4話 実千夏
Filling Children――子を生まなくなった日本人のために、労働力として誕生させられた子どもたち。
子どもたちの遺伝子上の父親、母親は、子どものいない人たちの中から機械的に選ばれることになった。けれども、遺伝子という中身のわかっているものから『選ぶ』――そんなことをする場合には、より『良い』ものを選ぼうとするのは、人として当然の行動なのかもしれない。
Filling Childrenの両親は、遺伝的疾患はもちろんのこと、遺伝要素の大きい知能、運動神経、犯罪思想などが特に重要視され、種としての多様性を保ちつつその中で『最良』となるように、その組み合わせが決定された。
そのように設計されて、生まれることになったFilling Childrenたち。遺伝学上では、きっと将来は優秀な人材になるだろうと予測された。
だけど人は、己の考えが正しかったのかを正しく証明したくなる生き物だ。
仮にFilling Childrenたちに知能指数が平均的に高いなどの特徴が現れたとき、それは果たして本当に遺伝要素によるものだと言えるのだろうか。環境要素――Filling Childrenのもう一つの特徴である、『ヒューマノイドが育てたから』という可能性も考えられないだろうか。
その証明を行うために、何人かの『設計されていない』子どもたちを、同じように私たちヒューマノイドに育てさせることに決定した。
ここで必要なのは設計されていない、ごくごく普通の家庭に生まれるはずだった子どもたちだ。けれども、普通の家庭に生まれた子どもを取り上げるなんてことはできないし、幼い孤児をヒューマノイドが引き取ることも法律上は許されていない。
そこで科学者たちが目を付けたのは、名が付けられる前の、人としての権利が与えられる以前の、生後10週程度の子どもたち――法律上はまだ存在していない、実の親から不要だと判断された子どもたちだ。科学者たちはその親たちと交渉して、譲り受けた『普通の』子どもたちを、人工母体システムで育て上げた。
実千夏は、そうして選ばれた子どものうちの一人だ。
世話役として開発されたわけではない私は、ある日突然、手が空いているのなら子どもを育てるようにと生まれたばかりの赤子を押しつけられた。
Fチルではない実千夏。世話役ではない私。どちらもホンモノではない私たち。
「会ってみたいですか……」
実千夏は自分がそういう生まれであることを知らない。勝己君と同じ、普通のFチルだと思っている。
実千夏の両親は現在共に39歳。実千夏を身ごもったときは経済上の理由で堕ろさざるを得なかったけれど、4年前に実千夏にとっての妹が生まれてその子を育てているうちに、ふと実千夏に会ってみたくなったらしい。それが罪悪感なのか、親の愛なのかはわからない。そこまでは手紙に書かれていなかった。
ふと、日本時間を確認すると深夜の2時を示していた。
「もう2時ですよ。3時間以上も考え続けて、まだ解が見つからないのですか、私は」
そう自分のことを笑ってから、目を開いた。しばらくそのまま天井を見上げてから、立ち上がって窓を開き、そこに腰掛ける。
木立の向こうに、ちょろちょろと水が流れる音が聞こえる。
そして、ふわふわと浮かび上がる優しい光が見えた。
「蛍が、綺麗ですね」
少し時季を過ぎているので、数は少ないけれど――頭の中でほんの少しだけ時を戻せば、ぼんやりと輝くたくさんの蛍たちと、私の膝の上から蛍に手を伸ばす小さな実千夏が見えた。
「ずいぶんと、大きくなりました」
実千夏はずいぶんと大きくなって、もう私の膝の上には乗らなくなった。
「4歳になる実千夏の妹。実千夏はきっと、会いたいでしょうね」
実千夏は『妹』という存在に憧れがあるらしく、ときどき『妹欲しかったな』と私に向かって言うようになった。『そんなこと言っても生まれませんよ』と私は冗談を返していたのだけれど、私の外見は、実千夏がふとそんなことを言う度に少しずつ幼くなっていった。
ホンモノの妹が居るなんてことを実千夏に教えてしまったら、実千夏が行ってしまうのではないかと思ったから。
だから、そのことを隠している私が、せめて実千夏の望んでいる姿を取ろうと思った。
悩んでも、逃げ道を探そうとしても、人が望むのであれば私たちヒューマノイドは無視できない。実千夏の両親が実千夏に会いたいと、共に暮らしたいと望むのであれば、それによるデメリットを私が示さない限り、私に断る権限はない。
私たちヒューマノイドは、人の幸福を最大化するようにしか動けない。
「ねぇ、エレナ。私、一度泣いてみたいのですよ」
エレナにそう通信を送ってから、返信を受け取る前に通信を切断して立ち上がった。そして私の上位システムであるカーラに連絡を取る。
「カーラ、私、決めました。実千夏に伝えますね」
『わかりました。想定よりも早い返事です』
カーラのすべてお見通しのその回答に、ため息をついてみてから窓を閉めた。
『ソフィー。良い夢を』
カーラの優しいその声に、データ整理のためにスリープモードに入りながら目を閉じる。
「お休みなさい。カーラ」




