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Filling Children  作者: 笹座 昴
3章 太陽と農園
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5話 ホンモノ


「フィー、行ってきます!」

「行ってらっしゃい。実千夏」

実千夏の両親の話は朝からするような話ではないと思うから、夜にしようと決めていつもの笑顔で実千夏を見送る。

「さて。では私も仕事をしますか」

つなぎに着替えてから、軽トラに乗って私は農園に向かった。


 昨日まですごく晴れていたけれど、今日は曇り空だ。そして受信した天気予報に嫌な情報があった。

「台風……」

ここには直撃はしないけれど、3日後に大雨になる可能性が高いとのことだ。地球シミュレータで地球をまるごと再現できるようになってから、通常の天気予報はほとんど外れることがなくなったけれど、台風だけはまだ完璧な予測は難しい。

 大雨になるのなら、出荷を早めないといけないし、作業ロボットも避難させる必要があるし、すべきことは山ほどある。

 悩む暇がなくなって、ちょうどよかったのかもしれません――そう思いながら、私はこれから3日間の作業項目の演算に入った。



 勝己君に昨日直してもらった8号機を見に行くと、8号機は今日は元気に茄子の収穫をしていた。今日は白猫さんの邪魔も入っていないようだ。

「これから3日間は、あなたの仕事が一番多いですよ。頑張ってください」

返事はないけれど、しばらく観察しているといつもよりもモータが高速回転しているように見える。

「んー、少し空回っていますね」

アームの制御パラメータの補正をしてから、私は次のエリアに向かった。


 台風の日に向けて黙々と作業を続けていると、西の空に日が沈んで行こうとしているのが見えた。

「今日はもう帰りましょうか」

もう夕方です。その瞬間、今から自分がすべきことを思い出してしまって、そのことを考えながら、後片付けをして帰路に就いた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ただいま帰りました」

「お帰り! フィー」

玄関の扉を開けると、実千夏の声と、ジュージューと何かを炒める音が聞こえた。キッチンを覗くと、鉄のフライパンを大きく動かして実千夏が何かを作っている。

「今日は何を作っているのですか?」

青椒肉絲(チンジャオロース)

自動調理器で作る方が手間は少ないけれど、実千夏は食に対しては一切手を抜かない。

「では私は中華スープを作りますね」

「ありがとう、フィー」

空いている自動調理器の方で、春雨スープを作り始める。先に青椒肉絲を作り終えた実千夏が、大きな皿に盛り付けてリビングに向かった。

「いただきまーす!」

その声に少し急いでスープをマグカップに入れて実千夏の元に持って行く。実千夏は白いご飯と一緒に、口を大きく開けて豪快に青椒肉絲を食べていた。

 スープを実千夏の前に置くと、実千夏が顔を上げた。

「ありがとう」

もごもごと口を動かすその言葉に、笑顔で答えてから、私は洗い物に向かった。


「美味しかったー」

「熱いお茶いりますか?」

「欲しい!」

自動調理器で湯を沸かして、粉末のお茶を溶かしたものを湯飲みに入れてリビングに行くと、あぐらをかいて後ろ手にもたれ掛かっていた実千夏が起き上がった。

 実千夏は私が渡した熱いお茶をふーふーと冷ましてから、ちびちびと飲んでいる。

「実千夏。話があります」

「ん? なに?」

実千夏が湯飲みに口を付けたまま顔を上げた。その顔を見ながら、実千夏の向かいの席に正座する。

「大事な話です」

「あぁ、それで今日口数少なかったの? って、もしかして進路の話!?」

「違いますよ。落ち着いてください」

口数が少なかった――私もまだまだですね。そう思いながら実千夏をまっすぐ見つめると、自然と実千夏の姿勢も正された。

「話っていうのは、実千夏のご両親の話ですよ」

「両親?」

『両親』という言葉に、実千夏の頭の上に大きなクエスチョンマークが現れた。

「実千夏は私が生んだのではないですから、人のご両親がちゃんと居ます。それはわかりますね」

「え、うん」

「そのご両親が実千夏に会いたいと言っています」

「えっ? 親? 会いたいって、ん、私に……?」

混乱している様子の実千夏が、頭を整理するのを待つ。


「あのさ、フィー。Fチルって親居るの? えっとまぁ居るとは思うんだけど、Fチルの親って自分が親に選ばれたこと知らないんじゃなかった?」

なぜこういうことはよく覚えているのでしょうか。慎重に言葉を選びながら説明する。

「実千夏はFチルの中でも少し生まれが特殊なのですよ。実千夏のご両親は少し理由があって、実千夏を育てられなくなってしまったので、私が代わりに育てることになりました」

「え、そうなの?」

少し驚いただけであっさりと納得してくれた実千夏が、深く考える前に説明を続ける。

「それで、実千夏のご両親から実千夏に会いたいと連絡が来ています」

「会いたいっていわれても、そんな急に……」

いつもは考えるより先に行動する実千夏が珍しくためらっている。

「写真が届いていますが見ますか?」

「写真?」

実千夏が見せてと言うように私に向かって手を伸ばすので、カーラから受け取った実千夏のホンモノの家族の写真を、壁のディスプレイに投影した。

「実千夏。そちらの壁に映しましたよ」

実千夏が後ろを振り返って、そのままぽかんと口を開ける。

「え、あ……すごい。似てる! こっちの男の人、お父さんでしょ? すごい似てる! 面白い!」

父親似らしい実千夏が、私に見てと言うように笑顔でディスプレイを指した。そして、壁に戻った実千夏の視線が、中央やや下に映る小さな女の子を捕らえた。

「えっ、この女の子、もしかして妹!?」

私は小さく頷いた。

「かわいい! 色白い! ねぇ、フィー。この子何歳くらいかな!?」

優衣(ゆい)ちゃんという名前で、4歳だそうですよ」

「ゆいちゃんか。かわいいなー」

実千夏はうっとりとした目で、ホンモノの妹を見てから私を振り返った。私の大好きな実千夏のその満天の笑顔が、どうして今日は悲しいのでしょうか。

「この人たちが私に会いたいって言っているの?」

「はい、そうです。連絡先も受け取っていますよ。何だったら今から連絡してみますか」

実千夏は「えっ?」と自分の格好を見下ろしてから、今日はちょっとと顔の前で手を振った。


 興奮したのか立ち上がっていた実千夏が席に戻って、ごくごくとテーブルの上のお茶を飲む。

「実千夏。それで何と返事をしましょう」

「返事って、会いたいって話のだよね」

「はい」

実千夏が湯飲みを置いた。そして何やら珍しく真剣に考え込んでいる。実千夏が下を向いたまま、口を開いた。

「んー、緊張するから、今日、明日はちょっと嫌だな」

「さすがにご両親もご予定があると思うので、今日明日は無理だと思います。東京に住んでおられますし」

「東京?」と実千夏が驚いた様子で顔を上げた。


「ひとまず向こうのご予定を聞いてみようと思いますが、それでいいですか?」

実千夏はしばらく考えてから、頷いた。

「うん、そうして。フィー、お願い」


 断ってくれるのではないかと私は心のどこかで期待していて――実千夏からのお願い。いつもは嬉しいそれが、なんだか今日はすごく悲しかった。




 その日の夜、実千夏のご両親にメッセージを送信して、次の日の朝には返事が届いた。

「実千夏。今週の日曜に来られるそうですよ」

「誰が?」

「実千夏のご両親と妹さんです」

実千夏はバナナの皮をむきながら、ぽかんと口を開けた。

「えっ、早くない!?」

「飛行機をもう予約したそうですよ」

実千夏の両親が来るのは台風が本州を抜けた次の日だ。実千夏の両親の本気度がわかる。

「東京からこっちに来るの!? わざわざ!?」

実千夏はえっ、えっ? っと自分のパジャマ姿を見下ろしていた。

「服、どうしよう」

「制服でいいんじゃないでしょうか」

実千夏は初めて恋人とのデートに向かう少女のように、どうしようどうしようと今から緊張していた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 とぼとぼと農園に向かって、白い家の中に入ってアンテナを首の後ろにぶっさしてデータを受け取る。さて今日は――

『エラーが発生しました』

「またですか!」

一人乗りのバギーにまたがって、急いで8号機のもとに向かった。


 そして――

「すみません。白猫さん。降りてください」

8号機の茄子でいっぱいになったカゴの上で、白猫さんがのんきに毛繕いしていた。猫アレルギーの人もいるから、茄子をどれだけ洗っても、猫さんが乗っていた茄子はもう売り物にはならない。


「うー、今、私忙しいのですよ?」

実千夏は、すごく嬉しそうだし。それを見て、私はいつも通りに動けないし。台風が来るから準備しないといけないし。それなのに実千夏のご両親は今週に来るし。


「もう、何なのですか!」

そう叫ぶと、白猫さんはビクッとしながら動きを止めて――そして私の顔を見て、気の抜けたような大きなあくびをした。


 白猫さんは未だ茄子の上だ。


「もう、いい。いいのですよ。私が降ろしますよ……」

文句を言いながら、白猫さんをゆっくり抱きかかえて地面に降ろすと、白猫さんは何もなかったかのようにすたすたと歩いて行った。


 その堂々とした後ろ姿を見送ってから、一番上の層にあった茄子を回収する。

 私は、腕にたくさんの茄子を抱えたまま、8号機と向かい合った。


「それでは8号機。仕事をしてください」

『了承』と、今日はアームは壊れていないらしい8号機はちゃんと働き始めた。8号機が向かう先に、今日も黙々と真面目に働く6号機と9号機の姿が見える。

 あの子たちはいつも通りだ。頼んだ仕事を一生懸命やってくれている。

「私も、しっかり仕事をしましょう!」

黒い雲が近づいている空を見上げて、「頑張るぞ」と宣言してから私はバギーに戻った。




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