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Filling Children  作者: 笹座 昴
最終章 Filling Children
37/56

3話 後悔先に立たず



「もっつん、さっき私のこと見捨てたでしょ!」

「すまん。あのイケメン苦手やねん」

もっつんは悪い悪いと頭を下げた。軽すぎる。

「さぁ、しおりん。バレーやろうぜ」

やろうやろうと、手を引くもっつんが、少し注目を浴びていた私を気を使っているのか、誤魔化したいのかどちらかわからなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 そして、昼休み。

「詩織ちゃん。今日は一緒にお昼を食べよう」

その声と、私の机の横に立つ背の高い男の子の姿に、お弁当を鞄から取り出したまま、私の体は硬直した。

「嫌……です」


 なぜ私は体育の授業の時間にあんなことを言ってしまったのだろうか。

 ときどきすごく気の短くなる自分の性格を、この機会に直そうと決心する。


「大事な話なんだ」

爽やかな笑顔だけど、笑っていないその目に、私は重い腰を上げた。

 大丈夫。この人は遊び人で通っている。私のことも遊びだと、みんなはそう思ってくれるだろう。

「わかった。行きます……」

私の心情を表すようにできるだけ背中を丸くして、晃久君の後ろについていった。


 

 背の高い男の子が、人通りの多い廊下をすいすいと歩く。

「あの、どこに行くの?」

「こういう話にうってつけの場所がある」

晃久君がこちらに向ける笑顔とその言葉に、一体私で何人目なんだと言いたくなった。別に目立ってはいないけれど、晃久君と廊下を並んで歩くのが落ち着かなくて、少しキョロキョロとしていると晃久君から声がかかった。

「詩織ちゃん。春は来ないよ」

「えっ?」

晃久君を引き取りに来てくれるのではないかと心の中で願っていたけれど、その唯一の希望は折られた。

「春には『詩織ちゃんと大事な話をしてくる』ってちゃんと言ってきた。ちゃんと伝えたから春は来ない。春は俺と違って、真面目だからな。俺が真面目に言えば、野次馬のようなことは絶対にしない」

1階まで降りて、晃久君が向かったのは美術室もある別棟だ。晃久君が別棟の階段を迷いない足取りで上る。

「どこに行くの?」

さすがに緊張して声をかけた。

「3階」

ちょっとぎしぎしと言う木の階段を上って、3階に着いた。晃久君は、一番手前の扉に手を掛けた。

「誰かが鍵をかけ忘れたらしい。ここはいつも開いているんだ」

晃久君が扉に手をかけて現れたのは、もう使われていない調理室――

「さ、やろうか」


 晃久君は私を見下ろして、その口元だけが笑みを作っていた。

 私はその目をまっすぐ見上げて、口を開く。

「晃久君。こんな風に脅さなくても、私、春君には言わないよ」

こんなことを春君に言ってどうなる。

「私は逆のことをしてたから、どうしてって疑問には思うけど、隠したいんだったら別にいいんじゃないかな。体育の時間のときは、私ちょっとイライラしてたんだ。それは、ごめんなさい」

晃久君は扉に手をかけたまま、気まずそうに私から目を逸らした。

「何でわかった」

「まずレミーネさんって仕事してる?」

Fチルの世話役は公務員のようなものだから、絶対に何かの仕事が国から割り当てられている。でも、そのようには見えなかった。

「春には、翻訳や同時通訳の仕事が割り当てられていると言ってある」

そういう仕事だったら、授業中だけで対応できるかもしれないから、晃久君に直接聞いていれば、私も信じたかもしれない。

「それで、疑問に思って調べたのか?」

「調べたって言っても、Fチルの名簿があるわけじゃないから、普通は簡単にはわからないよ」

首にCOMNが着けていて、世話役らしきヒューマノイドがそばにいる子が「Fチルだ」と名乗れば、私たちは同じFチルだと信じる。


「でも、晃久君の誕生日、日曜日でしょ? Fチルの誕生日は、普通は平日なんだ」

晃久君はすごく驚いているけど、Fチルの知り合いが少なかったら知りようがないと思う。

「生ませる人たちが公務員だから、土日はお休みなんじゃないかな」

「知らなかった……」

「私も友だちと誕生日の話をしてて偶然気づいただけで、Fチルでも普通は知らないと思うよ。でも、考えてみればそうだよね。Fチルの誕生日って、人工母体装置から私たちをいつ取り出すかの話だから、生ませて、受け取りをしてってすると、きっと平日の方がいいよね。私が知っているFチルの誕生日を調べると、月、火、水に生まれた子が多いみたいなんだ」

晃久君の言葉がないので、私は話を続ける。

「男の子の方が誕生日の話はしないよね。だから、春君はこんなこと知らないんじゃないかな」

私から話すことは終わったけど、晃久君は考えるように窓の外に視線を向けていた。


「じゃあ、もういいよね。私戻るね」

そう言って立ち去ろうとすると、晃久君にまた、着ていたセータの肩の部分を軽く摘ままれた。その指を見てから、掴んでいる人の顔を見上げる。

「まだ何かあるの?」

「聞かないのか?」

聞かないのか? どうしてそんなことするんだろうって思うけど――

「いい。別に興味ない」

晃久君はおしゃべりだろうから、自分から言わないってことは、言いたくないんだ。だったら聞かない。

 私も言いたくなかった。そして去年二人は聞かないでくれた。だから、私も聞かない。


 私がそう答えると、晃久君は突然楽しそうに笑い始めた。そして、私の両肩を掴んで、くるりとコマを回すように軽く私を半回転させてから、真正面に来た私の顔をのぞき込む。

「なあ、詩織ちゃん。俺と付き合わないか」

「えっ、嫌だ」

私がそう答えるのを期待していたように、晃久君は再び笑い出した。

「残念だ」


 実は、慣れていない状況に少しずつ私の心臓の音は大きくなってきていて、このままここにいると顔まで赤くなりそうだったので、私は晃久君の手が私の肩を離れた瞬間にこの場から逃げ出した。

 晃久君のことなんて本当に興味がないのに、気を抜けばふと笑った表情でこちらの感情を支配しようとするあの整った顔は、本当に卑怯だと思った。




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