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Filling Children  作者: 笹座 昴
最終章 Filling Children
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5話 私たちの夢



「しおりんお帰り。えらい早かったけど、どやったー?」

もっつんは自分の席でおにぎりをほおばりながら、左手側に置いた携帯端末をのぞき込んでいる。一応、体裁として私に聞いてはいるけれど、この人はこういうことに本当に興味がないのだと思う。

「からかわれて終わった」

周囲からの視線を少し感じるけれど、それを流してもっつんの前の席に座る。一応持っていってはいたけれど、結局食べずに帰ってきたお弁当をもっつんの机の上に広げた。

 まず真っ先に好物のソーセージに箸をつけてほおばるけれど、もっつんの視線は携帯端末に釘付けだ。

「何か面白いニュースあった?」

「しおりん聞いてや! 金属類の先物が軒並みなんか急にめっちゃ上がっとるんよ」

「そっか……」

よくわからなかったけれど、もっつんは相変わらずだった。いつも通りのもっつんの態度が、そのときだけはすごくありがたかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 授業が終わったのでもっつんと一緒に美術室に向かう。私の前を歩くもっつんが、美術室の扉をバンと開いて、美術室に中に向かって手を挙げた。

「おう、マリア! 今日しおりんな、晃久に呼び出されとったで!」

「うわあ! 言わないでよ!」

もっつんに向かって叫んでから、おそるおそるマリアの方を伺うと、マリアは私の顔をにやにやと見ていた。

「しおりん。どうだった?」


 あれ? マリアは晃久君のこと『顔はかっこいい』って言ってたから、興味があるのだと思ったのだけど、そうじゃないのかな?

 マリアの態度が変わってしまうこと――それが私にとって一番怖いことだったからすごくほっとした。


「別に何もないよ。晃久君はただ私のこと、からかいたかっただけ」

「てことは、付き合ってって言われたん?」

「そうだけど、ただ目の前にいたから言ってみただけって感じだった。もちろん断ったよ」

私は事実しか言っていないけど、言葉にしてみると自分はひどいことをされたのではないかと思い始めた。二人は「ふーん」と同時につぶやいた。

「せやけど、晃久は受験前にえらい余裕やな。さすがあんな顔してるだけのことはある」

「晃久は女の子に真面目じゃないだけだよ。付き合ってもすぐ別れてるし」

受験前――その言葉で思い出した。

「二人は、進路どうするの?」

私が話題を変えようとしているのがわかったのか、もっつんが無表情でこちらを見ているので、へっへーと笑って誤魔化した。

「まあええやろ。うちは、海外行こかなって思ってる」

「えっ、海外!?」

もっつんは「ああそうや」と軽く言っているけど初耳だ。

「どこ?」

「今のことは普通にアメリカのつもりや。あっこがヒューマノイドの本場やし」

もっつんはヒューマノイドの改造を行っている会社の次期社長らしいから、その勉強のためだろう。でも、そうか……もっつんはアメリカに行っちゃうんだ。

 簡単には会えなくなる――でも、卒業したらもうこんな感じには会えないのだと急に実感がわいてきて、胸が苦しくなった。


「私たち、ここ以外であんまり一緒に遊ばないでしょ。でも、簡単に会えないとなると寂しいね」

マリアの言葉に、マリアも同じことを考えていたのがわかって頷いた。

「いや、マリア。今の時代ネットがあるねんから、別にどこおっても一緒やろ」

「私たちと物理的に会う気ないでしょ。もっつん」

もっつんは「えっ、あ、うん?」と動揺していた。私もネットでしか会ったことがないFチルの友人がいるから、もっつんの気持ちもよくわかる。


「いやだってさ! あっ、待って……今めっちゃええこと思いついた」

もっつんが突然はっと顔を上げて、何か計算する顔つきで斜め上を見上げてから、一歩前に足を出した。暗幕に向かうもっつんの手を反射的に掴む。

「もっつん待って。まだ話し中だ」

もっつんが振り返って、しばらくしてからその目の焦点があって「わかっとるで」と返事をした。嘘をつくな。

「じゃあ次はマリアやな。マリアは来年どうするん?」

マリアはしばらくもっつんをじっと見つめて、ため息をついてから話を始めた。

「私は、実は小学校の先生になりたくて……」

少し恥ずかしそうに言うマリアの夢に驚いたけれど、「いいんじゃないかな」ともっつんと盛り上がった。

「へー、やったら教育学部か」

「うん。でも成績かなりまずいんだ……」

「大丈夫だって」と無責任にもっつんと一通り励ましたあと、二人が同時にこちらを向いた。



 私たちの進路――今はこうして同じ場所にいるけど、話していると本当に、いろいろな考えがあるんだなって思う。

 私たちが今選ぶ選択の先には、きっと全然違う未来がある。

 どれが正しいか、間違っているかなんてわからなくて、後悔することもきっとあるんだろうけど、でも今手に入る情報で真剣に向き合わないといけないと思うんだ。



「私は、都市工学を学んでみたいんだ」

「都市工学?」

「人が暮らしやすい町づくりとか、そんな感じ」

やっぱり言葉にすると恥ずかしくて、途中からそんな気持ちを誤魔化すように明るく言うと、二人は真面目な顔で私の言葉を待っていた。

 将来のことについて聞かれたら、何て説明しようかと色々考えていた。人に説明するための理由もちゃんと考えていたけれど、私が本当の理由を説明できるのはきっとこの二人だけだと思う。


 しばらく悩んだけど、もう言っちゃえと私は話を始めた。

「これから、Fチルが増えていけば日本人はこれ以上は減らないと思う。でも減らなかったとしても、私が昔住んでいた町もそうなんだけど、地方はもうぼろぼろなんだ。昔、人がたくさんいたときに作ったときのままで、その所為で、すごく不便になっているところがたくさんある」

この町には人がたくさんいる。地方から吸い上げている人がまだたくさんいるから、町自体が新しくなっている。

 でもあの町は、昔、人がたくさんいたとき町ができたまま修繕もされていなかった。道路はあるのに、危ないから通れない道や橋がたくさんあった。


「なんかね。そこまで人は少なくないんだけどね、みんな散らばって住んでいて、なんかばらばらだった。みんなで固まって住めば、きっともっと楽だったんじゃないかなって思うんだ」

休日の一つだけしかないスーパーは大混雑してて、体が弱くて動けない人は、坂井先生を町の中心から呼びつけてた。

 あの町を今から変えようって思うほど、私は出来た人間じゃない。でも、私が感じていた違和感に何か正しい答えがあるのだとしたら、私はそれを知りたかった。


 過去の思いにひたっていると、はっと現状を思い出した。

「えっと、都市工学って言っても専攻は色々あるらしくて、その中で何が自分がやりたいことなのかはまだよくわかってないんだけど、そこは大学に行ってから、勉強しながら決めようと思うんだ」

行けたら、行けたらだけどねと補足してから、二人の顔をそっと見ると、二人は優しく笑っていた。

「いいと思うよ」

「ええやん」

結局、他人の夢には、私たちはそれくらいの言葉しか返せないのかもしれない。

「ありがとう」

私は笑顔で二人に返事をした。




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