の似合いそうな目鼻立ちのはっきりとした、黒髪の美少女のホログラムだ。そのホログラムの真正面で陣取ったもっつんは、よだれを垂らしそうな表情をしている。
「やばい。めっちゃ可愛いやん。マリア才能あるって、うちの会社来ん?」
「可愛いでしょ。もう徹夜で頑張っちゃった。勉強しろよ私」
いやぁほんま可愛いわと、あらゆる角度から美少女を見ていたもっつんが、「そうや!」 と突然叫んだ。
「よっしゃ、ここに晃久も並べてみよ。マリア、COMN返してや」
もっつんがマリアからCOMNを受け取って手慣れた様子で首に付けると同時に、美少女の隣に晃久君が現れた。もちろんホログラムだから、今は真面目な顔をしている。
真正面から見ようと少し移動すると、全員が同じことを考えていたのか、美術部の3人が一カ所に集まってしまった。ぎゅうぎゅうだ。
「もうちょっと下がろう」
マリアの声に頷いて、3人で一歩ずつ下がる。顔を上げて真っ正面から見ると、本当によくお似合いの美男美女だった。
「私、才能あるね」
「ホントに」
「せやな」
マリアの自画自賛に同意する。見ているだけならすごく目に良い光景だし、本物だったらこんなに長時間黙ってはいないんだろうなと、現実を悲しく思っていると、ふと気がついた。
「あれ、そういえば何でもっつん、晃久君の3Dデータ持っているの?」
「そういえばそうだね」
マリアと一緒にもっつんを見ると、もっつんは真面目な顔をしていた。
「まあ、それはええやん」
よくないだろう。
「もっつん、まさか勝手に!?」
「ちゃうで。勝手にって言ったら語弊がある」
「語弊って?」
「一応、『撮ってもええか』ってさらっと聞いたで。一応な」
その一言で、誰もこれほど詳細に3Dスキャンされるなんて考えないだろう。
「うわあ……」
「リアルのイケメン苦手やから、頼むの結構緊張してんで。でも役に立ったやん」
「そういう問題じゃないよ」
ダメだこの人……と呆れてから、ふと気がついた。
「私の3Dデータを持っていたら消してね。変なことに使っちゃだめだよ」
「あ、私も」
「えー!」
響き渡る抗議の音に、マリアと睨んだ。
「いや、スキャンしたわけじゃなくて、こんなに一緒におったら勝手にデータ集まる――あ、はい、消します。すぐに消します」
もっつんは苦渋に満ちた表情で、携帯端末を操作してデータを削除していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「コーヒー煎れたんで、良かったらどうぞ……」
もっつんが進んで入れてくれたコーヒーを受け取って、足を組んで優雅に口を付けながら、3人で顔を合わせる。
「そや、しおりんの方は、晃久の頼みはどうなったん?」
「ヒューマノイドを改造出来る人はちゃんと見つかったよ。晃久君と直接連絡を取ってもらっているから、今はどうなっているか詳しくは知らないけど、前聞いた話だとちゃんとできそうだって」
「そうか。やったら、この美少女でうちがヒューマノイド作ったらOKやねんな。予定通り10月までにやっとくわ」
少し微調整はするそうだけど、マリアが考えたこの美少女がそのままヒューマノイドになるらしい。隣に立ったままのホログラムを見上げていると、同じことを考えていたのか、もっつんもマリアも美少女のホログラムを見上げていた。
「そういえば、今年も文化祭の申請が来てたから、申し込んでおいたよ。今年は受験もあるし、去年と同じ感じでいいよね? あれだったら準備はいらないし」
勉強を私なりに頑張っているつもりだけど、『受験』という言葉に肩がこわばる。そしてこの文化祭が、この学校での最後のイベントだ。
そう考えると、私にとってはたった2年だけど、一気に寂しくなった。
昔は学校行事なんて、悪夢でしかなかったのにどうしてこんなに違うんだろう。自分でもよくわからなかった。
「うん。カザネに予定を空けておくように頼んでおくね」
外科医としての研修が終わったカザネは、やっと少し余裕を持って働けるようになってきた。1ヶ月前に頼んでおけば十分だろう。
「文化祭に向けて、ここの内装どうするか考えないといけないね。でも最近絵を描いていないし、ちょうどいい息抜きになるかな」
「去年と同じでええやん」
「それはダメだよ。結構みんな楽しみにしてくれているんだから」
去年ここは、マリアの考えた絵本のような世界だった。あれはあれですごく楽しかった。
「あのさ、マリア。今年は私もやってみてもいいかな?」
「もちろんだよ! 一緒にやろう」
勉強をしないといけないけど、息抜きも必要なんだ。マリアとどうしようかと相談していると、今からすごく楽しみになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「えっ!? 詩織ちゃんの学校文化祭あるの!? ドラマとか、漫画であるやつだよね? 私も行ってみたい!」
夜、実千夏ちゃんと電話をしていると、興奮した様子でそう言われた。
「漫画とかほど、大規模じゃないよ? 適当に出し物するだけだし」
「全校生徒3人の身からすると普通の学校ってだけで憧れがあるんだよ」
いいなと、本当に憧れているらしい実千夏ちゃんの様子を見て、少し思いついた。
「あのさ。勝己君にヒューマノイドの改造をお願いしていた件だけど、改造するときにこっちに来てもらわないといけないんだって。それを、文化祭の前後に設定するのはどうかな?」
「えっ、私も一緒に行っていいの?」
あっ、そういえば交通費のことを何も考えてなかった。九州からここだと飛行機じゃないと来られない。勝己君の交通費は、晃久君が出すことになっているのかな?
「実千夏ちゃんの分の交通費は、ちょっと出せるのかわからないな……」
「外部の人が学校の中に入れるのその日だけなんだよね。ちょっと私も行っていいかフィーに聞いてみる!」
遠くの方で、実千夏ちゃんが世話役のソフィーさんと話している声が聞こえる。しばらく待っていると、突然、透き通るような女の子の声が耳に届いた。
「詩織ちゃん、こんにちはソフィーです。いつも実千夏がお世話になっています」
「あ、こんにちは。こちらこそお世話になっています」
電話口だけど、日本人の習慣としてやはり礼をしてしまう。
「アテナの方から私に依頼があったので、何をするかは知っているのですが、エレナに秘密にするなら実千夏も連れて行った方がいいと思います。実千夏の交通費は私が払いますので」
アテナって誰だろう。ソフィーさんに依頼って何のことだろう。晃久君には聞かないでおこうとそう決意はしたけれど、やっぱり気になってしまう。
「すみません、ソフィーさん。私は晃久君が何をしようとしているのかを知らないのですが、晃久君は何か悪いことをしようとしているのでしょうか?」
「ご存じないのですか?」
「はい……」
「うーん、私から説明することはできないのですが、晃久君がやろうとしていることは悪いことではないと私は思います。少し法的にグレーな部分があるので、エレナは絶対に賛成をしてくれないですが、晃久君が――私たちの子どもがそう願うのなら、私たちは手伝ってあげないといけないことだと思うのですよ」
結局よく分からないけれど、晃久君がすごく悪いことをしようとしている訳ではないことはわかった。
「ありがとうございます……あまり気にしないようにします」
「詳しくご説明できなくてすみません」
「いえ。ソフィーさん、さっきの文化祭の日に来るって話は、今思いついただけで、まだみんなに確認していないので、聞いてみますね」
「ええ。実千夏と勝己君の初旅行の日程楽しみにしています。でも、勝己君のために実千夏と同じ部屋はやめてくださいね」
「はい」
たぶん実千夏ちゃんの方は全然気にしないんだろうなと思った。頑張れ勝己君。
「そろそろ実千夏が待ちきれなくなっていますので、電話を代わりますね」
「はい、お願いしま――」
「詩織ちゃん! フィーはいいって!」
まだ決まっていないけれど、実千夏ちゃんたちがこっちに来るときの予定を相談していると、実千夏ちゃんは当然のように勝己君と同じホテルに泊まるつもりだった。
「実千夏ちゃん。それは、まずいよ」
絶対にわかっていないけど、一応注意をしてみる。
「勝己は家族みたいなものだし、大丈夫だよ。二人も泊めてもらうの迷惑でしょ?」
「いや、あの……仮に私たちの家に泊めるとしても二人は別々だよ?」
実千夏ちゃんは私の家に泊めるとして、勝己君は春君か晃久君のどちらかに頼もう。ダメだったときは勝己君だけホテルに泊まってもらうことにしよう。
大丈夫だよ、と何が大丈夫なのか全然わからない実千夏ちゃんは放っておいて、私は一人で計画を立てた。
(その後)
「ねえ、エレナ。聞こえますか」
「聞こえているわよ」
すぐに返ってきた返事に、私は思わず笑ってしまった。
「もう、全部知っているのですね」
「あんたたちが隠そうとして、私に隠せるわけないでしょう。でも――」
「でも?」
「アテナに止められた。『あなたは手出ししないで』と」
私はアテナのことを怖いとは思いませんが、一部のヒューマノイド――特にエレナはすごくアテナのことを怖がっている。話の通じるいい人なのに、どうしてでしょうか。
「だけど、私はどうしても賛成できない」
みんなエレナはそう判断するとこを知っている。
「あんたたちがやろうとしていることは犯罪よ。それに勝己を、巻き込まないで」
「エレナ。今回の件を犯罪として立件するには、所有者の親告が必要ですよ。でも、アテナによるとそれは絶対に行われない。だから、罪ではないです」
晃久君のお父さんは、晃久君のことを公にしたくない。だから、自分の所有物であるレミーネを勝手に改造されても、それを親告するとは考えられない――とアテナは言っていました。
「それに、もし何かあったとしても勝己君は何も説明を受けていないので、勝己君が加害者として巻き込まれることはありません」
「そんなの屁理屈じゃない!」
「そうですよ。それでだめなのですか?」
私が内心どきどきしながら頑張って強気に開き直ると、エレナは珍しく黙った。
「私がわかっているくらいなので、みんなわかっていますよ。みんなわかっていて、それでも晃久君を助けようとしている。子どもたちが諦めていないのに、私たちが諦めるなんて格好悪いじゃないですか。そんな自分では実千夏に胸を張れません」
「私は格好良いとか、格好悪いとかそういう基準で自分の行動を決めない」
「エレナのその融通の利かないところ、悪いところですけど、良いことだとも思いますよ。でも今回はアテナが私たちの味方なのでごめんなさい」
エレナが舌打ちをした。
「あんた、私に勝ったつもりで楽しんでいるでしょ」
「そんなことないですよ。ねえエレナ。今回の件は、勝己君には迷惑をかけないと約束します」
「あんたたちがそう思っていても、実千夏がいると絶対に首突っ込むじゃない」
「勝己君は格好良いですからね。だってエレナがそう育ててしまいましたから」
それが一番の問題よ、とエレナが諦めたようにため息をついた。




