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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第二章 神代高校魔王軍、東征す
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第26話 絶望と希望

 姫水凛と白馬一角はくば・かずすみは、逃げ込んだ先の壁が早速破壊され、やむなく戦場に繰り出すこととなった。大量の小悪魔インプ屍鬼グールが埋め尽くす戦場で、人間の騎士や魔導士たちは劣勢を強いられている。さらに驚くべきことには、あの死霊の王とよく似たモンスターが数体、確認されていたことだ。


「とりあえず、ウツロギくん達を探そう!」

「ああ、一度合流をしたいな」


 凛の言葉に、白馬が頷く。


「姫水、とりあえず俺の背中に乗れ。移動速度が違いすぎる」

「えっ、大丈夫なの? あたしカラダに水筒突っ込まれたり、全身の体液をみんなに啜られたりしてるよ?」

「いや、うん。大丈夫だよ多分……」


 白馬が小さく震えながらそう呟いたので、凛はとりあえず後ろ足をちょんちょんと突っついてみる。特に拒絶反応はなさそうだったので、頑張って這い上り、鞍に身体を乗せようとした。


「ぐっ、ぐああああッ!!」

「ひゃー」


 そのままバランスを崩し、倒れる白馬。凛の身体も宙に投げ出される。


「ああっ、やっぱりあたしは清い身体ではなくなっていた!?」

「違う、単に重かっただけだから!」

「それはそれで凄いショックだなぁ!」


 モンスター漫才を繰り広げるスライムとユニコーンの周りに、屍鬼たちがゆっくりと集まってきた。白馬がなんとか起き上がり、やや怖気づいたように後退する。『ユニコーンは獰猛で象すらも串刺しにする』という伝承は確かにあるが、この白馬の戦闘能力自体は、そう高いものではない。

 ここは、密度と質量を増したデブりんことすらりんこと姫水凛が、活路を切り開くしかない。


「おりゃーっ! 姫汁ぶしゃーっ!」

「姫水、言い方! 言い方!」


 高密度に圧縮した水を発射すると、それは群がってくる屍鬼たちを串刺しにし、さらには切断する。これこそが、ダイヤモンドの加工に使われるというウォーターカッターの威力だ。チーム・役立たずの一員として辛酸を舐めた日々が嘘のようである。

 さらに大挙して押し寄せる小悪魔たちに対処するべく、凛は身体の圧縮をほどいた。湖ほどもある身体がぶわっと広がり、群がる小悪魔たちを包み込む。非力な魔物たちを一か所にまとめ、そのまま砲弾のように撃ちだした。身体を圧縮して握りつぶすだけの度胸は、さすがに今の凛にはない。


「よしっ、道が開けた! 移動開始ぃ!」

「お、おう!」


 白馬を引き連れ、凛はせっせと移動を開始する。結局地面を這わねばならないので移動速度は遅い。白馬は根気よく付き合ってくれた。


「しかし、強くなったな……」

「ん、うん……。まぁ、ねぇ」


 白馬の言葉を受け、凛は奥歯(ない)にモノが詰まったような言い方をする。

 確かに凛は強くなった。強くなりたい、と思っていたから、それ自体は別に良い。


「ちょっと今、ウツロギくんのことが心配なんだよねぇ」

「ウツロギの?」

「うん、ウツロギくんもね。なんか、強くなりたいって思ってそうだったから」

「そりゃあ思うんじゃないか? 負けたんだし。俺も強くなりたいぞ」

「うーん。まぁ、そうだねぇ……」


 正直なところ、空木恭介は何を考えているのかわからないところがある。きっと、良い人なのだろうな、とは思うが、それ以上のことはさっぱりだ。凛は瑛ほど彼と付き合いが長くないから、恭介の考えをはっきりトレースすることができないし、それがちょっと悔しくもある。

 ただ、凛はこの要塞線に来てからわずか1日。恭介の微妙な変化を感じ取ることができていた。


 ここの騎士達の戦力を借りられないと思った時、恭介は真っ先に、『自分が強くならなければ』と考えたのではないだろうか。あるいは、それに類する感情は、白馬の言うように赤い翼の悪魔レッドウイングに負けた時から、小金井を連れ去られた時からずっと感じていて、それが徐々に表に出てきただけであるかもしれないが。


 あんまり、よくない兆候な気がしていた。

 凛は恭介の力になりたくて、強くなりたいと思っていたが、恭介の場合はすべて自分で何とかするために強くなりたいと思っている。それは、あまり良いことではない。

 恭介が初めて力を貸してくれた日のやり取りは、今も覚えている。


―――わかるよ、姫水。穀潰しって言われるのは、辛いよな……


 おそらく恭介はそういう奴なのだ。瑛が苛立つのもわかる。

 誰かの為に、自分の力でなんとかしなければならない、と思っている節がある。


「姫水、あれ見ろ! あれ!」


 白馬が角で示した先に、凛も視線を向けた。


 ここより上空。赤い翼の悪魔と相対する、炎を纏う骸骨の姿がある。恭介だ。レッドウイングと睨み合っている。


「まずいぞ、フルクロスでも勝てなかったってのに……」

「急ごう、白馬くん!」


 急ごう、と言いつつ、自身はのろのろと地上を這うしかできない。

 人間時代の健脚さえあれば、楽勝なのに。凛はそれが妙にもどかしかった。





 目の前の赤い翼の悪魔レッドウイングが言った言葉を、理解できなかったわけではない。当初からある程度想定に入れておくべき内容ではあった。常にその可能性はあると、覚悟はできていたはずなのである。だが、改めて告げられると、その言葉には現実味を伴わない、宙ぶらりんの恐怖がじんわりと浮かび上がってきた。

 拠点に、レッドウイング達による襲撃があった。その意味するところは、自分たちが間に合わなかったという事実だ。恭介は拳を握った。口ぶりからするに、二度目の拠点襲撃を行ったのは目の前の男ではないが、戦闘能力はほぼ同等と見て間違いない。


 無力感と、妙な胸騒ぎが同時に襲い掛かってくる。結局は伝聞であり、確証はないのだ。

 だがそれが事実であったらと考えると、恭介の身体は硬直してしまう。


「しっかりしろ、恭介」


 瑛がはっきりした声で言った。


「そいつの言っていることが事実であったとしても、わかっているのは〝昨晩襲撃を受けた〟ということだけだ。クラスメイトの安否までは、はっきりしていない」

「そうは言っても……」


 目の前でにやりと笑って滞空するレッドウイングを睨み、恭介は思う。

 果たしてこいつと同等の力を持つ悪魔に襲撃を受けて、拠点のみんなが無事でいられるだろうか。フルクロスを蹴散らし、並み居る力自慢をまったく寄せ付けなかったあの膂力。今の恭介と瑛でさえ、勝てる気がまったくしないのだ。


「良いか、恭介。ここでショックを受け、絶望したところで何も始まらない。みんなが無事かもしれないという、希望を持つことが大事なんだ。そうだろう」

「さあて、どうかな……」


 冷静な口調の中に、どこか焦燥を滲ませる瑛に対し、レッドウイングの言葉は弄ぶようだった。


「俺は報告を受けているぜ。“約束の墓地カタコンベ”にいた連中は、役に立たない半分くらいは始末して、使えそうな連中はなんとか連れて帰れたそうだ」

「嘘だな」


 言葉尻に被せるように、瑛は断言する。


「それだけの長距離を詳細に連絡し合う手段は、おまえ達にはないはずだ。あったら拠点の再襲撃はもっと早い段階で行われている。それに、前回は小金井一人をさらうのに精一杯だったおまえ達が、数を引き連れたところでそこまで状況を優位に展開できるとは思えないな」

「協力者がいたんだよ。前回は非協力的だったが、まぁ、今回ようやく素直に頷いてくれてなあ。うちの王様にたてつくのは怖いだろうから、当然ではあるんだが……」

「………」


 レッドウイングの言葉に瑛は黙り込んだ。言いくるめられたわけではない。まだ疑っている。

 だが、瑛の言葉には、真実を問いただす以上の意味があることを、恭介はわかっていた。付き合いも長い。もし、拠点が襲撃を受け、レッドウイングの言う通りの展開になっていたとすれば、恭介が戦う気力を大きく減衰させることが、わかっているのだろう。

 瑛は恭介の気力を奮い立てるために、レッドウイングの言葉のほころびを探そうとしているに過ぎない。


 恭介は、ぐっと拳を握り、レッドウイングを見た。


 ひとまずは友人として、瑛の心には答えなければならない。


「ほおう、それでもこちらに抗うつもりか」

「この要塞には、姫水やセレナさん、白馬もいる。みんなに手は出させない」


 恭介は、握った拳をレッドウイングに向けて力強く突きだした。炎が勢いよく燃え上がり、突き出された拳から瑛が火炎弾を発射する。赤い翼の悪魔は、籠手でそれを弾き返した。やはりあの甲冑が厄介だ。以前の戦闘で、小金井が放ったファイアボールは、男の露わになった顔面を焼き一定の効果をあげていた。だが、あの甲冑に弾かれては何のダメージも通らない。


「瑛、プロミネンスボールを最大火力でぶつける!」

「わかった!」


 炎のブースターを噴かせながら、恭介は両の掌を向い合せる。レッドウイングが不敵な笑みを浮かべ、黒いエネルギー弾を発射してきた。三次元的な動きで回避しつつ、掌の間で火球を成長させていく。恭介が距離を取ると、レッドウイングも赤い翼を広げて追いすがってきた。

 あちらの動きは、明らかに遊んでいる。恭介は確信した。既に、こちらに抗する手段がないと思っているのだ。確かに、フルクロスにもなれない恭介たちが、現状であの赤い翼の悪魔に対抗できるとは思えない。逃げた方が利口ですらある。


 だが、ここで赤い翼の悪魔から逃げれば、次にこいつが向かうのがどこになるのか、わからない。

 凛や白馬、それにセレナが逃げ込んだ場所であるかもしれないのだ。


「プロミネンスッ!!」


 恭介は振り返り、直径1メートルばかりにまで成長した火球を大きく振りかぶる。


「「ボオォォォォ―――――ゥルッ!!」」


 発射された火球は、まっすぐに追いすがってきたレッドウイングに正面から着弾した。直前、黒い甲冑で顔を防いだように見えたが、それでも連続して発生する爆裂が全身を炎で覆い隠す。恭介と瑛は、炎と煙が晴れるのを待ちながら、油断なくレッドウイングの影を見つめた。


「あぁっ……クソ、結構やるな……!」


 プロミネンスボールによる爆裂は、確かに赤い翼の悪魔に、ある程度のダメージを与えることに成功したらしい。だがそれは、決して致命傷には成りえないものだった。顔前で交差させた両腕をほどくと、相変わらずピンピンとした、浅黒い肌が姿を見せる。

 効いていない。

 あの死霊の王すら怯ませた一撃が、まったく効いていないのだ。


 恭介は再度、胸の前で掌を合わせた。


「瑛、もう一度だ!」

「二度目はねえよ!」


 だが、眼前まで一気に距離を詰めるレッドウイングの動きの方が、はるかに速かった。


「堕ぉちろォッ!!」


 そのまま、黒い金属製のブーツを高く振り上げ、踵が恭介の身体を強打する。

 恭介と瑛は、その衝撃に空中でのバランスを保つことができない。小悪魔インプ屍鬼グールがひしめく戦場に、一気に叩き落とされる。どぉん、という鈍い衝撃があって、荒野に大きなクレーターを作る。土煙が舞い上がる中、恭介は上体を起こし、自らの身体を確認した。

 骨は砕けていない。バラバラになってもいない。全身、しっかりと繋がっていた。


「無事か、恭介!」

「あ、ああ……」


 瑛の叫び声に、恭介は半ば唖然としながら応じる。

 これが、紅井の血によって強化された今の身体であるというのだろうか。


「ここまで強くなるとは……。驚いたな」


 瑛も、珍しく声に驚嘆の色を滲ませていた。


 周囲には、数人の騎士達が屍鬼と交戦していた。空から降ってきた、炎を纏うスケルトンに一瞬驚くものの、すぐにそれが恭介たちであると確認すると、こちらを守るような陣形を取ってくれた。


「ご助力に来ていただいたのですか?」

「そのつもりだったんですが……」


 恭介は苦い思いをしながら、空を見上げる。赤い翼の悪魔が、こちらに向けてゆっくりと降下してくるところだった。それだけではない。周囲にいた数体の死霊の王ワイトキングも、悪魔の指示に従うかのように、一斉に集まってくる。

 騎士達のリーダーと思しき男は、顔中に冷や汗を貼り付けた。

 この騎士達の戦闘能力がどれほどのものかはわからないが、徒党を組んで小悪魔や屍鬼と交戦しているところを見るに、フルクロス並ということはなさそうだ。死霊の王一体相手どっても、かなりの苦戦が予想される。まして、それが数体とあっては。


「あぁん? バラバラにはなっていないのか……」


 いささか調子を狂わされたかのような声で、赤い翼の悪魔が降り立った。


「どういうカラクリなのか、想像がつかん。粉々に砕いたはずの身体が戻っていることと言い、どうにも解せんな」

「俺一人の力じゃないんでね……」


 恭介が精一杯の虚勢を張り、ジークンドーの構えを取る。瑛がぼそりと『また余計なことを……』と呟いた。

 赤い翼の悪魔は、こちらに近づく足をピタリと止め、少し表情を険しくする。


「……いや、まさかな」


 その言葉がどういう意味を持つのか、恭介にはわからない。


「とにかく、貴重なフェイズ2に加え、良くわからん頑丈さを発動させた個体だ。スケルトンという種族自体はハズレだが、連れ帰るだけの価値はありそうだな」

「何を……!」


 直後、赤い翼の悪魔には黒い稲妻のようなエフェクトが奔る。凛を気絶させたあの一撃だ、と思った時点で、瑛が警鐘を鳴らした。


「恭介! 逃げろ!」


 しかし、赤い翼の悪魔の動きの方が、やはり素早い。恭介や他の騎士達が反応できない速度で、レッドウイングは黒い稲妻を両腕から放った。


「ああっ、ぐうっ……!?」


 恭介の口から悲鳴が漏れる。全身に激痛が走り、恭介の身体は瑛ごと赤い翼の悪魔に拘束された。

 凛を気絶させたあの一撃とはわずかに異なる。これは相手の身体の自由を奪う技なのだ、と気づいた時には、既に恭介と瑛の身体は、ぴくりとも動かなかった。屍鬼たちと交戦していた騎士の何人かが、レッドウイングに剣を剥ける。


「さすがに人間どもに用はない! 叩き潰せ!」


 右腕から放出される稲妻で恭介たちを拘束し、レッドウイングは左腕で指示を下す。

 それまでバラバラに動いていた屍鬼たちが統率され、さらには、取り囲んでいた数体の死霊の王が、蛮刀を一斉に振り上げるのがわかった。騎士達の顔が一気に青くなる。恭介は叫んだ。


「や、やめろッ……!」

「おまえは自分の無力さに絶望しろ。それで少し大人しくなればなおのこと良い」


 強くならなければ、と思っていたのに。強くなりたい、と思っていたのに。

 どうして身体はこんなにも動かないのか。


 昨夜のキャロルとの会話を思い出す。強くなる方法を尋ねた恭介に、彼女は根を詰めるなと言い、そしていつか元の世界に帰るのであれば、強さなど余計なものだとも言った。だが、結局、力がなかった結果が今のこれだ。倒さねばならない敵に拘束され指のひとつも動かせず、目の前で誰かが死ぬのを待つ。

 拠点にいるクラスメイト達だって、護れなかった。自分にもっと、力があれば。


「恭介!」


 瑛が叫ぶ。


「君は絶望するな! 君は……、もう、二度と……!」

「力が欲しければ俺たちがくれてやる! 仲間にも会わせてやるさ! さあ、殺れ!」


 レッドウイングの指示で、死霊の王が蛮刀を振り下ろす。


 轟音と衝撃が空気を震わせ、死霊の王の身体に爆発があがったのは、その直後のことであった。


「なに!? なにが起こった……!?」


 慌てた声をあげる赤い翼の悪魔に答えられる者は、そこにはいない。

 だが、結果として蛮刀は振り下ろされなかった。断続的に響く轟音と震動。周囲を取り囲む死霊の王は、全身から立ち上る爆炎に体勢を崩し、荒野に倒れ込む。動きが統率されていたはずの屍鬼たちも、指示者であるレッドウイングの狼狽によって動きを完全に停止させていた。その隙を突くようにして、騎士達が一気に切り伏せていく。


「あれはなんだ……!?」


 騎士のリーダーが、恭介やレッドウイング達の背後を指し示す。わずかに緩んだ拘束の中で、恭介たちは視線を辛うじて向けることに成功する。指差された先にあるそれは、恭介たちの意識の中では、決してそこにあるはずのないものであった。

 新たに取り付けられた車輪が一斉に回り、赤茶けた荒野をかみ砕いていく。横幅20メートル、全長にすれば200メートルはあろうかというそれは、この場においては明らかな威容を誇っていた。


 それは恭介たちがこちらの世界に来て数日後にその存在を確認した、重巡洋艦の姿であった。





「あ、当たった!? 当たったか!?」


 艦橋で望遠鏡を片手に、竜崎は声をあげる。確かに、死霊の王の身体からは炎があがって、ゆっくりと倒れたように見えた。小金井メモによるところの20.3センチ連装砲は、きっちりと戦果を挙げてくれたようだ。こういうのは一発目や二発目は外すものらしいのだが、マグレでも全部当たるに越したことはない。


 しかし、想像していた通り、かなり大規模な戦闘になっているようだ。予定を前倒しして重巡を発進させたのは、間違いではなかった。

 装甲の剛性にはまだだいぶ問題があるらしく、無理をさせたせいで早速各所にガタがきているし、そもそも昨晩からほぼ不眠不休、誰ひとりとしてロクに休めず完徹状態なのだが、それでもなんとか間に合った以上、この判断は間違いではなかった。


 昨晩拠点にいた神代高校2年4組の生徒は、誰ひとりとして欠けることなくこの艦に乗船している。ちなみにゴブリンやスケルトン達も一緒だ。彼らには人足として働いてもらっている。


「委員長、ウツロギと火野を見つけたよ。先ほど撃った死霊の王の足元にいる」

「むっ……」


 猫宮ケット・シーの報告に、改めて望遠鏡の中を覗き込んだ。彼女の言う通りだ。確かに、炎を纏ったウツロギの姿がある。凛や白馬、それにセレナは見当たらない。


「操艦指揮は五分河原に任せる」

「えっ、俺?」


 竜崎はそれだけ言って、艦橋を出ようとした。五分河原ゴブリンは投げ渡された小金井メモを片手に、少し困惑を見せた。


「助けに行くんだ、竜崎」


 退屈そうに爪を磨いていた紅井が、ぽつりとそんなことを言う。竜崎は足を止めた。

 紅井の隣には佐久間、そして少し離れた場所に、犬神が座っている。犬神は相変わらず紅井を睨んでいた。ここに彼女たちをまとめて置いておくことに躊躇がないと言えば嘘になるが、それでも同じクラスメイトだ。それに、今自分たちがこうしてここにいられるのは、紅井のおかげでもある。


 佐久間も、少し心配そうな口調で尋ねた。


「竜崎くん、大丈夫? いけそう?」

「ああ。ほんの数時間前に〝できた〟んだ。いつまでも、ウツロギ達におんぶにだっこってつもりは、俺にもない」


 そう言って竜崎は改めて艦橋を飛び出し、甲板をまっすぐに走って行く。砲台についていたスケルトンやゴブリン達、それに何人かの生徒たちが、竜崎に手を振る。

 竜崎は船首に向け甲板の上を駆けながら、心の奥底から闘志を引きずりあげた。血が沸騰するような熱い感覚が全身を駆け巡る。竜崎邦博が、ドラゴノイドとしてこちらに転移した時、遺伝子の奥底に刻み込まれた太古の力が目を覚ます。


 委員長としての自分を、多くの仲間たちが支えてくれたように。戦いのすべてを恭介たちに押し付けるつもりはない。竜崎の背中で、決意が大きく翼を開く。

 間に会え。自分がたどり着くまでは、無事でいてくれ。

 十分な助走をつけ、竜崎はその身体を宙へと躍らせる。


 全長10メートルはあろうかという立派なドラゴンが、重巡の甲板から飛び立った。





「なんだ、どういうことだ!? まさかあいつ……失敗したのか!?」


 離れた場所に停止した重巡の姿を認め、レッドウイングは狼狽を露わにしている。

 あいつ、というのは、拠点を襲撃した仲間のことを指しているのだろう。恭介にはわかる。クラスメイト達は、脱出に成功したのだ。一体どのような手段を駆使して、あるいはどのような犠牲を払ってのことかは知らないが、少なくとも全滅の危機からは脱した。

 瑛の言う通り、先ほどの会話の内、半分以上はハッタリだったのだ。だがあの自信っぷりと今の慌てっぷりを見るに、おそらく遠からぬ未来に〝そう〟なると踏んでいたに違いない。そしてその予見が外れ、今、取り乱している。


「一体何が……! あいつ、まさかあいつ……!」

「アテが外れたようだな」


 瑛が不敵に呟いた。黒い稲妻はまだこちらの動きを拘束したままだ。強がるには早いが、恭介は言わせることにした。


「勝ち誇ったようなことを言って、ずいぶんと恥ずかしいじゃないか」

「うるさいッ! 状況はまだこちらに有利だということを忘れるな!」


 レッドウイングが片腕をあげると、倒れていた死霊の王たちが、ゆっくりと身を起こす。どちらも腕の何本かが欠落するほどのダメージを負っていたが、その巨体が繰り出す破壊力を維持するには、まだ十分すぎるほどだ。

 だが、立ち上がったばかりの死霊の王は、空から強襲してきた別の影によって、またも地面に組み伏せられた。


「うおおおおおおおッ!!」


 上空からの、叩きつけるような一撃。それは、死霊の王のみならず、着地の衝撃で並み居る小悪魔や屍鬼までも、その巨体の下敷きとした。身体の長さは5メートル。長く伸びた尻尾を含めれば、10メートルはあろうかというそれは、伝承に謳われるドラゴンそのものだ。

 呆気にとられる恭介や騎士達の目の前で、ドラゴンは組み伏せた死霊の王に至近距離からのブレスを叩き込む。炎が爆裂し、あっという間に一体が完全に機能を停止させた。残る二体の死霊の王も、力強い尻尾が横になぎ倒す。


 尻尾は赤い翼の悪魔の身体をかすめ、その瞬間、わずかな舌打ちと共に拘束が解除される瞬間があった。恭介と瑛は、その一瞬をついて、レッドウイングの支配から抜け出す。


「ウツロギ、火野、無事か!」


 巨体から発せられる声はだいぶ低くなってはいたものの、恭介にとって聞き覚えのある声であった。


「りゅ、竜崎か……?」

「俺だ! 間に合ったようで何よりだな」


 そう言って、竜崎は四本脚を大地につけ、恭介と瑛、そして騎士団を庇うようにして赤い翼の悪魔を睨んだ。


「完全竜化できるドラゴニュートは数を減らしていると聞くが……。やはりこいつもフェイズ2か!」


 レッドウイングが忌々しげに叫ぶ。同時に、少し離れた場所で轟音が響いた。

 重巡からの砲撃によるものではない。視線を向けると、地面が大きくめくれあがり、小悪魔や屍鬼の骸で山が築かれていた。ここから目測で数百メートル。騎士将軍キャロルと、それに連なる数名の実力派騎士が築いた山だ。

 既に2体のレッドウイングが、キャロル達と交戦を開始していた。雑魚での足止めも限界ということなのだろう。消耗したところを一気に潰しにかかる算段なのかもしれない。


「ちっ……! 悪いが相手をしている暇はない!」


 加勢しに行くつもりか。目の前のレッドウイングが翼を広げた。


「逃がすかッ!」


 竜崎もその大きな翼をはためかせ、レッドウイングを追わんとする。瞬間、恭介たちでも立っていられないレベルの風圧が、こちらに襲い掛かった。掻き消えそうになる瑛が『相変わらず空気の読めない奴だ!』と叫ぶのがわかった。

 だが、レッドウイングは10倍以上の体格差をものともせず、恭介たちを叩きおとしたカカト落としを、今度は竜崎に見舞う。眉間にめり込む一撃に竜崎は一瞬怯み、両腕から放たれた黒いエネルギー体に、あっという間に撃墜されてしまった。


「ぐううっ……!!」


 落ちてくる竜崎の巨体に潰されないよう、恭介たちと騎士たちは慌ててその場を離れる。轟音と共に、竜崎の身体が砂煙を巻き上げた。レッドウイングは肩で息をしながらこちらを睥睨すると、翼を広げてキャロルの方へと向かっていく。

 キャロルの方も徐々に疲労が蓄積されていっているのか、2体のレッドウイングを相手に動きがやや鈍い。


「竜崎、大丈夫か?」


 キャロルのことも心配だが、ひとまずは助けに来てくれた委員長にそう尋ねる。


「ああ、身体は頑丈だからね」

「一体何がどうなってるんだ。重巡は予定より早く動いてるし、拠点への襲撃もあったって聞いたけど……」

「それは……、落ち着いてからおいおい話そう」


 竜崎は、ゆっくりと身体を起こした。騎士達の活躍もあり、周囲の屍鬼たちは一掃されている。


「ウツロギくーん!」


 ちょうどその時、これまた聞きなれた声がしたので振り向くと、凛と白馬がこちらに向かって走ってきているところだった。いや、凛の方は走れていない。一生懸命這ってきている。


「ウツロギくん……無事でよかっ……うわぁっ!? でかッ!?」

「凛、白馬、二人も無事で良かった」

「りゅ、竜崎くん! ずいぶんでっかくなったね! あたしも人のこと言えない感じあるけどね!」


 凛のペースはいつものペースだ。調子が狂わされるような、調子を戻されるような、そんな感覚がある。

 白馬は、満身創痍の騎士達に回復魔法をかけて回っている。あの恥ずかしい詠唱を大声で、しかもノリノリでやっている。騎士達は苦笑いを浮かべるでもなく、抜き身の剣を胸の前に掲げて直立不動の姿勢を取っていた。敬礼に似た意味合いを持つポーズなのかもしれない。


 竜崎の言う通り、二人とも無事らしい。恭介は少し安堵の息をついた。


「問題はこれからだ」


 竜崎は、キャロル達の方へと向かうレッドウイングを見上げて言う。


「あの女騎士の人はだいぶ強そうだけど……」

「ああ、あれセレナちゃんのお師匠さん」

「ええ……、そうなんだ……」


 そう言えば、竜崎はセレナがお姫様ということも知らないのだったか。ここで説明するとややこしいことになりそうなので、黙っておく。


「騎士将軍の強さは関係ないな。あれは、恭介に瀕死の傷を負わせ、僕達をコケにしたんだ」

「一発殴らないと気が済まないってことか」


 回復魔法をかけ終わった白馬が、しゃしゃり出るようにして言った。


「まぁ俺も同感だな」


 ひとまず、あのレッドウイングを追って一発ブン殴るという方向で、意見は一致しつつある。だが、どうすればいいのか。恭介には皆目見当もつかなかった。死霊の王と互角以上に渡り合った今の竜崎は、フルクロス並の力があると見て間違いないが、それでもやはりあの悪魔には歯が立たず、あっさりと叩き落とされてしまった。


 あの悪魔に一発叩き込めるほどの力は、恭介にはないのである。

 先ほど、レッドウイングに拘束されていた時に味わった、苦い感情が蘇る。


 強くなりたいと願っても、強くはなれない。力が圧倒的に足りないのだ。


「ウツロギくん、合体しよう!」


 凛が全身を跳ねさせながらそう言った。言葉の意味を理解していない騎士団が、ギョッとしたように彼女を見る。


「そうだな。僕よりも姫水の方が良いだろう。恭介の骨格もかなり頑丈になっていることがわかったわけだし、今の姫水の身体にも耐えられる」


 瑛も頷いた。


「ウツロギくんも、強くなりたいんでしょ? 一度、あの赤い翼の悪魔に負けて、小金井くんがさらわれて、強くなりたいって思ってたんだよね? あれを倒さなきゃって、そう思ったんだよね?」


 凛の言葉を受けて、恭介は思わず瑛を見る。自分ですら漠然としかわかっていなかった気持ちなのだ。そんなものを把握できているのは、瑛くらいなものだろうと思っていたのだが、どうやら彼の態度を見るに、瑛が凛に漏らしたというわけでは、ないらしい。


「あたしウツロギくんの力になりたいって言ったから。力を貸すよ! 人間、一人でなんか強くなれないよんだからさ」

「俺たちは人間じゃないけどな」

「ううん、人間だよ」


 定番のジョークで返そうとした恭介だが、凛にきっぱりとそう言われた。


「こんな姿になっても、三角コーナーとか言われても、あたし、自分のこと人間だと思ってるし、ウツロギくんのことだって、人間だと思ってるから」

「でも、ここで姫水の力を借りても、それは俺が強くなったわけじゃ……」

「なんか、よくわかんないけど、」


 竜崎が口を挟んでくる。


「そういうのは、みんなで分担すればいいんだ。ウツロギ達だけが強くなきゃいけないとは、俺は思ってないしな」

「そうそう。みんなちょっとずつ強くなって、その力を重ねればいいの。みんなちょっとずつ辛い思いをすればいいの」


 凛はそんなことを言って、恭介の足元にちょこんと移動した。


「と、言うようなことを、あたしはウツロギくんに慰めてもらった時に思った」

「そうか……」


 恭介は呟いて、自らの手を見た。


 そもそも、この身体自体、紅井の血によって強化されたものなのだ。自分自身の力というものが、どれほどちっぽけなものなのか、思い知らされる。だが、凛や竜崎の言葉によれば、どうやらそれで構わないらしい。

 借り物の力でも構わない。みんなが少しずつ力を重ねあわせて、それで届くなら、それで構わない。


 恭介は、拳を握り、凛にこう言った。


「わかった、ありがとう。姫水、合体しよう」

「うんっ!」


 ぴょこんと跳ねる凛。さらに恭介は、そのまま竜崎を見る。


「竜崎、フルクロスにはなれないから空を飛べない。乗せてくれ」

「ああ、構わない」


 問題は、今の凛と合体したところで、あの悪魔相手にどれだけ戦えるかわからないことだ。だが、それでもやるしかない。

 決意を固めた恭介の身体から、瑛が離れる。


「僕もできればアイツをブン殴りたいところだが、その役目は姫水に譲ろう」

「瑛……」

「こちらは白馬や他の騎士達と一緒に雑魚の掃討を行う。存分にやれ、恭介」

「わかった。ありがとう」

「ただし、」


 瑛は咳払いし、恭介と凛を見てから、緊張感のある声でこう言った。


「合体の掛け声は『ストリーム・クロス』だ。しっかりタイミングを合わせるように」

次回投稿は明日朝7時!

いよいよ赤い翼の悪魔との決戦です! 嘘じゃありません! 本当です!


あと犬神さんの変身シーンを希望する声があったので作りました。うpろだなので多分いつかリンク切れますがそれまで置いておきます。※テキストです

http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org243777.txt.html

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