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Filling Children  作者: 笹座 昴
最終章 Filling Children
35/56

1話 新学期


* * * * * * * * * *



 俺が殺したいと思うほど、俺が嫌っているあの『クソども』。

 クソはクソらしく、いつもクソなことだけをしていればいいのに、本当にたまに、気まぐれのように良いことをしたくなるらしい。


 片手で足りるほどのわずかな回数。気まぐれのように俺に振りかけられた優しさ。


 そんなものを俺は、


 ホント馬鹿みたいに、よく覚えている――



* * * * * * * * * *



 斜め前に見知った姿を見つけて、まっすぐそちらに向かう。その男の子の隣に立って、横からその子の顔を見上げると、その子はどこかに魂を置き忘れたような表情で掲示板を見上げていた。その視線の先を追いかけて、あった文字からその理由がわかった。

「春君。えっと……そのー、ドンマイ」

思わず私が漏らした言葉に続くように、

「春ー、ドンマイ!」

「今年も頑張れよ!」

春君の知人らしい男の子たちが、順番に春君の肩を叩きながら通り過ぎた。


 呼吸もしていなかった春君が、やっと深く息を吐いて下を向いた。

「わかってた。俺もわかってた……だけど、ちょっとぐらいは期待していた……」

その嘆きに、簡単に慰めることもできずに私があいまいな表情で笑っていると、元凶とも言える人を春君の後ろに見つけた。その男の子は私に見つかったことに気がついて、笑顔でこちらに近づいてくる。

「や、詩織ちゃん! 同じクラスじゃなくて残念だ。でも隣だから、体育は合同だ」

「う、うん。そうだね」

体育は男女別だから、合同だろうと何だろうと関係ないと思うのだけど、晃久君から言われるとなぜかそう言い返す気力がちっとも起こらなくて、とりあえず頷いておこうとそんな気になってしまう。

 満面の笑みの晃久君が、俯いたままの春君の肩を叩いた。

「春。今年もよろしくな」

「ああ」

春君は亡者のような虚ろな返事を返していた。



 さあ、そろそろ私も自分のクラスに行こうと、同じクラスのはずのもっつんの姿を探すけれど、見つからない。

 もっつんのことだ。私が同じクラスだと分かっていても、きっとマイペースに先に行ってしまったのだろう。いや、もっつんのことだから、自分が何組かを確認しただけで、私が同じクラスだと気づいていない可能性もある。たぶんそっちかな。

「しおりん。もっつんいないね。同じクラスだよね?」

そう言ってくれるマリアは隣のクラスだ。

「そのはずなんだけど……」

「まあ、もっつんだからね。先に行ったんじゃないかな」

マリアとそう話しながら、一緒に新しいクラスに向かう。

「じゃあマリア。去年はありがとう。また美術室で」

「うん。しおりん、またあとでね」

心細い気持ちを感じながら、思わずマリアに手を振ると、マリアは恥ずかしげもなく元気に私に手を振り返してくれた。


 去年私と仲良くしてくれたマリアも渡辺さんも、別のクラスになってしまった。だけど今年は同じクラスにもっつんがいる。

 それは、安心できることなのかなと少し我に返りそうになってから、私は新しいクラスの扉を開いた。


 わいわいとさっそく明るい話し声が聞こえる。みんな新しいクラスにほんの少し緊張していて、でも3年目だから新しいクラスに慣れている感じもする。

「詩織ちゃん!」

私の首に付いたCOMNを見て何人かいぶかしげな表情を作る人もいるけれど、何人かだ。去年同じクラスだった子に声を掛けられて、私は心の中で気合いを入れてその輪の中に入った。

「あ、はじめまして佐々木詩織です」

初めて見る子に挨拶をする。私も緊張しているけど、相手も緊張しているのがわかる。

 みんな少し緊張する中で、何とか自分のことを受け入れて貰おうと頑張っている。


 始めは、やっぱり少し作り笑いなんだ。でも、この中で楽しみたいと、心からそう思えるようになればいつの間にか自然に笑えるようになる。

 あの町では、私はそんな努力はしていなかった。言い訳かもしれないけど、追い詰められていてそんなことをする余裕はなかった。そんな努力をして、何か私にとって嬉しいことがあるなんてどうしても思えなかった。

 だからこの町に来て、心に少し余裕ができて、勇気を出してこの場所を好きになろうと頑張っている。いちいちこんなことを頑張らないとできない私は、みっともないのかもしれないけど、誰も私の心の中を読むことなんてできないからいいんだ。

 みっともなく頑張って心からここが好きだとそう思えるようになれば、ほんの少しだけ、この場所からも好かれているのではないかと思えるような気がするんだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ホームルームが終わって休み時間になったので、窓際で一人ぼーっと自分の席に座って窓の外を眺めているもっつんのところに足を向ける。

「もっつん、おはよう」

「おー、しおりん。おはよう」

もっつんは、昨日会ったかのような顔で私を見上げた。3週間ぶりで、新学期なんだけど、今日ももっつんは相変わらずもっつんだった。

 もっつんの首には、銀色の最新型のCOMNが着いている。そのCOMNに視線を取られていると、突然、COMNから音声通話の呼び出しが来た。呼び出し元は、もちろん目の前のもっつんだ。

「もっつん何?」

口に出してそう聞くと、もっつんは体の向きを変えて、窓側の壁にもたれ掛かった。

「しおりん、今年はマリアと同じクラスじゃなくて残念やったな」

COMNを通じてそう話す声は聞こえるけれど、もっつんの口は開いていない。私は一瞬悩んで――そしてカザネに一言声を掛けてから、私ももっつんと同じように壁にもたれ掛かり、口には出さずに頭に強く言葉を念じた。

「うん、寂しいんだけど、でも隣だし、放課後も会えるし大丈夫だよ」

「となり……えっ、隣……? てことは、体育一緒か!」

体育が一緒だと何かまずいのかな? もっつんの顔を見ると、もっつんはうわぁと口だけゆがめていた。

「マリアと体育一緒が嫌なの?」

「知ってるやつと一緒なんイヤやん。てかマリア毎回懲りずに注意してくるし。さすがにうちでも、ちょっとほっといてくれやと思うんよ」

注意って何のことだろう。そう思っていると、もっつんが窓に頭を預けて、立っている私を見上げた。

「それはそうと、やっぱしおりん上手やなぁ。念話」

「まあね。でももっつんには言われたくないな」

私たちは、下手をすれば第1言語がCOMNを介した会話だったりする。どうしてFチルではないもっつんがこれほどまでに慣れているのだろう。

「ねえ、もっつん。どうして口で話さないの?」

何か内緒の話があるのかと思って付き合っていたけれど、もっつんがしているのは普通の話だ。

「いやだって、今日は新学期やで? 夏休み明けの次に、体調が最悪の日やん。会話するとか無理無理」

そのためだったのかと呆れていると、もっつんは笑っていた。

「じゃあ私、そろそろ戻るね」

私が壁から身を離して、言葉に発してそう言うと、もっつんは「ほなな」と口を開かずに言ってから、天井を見上げて大きくあくびをして、目をつぶった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 放課後、マリアと並んで、春休み前の続きのようにキャンバスに向かって絵を描く。

「マリア。新しいクラスどうだった」

「友だちいたし大丈夫だよ。でも、ただ……苦手な子が多いのが、ちょっとね」

「苦手な子?」

マリアが人に対して好き嫌いを言うのは珍しい。そう思っていると、近くで話を聞いていたもっつんは軽く笑った。

「自業自得やろ」

どういう意味だろう。マリアは珍しく機嫌が悪そうにむっと眉間に皺を寄せている。驚いて何も言えずにいると、マリアがもっつんに向かって口を開いた。

「別にいいじゃん、化粧が濃いくらい……校則にもないんだし」

「別にうちは慣れたからあんま気にならんけど、でも客観的に見たらちょい派手やと思うで。進学校でばっさばさの付け睫毛はな」

もっつんが珍しく常識的な言葉を返している。二人の話から推測すると、マリアは化粧が濃いことについて、何かを言われているのだろうか。

「私、すっぴん嫌いなの」

「いや、自分パーツ位置は整ってるから、そんなすっぴんもあかんもんとちゃうやろ? 知らんけど」

「私、奥二重だし、化粧を落とすとなんか男っぽいの! それに、ギャルっぽい格好してた方が武装している感じがして、元気が出てくるんだよ。今日も頑張るぞって!」

「ふーん」

化粧をまったくしていないもっつんと、眉毛を整えて、グロスを塗るくらいが精々の私はそうなのかと頷いた。


「まあ、そうするんやって自分で決めたんやったらええんちゃん。あとは周りにぐちぐち言われても開き直るだけや」

「それは、私もわかっているんだけどね……」

マリアは大きくため息をついた。マリアは気づいていないけれど、もっつんはそんなマリアの様子を少し心配そうに見ていた。


「マリア。あのな、文句言うやつは羨ましいんや。羨ましなかったら、うちらみたいにそもそも何も思わんと『ふーん』で終わるからな。ねちねちと文句言う奴は、羨ましくてたまらんけど、自分じゃその選択はできんから文句言っとんや。自分も化粧して可愛くなりたいけど、マリアみたいに外見だけ見てビッチやと思われたないし、化粧して可愛くなれんかったら負けたことになるからショック――やったら、同じ土俵に落としたれって感じちゃうかな」

化粧のことじゃないけど、ちょっと分かる気がする。

 私の場合は選べなかったから、始めから色々と考え込まずに生きられる子が羨ましくてたまらなかった。羨ましくて、羨ましくて――私のことなんて分かるわけがないと壁を作っていた気がする。


 マリアはもっつんの言葉に考え込んでから、顔を上げた。

「それって話せばわかる話じゃないよね? やっぱり我慢するだけで、わかり合うのは無理なのかな?」

「根気強くいったら行けるかもしれんけど、こっちから変えよう思て変えるのは無理やで。本人が変わろって思わんと。そんで、たぶん向こうもマリアに対して同じこと思ってる」

マリアはそっかとため息をついてから、ぐっと表情に力を入れた。

「わかった。私頑張るよ!」

「化粧を止めよ言う選択肢はないねんな」

「ないよ」

「まあ、いいんちゃん。好きにし」

もっつんは諦めたようにそう言ってから、頑張ろうと気合いを入れているマリアを見て笑っていた。

 この二人は結局仲がいいんだ。今日も私は羨ましいなと思ってしまう。


 いつもはその光景を、ただいいなと眺めているだけだけど、今日は新学期だし少し勇気を出してみた。

「あのね。私、化粧しているマリアのこと良いと思うよ。だって、それで元気出るんだよね。マリアらしいなって思う」

少し緊張しながらそう言いきると、マリアは驚いた顔でこちらを振り返った。


「ねえ、しおりんも一回してみない?」

マリアの目に点るのは、怪しい光だ。

「大丈夫、素材を殺さないように清楚系で行くから。それで、浴衣着よ?」

「え、嫌だよ」

突然何の話? じりじりと壁際に下がる私を見ながら、もっつんとマリアは狩人のような冷たい視線を交わしている。

「やっぱしおりんの髪色やったら、黒地にピンクか」

「いや、しおりんは白に紫だよ。これだけは譲れない」

「ほう。そちらもなかなか……」

おそらくは浴衣の生地色の話だ。どうしてこんな話に。


 「嫌です」と何度も主張する私が、「もっつんも着るんだったらいいよ!」と叫ぶまで、二人の連携した攻撃は続いた。




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