15 人質らしくと言われましても
荷物のように担がれたアーシャが連れてこられたのは、石造りの武骨な砦だった。
「ここがバルドさんの家なんですか?」
「まぁな……って何でお前平気そうなんだよ」
きょろきょろと興味深そうに周囲を見回すアーシャに、バルドはばつが悪そうに眉をしかめた。
彼は意外と丁寧な手つきでアーシャを床に降ろすと、なぜか説教を始めてしまった。
「いいか? お前はオーガ族に誘拐されたか弱い人間なんだぞ? もうちょっと危機感を持てよ!」
「そう言われましても……」
「お前が怯えないと雰囲気出ないだろ! コラっ! モフクマと遊ぶな!!」
まったく焦ることなくモフクマをモフモフするアーシャに、バルドは大きくため息をつく。
「頼むからもうちょっと人質らしくしろよ……テンション上がんねぇだろ」
爪先から頭のてっぺんまでじろりとアーシャを眺め、バルドはふむ、と腕を組んだ。
「そもそも、何で人間がルキアスの嫁になったんだ? お前はどうして人間の国を捨ててここに来たんだよ」
「いえ、私が捨てたわけではなく……むしろ、私の方が捨てられたんです」
「は?」
意味が分からない、とでもいうように首をかしげるバルドに、アーシャは簡単にいきさつを説明した。
人間の国で聖女に選ばれたこと、しかし巡礼が終わった途端に偽者扱いされ、人身御供として魔族の領域へ送られたこと、そこで魔王城に呼ばれ、魔王ルキアスに求婚されたこと……。
一通り話し終わると、いきなりバルドが床を殴ったのでアーシャは驚いてしまった。
砦中に地響きが鳴り、床は大きくひび割れ、パラパラと天井から小石が落ちる音がした。
「……許せねぇ」
はて、今の話に何か許せない要素があっただろうか。
よくわからないが、バルドは怒りに満ちた表情でこちらを睨んでいる。
とりあえず応戦しようと、アーシャ精霊たちを呼び寄せようとした瞬間――。
「許せねぇ! 仁義に反する人間のクソ野郎共!! この俺がぶっつぶしてやる!!」
「え!?」
「野郎共、戦の準備をしろ! 人間の国へ侵攻だ!!」
「いやいやいや待ってください! それは困ります!!」
慌ててバルドを引き止めようとすると、彼は強くアーシャの肩を掴んだ。
「案ずるな、聖女。お前の仇は俺が取ってやる!!」
「まだ死んでません! じゃなくて、戦はやめてください!!」
聖女が交代したばかりで、きっとアレグリア王国はバタバタしていることだろう。
そんな中バルドたちが侵攻すれば、それこそ大惨事だ。
「ど、どうしよう……」
《別にいいんじゃない、アーシャを捨てた国なんて滅んじゃっても》
《自業自得……》
「……いえ、確かに私も思う所がないわけではないんですが、あの国にはお世話になって人もたくさんいますから」
孤児だったアーシャの面倒を見てくれた孤児院の人たち、切磋琢磨した巫女仲間、それに……巡礼の旅で出会った、多くの国民。
彼らの生活が魔族に蹂躙されるなど、あってはならないことなのだ。
「こうなったら、強制的に皆を沈静させます。ウィンディア!」
《やっとご指名ですのね》
ウィンディアが嬉しそうに飛んできたかと思うと、その姿が美しい竪琴へと変化する。
アーシャが竪琴をかき鳴らすと、澄んだ音色が砦に反響した。
途端にいきり立っていた者たちがぴたりと動きを止め、次々と武器を取り落とす。
「なんだこの音は……」
「心が洗われていく……」
「さぁ皆さん、争いはやめて手を取って歌いましょう。ラブ&ピースです!」
「「ラブ&ピース!!」」
「「うぉぉぉぉ!!」」
その日、竪琴の音色と共にオーガ族の野太い合唱が砦から響き渡り、近くを通りかかった者を随分と怯えさせたのとか。




