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Filling Children  作者: 笹座 昴
最終章 Filling Children
36/56

2話 どうしてもやりたくないこと


 この高校では、部活は全員強制参加。そして、今日は部員募集の締め切り日――


「美術部の入部希望者の数を発表します!」

マリアが美術室の教壇に立って、椅子に座る私ともっつんの顔を順に見てから右手を上げた。

「ゼロです!」

「やっぱゼロかー」

「廃部だね」

二人はそう言ってから、いつものようにもっつんは奥の暗室へ――マリアは絵の具の準備を始めた。

「えっ、ゼロ!? 廃部? い、いいの?」

「だってゼロだよ。仕方ないよ」

う、うん。それはわかるけれど、なんでこんなにこの二人の反応は軽いのだろう。


「しおりん、大丈夫やって。部員が3人おる間は、予算も貰えて廃部にはならんから。うちらの代は大丈夫。ま、つぎの年は廃部やけど」

「そ。また誰かが入るまで廃部だね」

この口調だと、美術部は頻繁に廃部になっているのかな?

「まあ、ええやん。誰も入らんかったけど、そのおかげでまた広々と使えるし」

「もっつん。そういえば文化部には新人が3人入ったらしいよ」

「えっ、嘘やん!?」

「文化部は部長さんが勧誘頑張ってたからね」

「嘘やん」

「嘘じゃないよ」

もっつんは、嘘やんと何度も繰り返している。その動揺した姿を見て思い出した。

「もっつんは文化部の部長さんと仲が悪いんだっけ」

「そうだよ」

「あいつはな、うちの大事なものを侮辱したんや!」

聞こえていたのか、もっつんが大声で理由を説明してくれた。

「やから嫌いなんや!」

もっつんはそう元気よく言ってから、暗幕の中に消えた。その後ろ姿をマリアと並んで静かに見送ってから、マリアがこちらを向いた。

「でもさ。会うたびにお互いのこと元気に『嫌いだ』ってののしり合ってるのを見ると、傍目から見ると結構仲良いんじゃないかって思うんだよね」

嫌いだと本人に言ったのだろうか。

「えっ、それって本人に言って良いの……?」

「陰で言うよりはいいでしょ?」

マリアは今日もそんなことを当たり前のように言ってから笑った。


 隠して、嘘ついて、無理矢理笑っちゃダメなんだ。

「うん。そうだね」

私の口元が自然と笑みを作ると、今日も目の前から明るい笑顔が返ってきた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 今日は隣の1組と合同の体育の授業の日だ。

 グラウンドに向かう私の隣で、もっつんが「うー寒いし」と紺のジャージから出した手の甲をさすっている。私の前を歩くマリアは、いつもの真っ赤なジャージを着て、長い茶髪を頭の高いところで一つにくくっていた。ゴムに付いた星形のビーズが、私の前で揺れている。

「走るの久しぶりだから、今日はゆっくり走ろう」

そのマリアの言葉を聞いて憂鬱になった。この高校では、なぜか体育の前にグラウンドを8周もしなければならない。遅い私だと毎回15分くらいかかってしまって、それだけでもうへとへとだ。

「うちは無理やわ。今日はパス」

「えっ、いいな」

「もっつん、またサボるの!?」

マリアの言葉に、もっつんがうんざりした顔を返した。

「いや、だってしんどいの嫌やん。そのあとの授業中に眠なるし。うちは学校には勉強しに来てん」

「だからって――」

「なあ、マリア。この高校ではな。体育の前のランニングをサボりまくると、いくら他の競技で活躍したとしても体育の評価が10点満点中1か2になるんや」

真面目な顔のもっつんに見つめられて、マリアが押され気味に頷いた。

「う、うん。そうなの?」

「うん。だから、羨ましかったら、一緒にサボったらええと思うで。別にこんなこと、誰に迷惑掛けるわけでもないし、ただ自分の体育の評価が1か2になるだけや」


 羨ましい――その言葉でこの間の話を思い出したのか、マリアはもっつんから目を逸らした。

「わかった。私は走るし、もっつんのことはとやかく言わない」

「ふふ。マリアやったらわかってくれると思っとったで」

マリアがまっすぐランニングの列に向かうのをもっつんと並んで見送る。

「んで、しおりんもサボんの?」

「うーん、ずっと悩んでたんだけど、今日は走る気で来たから走るよ」


 今回はちゃんと走るのだから、次回、すごく嫌だったらサボろう。体調不良以外の理由でサボるのはすごくダメなことだと思っていたけど――いや、きっとダメなことなんだろうけど、それで影響するのはもっつんによると体育の評価だけらしい。

 体育の評価が下がるのが嫌か、走るのが嫌か、きっとたったそれだけなんだ。そう考えると、いつも走るのが凄く嫌だったけれど、不思議と気持ちは楽になった。

「行ってくるね」

「うん。頑張れ」


 私は今日サボることもできたけど、今日の自分が頑張って走ると決めたんだ。

 走り終わったあといつものようにしんどかったけれど、今日は良くやったとちょっと自分のことを褒めてあげた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 でも、毎度のごとくランニングをサボるもっつんのことを悪く言う人も当然居て、そしてもっつんは当たり前のようにそれを気にしていなかった。

 私もたまにサボるようになってから、その悪口の中にはときどき私も含まれていて、いつの間にか美術部がダメだと言われるようになった。

 そのダメな美術部2人組が、今日はバレーのトスの練習をしながらおしゃべりをしていた。

「いやさあ、そんな羨ましいんやったらサボればいいし、化粧もすればよくない?」

「羨ましいとかじゃなくて、そういうことしたらダメなんじゃないのかな?」

「何で?」

何で。私もダメだと思っていたときは、本当にダメだと思っていたけど、どうしてダメなのかと聞かれるとどうしてだろう。

「部活の顧問の先生に怒られるとか?」

「先生に嫌われたら困るってこと?」

「もっつん。困るとか困らないじゃなくて、怒られたくないんだと思う」

私としては普通のことを言っていると思うのだけど、どうして目の前の人はこうもわからないって顔をしているんだろう。

「いや、一応悪いことしてるし、怒られるやん。先生は怒るというか、指導するのが仕事やし」

「……うん」

これは伝わっていないな……どう説明するかを色々と考えて、きつい言い方かもしれないけど表現を変えてみた。

「みんながみんなもっつんほど強くはないんだよ。困るとか困らないとかそういうことじゃなくて、他の人に嫌われるのは嫌だし、怒られたくないんだ。怒られてもいいやって開き直るのには、やっぱり勇気が必要なんだよ」

「いや、それがわからんわけではないんやで。でも、嫌なこと我慢するんやったら怒られるくらい、そんなん気にせんでええんちゃうかって思うんよ……」

「そうだね」

「でも、みんながみんなうちみたいに図太くなるのも嫌やし、よう気の付く優しい子ってのもおるか……うちもそんな子に助かっとるわ」

本当にわかってくれたのかよく分からないけれど、もっつんは手を止めて、ぼーっと体育館の外を見ていた。何を見ているのだろうかと、私ももっつんの横に並ぶ。


 そのとき、

「何をしているんだ?」

突然投げかけられた男の子の声に、二人で驚いて振り返ると笑顔の晃久君が見えた。私の表情が瞬時に強ばり、横から「うわぁ」と思わず漏れてしまった声が聞こえる。

「そろそろちょっとうちも、真面目にバレーやってくるわ。じゃ!」

もっつんは即座に私を見捨てるという判断をして行ってしまった。友だちって何だろうという気持ちになる。

「じゃあ、私も行くね」

何気ない風を装って逃げようとするが、軽くジャージの端を掴まれた。

「何で逃げるんだ?」

振り切れば逃げ切れる力だけど、そこまでするのはさすがに失礼だと思って私は諦めて肩の力を抜いた。顔を上げると、逃げ腰の私のことを楽しむような笑顔が見える。


 この人の顔は確かに格好良い。

 だけど声を掛けるのはただ女の子と遊びたいからだけで、その女の子も誰でもいいらしいし、私がその獲物になっているのは落ち着かなかった。

「あの、春君は?」

「春は野球」

球技は選択式だ。今回春君の助けはない。

「春のこと気になる?」

今この場にいないんだったら……

「別に」

そう答えると「ひでえ」と笑われたあと、軽い笑い声が続いた。なぜかすごく晃久君に受けていた。


「詩織ちゃん。あれから学校はどうなんだ? うまくやっている?」

「うん。大丈夫」

いつの間にか、私たちがいる体育館の隅には人はいなくなっていた。そしてそれが私たちが話しているからだと気がつくと、落ち着かなくてすぐにここから離れたくなった。

「大丈夫って?」

「この学校いい人多いから」

だけど、晃久君は会話を止める気がないらしい。

「あのさ。もう私、戻るよ」

「別にいいだろう。先生もまだ戻って来ていない」

晃久君のこの目は、逃げようとする私のことを楽しんでいる。

「さっき一緒に居た子――持田さんだっけ?」

「うん」

「あの子が、普段COMNを付けているのどうしてなんだ?」


 晃久君は、今私たちが少し注目を浴びていることも、私がそれを避けたくて逃げたいことも全部わかってる。わかっていて、やめてはくれない。

 そのことを隠すつもりもなくアトラクションのように楽しむ晃久君の態度に、私はだんだんとイライラとしていた。だから、私のことを逃がしてくれないのなら、ずっと気になっていたことをいっそのことこの機会に聞いてやろうと、私は口を開いた。


「晃久君と同じだよ。もっつん()、Fチルじゃないけど、ヒューマノイドが好きなんだ」

晃久君が私に向ける驚愕の表情で、やはりそうなのかと納得した。


 やっぱり晃久君は、Fチルじゃない。


 そして、そのあと晃久君の顔に現れた少し怒りを含んだ冷たい表情で、自分は今、何かとんでもないことをしてしまったのではないかと背中を冷たいものが流れた。私は、ただ確認したかっただけで、本当にそれだけで、他に何かがしたかったわけじゃない。

「き、聞いてみたかっただけで、別に誰にも言わないよ。晃久君には去年助けてもらったし、約束する。じゃあ」

逃げるように私が言うと、今度は呼び止められなかった。




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