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迷宮の眠り姫は竜騎士の呪いを解く  作者: 鳴田るな
三章:姫 自分を知る
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伝承 迷宮の至宝

 イシュリタスは迷宮を支配する女神の名前である。

 至高かつ不老不死の存在だが、迷宮の外に出ることだけはできない。

 美しい女性の姿をしているが、半身は竜の形をしているとも伝えられる。


 かつてその慈悲深く残酷で美しい女神は、一人の男と出会った。

 外の世界から迫害を受けた彼は、女神に愛を求めた。対価に自分の全てを差し出すと言って。

 女神は彼の望みを叶えるため、人の身体を得て共に暮らすようになった。そしてやがて、彼を受け入れ愛を育んだ。


 二人はしばらく幸せに暮らしていたが、人の欲は尽きることがない。

 男はやがて、ささやかだが罪深い願望を得るようになった。


 迷宮という深い牢獄に、気の遠くなるほど長い間繋がれている最愛の妻に、本当の星空を見せることを夢見たのである。


 彼女の輝く瞳に似た銀河を指差し、あれは何星、あれは何星と飽きることなく繰り返す。そんな日が来ることを望んだ。女神を迷宮から解き放つ唯一の手段が、迷宮の破壊、すなわち彼女を殺すことであると知ってもなお――彼はもしもを考えることを止められなかった。



 繋いだ手を離さずに、共に生きる道が、今はないとしても、きっと、いつか、どこかに――と。

 甘やかで切なく、残酷な夢想だった。



 女神は男より幾分か現実主義者だった。

 自分が外の世界にけして出られないことを、男と彼女自身の真の望みが叶わぬことを知っていた。

 ゆえに、男が心の内に秘めて育てた感情を、望郷の念と解釈した。


 願いを叶えるには対価が必要である。

 彼女は男を地上に戻す代わり、二度と迷宮に入ることのできない呪いをかけた。

 たとえ共に在ることができずとも、彼が無限の星空の下、自由に生きていくことを願った。


 けれど彼女にも未練はあった。

 そこで男に、自分たちの思い出の縁を託すことにした。



 ――それが、迷宮の至宝。



 どの宝器よりも、尊く、麗しく、可憐で繊細、それでいて最も危険な宝物。


 愚劣なる人々よ、心せよ。

 至宝――すなわち女神にとって最も大切なものを彼女の胎の中から引きずり出そうとするのなら、最悪の災厄は免れない。無理に奪い取ろうとするのなら、地上に地獄を見るだろう。たとえ我が身が滅びようと、女神はけしてお前達を許しはしない。


 だが。だがしかし。可能性は残る。女神は対価と引き換えに望みを叶える。


 探せ。迷宮に眠るお前の望みを。

 示せ。迷宮に刻むお前の価値を。

 女神の膝下にたどり着き、彼女の足の甲に額づいて願いを口にせよ。



 玉座の間にて神は待つ。

 暗い穴底、孤独の淵。

 崩壊の音を聞きながら、調子外れの子守歌を口ずさみ。

 自らは至ることのない星空を見上げ、瞼が下りぬよう懸命に眼を開いたまま。



 勇者よ。疾く参ぜよ。

 永遠よりはずっと短く、一瞬よりはずっと長い時間。

 誰かが至宝を手にするその日を。

 ――あの人は今も待ち続けている。

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