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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第二章 神代高校魔王軍、東征す
27/115

第25話 夜襲

「予定よりだいぶ進んでるな」


 日も暮れた頃、竜崎は重巡洋艦の甲板を見渡しながらそう言った。いや、重巡艦という呼び方は既に正しくない。ここまで改修が進んでしまうと、重巡陸艦と呼ぶ方が正しいように思えてくる。

 当初の予定を大きく上回るペースで、重巡の改修は進行していた。クラスメイトだけでなく、ゴブリンやスケルトンといった集団モンスターが手伝ってくれているという理由もあるし、まるで文化祭の準備のように、和気藹々としたムードで作業が進んでいるという理由もある。


 だが一番は、佐久間たちがダンジョンの最下層で見つけてきた大型のエンジンだろう。


 ダンジョンの下層部には、金属製のゴーレムが多数生息している。そのゴーレムの残骸として入手できる金属が、重巡の改修において重要な資源とされてきたわけだが、佐久間たちが発見してきたのはそのゴーレムの動力炉だ。持ち主であるゴーレムは既に機能を停止していたが、かなりの大型であったらしく、その原動機の大きさもかなりのものであった。

 当初、暮森グレムリンはこうしたゴーレム達の動力炉を参考にした原動機を、重巡に搭載する予定であったらしい。それがそのまま現物で手に入ってしまったのだから、行程がだいぶ早まった。動力としては魔力を必要とするが、それを供給できる生徒ならばいくらでもいる。


 作業は順調であった。


 現在暮森は、搭載した原動機をシャフトに連結させる為の作業を行っている。このあたりは、手先の器用な五分河原とゴブリン達、そして機械にある程度詳しい何人かの生徒たちで集中して行っている。他の生徒は拠点へ戻した。

 この作業が完了すれば、重巡はとりあえず〝動く〟ところまではいくらしい。もちろん艦全体の強度の補強など課題は山積みで、今のままでは動かしたとしてもそう長くはもたないということであるが。


「竜崎、夜は冷えるデブな」


 後ろから奥村が声をかけてきたので、竜崎は振り返る。


「まぁ、そうだな。俺、トカゲ人間だから変温動物かと思ったんだけど、なんか恒温動物っぽい」

「ドラゴンだからトカゲではないデブ? 恐竜は恒温動物だったって言われてるデブ」

「あれは、爬虫類っていうか鳥類に近いっぽいしなぁ」


 奥村は竜崎と同様、この重巡がウィルドネスワームのようなモンスターの襲撃を受けた際の、護衛役としてここにいる。奥村と仲の良いオウガのゼクウも同様だ。


「ウツロギ達は上手くやってるデブかなぁ」


 空木恭介たちがセレナを連れて拠点を発ったのは、もう5日前のことだ。そろそろ、セレナの故郷にたどり着き、協力を要請しているはずである。だが、このペースでいけば、援軍が到着する前にある程度改修が済みそうだ。

 それでも、あの恐るべき〝赤い翼の悪魔〟に対抗するための戦力は必要なのだから、助力要請自体はまったく無駄にならない。できることなら早く改修を済ませ、恭介たちと合流したいところではある。


 甲板で夜空を眺める竜崎は、ふと、視界の隅を何か影が掠めるのを目撃した。


「ん……?」


 視線で影を追う。それは、猛スピードで飛行し、船首の向く先である岩場に向かっていた。

 影は一体ではない。小さな飛行体を、たくさん引き連れている。


 まさか、と思う気持ちがあった。


「竜崎!」


 奥村は、叫ぶなり甲板から飛び降りた。


「とうとう来たデブ!」

「くそっ、こんなタイミングで……!」


 赤い翼の悪魔だ。間違いない。今、拠点には30人以上の生徒たちがいる。竜崎も甲板から飛び降り、奥村と一緒に走り出した。こちらの異変を察したか、すぐにゼクウも飛び降り、追いかけてくる。


「拠点の戦力は……」

「明日香や佐久間がいるけど……でも、その佐久間の魔法がまったく通じなかった相手だぞ……!」


 せめて、自分たちがたどり着くまでは無事でいてくれ。

 竜崎は歯噛みする思いで、荒野を必死にひた走った。





「……犬神さん、どうしたの?」


 食堂でぴくりと耳を動かし、廊下の方を眺める犬神響を見て、佐久間は尋ねた。鼻をひくひくさせ、険しい表情を作る姿は、ワーウルフというよりはまさにイヌそのものだ。少し離れた場所に座っていた紅井明日香は、じっと犬神の様子を眺めてから『放っておいたら』と呟いた。犬神は、そんな紅井を睨み返す。


 犬神響は、クラスの中でもはぐれ者の一匹狼だ。ついでに言うと、紅井明日香の唯一と言っても良い天敵である。紅井に意見ができる生徒は、実はクラスの中に2、3人はいるのだが、それとは別に、はっきり彼女が〝避けて〟いるのが、この犬神なのである。

 紅井の親友である佐久間も、犬神のことは正直苦手に感じていた。が、修学旅行のバスで隣同士になった時、余ったチューインガムをくれたりしたので、実はそんなに悪い子ではないのだろうな、とも思っていた。今はクラスが団結しなければならない時だ。はぐれ者である犬神とも積極的に仲良くなって、輪の中に加えねば。そう思って、食事はなるべく近くで摂るようにしていたのである。


 その犬神が、いつになく険しい表情で廊下の方を睨んでいる。


「……来る」

「く、来るって? 何が?」

「あいつの、仲間だ……!」


 言うなり、犬神は自らのセーラー服のスカーフを、しゅるりとほどいた。


「えっ、い、犬神さん?」


 周囲の生徒たちも、彼女の異変に気付いたらしい。視線をこちらに向けてくるが、犬神は一向に気にせず、こともあろうにセーラー服を、スカートを、さらには下着を、容赦なく脱ぎ捨て始めたのである。


「ええええええッ!? い、犬神さんっ!? こ、ここダメ! ダメ! ここ食堂ッ!!」


 周囲から歓声とどよめきがあがる中、佐久間は脱ぎ捨てられた服をひとつひとつ拾って彼女に駆け寄る。

 が、生まれたままの姿となった犬神はそのまま両手を床につけ四つんばいになると、獣のような唸り声をあげた。


「ぐううぅぅゥゥゥルルルルル……!」


 全身から白銀色の美しい毛並が生えそろい、もともと細身だった犬神の身体が、さらに細くしなやかな形に変化していく。完全獣化だ。全長2メートルばかりの銀狼となった犬神は、そのまま雄たけびをあげると、食堂の机や料理を蹴っ飛ばすようにして、まっすぐ廊下へと向かっていく。歓声とどよめきは、一瞬にして悲鳴へ変わった。


「犬神さん……」


 佐久間は呆然と呟く。


「完全獣化するとき服破けないのかなって思ってたけど……。毎回ちゃんと脱いでたんだ……」

「いや、サチ、そうじゃなくて」


 ビシ、と珍しく紅井がツッコミを入れてきた。


「少ししたらあたしも行くから、アイツ追っかけて」

「犬神さん?」

「うん。言ってたでしょ。〝来る〟って」


 その言葉を受けて、佐久間はハッとする。前回、赤い翼の悪魔が襲撃してきた時、真っ先に敵に跳びかかっていたのは犬神だった。どういう理由かは知らないが、彼女はその敵の襲撃を察知するだけの嗅覚を携えているのだ。

 ただ、一匹狼であり協調性に欠ける犬神が、普段からアンニュイでやる気の欠片も見せない犬神が、あの赤い翼の悪魔の襲撃に際してのみ我を忘れ(それでも服はちゃんと脱ぐが)飛び出していくのだけは、佐久間には解せない。


 いや、今はそんなことは良い。大事なのは犬神を助けることだ。


「籠井くん! 剣崎さん! あと魚住くんと猫宮さんは一緒に来て! 他のみんなも、食堂の入り口を固めておいて!」


 佐久間はひとまず戦闘力のある面子に声をかけ、犬神の後を追って食堂を飛び出す。

 あの赤い翼の悪魔が本当に来てしまったのだとしたら、果たして自分たちは勝てるのだろうか。


「さっちゃん、余計なお世話かもしれないけど」


 こんな時でも、猫宮ケット・シーは気取った調子の喋り方をする。


「いっそ、重巡の方に逃げた方が良かったりしないかい? もう動かせるんだろう?」

「うん、私も、それを考えてた……」

「どっちにしても、今廊下に居られるんじゃ、逃げ道の確保もできやしないぜ」


 魚住ギルマンが忌々しげにつぶやいた。


「ひとまずは、あの跳ねっかえりの狼をなんとかしなければな!」

「いや、しかし眼福だった」


 剣崎デュラハン籠井ガーゴイルも口ぐちに言う。

 入口の方に直進すると、既に犬神が戦闘に入っている。敵は一体ではなかった。小さな翼を生やした悪魔のようなモンスターが、無数に飛び回っている。その中には、赤い翼の黒甲冑を纏った男が、腕を組んで立っていた。


「なんだこいつらは……!」

小悪魔インプ……ってところかな。数を引き連れてきてくれたみたいじゃないか」


 剣崎と猫宮が、緊張感に満ちた声を出す。籠井と魚住の視線は、赤い翼の悪魔へと向いていた。


「あいつ……。前回見た時と少し違うぞ」

「別人なのか……?」


 その言葉を受け、佐久間も悪魔へと目を向ける。

 確かに、前回この拠点を襲撃し、恭介たちを戦闘不能にまで追い込んだあの時の悪魔とは、少し顔が違って見える。別人、別個体なのだろうか。あれだけの戦闘能力を持つ敵が、まだ他にもいるということなのだろうか。


 犬神は、まとわりつくインプを振り払い、引き裂き、噛み殺し、そのまままっすぐ赤い翼の悪魔へと駆けた。


「グルゥォォオウッ!!」


 赤い翼の悪魔は、表情ひとつ変えずに、犬神に向けて片手をかざす。瞬間、黒い光が障壁を象って、跳びかかってきた犬神を弾き飛ばした。


「ぎゃンッ……!」


 空中で姿勢を整え、犬神は四本の足で床に着地する。その隙を突くようにして、インプ達が彼女の身体に殺到した。


「《影の方刃シャドウスクエア》!」


 猫宮の唱えた魔法に応じ、黒い四角形の刃が犬神に群がるインプ達を引き裂いて行った。


「よってたかって乙女を好きにしようというやり方、ボクは好まないな」


 相変わらずキザな少女である。今はネコだが。

 さて、籠井、剣崎、魚住の3人がインプを蹴散らしながら進もうとする中、犬神と悪魔は睨み合っている。先日の個体とは違って、今回の悪魔は極めて無表情だった。犬神を冷たい目で見おろし、さらにこちら、佐久間たちに視線を向けてから、こう言った。


「なるほど、報告の通りだ……。卑賤なイヌどもの生き残りが混じっているとは。これでは使い物にならんな」


 佐久間は、その男が何を言っているのかわからなかった。

 卑賤なイヌ、とはなんなのか。生き残り、とはどういうことなのか。使い物、とはどういうつもりなのか。男の発した言葉の意味が、何一つとして理解できない。ただ言えるのは、目の前の男は、少なくとも犬神響に対して明確な殺意を持っているということだけだ。


 犬神は、また雄たけびと共に男に向けて跳びかかる。男はその首筋を掴み上げ、壁に向けて強くたたきつける。


「うおおおおッ!」


 剣崎が、剣を掲げて赤い翼の悪魔に斬りかかる。男は空いた片手で剣を受け止め、蹴りを剣崎の腹に見舞う。


「ぐうッ……!」

「あまり暴れるな……。我々の目的は、おまえ達を殺すことではない……」

「何を……!」


 そう言いつつ、男は犬神の喉元を掴む手を止めようとはしない。やはり、彼女に対する扱いだけが明らかに違っている。佐久間は詠唱を整え、猫宮と同じタイミングで攻撃魔法を放った。


「《邪炎の凶爪イヴィルフレア》!」

「《影縛りシャドウスナップ》!」


 だが、赤い翼の悪魔には通じない。悪魔は身体の自由を拘束せんとする猫宮の《影縛り》を強引に引き千切り、そのまま《邪炎の凶爪》を片手で掻き消した。続く魚住、籠井の攻撃もまったく寄せ付けず、圧倒的な膂力で弾き飛ばしていく。


「もう一度言う。おまえ達を殺すつもりはない。妙な抵抗は……ん?」


 男は、そこでふと顔をあげた。犬神の身体を力任せに放り投げ、廊下の先を睨む。犬神の身体は、籠井がキャッチした。

 あの時と同じだ。佐久間は思う。前回現れた悪魔も、廊下の奥をじっと睨み、〝誰か〟に向けて語りかけていた。今回現れたのは前回とは違う個体のようだが、やはり同じように〝誰か〟の存在に気付いている。男は口元をにやりと吊り上げた。


「なるほど、応じる気になりましたか。結構なことです」


 小悪魔インプ達に指示を出し、男が廊下を渡ろうとする。背後から、籠井と魚住がタックルする形で抑え込もうとするが、男は容易くそれを振り払った。佐久間は再び素早く魔法を詠唱し、赤い翼の悪魔を睨みつける。


「《邪炎のイヴィル》……」

「ふッ!」


 佐久間が放つ魔法よりも、男が振り返り様に放った黒い波動の方が早かった。紡がれた魔力が暴発し、ダメージがすべてこちらに返ってくる。


「きゃあっ……!」

「佐久間!」


 悲鳴をあげて吹き飛ぶ佐久間を、剣崎が受け止めた。廊下を進んでいく男を守るように、大量の小悪魔インプ達が行く手を阻んだ。


「まずいね、あの先は食堂だ」


 猫宮が珍しく苛立ちを露わにした声を出す。剣崎が剣を両手で構えなおした。


「ひとまず、目の前の小悪魔どもを切り棄てて、食堂に急行するぞ! 犬神も良いな!?」

「………!!」


 犬神は低く唸るだけで、それ以外の意思表示はしなかった。

 あの赤い翼の悪魔が目指しているのは、果たして食堂なのだろうか。それとも奥のダンジョンなのだろうか。それはわからないが、向かう先の通路に食堂がある以上は、放ってはおけない。やはりこれ以上あの男に立ち向かうのは厳しい。なんとか逃走の手段を整えねばならない。

 こちらを殺すつもりはないと言っていた。だが、あれが味方であるようには、とても思えない。現に犬神は殺されそうなところだったのだ。


 一向に数を減らさない小悪魔たちにもどかしい思いを抱いていると、食堂から生徒たちの悲鳴が響いた。





 恭介はその夜、まったく寝つけなかった。


 キャロルが手配してくれたのは、一人一部屋。修学旅行の宿でさえ相部屋であったことを考えると、部屋で一人になるのはえらく久しぶりである。ベッドはやや硬かったが、それでもまともな寝具がなく交代で使っていた拠点に比べると、だいぶマシだ。

 ただそれでも、寝つけなかった。

 なんとなく布団から這い出て、部屋を抜け出す。ランタンに火をつけ、廊下を歩いた。


「うわあっ! ぎゃあああっ!?」


 出くわした騎士が悲鳴をあげる。


「あっ、すいません……」

「……!? あっ! あぁっ……! ひ、姫殿下の……! こ、こちらこそご無礼を……」

「やっぱ怖いですかこれ」

「え、はい。まぁ、相当……」


 そりゃあそうだろうなぁ、と恭介は思った。おそらく見回り中の騎士なのだろうが、夜中にいきなりランタンを持った骸骨が廊下を歩いてきたら、それはビビる。


 あのあと食堂で食事を御馳走になったり、要塞の中をちょっと案内してもらったりしたが、やはり恭介たちの姿は奇異な目で見られた。無理もない話ではあるのだが、妙な居心地の悪さもある。同じ人間だと口で説明したところで、わかってもらえるものでもないのだ。

 凛はあのあと落ち込むセレナを励まして、部屋でまくら投げまでやったらしい。白馬は要塞の女騎士や女魔導士を眺めて時間を潰し、瑛はキャロルの持っている本の内の幾つかを借りて読んでいた。こちらは焦がさないように細心の注意を払っていた。読めるものなのかと思ったが、割と読めるらしい。


「ウツロギか。こんなところで何をやっている」


 背後で声をかけられたので、恭介は思わず背筋……ではなく、背骨をピンと伸ばした。


「あ、ああいえ、寝つけなくて……」

「寝つけないか。まぁ仕方ないな。状況が状況だ」


 後ろに立っていたのは、騎士将軍キャロルである。


「やっぱり、拠点が気になります。みんな無事だと良いんだけど」

「40体のモンスター達か。それぞれ別の生き物に変化したのか?」

「ええ、まあ……」


 キャロルはランタンを左手に持ったまま、右手を顎にやって難しい顔を作った。


「……オークはいるのか?」

「いますよ。気の良いやつです。奥村って言うんですけど」

「……そうか」


 騎士将軍の表情は険しい。


 そう言えば、恭介は小金井に聞いたことがある。女騎士はオークに弱いのだ。キャロルはおそらくアラフォー、どれだけ若く見積もってもアラサーといったところだが、女騎士は女騎士なので、オークには弱いのかもしれない。

 その割に、デュラハン剣崎は比較的奥村と連携を取るのが上手だったりするが、彼女はまぁ、女騎士ではなくデュラハンなのだろう。


 いや、女騎士とオークの関係性について、思いを馳せている場合ではない。


「そうだ、キャロルさん。ひとつ聞きたいんですけど」

「なんだ」

「どうすれば強くなれますか?」

「む……」


 恭介の率直な質問を受けて、キャロルは険しい顔を作る。


 凛ほどではないが、恭介もまた、強くならねばという思いを固めつつあった。あの赤い翼の悪魔が、〝ポーン〟にしか過ぎないのではないかという情報。あれを知れば、恭介も今の状態ではいられないという気持ちになる。紅井の血の効果で、少しは強くなったといっても、これでレッドウイング達に太刀打ちできるとは思えない。


「私はとにかく身体を鍛えたが」

「はい」

「ウツロギは鍛える筋肉がないからな……」

「ですよね……」


 やはり、このスケルトンの身体ではどうしても限界がある。もどかしい。

 フェイズ2。今の自分の状態を、レッドウイングはそう呼んでいた。2があるということは、3もあるのだろうか。これから更に、新たなる段階へ進むことができれば、あの悪魔にも抗しうる力を得ることができるのだろうか。


「もちろん技も鍛えたが、結局、鍛え上げた肉体というのもなかなかバカにできるものではない。私も導王陛下やトリッパー達から色々な話を聞いているが、おまえ達の世界と、こちらの世界は、様々な法則が違うと思った方が良いぞ」


 〝地を割る騎士将軍〟は、恭介の心中を知ってか知らずか、そう続ける。


「身体を鍛えれば、拳のひとつで大岩を砕けるようになる者もいる」

「でも、俺は鍛えられないから、無理、と……」

「む、うむ……。まぁ、そうなるな……」


 となると、やはり重要なのは肉体の方になる。凛や瑛。どうしても彼らに頼らざるを得なくなるのだ。

 密度の増加している凛の身体を纏うことができれば、それなりの戦闘力は得られるかもしれない。だが問題は、今の自分がそれに耐えられるかどうかだ。紅井の血によって多少頑丈になっているとは言え、金属製の水筒をあっさり潰してしまう凛の密度にどれくらい耐えられるかは、少し不安である。


「あまり根を詰めるな」


 キャロルは言った。


「いつか帰るつもりではいるんだろう。それに関して私の口から言えることはないが、平和な世界に帰るつもりなら、強さなんて余計なもののはずだ」


 確かに、そうかもしれない。

 だがそれでも、今強くならなければ、どうにもならない気がした。


「……ひとまず寝ようと思います。明日は朝一で馬を借りたいので」

「む、わかった。では、おやすみだな」


 恭介はそのままキャロルと言葉を交わして、寝室へと戻る。途中、同じように廊下をさまよっていた凛と瑛に会う。


「お、ウツロギくん。いたいたー」

「恭介、これから寝るのか?」

「ああ、うん……。今から部屋に戻るつもりだけど……」


 そこで恭介は、廊下を這うスライムと浮かび上がるウィスプに腰を抜かして失禁する騎士を発見し、これをキャロルに報告するか、しばしの間迷った。





「ううううう、ウツロギさんッ! ウツロギさーん!!」


 恭介のモーニングコールは、やけに慌ただしいセレナの悲鳴であった。

 寝起きの良さが自慢の恭介である。すぐに身体を起こし、セレナの方を見ると、昨日までとはうって変った、白いドレスに身を包んでいる。過剰にフリフリフワフワしたものではなく、ある程度動きやすさを重視したものではあるが、それにしたって、あの色気ない調査隊の服装に比べればかなり女の子らしい。


「ああ、セレナさん本当にお姫様なんだね」

「そうなんです! 本当にお姫様なんです! でも今はそんなことじゃないんです!」


 恭介の部屋にいるのは彼女だけではない。プリンセス・セレナーデの護衛として、数人の騎士がピッタリとついていた。


「敵襲です。ウツロギ殿」

「敵襲?」


 騎士の一人がそう言ったので、恭介は思わず聞き返してしまった。


「レッドウイングです。申し訳ありませんが、早馬をお貸しできる状況ではなくなりました」


 その言葉を聞き、恭介はハッとする。レッドウイング。赤い翼の悪魔だ。


「他のみなさんの部屋にも避難指示出してます! 逃げますよ! 急いで!」

「あ、ああ。わかった」


 セレナ達に促されるようにして、恭介は部屋を出る。要塞を、何度か小さな震動が襲った。


「敵の戦力は前回以上です。〝ポーン〟が3体、小悪魔インプ屍鬼グールを無数に引き連れている点は同じですが、それ以外にも大型のアンデッドモンスターをかなりの数引き連れています」


 廊下を走りながら、護衛の騎士が解説してくれる。


「大型のアンデッドモンスター?」

「5メートルほどの巨躯と、六本の腕を持つ怪物です」


 死霊の王ワイトキングだ。恭介は思った。あれもまた、赤い翼の悪魔たちの戦力だったのだ。


「何故連中は、この要塞を襲うんです?」

「それに関しては、まだ……。何せ、文献などでもその姿を確認できていない外敵ですから……」


 一方で恭介たちの拠点を襲撃し、もう一方で人類の生活圏の最西端にあるこの城壁を襲撃する。連中の目的が、いまいち見えない。古臭いRPGの魔王のように、この世界を征服するつもりでも、いるのだろうか。

 

「キキキキッ!!」


 甲高い泣き声と共に、小型の槍を携えた小悪魔たちが行く手を遮る。


「もう中に侵入してきているのか!」


 騎士達は剣を引き抜き、小悪魔たちに斬りかかった。


「セレナさん、キャロルさんは?」

「前線で防衛の指揮を執っているはずです……。でも、人手が足りないみたいで……」


 突破を許しているのは、そうした事情か。特に敵が飛べるというのは厄介だった。城壁の高さが何の意味もなしていない。


「恭介!!」


 正面、小悪魔の向こうに姿を見せたウィスプに、騎士達は一瞬身構えるが、すぐに火野瑛であると気づいて剣を降ろした。紛らわしい見た目で、少しばかり申し訳ないと感じる。


「瑛! 姫水と白馬は!?」

「おそらく先に無事なところへ移動しているはずだ。恭介、君はどうする?」

「どうする……って」


 恭介は、足元に転がる小悪魔インプの亡骸を見た。

 敵の戦力に対して、この要塞の人では足りていないという。赤い翼の悪魔を撃退できるほどの力は、恭介たちにはないが、それでも小悪魔や死霊の王程度なら、他の騎士達と協力して対応できるのではないか。


「やろう、瑛」

「まぁ、君ならそう言うと思ったよ」


 瑛は、特に引き留めることもせず、恭介の身体の中に飛び込んでくる。全身に炎が巡り、恭介の身体を炎の魔人へと変えた。瑛の名付けたところの〝ブレイズ・クロス〟だ。騎士達が驚嘆の声をあげる。


「俺たちも戦います。セレナさんをよろしく頼みます!」

「無論、言われずともだが、それは……」

「それじゃあ!」


 恭介は床を蹴り、炎の加速力で一気に飛翔した。背後から何かを言う声が聞こえたが、返事をしたりはしない。ただ振り向くと、セレナは拳を握ってこちらを見送ってくれている。


「瑛、姫水と合流するか?」

「どうかな。予備の骨がない以上、フルクロスにはなれない。ひとまずは様子を見て考えよう」


 瑛との合体ブレイズ・クロスよりも、凛との合体ストリーム・クロスの方が状況に対応できると言うのなら、凛との合流も視野に入れると、彼は言った。


「ただ、姫水の今の身体に耐えきれるかなぁ……」

「合体する必要があるなら、余分な量を排水してもらう必要はあるな」


 城壁の屋上をめがけ、階段を滑るように飛翔していく。途中、屍鬼グールの進行を阻むべく剣を振るう、騎士や魔導士の部隊を視界に入れた。恭介は、胸の前で両手を向い合せ、魔力を込めていく。炎が球状にどんどん成長していった。


「プロミネンスッ!」


 投擲体勢に合わせ、瑛が炎球を切り離す準備にかかる。


「「ボォォォオオ――――ルッ!」」


 放たれた炎の球は、騎士や魔導士の頭上をすり抜けるようにして、屍鬼の群れに着弾した。爆裂が死肉を焼いていき、騎士達は驚いたように恭介たちを振り向いた。だが、恭介と瑛は立ち止まらず、そのまま階段を一気に登り切って屋上へと出る。

 眼下には、荒野を覆い尽くす勢いで屍鬼と小悪魔の軍勢がひしめいている。壁を壊そうとする群れや、ロープを降ろしてよじ登ろうとする群れ。それに混じって、何体かの死霊の王が矢や魔法による攻撃を受けている。


 確かに、物量差は圧倒的であるように感じた。敵の数に対し、応じる騎士の数が明らかに足りていない。


「恭介、あれを見ろ」

「いたたっ、勝手に首を動かすな」


 瑛の示した方角では、ひしめく屍鬼たちを冗談のように吹き飛ばし、蹴散らしていくひとつの影がある。まるで迫撃砲が着弾したかのように土が高く舞い上げられているが、それを引き起こしているのはたった一人の人間だ。誰なのかいまいち確認は取れないが、まぁ想像はつく。


「……なんか、三國無双とか戦国無双とか、そんな感じだな……」


 恭介がぽつりと呟いた。


「逆に言えば、あれほどの力を出せなければ赤い翼の悪魔に太刀打ちはできないということでもある」


 騎士将軍キャロルは、おそらく大量にひしめく敵の数を減らそうとしているに違いない。こうも物量差が圧倒的では、やがて外壁を突破されてしまうからだ。だからこそキャロルは、その力を雑魚の掃討に割かざるを得ない。


「これだけの数で拠点を攻められたらと思うと……。あまりぞっとしないな」


 恭介はそう言って、空へと浮かび上がる。向かって左手側は、キャロルが軍勢を蹴散らしている。応戦する戦力が不足しているのは右手側だ。眼下に広がる軍勢に向け、再びプロミネンスボールを撃とうとしたとき、視界の隅を赤い翼の飛行体が横切った。


「………!?」


 視線を向けると、そのまま飛び去るところだった飛行体が動きを止め、こちらへと向き直る。


「ほう……。〝約束の墓地カタコンベ〟で出会ったスケルトンか……。生きていたとはな」

「こいつ、拠点に来た奴か……!」


 カタコンベ、というのは、あのダンジョンの名称だろうか。思わせぶりな名前に、果たして目の前の悪魔は何を知っているのだろうかという勘繰りが強くなる。


「自分たちだけでは戦力的に不利と判断し、人間に助力を申し出たか。賢いが……遅かったようだな」

「どういうことだ?」


 赤い翼の悪魔は口元を歪めると両手を広げて、恭介にとっての凶報を、楽しげに語った。


「昨晩、我が同胞が〝約束の墓地〟へと向かった。もう十時間以上前のことだよ」

次の更新は明日朝7時!

果たして拠点のみんなは無事なのか!? 恭介たちは、赤い翼の悪魔に立ち向かうことができるのか!?

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