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第90話 囚われた者たち

 その戦闘の翌日、フィルハーナは2体の魔物を連れて帝国へと帰還した。

 烏丸義経と御手洗あずき。当初の予定よりはかなり少ない個体数となったが、それよりも、“魔の王片”を手にできた事実は大きい。血族との交戦を避けるためにも、チームを2つに分け、ひとまず王片と捕獲した魔物たちを帝都に連れ帰ることとなったのだ。


 帝都へ帰還したのは、フィルハーナとランバルト。

 火野瑛とメロディアスは、このまま血族の目をかいくぐる形で東を目指すことになった。


 どうやら、メロディアスの話を聞く限り、ランバルトが拘束した魔物たちを解放したのは、冒険者協会の五神星がひとり、響狼星の“名無し”であるらしい。名無しがどういう意図を持ってこちらの妨害活動を行ったのかは不明だが、彼が魔物たちを解放した直後、メロディアスは名無しの下へ飛び、交戦に入った。結果として、両者の戦った場所は山肌が大きくえぐれ、街道にまで土砂崩れが起きてしまっている。

 勝手なことではあるが、あのまま名無しを放置していれば、血族とのにらみ合いに介入されることは必至であった。そう考えると、メロディアスの行動を咎めるわけにもいかない。結果として、王片の奪還というアドバンテージを手にすることができたのは、事実なのだ。


 フィルハーナが気にしていることは、いくつかある。


 ひとつが、レスボン達のことだ。

 空木恭介、烏丸義経らは、フィルハーナが冒険者ギルドに潜入し、レスボンのパーティと共に新大陸調査へ赴いた時に出会ったことのある魔物たちだ。実のところ、そこまで悪感情を抱いているわけではない。皇下時計盤同盟ダイアルナイツとしての任務、主神フィアデルフォンと、その孫裔とされる皇帝への忠誠、そういったアレコレはあれど、あの人語を喋る奇妙な魔物たちは、フィルハーナからすれば好ましい友人足り得るものだった。

 烏丸を逃がし、血族たちに殺されたウォンバットに対してもそうだ。そして当然、レスボン・バルク、ウェイガン、レインといった、短い期間寝食を共にした仲間たちに対しても、まぁそうなのである。


 あの戦いの場には、当初レインがいた。レインは、レスボンとは子供の頃からの付き合いだ。彼女がいる以上、レスボンもあの近辺にいたはずである。せめて、彼らが無事であってくれれば良いのだが。


 気になることはもうひとつ。


 火野瑛のことだ。


 瑛の“クラスメイト”が、すなわちあの喋るモンスター達であることは、フィルハーナにも察しがついていた。その上で、彼は非情に徹し、仲間たちを強引にでも帝国へ連れ込むことを決めたのだ。それだけの意思と覚悟があるものだと思っていたが、どうにもあのあと、瑛の様子がおかしかった。

 空木恭介は、瑛とも特に親しい友人だ。会話を聞く限りは、そうである。その恭介は、瑛に対して詰め寄り、彼の言動を否定しようとした。瑛もある程度は覚悟があったのかもしれないが、そこでかかる心理的負担は、思っていた以上のものだったのかもしれない。


 正直に言うと、フィルハーナは瑛のことが心配だ。彼の方こそ、帝都に戻って休憩するべきではないかと提案したが、それでも瑛は行くと強硬に主張した。結局、メロディアスに彼の様子見を任せることになったわけだ。

 瑛の持つ能力は不安定だ。その能力こそが、瑛の操るゴーレムの動力源足りうる。ふたつの特性を持ち、その特性が片方に寄っているうちは良いが、もう片方に寄り始めた場合、熱量の制御が不可能になる。周囲に甚大な被害をもたらす可能性がある。


 瑛の能力は、まだ安定を保っている。だが、極めて危険な状態だ。


 何かしらの要因によって能力を制御しきれなくなったとき、発生しうるもの。

 それは、大きな街ひとつを飲み込んでの、大災厄となるだろう。瑛は、そしてランバルトは、果たしてそれがわかっているのだろうか。


 考え事をしながら帝宮を歩いているフィルハーナは、ふと、通路の途中で2人の男女が話しているのを見かけた。


 ぴたり、とフィルハーナは足を止める。


「ご無沙汰しております。イズモ公爵、アジャストメント伯爵」


 2人の帝国貴族は、フィルハーナの方を向き直り、会釈を返した。


「ごきげんよう。第4時席殿」

「割りと元気そうね。グランバーナ戦司教」


 イズモ家は皇室にも連なる大貴族、アジャストメント家は優秀なアイテムクラフターを何人も輩出してきたクラフターの名家だ。孤児院の出であるフィルハーナは生まれ自体はまったく縁がないが、皇下時計盤同盟ダイアルナイツ入りする少し前、聖都フィアンデルグで戦司教の冠を頂く際に、2人とは会ったことがある。


 アジャストメント家のフィリシスは、つい最近当主の座についたばかりの、まだ年若い女伯爵だ。クラフターとしての腕は歴代随一で、この帝宮の再設計も彼女のよるものだと聞いている。瑛のゴーレムを作った第5時席“焚骨砕神”ですら、アイテムクラフトの腕は彼女に譲ると公言するほどだ。


 が、


 そんなことよりも何よりも、フィルハーナはこのフィリシスに対して気になることがひとつだけあった。


「アジャストメント伯爵、近頃あなたの周囲で“喋る魔物”を見たという情報が入っているのですが」

「喋る魔物? そのくらいまぁ、いるんじゃない? インキュバスとかサキュバスとか、ノスフェラトゥとかはフツーに喋るわよ」

「とぼけないでください」


 フィルハーナはずい、と歩み寄る。


「ゴブリンやグレムリン、それにガーゴイルなどです。そんな魔物たちを連れ込み、工業都市ギルアゼルグにある貴女専用の工房では、いったい何を作っているのですか?」

「大したもんじゃないわ。船よ船。作ってるのは船。まぁ私が主任じゃないわ。私は、工房とアイディアを貸してるだけ。材料ですら知人任せよ」


 アジャストメント家の女伯爵は、手をぱたぱたと振りながら答えた。


「喋る魔物たちの素性は?」

「魔物たちを喋れるように私が教育したっていうのは信憑性ないかしら? ゴブリンやグレムリンと意思疎通できるって便利でしょう?」

「そんなデタラメ……」


 と言いかけて、フィルハーナは口をつぐんでしまう。


 この女伯爵は、クラフターとしても一流だがブリーダーとしても一流だ。できない、と言い切ることなど、それこそできはしない。フィルハーナは信じていないが、五神星の一星である叫竜星ノイノイは、このフィリシスが直々に教育したという噂だってあるほどなのだ。


「これ以上の詮索は無用ですよ。第4時席殿」


 それまで黙っていたイズモ公爵が、柔和な笑みでフィルハーナに語る。


「フィリシス殿の工房は、皇帝聖下も認めた特級私有地です。いくら皇下時計盤同盟ダイアルナイツとはいえ、聖下の許可なしに捜索を強行することは許されません」

「……わかっています。余計なことを言いました」


 フィルハーナは、丁寧に頭を下げてから、また通路を歩き出した。


 フィリシス・アジャストメントの工房。そこに、瑛のクラスメイト達が潜んでいるのは間違いないのだ。しかも、その工房には常に新しい資材が搬入され、中で何かを建造しているのは間違いない。フィリシスはその上で魔物たちを匿っている。

 皇帝に進言するか? と、思ったが、これも難しい。あの魔物たちの保護を優先しているのは、瑛とランバルトの2名が中心であって、皇帝から勅命が下っているわけではないのだ。加えて、イズモ公爵とアジャストメント伯爵は、皇帝から絶対の信頼を得ている2人であり、これに対抗するには第0時席“インペリアル・ワンド”、第1時席“銀狼竜”、第3時席“巨天”あたりを仲間に引き込むしかない。


 血族との戦いが激化するにあたり、魔物たちを帝国で保護したほうがいいのは、間違いないのだ。

 だが帝国も一枚岩ではない。動かせる戦力も、多くはない。


 瑛の話では喋る魔物の数は合計で39体。まだ動向を把握できているのは半分程度だ。フィルハーナは険しい顔のまま、皇下時計盤同盟の会議室へと向かった。




「ちくしょう! なんだここは! 独房かよ!」


 鉄格子をがっしりと掴んで、烏丸義経が叫ぶ。


 烏丸がぶち込まれたのは、彼の叫んだ通り、独房と呼んで差し支えのないような場所だった。

 正確には、帝都の片隅に設けられた魔物たちの檻。保健所のようなものだ。彼らの檻は屋外に設けられている。ただ、檻の周囲をぐるっと取り囲むように背の高い壁が建っており、万一の脱走に備えられていた。

 人口の多い帝都では、魔物を安全に置いておける場所は限られるらしいのだが、それにしたって最悪のロケーションだ。近くには研究施設のようなものも建てられており、あまりぞっとしない。


「烏丸くん……。ここで騒いでも仕方ないので……」

「ないので!? ないので、何!? こんなカゴの中の鳥みたいな生活を甘んじて受け入れろと!?」


 隣の部屋からは、御手洗あずきの小さな声が聞こえてくる。思ったよりも、しっかりした声だった。


「火野くんがいる限り、安全は確保されてる……。そう、だよね?」

「そうかもしんないけどさぁ。だってこれじゃあ、動物だぜ……」


 この檻の中にぶち込まれる際、ロングソードや葉団扇は回収されてしまった。反抗できないように、という相手側の都合を考えれば、当然の話ではある。

 周囲の檻にも、何かしらの魔物が収容されている様子だ。キーキーだのギャーギャーだの、耳障りな雄叫びが聞こえてくる。同種のモンスターがいれば意思疎通も可能かもしれないが、烏丸も御手洗も新大陸にのみ生息しているアヤカシだ。到底期待できない。


「……これ、せめてトイレくらいはなんとかならねーのかな」

「………」

「なぁ、御手洗。いくら魔物だからってその辺のデリカシーとかは配慮して欲しいと思うだろ? なぁ?」

「……烏丸くん。キライです」

「えっ、なんで!?」


 ちなみに檻と檻の間は石壁となっており、互いの姿を見ることができない。

 そういえば、他のクラスメイトたちも捕まってはいないのだろうか。烏丸は檻から顔を出して他の独房を覗こうとするが、あいにく、鉄格子の間をすり抜けられるのは彼のクチバシだけだった。


 さて、そんな時だ。

 烏丸が格子の間から突き出したクチバシ。そこに触れるようにして、ひらひらと一枚の羽根が落ちてきた。


「……ん?」


 そして、落ちてきた羽根がクチバシに触れた瞬間、


「ぬおわぁっ!?」


 烏丸の身体に電撃が走った。


 これは比喩表現ではない。マジモンの電流だ。青みがかったその羽根は、明らかな雷気をまとって空気を弾けさせている。


「な、なんだ……。この羽根……」


 烏丸が格子の間から手をゆっくりと伸ばすと、彼の視界にふっと大きな影が落ちた。巨大な羽音と共に風が巻き起こり、相当量の質量を持った巨体が、勢いよく降下してくる。風に身体を吹き飛ばされそうになりながら、烏丸は全身に電撃を纏いながら翼を動かす、大型の猛禽の姿を目撃した。


 その姿は、オオワシによく似ている。白を基調としているが、黄色と青の羽が混じった色合いは美しい。腹の辺りには、トーテムポールを思わせる不思議な模様があった。猛禽はしばし蒼穹を眺めていたが、ふとそこで、檻の中の烏丸に気づいたように、顔を向けた。


「よぉーし、カミナリ。今回はご苦労」


 猛禽サンダーバードのあとを追うようにして、数人の人間が降下してくる。全身に纏う特殊な形状の鎧は、強力な雷耐性によって電撃を遮断するためのものだろうか。全員魔法によって飛行していたようだが、手元には薄い石版と羽ペンを手にしている。


「いいデータが取れた。檻に戻ってくれ」


 石版から浮かび上がったホログラフを羽根ペンでタッチしながら、一番年配の男がそう言った。

 若い男たちが、烏丸の隣の檻の鍵を開けると、サンダーバードは静かに従って、檻の中へと入った。再び鍵がかけられ、男たちは研究施設と思しき白い建物の方へ歩いていく。


「……神成、だよな?」


 男たちの姿が見えなくなったあと、烏丸がそっと尋ねる。


「うん。烏丸くん、久しぶり」


 隣の檻から聞こえる神成の声は、存外に落ち着いたものだった。


「あの変な男たちはなんなんだ? どうしておまえはそれに従ってる?」


 神成鳥々羽は、烏丸たちのクラスメイトの1人だ。身長175センチだか、6センチだか。とにかく女子の中では一番背が高かった。烏丸よりも背が高かったので、正直彼は苦手としている女子だった。転生してからは、クラス内最速飛行という烏丸のお株を奪ってしまったので、やはり苦手だ。

 烏丸はフェイズ2によって《超速飛行》を手に入れたわけだが、今は神成とどちらが速いのだろうか。


「あの人たちはね、帝国稀少生物書士隊……。だったかな。学芸員みたいな人。稀少生物の研究をしてるんだって」


 ばち、ばち、と空気の弾ける音は、まだ隣から聞こえてくる。


 稀少生物。サンダーバードがそれに該当するということだろう。それはまぁ、わかる。

 だが、神成当人の方が、その連中に従っている理由が、やはりよくわからない。


「――外の様子を見るには、それしかなかったから」


 小さく潜めた声で、神成が言った。


「――みんな、参っちゃってるんだ。火野くんが、敵になって。仲良くなった王子さんが、処刑されちゃって……。特に、美弥ちゃんがね。だから、私が……」

「逃げる手筈でも考えてるのか……?」

「まだわからない。……できないよ。でも、私だけは、希望を捨てないようにしようって……」


 烏丸は瞠目していた。

 神成鳥々羽といえば、ただデカいだけで(タッパのある分、ムネもあったが)身長の割に引っ込み思案な、パッとしない娘であった。いつでも目立ちたがりでビッグマウスな猫宮美弥の影に隠れていた、そんな印象がある。当の猫宮が150センチにも満たないくせに自己主張だけはいっちょまえな少女だったから、尚更その差が際立った。


 その神成が、この絶望的な状況の中で、こんなことを言うようになっていたとは。


「みんな――、立派になるもんだな」


 思えば、雷を怖がっているはずだった彼女が、こんなに全身をバチバチ言わせているのも、成長の証だろう。


「わかった。俺も協力するぜ、神成」

「――うん」

「俺も速さには自信がある。俺とおまえなら、そうそう追いつかれないはずだ」


 それに自分はアヤカシ。この世界では稀少生物なのだ。もし必要なら、新大陸で御前様から聞いた話だってしてやる。外の様子を窺えば、脱走の算段だって整えられるようになるかもしれない。


「(……でも、フィルハーナさんにはちっと悪いな)」


 半分約束を守ってもらったというのに。


 できることなら、脱走前にもう一度会いたいものだが。面談なんてできるのだろうか。単なる保護生物でしかない、自分たちに。


「――しっかし、ウツロギの奴はちゃんと逃げ切れてんのかねぇ」


 あんなんでも、クラス最強を謳っているのだ。さっさと立ち直って、皇下時計盤同盟ダイアルナイツでも血族でもぶちのめせるようになってもらわなければ、困る。

 烏丸は両手を後頭部に回して、石床の上にごろんと寝っ転がった。




「捕まっちまったなぁ」

「捕まっちまったわね」


 廊下をとぼとぼと連行されていくのは、白馬一角と雪ノ下涼香の2人である。彼らは捕まっちまっていた。

 ビショップのアケノとの戦闘の結果である。実はこの2人、かなり良いところまでアケノを追い詰めていた。総合的なスペックにおいてはアケノに劣るものの、雪ノ下の火力はビショップ級の血族を相手どるにも、遜色のないものだったのである。加えて白馬による治癒魔法があるため、彼女は割りとガンガン無茶な攻め方をすることができた。


 ただまぁ、負けた。


 戦況をひっくり返したのは一発の銃弾だ。雪ノ下がプラズマ火球で周辺一帯を焼け野原に変えた直後、銃弾がまずは雪ノ下に、次には白馬に、立て続けに撃ち込まれた。予想外の方向から襲ってきた衝撃に、一瞬態勢を立て直すのが遅れ、あとはアケノの放つ黒いエネルギーに、身体の自由を奪われたという流れだ。


 あそこで余計な邪魔さえ入らなければ。

 案外、アケノくらいならなんとかなっていたのではないか。


 そう考えると、何やら無性に悔しいものはある。


 白馬と雪ノ下の先を歩いているのは、1人の女性だ。全身にぴっちりと沿うような、特殊部隊風のスーツ。肩にかけた大型のライフル。白馬の視線は割りと小ぶりなお尻に釘付けだ。彼の眼鏡にかなうか否かは、ここでは伏せる。

 後ろ姿は色っぽい彼女が、形成を逆転させた狙撃手だ。人間に見えるが人間ではない。顔の半分近くが、真っ赤な単眼に覆われた彼女は、名前をサイクロプスと名乗った。口元には犬歯が覗いており、おそらくは血族化した魔物なのだろうということが考えられる。


「なぁ、あんた」


 白馬が声をかける。


「あんた、銃なんて持ってるけど、その使い方はどこで覚えたんだ?」

「………」


 サイクロプスは答えない。


 血族は、元の世界からある程度自由に物資を転送できる。だから、銃や特殊部隊風のスーツがあること自体は、そこまで驚くものではない。さすがに、この城に送られる途中、ヘリコプターに乗せられたのはかなり驚いたが。

 だが、こちらの世界の魔物がその銃を自在に扱えるというのは、さすがに理屈が通らない。一番考えられるのは、彼女もまた白馬たちと同様に、転移変性ゲートをくぐってこちら側に転移してきたというパターンだ。


「どう思う?」


 あえて声はひそめずに、白馬は雪ノ下に尋ねる。


「そうね。ゲートを潜って魔物化したなら、その時点では血族ではなく人間だったってことよね」

「あー、そうなるな。紅井は魔物にならなかったし」


 雪ノ下の言葉に、白馬は頷いた。


「それなのに、今は血族化している。ってことは、2パターンあるわよね」


 指を折りながら、雪ノ下は前を歩くサイクロプスに視線を定める。


 後ろを2人、ポーンがついてきている。こちらが不審な動きをすればすぐに止められるようにだ。雪ノ下の火力を見れば心もとなくはあるが、どのみち、こちらも抵抗するつもりはない。アケノの黒い電撃によって抑えられた身体の自由が、ようやく戻ってきた程度の状態なのだ。ポーンを倒せても、目の前のサイクロプスにすぐ抑えられてしまうだろう。


 雪ノ下は、後ろのポーンには構うことなく続けた。


「ひとつは、もともと人間の協力者だったけど、ゲートの実験台となることを承諾してこちらに転移してきて、そのまま血族にされたパターン」

「………」

「もうひとつは、あたし達みたいに血族のゲートに巻き込まれて、仕方なく血族化することを承諾したパターン。まぁ、どっちにしても敵よ。この人の狙撃、めっちゃ痛かったんだから」


 おおよそ、白馬も同意見だ。だが、そこで雪ノ下の言葉を聞いても、サイクロプスはまったく反応することはなかった。

 やがて、白馬たちはひとつの部屋に案内された。サイクロプスが扉を開けると、割りと豪華な内装の、ホテルの一室のような光景が目に飛び込んでくる。覗き込もうとすると、それより先に中の方から声が聞こえてきた。


「白馬くんと……雪ノ下さん?」

「あら、その声は蜘蛛崎さん」


 かちゃん、かちゃん、と足音を立てながら、部屋の中にいる蜘蛛崎糸美がこちらを向いた。


 アラクネの蜘蛛崎糸美だ。新大陸に転移されたところまでは一緒だったが、その後行方がわからなくなっていた。血族に捕獲されたのではないかと烏丸が話していたが、まさに、その通りであったらしい。意外と安定した生活を送れているようだった。


「中に入れ」


 サイクロプスが冷たく言い放つ。


「感動の再会なんだ。水を差すもんじゃないぜ」


 べー、と舌を出す白馬。サイクロプスは、大きな瞳をぎょろりと動かす以外、特に反応をしなかった。


「お前たちはこの部屋でしばらく生活してもらう。危害は加えない。血族因子を注入する予定も、いまのところはない。自分が戦力として使い物にならなくなるまでは、そうしろというのがある男の取引条件だ」


 その“ある男”というのは、小金井芳樹を指しているのだということは、白馬にもすぐにわかった。


 小金井も、サイクロプスやアケノ達と共にこちらの本拠へと帰還している。同行してこなかったのは、あのシャッコウというルークの男だけだ。レスボンや犬神達だけでも逃げきれているなら良いのだが。もちろん、恭介や他のクラスメイト達もだ。

 帰り際、ヘリコプターの中での話を聞く限り、シャッコウはいまだに冒険者自治領の付近に潜伏しているらしい。血族化させたワイヴァーンがどうのこうの、という作戦だけは聞こえていた。詳しいことは、わからない。


「脱走を試みた場合はその限りではない。こちらに従わせるため、即座に血族化の処置を行う。以上だ」


 そう言うと、サイクロプスは扉をばたんと閉じた。廊下をかつかつと歩き去っていく足音が聞こえる。


「えぇっと……。無事で良かったわ。2人とも」

「それはこっちのセリフよ。蜘蛛崎さん……、と、触手原くんもいるのね」


 雪ノ下が言うと、部屋の片隅でオブジェのように触手をうねらせていたローパーが紳士的な挨拶をする。

 雪ノ下涼香と蜘蛛崎糸美。この2人は同じクラスメイトだが、びっくりするほど接点がない。所属するグループがまずちがう。クラス内カーストで上昇志向のあった蜘蛛崎グループと、割りと中堅カーストでのんびり平和にやっていた雪ノ下グループでは、実はあんまりソリが合わなかったのだ。


 が、ここで生活を送らねばならないとなると、そう贅沢も言っていられなくなる。


「雪ノ下さん……。なんか、キャラ変わった?」

「変わってないわ。水は100度でもマイナス100度でもH2Oよ」


 やっぱ久しぶりに会うとそうなるよなぁ、と白馬は思う。


「白馬、お前たちも捕まったのか?」

「ああ。捕まっちまった。まぁいろいろ変わったよ。俺もクラスメイト全員を把握してるわけじゃないけどさ」


 ひとまずは情報交換をする必要がある。白馬は、血族から逃れたあと、新大陸で起きたことや、そのまま冒険者自治領に戻ったこと、竜崎の放った広告のことなどを、触手原たちに伝えた。代わりに触手原たちからは、この城でわかったことなどを教えられる。

 この城は、どうやら大陸の東側に位置する小国の王城らしい。表向きは王による治世が続けられているこの国だが、実際は既に主要人物のほとんどが血族化され、傀儡として操られている。連中は、血族因子を埋め込んだ魔物を、クラスメイト達の代替戦力として運用する計画を立てており、あのサイクロプスは、おそらくその一環であるらしい。


「まあ、このあたりは立ち聞きから得た情報をつなぎ合わせただけだけど」


 そう言って、蜘蛛崎は指先から出した糸をピンと引っ張る。


「俺と蜘蛛崎で、この城の各場所にこっそり糸を仕込んだんだ」


 触手原も、自慢の触手をうねらせて得意げに言った。どうやら、その蜘蛛崎の糸で、外の音を拾っているらしい。蜘蛛は巣の付近を通過した獲物を糸の振動で感知する、という話を思い出す。


「血族因子を埋め込んだ魔物か。ワイヴァーンを使うって話はしてたな」

「あのサイクロプスくらいの戦闘能力があるんだとしたら、厄介よね」


 要するにフェイズ3になった魔物を相手にするようなものなのだから、それは厄介である。クラスでフェイズ3になれるのは、恭介だけだ。その恭介ですら、あの冒険者の名無しとかいうやつには、手も足も出なかった。


「ま、ウツロギくんなら大丈夫よ」


 腕を組んだまま、雪ノ下が呟く。


「こういう時こそね、努力と根性で人は強くなるのよ。現にあたしはそうしてきたわ。今のウツロギくんは人じゃないけど……。魂の部分が人であるなら、努力と根性で強くなれるはず!!」

「あっ、雪ノ下さんがいつもの雪ノ下さんだわ」


 ぐっと拳を握った雪ノ下を見て、蜘蛛崎が言った。

 雪ノ下涼香は、最近の彼女にしては珍しく、バックに炎など描きつつやけに荒くなった島本和彦調の絵柄で、拳を握ったまま叫び続けた。


「そう、あたしは強くなったわ! 中1の時にバレーを始めてから、毎日血のにじむような特訓! 成長期は終わりかけていたけど、背を伸ばすために毎日牛乳を飲んで3時間鉄棒にぶら下がったの! スタミナを保つため走り込みも怠らなかったし、跳躍力を鍛えるための訓練も続けたわ! だからあたし、強くなったのよ! ウツロギくんだって、もっと強くなれるはず!!」

「でも雪ノ下、うちのバレー部ってクソ弱かったよな」

「そこよ!!」


 びしり、と人差し指を白馬につきつけ、雪ノ下は吼える。


「あたしだけ強くなってもどうしようもなかったのよ! バレーボールは6人でやるものだしね! だからウツロギくん1人が強くなって頑張ったってどうしようもないわ! 現実は変えらんないのよ! だから!」

「だから?」

「だから彼も1人でなんとかしようとする癖、やめないかしらって。今回の件で気づいてんなら良いんだけどね」


 雪ノ下はその言葉で締めくくって、窓から空を眺めた。王国の空は、血族たちによって支配されているとは思えないほどに青く、庭も手入れの行き届いた、良い庭である。


「ま、いま俺たちが心配したって仕方ないよな」

「そうね」


 ひとまず籠の中でダラダラしているわけにもいかない。今は疲れてしまっているが、一休みしたら、脱出のための手立てでも考え始めるべきだろう。

 囚われた者には囚われた者の、意地の張り方ってものがあるのだ。

次回は9月9日か10日。

そろそろ忙しい時期を1度脱するので、更新ペースを元に戻したいところです。

6章も後半戦です。良いペースだわ!!

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