43 可愛いを広めたいのです
そんなわけで、プリムはたびたび魔王城を訪れるようになった。
ルキアスの婚約者である自分と仲良くしていると知られたら、また他の夢魔族に何か言われるのでは……とアーシャは心配したが、プリムは問題ないとでもいうように笑う。
「へーきへーき。皆には『雪辱を晴らすために聖女様にリベンジマッチを挑んでる』って言ってるから!」
てへへ、と笑うプリムに、アーシャもほっこりした気分になった。
そんなアーシャを、プリムはじっと見つめてくる。
「あの、何か……?」
「アーシャの着てる服って……可愛いよね」
「えっ?」
アーシャはあらためて自分の格好を見下ろした。
聖女に選ばれセルマンの婚約者になった時に、見苦しくない程度にドレスもいくつか仕立ててもらったが……もちろんいきなり追い出されたため持ってはこれなかった。
今身に着けているのは、動きやすい神殿の巫女の装束だ。
「可愛い、でしょうか……? 私はプリムさんのお召し物も可愛らしいと思いますよ」
「でもさぁ、これ……よく見るとけっこう恥ずかしくない?」
そう言って、プリムはもじもじと身をよじった。
彼女が身に纏うのは、他の魔族の女性と同じくまるで下着かと思うような大胆な衣装だ。
アーシャも初めて見た時には驚いたものだが、他の女性魔族も皆同じような格好をしているのでもう目が慣れてしまった。
慣れればこれはこれで魅力的な衣装だと思える。何より、動きやすさは抜群に見える。
「よく似合っていらっしゃいますよ。素敵です」
「でもさぁ、やっぱ……アーシャのみたいなのの方が可愛いよ」
むぅ……と頬を膨らませるプリムに、アーシャはひらめいた。
「だったら私がプリムさんに簡単な服を作りましょうか?」
「え、そんなことできるの!?」
「ふふん、お任せください」
孤児院にいた時も神殿に入った後も、アーシャはいつも清貧な生活を余儀なくされていた。
そのため新しい服を次々と誂えることなどできるはずがなく、寄付された古着や余った布などをアレンジして、仲間たちと一緒に服を仕立てたりリメイクしていた。
宮廷の貴族が着るようなドレスとはいかないが、素材さえあればある程度のものは作れるだろう。
そう伝えると、プリムは目を輝かせて喜ぶ。
「ほんと!? お願いしてもいいの!?」
「えぇ、構いませんよ。……お友達ですから」
少々照れながらそう告げると、プリムは嬉しそうに頷いた。
「うん!」
◇◇◇
「えへへ、いっぱい持ってきちゃった」
すぐに、プリムは山ほどの布地を携え魔王城へやって来た。
「どうかな? 大丈夫そう?」
「大丈夫です! 古くなったカーテンを服に仕立て直したこともありますから!」
孤児院や神殿での生活を思い出し、アーシャはほろりと郷愁の念に駆られかけたが……すぐにぶんぶんと首を横に振る。
(ううん、今はここで頑張らなきゃ!)
領地の安定を求めるルキアスのため、この地に暮らす皆のために、アーシャの力が役に立つのなら尽力しなければ。
(といっても、これは聖女の力じゃないんですけどね)
むしろ神聖なる力とは程遠い、庶民の生活スキルだ。
だからと言って、出し惜しみするつもりはもちろんないが。
「それじゃあプリムさん、始めましょう!」
「うん!」
「私のいた国ではこんなデザインが人気でしたね」
「わぁ、可愛い……」
記憶を頼りにいくつかのデザインを絵に起こすと、プリムは頬を染めて目を輝かせた。
(ふふ、可愛いものに惹かれる気持ちは皆一緒なんですね!)
きっと人間も魔族も、それは変わらないのだろう。
アーシャだって可愛いモフクマが好きだ。
――可愛いは正義。可愛いは世界を救う。
そんな思いを込めて、アーシャは着々と作業を進めていく。
「聖女さまー、何やってるクマ?」
「こんにちは、モフクマさん。プリムさんと一緒に服を作ってるんですよ」
「お手伝いするクマ!」
わらわらとモフクマたちが集まって来て、ちまちまと小さな手でアーシャの作業を手伝ってくれる。
「はぁ、可愛い……」
「アーシャ! ニヤニヤしてないで手を動かさないと」
「はぁい」
プリムに叱られ、アーシャはにやけた表情はそのまま作業を再開した。
モフクマたちが手伝ってくれるおかげで、作業の進みは早くなったがその分広いスペースが必要となってくる。
アーシャたちは魔王城の入り口近くの屋外スペースに、大きな机を運んで作業を進めることにした。
しかしそうなると、その場を通り過ぎる多くの者の目に留まるのである。
「おや聖女様。今度はいったいどんな奇行を始められたのです?」
「こんんちは、ファズマさん。そうだ! ファズマさんにも何かプレゼントさせてくださいね!」
「え……? ま、まぁ……どうしてもいうのなら受け取って差し上げないこともないですよ?」
別に期待なんてしてませんからね! ……というセリフを残して、ファズマは早足で去っていった。
「ふふ、ファズマさんには可愛らしいエプロンが似合いそうな気がするんです!」
「え、本気で? まぁ、アーシャがやりたいなら止めないけど……」
なにやらプリムが言葉を濁したのが気にかかったが、アーシャはうきうきとファズマに似合いそうなエプロンのデザインに取り組むのだった。
「よぉアーシャ、何やってんだ?」
あくる日、声をかけてきたのはオーガ族の青年、バルドだった。
「こんにちは、バルドさん。農場帰りですか?」
「あぁ、お前はまた何か複雑なことやってんな」
机に上に広げた裁縫道具を眺め、バルドは感心したように呟く。
「服を作ってるんです。バルドさんも一着いかがですか?」
「別に俺は服なんて着れればなんでもいいけどな」
肩に乗ったスライムをつつきながら、バルドがそう口にする。
スライムは嬉しそうにぷるりと揺れた。
「じゃあスライムちゃんに可愛いお布団を作りますね!」
「おう、頼んだぜ」
バルドたちオーガ族の働く農場は、精霊やスライムの力もあり、すくすくと作物が成長しつつある。
心なしか、バルドの表情も初めて会った時に比べると、ずいぶんと朗らかになったように感じられた。
城内へと足を進めるバルドに手を振り、彼の姿が完全に見えなくなったところで……アーシャはそっと声をかけた。
……バルドの姿が見えた途端に、怯えながら机の下へもぐりこんでしまった、プリムへ。
「プリムさん、もうバルドさんは行きましたよ」
「……ほんと? 実はその辺に隠れてたりしない?」
「大丈夫ですよ。しっかり城内に入ったのを確認しました」
アーシャが自信を持ってそう答えると、半泣きのプリムがおずおずと机の下から這い出してきた。




