第5話
最近ようやく筆が馴染んできました。
このシリーズは週一ペースでのんびり更新していきます。
お付き合いいただければ嬉しいです。
クラリスを茶会に呼ぶという行為は──
公爵家の“後光”を一時的に借りるのと同義である。
彼女が椅子に座るだけで、その集いは格を持ち、
主催者の名誉も、家門の株も、未来の縁すら底上げされるのだ。
「クラリス様、またお手紙きましたよ〜♡」
マリアの声が弾む。
今朝だけで届いた招待状の束が、献花のように積み上がっていた。
クラリスは扇を傾け、穏やかな笑みを浮かべた。
「ありがとう、マリア。
さて……明日はリドラ嬢の茶会だったかしら?」
「はい♡ でも……あの方、初めてですよね?
身分は新興の男爵位ですが……
なのにご参加なさるのですか?」
自分の名が場に与える重みは、彼女自身がいちばん理解していた。
だが──
「ええ。“どうしてもお越しくださいませ”と、
泣きつくほどの熱意があるもの。
丁寧な必死さは嫌いではなくてよ?」
クラリスは封書を軽く揺らし、柔らかく笑った。
彼女は、誘いが誠実であれば
爵位が低かろうと新興貴族だろうと構わず参加する。
マリアは胸に両手を当て、とろけそうな声を漏らした。
「さすがクラリス様♡
お優しい……いえ、器が違いますわ……!」
クラリスは紅茶を啜った。
その姿だけ切り取れば慈悲深い淑女だが、
(さて……今度はわたくしのどんな話題で
盛り上がるつもりかしら?
──主役というのも、なかなか骨が折れますわね)
実際のところ、
信者たちが自分の話題で熱狂するのを見るのが好きなだけである。
◆
リドラ男爵令嬢の茶会は、惨憺たるものだった。
席次は滅茶苦茶。
菓子は湿り、香りも飛んでいる。
椅子の配置は、酔った兵士が並べたほうがまだ整うだろう。
肝心の主催者リドラは
「クラリス様が来てくださった♡」とただ浮かれるばかりで、
茶会を運営する気配すらない。
クラリスは扇を閉じ、涼やかに思う。
(……まぁ、新興貴族ならこんなものね)
似た経験なら腐るほどある。
以前、別の令嬢は失敗のあと、
『クラリス様にどうしてもお会いしたくて……!』
と泣き崩れられたこともあった。
(おもてなしの心を受け取るのが“上級者”の務め。
茶会とは形ではなく、気持ちですもの)
──茶会が終わり、リドラは感極まって頭を下げた。
「クラリス様、来てくださりありがとうございました!」
「こちらこそお招きありがとう。
今度、わたくしの茶会も開くの。よければいらっしゃいな」
(仕方がないわね。
“一流の茶会”とは何か、わたくしが身をもって教えて差し上げるわ。
なんて……わたくし優しいのかしら)
「ありがとうございます! 予定確認しておきます!」
「……」
(“予定を確認”?
普通は他の予定など蹴り飛ばして来るものよ……)
だがクラリスは飲み込んだ。
(わたくしは優しい女。これくらいでは怒りませんわ)
──しかし、その優しさは即座に裏切られる。
◆
招待状を出しても返事はない。
そして当日、当然のように来ない。
クラリスの胸で、ピキ、と冷たい音がした。
さらに追い討ち。
「クラリス様……リドラ嬢が言いふらしています……
“クラリス様が特別に来てくれたのです♡”って……」
「“すごく盛り上がりましたの♡”とも……」
クラリスの扇が止まる。
(……なめられたものね)
空気が氷刃のように張り詰め、
そばにいた令嬢が震えた。
「お、教えてよかったのでしょうか……?」
「ええ。ありがとう。
お願いがありますの──少し、力を貸してくださる?」
令嬢は蒼白のまま頷いた。
◆
リドラも参加する、別の令嬢の茶会。
クラリスが現れた瞬間、
集まった令嬢たちの背筋が一斉に伸びた。
「ごきげんよう、皆様」
その気配だけで、全員が悟った。
──今日は“何か”が起こる。
「あっ、クラリス様〜♡」
呼び出された理由を理解していないのは、
リドラただ一人。
茶会が始まったが、張り詰めた空気のまま。
だがリドラだけが笑っている。
クラリスは扇を伏せ、静かに口を開いた。
「ねぇ皆様。
最近“わたくしの名前”を
やたらと利用している方をご存じかしら?」
その場の令嬢たちが、一斉に蒼白になる。
ただ一人、リドラだけが首を傾げた。
「え?誰だろ?」
クラリスは淡々と告げる。
「茶会に呼んで差し上げたのですけれど……
招待状の返事もなくて。ですからどんな方か思い出せないの。
──ああ、ただ“とても酷かった”ことだけは覚えていますわ」
その言葉に、令嬢たちは内心で悲鳴を上げた。
リドラはにこにこしながら言う。
「ひどい茶会!?そんなの最悪ですね、クラリス様!」
クラリスはにっこり微笑む。
「まぁ、どうせ“本人は”自覚しないでしょうけれど。
それより──あなた方」
令嬢全員の背筋がぴん、と伸びる。
「こういう方を“なぁなぁ”で甘やかすから、
社交界の質が落ちるのですわ。
あなた方まで同類に見えてしまいますのよ?」
令嬢たちは蒼白でぶんぶん頷き、
リドラまで意味も分からず頷いた。
「……よろしくてよ」
それは処刑宣告よりも重い一言だった。
◆
翌週。社交界の噂はすぐ広がる。
「……あの子、クラリス様の逆鱗に触れたみたい」
「距離置きなさい。巻き込まれるわよ」
夜会では、リドラの周囲だけぽっかり空く。
家門は事の重大さを悟り、リドラを庇うどころか一切の口出しを控えた。
──巻き込まれれば、家そのものが傾きかねない。
(なんで……?クラリス様、優しかったのに……?)
だが、誰も教えない。
“空気を読めない者は排除される”──それが社交界だ。
一方クラリスは、別の夜会で令嬢たちに囲まれ
満足げに微笑んでいた。
「ごきげんよう」
「クラリス様♡」
「今日もお美しい……!」
(そうそう。こうでなきゃ♡)
深紅の瞳が、満足げにきらめいた。
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