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Filling Children  作者: 笹座 昴
3章 太陽と農園
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6話 良い夢を



 収穫できるものはすべて収穫して、残った野菜の暴風雨対策のために寒冷紗をかけたり支柱の補強をする。最後は手伝えるすべてのロボットと一緒に、排水路の掃除を念入りに行った。

 雨漏りの心配のない一番大きな倉庫に、作業ロボットが一台ずつ向かうのを見送る。

「では、みんな。おやすみなさい」

大きな倉庫の扉をゆっくりと閉めてから、がちゃんと、南京錠をかけた。


「ふう。これで終わりました」

着ている緑のレインコートに小雨が当たる音がして空を見上げる。空はごろごろと機嫌が悪いようにうなっていた。

「さぁ、おうちに帰りましょう」

雨が本格的になる前に、バギーに乗って一度データ整理のために白い家に向かう。バギーをいつもより急ぎ目に動かしていると、通信が入った。

「ソ――」

勝己君の声だ。

「何でしょうか」

「あの――み――」

「すみません。ちょっと待ってくださいね」

雨で通信ノイズがひどいので、急いで白い家に入って、アンテナから伸びる線を直接首の後ろに指した。途端に音声がクリアになる。

「勝己君。聞こえますか?」

「あ、聞こえた。今、農場?」

「はい」

「あのさ、ソフィー」

そこまで言って、考えるように勝己君の言葉が止まる。

「あいつ、東京に行くのか? 東京で本当の家族と暮らすのか」

『ホントウの』。勝己君のその言葉に、今度は私の動きが止まった。

「あいつ最近すごい機嫌良さそうにしてるけど、あいつがここを離れるなんて無理だよな? あの、がさつで、ばかみたいにまっすぐなやつがさ。ここ以外でやっていけるわけないって」

勝己君はいつもより乱暴な言葉遣いでそう言った。

「な、ソフィー」

そうだよなと私に同意を求める声に、静かに言葉を返す。

「わかりません」

「わからないって……」

呆れるようなその声に、自分でも自分のことをダメだなと思う。だって私には、まったくわからない。

「勝己君。私は、実千夏が一番幸せになれるような行動を取りなさいとプログラムされています。エレナと同じです。だから私にはわかりません」


 実千夏がそう望むのなら、私は絶対に断れない。全力で手伝ってしまう。

 だって、だってそれで実千夏は幸せになれるのでしょう?


「勝己君。人のホンモノの家族ってどんな感じなのでしょうか……」

家族。家庭――それは温かいものだと、人の言葉では書いてある。どう温かいのでしょう。私にはそれがわからなかった。

「ソフィー。それを俺に聞くか?」

「私にはもっとわからないのですよ」

しばらくお互い無言になった。


「勝己君。実千夏のご両親が来るのは今週末です。それまではどれだけ考えても、わからないものはわかりません。実千夏がご両親に会ってから、実千夏に直接聞いてみましょう。さすがの実千夏も、すぐに居なくなったりはしないでしょう」

「行ってきまーすって軽いノリで、あいつだったら行きそうだけど……」

それも少しあり得るかもしれないと思いながら、言葉では否定する。

「大丈夫ですよ。勝己君に挨拶しないで、実千夏が行ってしまうなんてことは絶対にないです」

ネットワーク越しに、勝己君が小さく「うん」と答える声が聞こえた。


「では、勝己君。大雨なので戸締まりをしっかりするのですよ」

「出たくても出られないくらい、玄関の扉から窓までがっちりと固めてある」

エレナならやりそうだ。

「悪い。今日はありがとう。ソフィーまたな」

勝己君のその言葉のあと通信が切られた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ただいま帰りました」

「フィー。お帰り」

実千夏がリビングから顔を出した。

「遅かったね。もうご飯食べたよ」

「すみません台風の準備で大変でした。実千夏、家の戸締まりをしましょう」

実千夏が立ち上がってリビングの小窓を閉じた。私も玄関のロックを閉めてから、家中の鍵の開閉状態を確認する。

 すべての確認が終わって2階から降りてきた私を実千夏が見上げた。

「明日の朝、農園の確認に行くでしょ? 私も手伝うよ」

明日は平日だ。

「実千夏、学校に行ってください」

「先生、絶対に午前は来ないって」

そう言って実千夏が笑った。過去のデータから、私の予測もそう言っている。

 しばらく悩んで――でも実千夏は、私が断ってもきっと付いてきてしまうのでしょう。

「ありがとうございます。でも先生から連絡が来たらすぐ学校に行くのですよ?」

「うん、わかった」

実千夏が私を見上げて笑った。


 そのあと、実千夏は寝転がって、お笑い動画を見て笑っていた。

 そのいつも通りの後ろ姿を見ながら、「実千夏はここを離れるつもりですか」と聞きたかったけれど――私は今日も聞けなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 夜の10時になった。

「実千夏。そろそろ眠る時間ですよ」

「はーい」

実千夏が眠そうな顔で立ち上がって、歯磨きをしに洗面所に向かった。

 私はリビングのカーテンを少し開いて、窓から外を覗く。

「さっきまで大ぶりでしたが、少しマシになってきたでしょうか」

さっきまで風に大きく煽られていた木が、今はもう落ち着いている。


 農園は今はどのような状態でしょうか。農園の白い家の前に設置されているカメラに遠隔接続して、外を見た。

「んー、さすがに雨粒で見づらいですね」

雨の影響を取り除くために、フィルタ処理に入ろうとしたそのとき――


 突然視界が真っ赤に染まった。


Warning(警告)

『Warning』

『Warning』


警告音が耳に響く中、目の前に浮かび上がるのは無数のアラート。


 農園の管理サーバに急いでアクセスして、Status(状態)を確認する。

Emergency(緊急事態)

その文字が見えた瞬間、重い足を動かして玄関に向かった。家の横に止めている軽トラに移動して乗り込むまでの時間が勿体なくて、このわずかな距離を遠隔操作でCPUを起動させ、軽トラに家の前まで迎えに来させる。

「フィー!」

運転席に足をかけたまま振り返ると、玄関から実千夏が顔を出していた。

「何かあったの!?」

「実千夏は家に居てください! 戸締まりをしっかりとして、絶対に家から出ないでください!」

私にもまだ何が起こっているかわかっていない。わかりましたねと実千夏にしっかりと伝えてから、軽トラを運転して、法定速度を超えた速度で農園に向かった。



 雨が窓にぶつかる。ぬかるみにタイヤが取られる。

 雨で無線通信のノイズが酷く、農園で何が起こっているかの詳細分析に入ることができない。

 じりじりとした思いで、軽トラを運転しながら、想定される事態の予測演算を私は行っていた。


 白い家がやっと見えて、家の前に車を止めたあと、転がるように降りて家の扉を開ける。この家はいつも通りだ。

 家の端から垂れている通信ケーブルに駆けよって、首の後ろの髪をかき分けながらケーブルを挿した。


 どこだ。どこで何が起こっている。

 ログに残る無数のアラート。それを大きくさかのぼって一番始めまで戻る。


「ありました」


『警告。不審車両の接近あり。数3』

添付されているカメラデータを展開すると、小型のトラックが1台と、乗用車2台の姿が見えた。ナンバープレートの番号は、私のデータには記録がない。


『警告。第1倉庫に不審人物の接近あり。数7』

その次の動画を開く。第1倉庫の外部カメラが記録していた、不審人物の容姿――

 明らかに日本人ではないその姿を見て、首の後ろからケーブルを抜いて、再び軽トラに乗りんだ。



 向かうのは、みんなが眠っている――第1倉庫。




 2000年代半ばから日本の人口減少が目立つようになって、すかすかになった日本列島に少しずつ日本人以外の人たちが、不法に移住してくるようになった。

 その多くは始めはアジア人だったけれど、世界人口が増えるに従って、アジア人以外の人たちも増えた。不法移民の多くは、人口減少のためにすでに放棄された街で、普段は日本人に見つからないようにひっそりと暮らしている――と言っても若年人口の不足により慢性的に人手不足な上に、納税者の減少により予算不足でもある日本の警察や自衛隊の目をかいくぐるなど、容易だった。



 遠くに見える第1倉庫を囲むように3台の車が止まっているのが見える。その第1倉庫の扉が、大きく開け放たれていた。

 その中から人に押されて出てくるあのシルエットのは、あの子たち。あの子たちは背中を押されて、順番にトラックの荷台へと続くその坂道を上っている――

「やめてください!」

軽トラから降りて、乗用車の間を抜けて、第1倉庫の前まで向かう。

「やめてください! そのロボットの所有権は県のものです!」

その場にいた男たちは、突然現れた私を驚いた様子で振り返った。

「女?」

「待て。そいつは例のヒューマノイドだ。放っておけ、何もできない」

容姿を一目見て日本人ではないと判断できる男たちは、自分たちの言葉でそう話したあと、

「続けるぞ」

自分たちの作業に戻った。

 再び、みんなが押されて運ばれていく。

「やめてください!!」

何度も、何度も、公安に緊急信号を飛ばしながら、この人たちのわかる言葉で、この人たちに懇願する。

「やめてください! お願いですからそんなことをしないでください! お願いします!」



 今の日本に余っているお金なんてない。だから、プロジェクトに協力してくれるみんなで少しずつお金を出しあって、一年目に作業用ロボットを一台買った。

 始めは全然まともには動いてはくれなくて、開発元とも相談しながら少しずつ改善していった。その1号機は今はもう、私の次に古いおじいちゃんだけど、今でも雑草刈りに毎日精を出してくれている。



 その1号機が私の前を通り過ぎていく――

「待ってください」

1号機を連れて行こうとする男の人の腕に、私がすがりつこうとして、

「触るな!」

そのたった一言。たった一言だけで私が伸ばしていた腕の、すべての動きが止まる。



 一年目の収穫物から得られたお金をすべて使って、2号機を買った。全額注ぎ込んだからみんな無給だ。タダ働きだけど、手伝ってくれるみんなはいつも笑っていた。

 「ソフィーさん。美味しいよ」と私に言ってくれた。


 美味しい野菜を食べて、みんな笑顔で、元気になっているように見えた。

 日本中を笑顔にする。それが私――ソフィーの仕事だ。



「お願いします。お願いします」

誰が見てもわかるように、跪いて必死に懇願する。

 男たちは私を一瞥してから、何の妨げもなく作業を続けた。


 そのときやっと、私の背中側にあった男たちの持ち物である一台の乗用車のハッキングが完了した。

「止まってください。止まらなければ、この車をあなたたちにぶつけます!」

私の制御下にあるのが分かるようにライトを2回点滅させたあと、乗用車のボンネットに手を置いた。

 この中の指導者だと見られる男は、そんな私をしばらくじっと見たあと、鼻で笑った。

「できるなら、やってみろよ」

そして、はははと大きな声で笑い始めた。

「な、こいつらは強く言えば本当に何もできない! ただのロボットなんだよ」

男は私に背中を見せて、周囲の人たちに再び指示を出し始めた。



 私はそれを、ただ突っ立ったまま見ていることしかできなかった。



 ねえ、アテナ。

「人は正しいですね」

 

 私たちヒューマノイドは、相手が外国人であろうとどんな人物であろうと、ただの一人の例外もなく人を傷つける行為を禁止されている。


 例外を持たせれば、そこには必ず不具合(バグ)が混入する。

 そのバグを見逃すほど、私たちヒューマノイドは甘くはない。

 だから、人は、私たちのヒューマノイドOSに書き換え不可能な項目としてその禁止事項を書き込んだ。


 今の状況下では、この男が言うように、私にこの人たちを傷つけることはできない。邪魔さえできない。


「人は――なんて正しいんでしょうか」


 ただ私は、皆が連れ去られるのを見ていることしかできなかった。



 トラックがぱんぱんになるのを黙って眺めていた私のセンサが、背後から軽快な足音を拾った。振り向きたくなるその音――現在の状況では寒気がするようなその音に、振り返ってはいけないと必死に前を向いていた私の目が、男たちの視線が大きく後ろを向くのを捕らえた。

 私も急いで後ろを振り返る。

「実千夏! 来てはいけません!」

「フィー?」

雨で髪を額に張り付かせた実千夏が、息を少し切らして私と男たちを交互に見ていた。

「実千夏! 今すぐ逃げてください!」

「えっ誰? あの人たち悪い人?」

悪い人なんて今までまともに出会ったことがない実千夏は、状況の悪さが理解できていない。

 実千夏がこの場に現れることで優先順位が大きく変化し、再びうなりを上げるように演算を開始した私のコア――

「そうです! だから早く逃げて!!」

『誰だ?』、『捕まえろ』――背後からそんな声が聞こえてきて、実千夏を逃がすために、自分の軽トラと、ハッキング済みの1台の乗用車を実千夏を守るように操縦する。その実千夏のもとに、私も駆け出した。

「逃がすのは面倒だ。殺そう」

悲鳴を上げたくなるその言葉に、振り返るのももどかしく倉庫に取り付けられていた外部カメラを向けると、一人の男が手に持った黒い筒のような何かが、まっすぐ、実千夏に向けられていた。


 あの構え方とあのシルエット――あれは恐らくアサルトライフルだ。

 私のコアが冷酷にそう解を出して、それから絞り出すようにコアに命令を出し続ける。私たちの走る速度、男の腕の動き、そのすべてを計算に入れて、周囲にある動かせるものすべてを動かして、その射線上に順番に置いていった。間欠的に続く軽い発射音が、障害物として動かした金属の塊ですべて阻まれる音が聞こえた。


 男が悪態をつく声を発して、音が止まった。

 弾の装填だろうと、その間に全演算回路をフル稼働させる。


 私は、並列演算特化型ヒューマノイド。


 一つの作業には、一般的な集中演算型ヒューマノイドほどの速度は出ないけれど、一度に処理できる仕事の数は彼女たちを遙かにしのぐ。

Completed(完了)

この場に残る2台の車のハッキングがほぼ同時に完了した。すぐさま男たちの3台の車の電子回路を意図的にショートさせて破壊し、車を動かせないようにする。男たちはうっすらと煙を上げるボンネットを見てやっと事態に気づいたのか、私を見て怒鳴り始めた。


 実千夏が現れて状況は最悪になったけれど、実千夏が現れることで取れるようになった手で、これでこの人たちは逃げられないし、追いかけることができない。あとは、私たちが私の軽トラに乗って逃げるだけだ。

「実千夏! 走りながら軽トラに乗ってください!」

そう言いながら、必死に足を動かす私の耳に、「カチャン」と、重い金属音が響いた。


 外部カメラを音の方角に向ける。

 そこに、さっきとは違う別の一本――黒く光る小型のライフルが映った。その簡易誘導機能が、しばらく彷徨うように交互に揺れたあと、ぴたりと、実千夏に固定される。


「実千夏!!」

熱保護機能を無視して、回路が焼き切れるのではないかと言うほどの速度でライフルに取り付けられた誘導機器に接続し、機器を破壊する。熱暴走により思考に一時的な遅延が生じる中、私の体は、何も指示せずともその射線上に向かった。


 伸ばした私の手が実千夏の背に触れたとき、突然視界に大きなノイズが入り、真っ暗になると同時に音も途絶えた。


 訪れた暗闇の世界に、カタカタと文字が浮かび上がる。



『Error: Communication interrupted 《通信途絶》』


『Error: Undervoltage 《供給電圧不足》』


『Entering sleep mode 《スリープモードに移行します》......』


「待ってください! 実千夏が――」



Done(完了)



『Good night S-00672.』




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