幕間5 帝国幹部の会話1
関西地方の元大阪府。今はダーグアオン帝国の首都、夷半。
帝国を統べる者――皇帝が住まう帝城、そのバルコニーにて。
「『狡知の神』がやられたようだな……」
「ククク……奴は『五渾将』の中でも最弱……」
「冒険者ごときに負けるとは帝国の面汚しよ……」
何やら身内で盛り上がっている三人の男がいた。
「――という四天王のお約束は置いときまして」
「いや今の何?」
「一〇〇〇年前にそういうのが流行っていたらしい」
「コホン! ……それで話を戻しますが。確かにロキは『五渾将』の中でも個人戦闘力は最弱でしたけど、しかし実際に彼が敗北するとは思いませんでしたね」
男の一人――ナイがそう話を仕切り直して眉をひそめる。
彼と共にいたのは和鎧の偉丈夫とファラオマスクの少年――即ち、『悪心影』と『暗黒のファラオ』の二人だ。『五渾将』の内の三人がバルコニーに屯していた。
「『五渾将』同士の実力はほぼ互角……だけど、それは個人の武に優れているという訳じゃない。ロキは総合力をもって余達と互角だったからね」
「ええ。ロキの魔術『獣憑き』はその場その場で戦力を得られる上に相手の手駒を奪えるのが利点ですが、彼自身が強いという訳ではありません。今回はそこを突かれたのでしょう」
「であるな。それに、個人の武が低いとは言っても『五渾将』にまで上り詰めた男だ。決して弱い筈がねえ。東日本の連中が予想以上に強かったと見るべきだろうな」
『悪心影』織田信長がロキと藍兎達との戦闘をそう評する。同胞が打ち負かされたというのに、それに対する恨みや怒りが彼にはなかった。むしろ藍兎達の健闘を称える雰囲気だ。
「ていうか、やっぱり年なんじゃないのかい? 最古参の『五渾将』だろう? 実年齢は知らないけど、最低でも二十年前から帝国幹部の座にいると聞いているよ、彼。いくらベテランといっても二十年じゃあ何かしらは衰えるよね」
「てめえ、それ自分が若いから言える台詞だからな」
信長が『暗黒のファラオ』ネフレン=カの発言をジト目で咎める。が、ネフレンは仮面を被っているが故に表情が読めず、どこ吹く風だった。仕方がないので信長はネフレンから視線を外して話を進める。
「やはりあいつが一番強ぇのは、狼王だけじゃなく蛇王、冥王、犬王、馬王も自分に憑依させた状態だな。そうすりゃあ、まあ……『ナイ神父』や『暗黒のファラオ』には届かねえだろうが、『悪心影』や『膨れ女』には勝てるレベルまで行っただろうよ」
「そうだね……応用力の高さが逆に仇になったか」
『獣憑き』の憑依先は他人だけでなく、自分にも可能だ。今回は狼王以外は一体一人ずつ憑依させて散開させて戦ったが、全ての獣を自身に憑けて強化すれば、イタチ一派はロキに歯が立たなかっただろう。
「は? ワタシはロキに負けるつもりないんだけど? オマエ一人で負けてろヨ」
と女性の声が割って入ってきた。蜜の様な甘い声だ。三人が声の主に目を向ける。そこにいたのはチャイナドレスの美女――『膨れ女』己則天だった。
「おや、四天王+αがやってきたか」
「誰が+αネ! 失礼な餓鬼ヨ!」
ネフレンの軽口に則天ががなる。則天は『五渾将』でも最新参である為、この様にからかわれる事が多かった。
「則天、お前、その腹どうした?」
と信長が則天の腹を指差した。彼女の腹は妊娠したかの様に大きく膨れていた。否、妊婦そのものである様に見えた。
「変身を解いたのか、『膨れ女』?」
「ワタシが人前で変身を解く訳ないネ。ワタシが本来の姿を嫌っているの知っていて言っているデショ」
「であるな。じゃあ、何だ? どこぞの男と通じたか?」
「似た様なモノだけど違うネ。誰の子でもないヨ」
則天は蠱惑的な手付きで腹を撫で、
「――――安宿部明日音ネ」
胎内で眠る者の名を告げた。
「安宿部って、ゴブリンに喰われたミイラだったっけ。其方が殺したと聞いていたけど?」
「そうネ、確かに殺したヨ。六人の首を刎ねて、一人を溶解してネ。でも……」
安宿部明日音は一〇〇〇年前の人間だ。十世紀の間にミイラと化し、そのミイラはゴブリンの長共によって分割されて、それぞれ喰われた。喰われた安宿部は長共の肉体を乗っ取り、行動を始めた。己則天は偶然彼と出会い、自身の目的の為に彼に協力した。
――最後には則天が失敗した安宿部を殺した。
協力している間、則天は経過を見守る為に長共の一体に憑依していたのだが……。
「普通、ワタシに憑依された人間は最終的にはワタシに溶かされて消化されて死ぬものヨ。ただの肉としてネ。でも、あれからずっとどうにもしこりがあるような感じがしてネ。この間、人間ドックしたのヨ」
「人間ドック。混沌がか?」
「混沌がヨ。そしたら何とビックリ、安宿部が残っていたのヨ。分割された安宿部の一つがネ」
「へぇ……」
『五渾将』男子組が興味深そうに驚く。
「溶かしたんじゃなかったのかい?」
「そのつもりだったヨ。でも、全く消化出来なかったのヨ」
ゴブリンの肉体は溶かし切った。だが、ゴブリンに喰われた安宿部のミイラは溶けなかった。ずっと則天の体内に残り続けていたのだ。古堅藍兎や桜嵐玻璃が死してもなおスキルを発動して生き続けたのと同様に。
「これは面白いと思ってネ。折角だから手駒にしようと、こうして血肉を与えて育てているのヨ」
「お前の肉体、何でもアリだな……是非もない。いや、しかし」
「確かにそいつは面白い」と信長が口角を吊り上げる。
ナイも興味を示した様子で、則天の腹部を見ながらこう言った。
「彼は確かチョー=チョー人でしたよね?」
「チョー=チョー人? ……ああ、ゴブリンの古い呼び方ネ。良くそんなのを覚えていたネ、オマエ……。ええ、そうヨ。そのチョー=チョー人ヨ」
則天の頷きにナイが我が意を得たりと微笑む。
「でしたら、彼が誕生した暁には私のペットをプレゼントしましょう。『西国最強の生物』――『象王』ベヒーモス。『五渾将』をも上回る帝国最高戦力。私では持て余していたのですが……チョー=チョー人である彼ならば相応しいパートナーとなれるでしょう」
「あら、それは楽しみネ」
顔を見合わせ、凶笑を交わすニャルラトホテプの四人。彼らの笑い声が胎内で眠る安宿部の下にまで響く。
ゴブリン事変の後に藍兎は安宿部の冥福と祈った。自分と同じ一〇〇〇年前の人間である彼の安らかな眠りを願った。だが、その祈りは空しくも散る事になりそうだった。




