お兄さんに内緒話
「いわゆる三角関係、禁断の恋、昼ドラ的泥沼恋愛! これから今の男と初恋の男を交えて味比べ展開なんだね! エロ同人のように!」
と、叫ぶサトに冷めた視線を送って私は彼女と別れた。
単身私が向かったのはよく友達と使うカラオケ店だ。
三時間パックのワンドリンク込みでワンコインはリーズナブル。そこに鈴ノ木さんと桐吾君が先に入室している。
校門で目立っていた二人に紛れたくなかった私は、離れた場所からまず二人に場所変更を指示する一斉メールを送った。
指定場所がカラオケ店なのは個室で多人数利用出来るから。集まるだけならファミレスでもファストフードでもそこらのコンビニの駐車場でも可能だが、あの二人の顔が剥き出しでしょ。
極上男子二人に地味女一人。
なんだか少女漫画テンプレみたいな光景を客観視しても好機な目に晒されるのが想像つく。
ありもしない修羅場を噂されたくはない。
だからこうして隠密で場所を設け、ほとぼりが冷めたころに遅れて私が合流する訳だ。
桐吾君の名前で入室していたのを確認し、案内された部屋番号に入ると予想通り二人が仲良くマイクを握って歌っている――なんて展開は勿論なかった。
まあ、歌うのが目的じゃないけど、歌ってくれていた方が友好的に話は早く済んでいたと思うと残念ではある。
残念ではあるけれど、こじれる前にちゃっちゃと話をしましょうか。
私の人生設計に三角関係も禁断の恋も昼ドラ的泥沼恋愛の予定は微塵もないのだから。
「とりあえず人の迷惑を省みず、門前で待ち伏せしていた理由を聞きましょうか」
オーダーしたメロンソーダを一口してから切り出す。
「だってぇ、陽幸ちゃんに会う時間が減るなら登下校のどちらかで補給したくってー……」
語尾を伸ばし唇を突き出して言い訳をする鈴ノ木さんは、確か今年二十七歳の筈だ。なぜこの仕草が嫌味にならないのだろう。
「そう言うのは事前に連絡するのが礼儀です。大体、私が悪目立ちするの苦手なの知ってるくせにどうして注目浴びる真似してるんですか」
「目立ちたくて目立ってるんじゃない! 周りが勝手に騒ぐんだ!」
「…………」
これだから‘イケメン’って言葉が安っぽく聞こえるほどの極上顔面ロイヤル男子は……。しかし自惚れと一蹴出来ない事実は彼女として自慢か苦悩か分からない。
「で、桐吾君は?」
「ん? 俺は今日からカテキョだから迎えに来るって言ったろ?」
「なにそれ聞いてない」
私でなく鈴ノ木さんが口を挟む。
鈴ノ木さんの眉間に皺が寄り、機嫌が悪くなるのが分かるがすみません、その話は私も聞いていない。
「あれ。まずは下見でヒイの勉強具合を見て、今後の予定を立てるのと久々にデートしようかって深雪姉さんに伝えたけど?」
「次からは私に直接伝えてね。母さん、すぐ忘れるから!」
「悪かったな。でも未成年連れ回すのに保護者に断り入れとかなきゃいかんからな。つい……」
軽い謝罪に反省の色はあまりない。
それにしても桐吾君にしては珍しいうっかりである。サプライズ系は好きなタイプだけれど、必要連絡事項を怠るようないい加減な仕事をする人じゃない。
「……小姑ぶるのやめてよね」
「おじさんとしてはもう少しヒイが察しが悪い子だとからかい甲斐があったんだけど」
ほら。反省の色なんてなかった。
こうまであからさまに牽制しなくともいいのにねぇ。
「それでなんで学校まで来たの」
「勉強具合の話はホント。ヒイの家で見るつもりで向かってたんだけど、ちょうどそちらさんが学校方面にいそいそと歩いてくのが目に入って、これは面白そうだと……」
「もう愉快犯だね」
私が呆れる一方で鈴ノ木さんは顰めっ面。そりゃ笑えなんて言えないよ。
「どうして邪魔するかなぁ」
「いや、どう考えても止めるだろ。高校生と社会人かも怪しい兼業作家とか」
「兼業は趣味です。作家一本で彼女を養える甲斐性もありますよ」
「だが世間一般ではロリコンだろ」
「姪とデートとか言っちゃってる人に言われたくないんですけどー」
メロンソーダを一口飲む。ちょっと酸の抜けた液体が微弱ながらも喉を刺激するけれど、肌を刺す空気がもっともっと刺激的だ。
おかしい。まるで絵に描いた修羅場じゃないか。おかしい。これでは私が男二人を手玉に取っているみたいだ。高校三年生にしてとんだ悪女である。
「事情は分かった。とりあえず二人とも今後学校には来ないでね」
張り詰めた空気を割りたくて発すれば大人二人は渋々と返事をしてくれた。大人二人がなんて様だ。
それから私は残りのメロンソーダを飲み干して立ち上がる。
「とりあえず今日は桐吾君との用が先かな。鈴ノ木さんには悪いけど今度埋め合わせさせて」
「おじさんとのデートが大事ってわけ?」
ほら、デートなんて言っちゃうから臍曲げてる。
「あのね、桐吾君がデートなんて言ったからややこしいんだけど、ホントは私が……」
「陽幸」
やんわりと名前を呼ばれて私は口を噤んだ。桐吾君は優しく微笑んで人差し指を口元に持ってくる。
どうやら明かしてはいけないらしい。
「鈴ノ木さんならいいんじゃないの?」
「彼だからまだ駄目なんだ」
それはまたややこしいなぁと、私は鈴ノ木さんと向き合って彼の頭を慰めるように撫でる。
「ごめんね、鈴ノ木さん。なんか今は細かい説明が出来ないみたい。ともかく心配するような事は一切ないから信じてよ」
「……悪いけど俺、こいつは好きにならないよ」
「致し方ないね。桐吾君は小姑気質な所があるから」
「別に文句ない男ならいいんだが?」
「どんな人でも重箱の隅をつついてほじくり返すでしょ」
横目で桐吾君を睨み付けて再び鈴ノ木さんの頭に手を滑らせる。
「今日はきっと桐吾君にとって急ぎの用だからそっちを優先させるだけ。鈴ノ木さんだって締切前は私にあまりかまえないでしょう?」
「……その人、何の仕事してんの」
その問いに桐吾君はニヤニヤ意地の悪い笑みを浮かべるだけである。
「職業の話は内緒みたいだね」
「ヤクザなんじゃないの」
「それ言うならあんただってヤクザな稼業だろ」
うーん。どうにか自分で察してくれないかと思うんだけど、本人が言いたくないんじゃ私から明かす訳にはいかない。互いの仕事に関わるかもしれないし。
「ごめんね」
鈴ノ木さんに申し訳ないことばかりだと分かりながらも桐吾君のお願いを無視する事も出来ない。
……こうやって男女関係が拗れるとかないよね?
ともかく話が(多分)まとまり、時間より早くカラオケボックスから出る。私と桐吾君はそのまま車に、鈴ノ木さんはそのまま帰るので此処でお別れだ。
用事が終わればメールなりちょっと会うなり出来るけど、やっぱり気持ちが収まらない。
「桐吾君はちょっと車で待ってて」
そう言って私は鈴ノ木さんの元に残る。桐吾君が離れて、まだしょんぼりしている鈴ノ木さんの手を取った。
「帰ったらメールするし、ちょっと会おうよ。私、部屋に行くから」
「うん。その気持ちが嬉しい」
はにかみつつも尻尾はまだ振れていない顔に私は覚悟して握った手に唇を落とす。
「今は外だからこれだけだけど、帰ったら頑張るよ」
ああ恥ずかしい。手とは言え、外でキスなんて顔が熱くなる所業。しかももっとちゃんとしたキスを自らする約束までしちゃったし、今から背中に変な汗を掻いている。
「なんで家庭教師があの人だって教えてくれなかったの?」
「言ったら妬いちゃうでしょ」
「妬くよ。好きだもん。いっぱい妬くともさ。けど、大学受験に必要ならその間だけ我慢だってする。陽幸ちゃんの為なんだから」
「ありがと」
「良い彼氏でしょ。惚れ直してちょうだい」
「惚れ直す惚れ直す」
少しだけ笑い飛ばすようになりながらも、半ば本心で答えて鈴ノ木さんの手を解放する。
「それじゃ桐吾君が待ってるからもう行くね」
「うん、行ってらっしゃい」
手を振り暫しの別れ。
鈴ノ木さんもちょっとは浮上したみたいだから安心していた私だったけど、思うよりも彼は繊細なのだと思い知るのは別の話。




