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公爵令嬢クラリスの矜持  作者: 福嶋莉佳(福島リカ)
一章

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第5話

最近ようやく筆が馴染んできました。

このシリーズは週一ペースでのんびり更新していきます。

お付き合いいただければ嬉しいです。

クラリスを茶会に呼ぶという行為は──

公爵家の“後光”を一時的に借りるのと同義である。

彼女が椅子に座るだけで、その集いは格を持ち、

主催者の名誉も、家門の株も、未来の縁すら底上げされるのだ。


「クラリス様、またお手紙きましたよ〜♡」


マリアの声が弾む。

今朝だけで届いた招待状の束が、献花のように積み上がっていた。


クラリスは扇を傾け、穏やかな笑みを浮かべた。


「ありがとう、マリア。

 さて……明日はリドラ嬢の茶会だったかしら?」


「はい♡ でも……あの方、初めてですよね?

 身分は新興の男爵位ですが……

 なのにご参加なさるのですか?」


自分の名が場に与える重みは、彼女自身がいちばん理解していた。


だが──


「ええ。“どうしてもお越しくださいませ”と、

 泣きつくほどの熱意があるもの。

 丁寧な必死さは嫌いではなくてよ?」


クラリスは封書を軽く揺らし、柔らかく笑った。


彼女は、誘いが誠実であれば

爵位が低かろうと新興貴族だろうと構わず参加する。


マリアは胸に両手を当て、とろけそうな声を漏らした。


「さすがクラリス様♡

 お優しい……いえ、器が違いますわ……!」


クラリスは紅茶を啜った。

その姿だけ切り取れば慈悲深い淑女だが、


(さて……今度はわたくしのどんな話題で

 盛り上がるつもりかしら?

 ──主役というのも、なかなか骨が折れますわね)


実際のところ、

信者たちが自分の話題で熱狂するのを見るのが好きなだけである。





リドラ男爵令嬢の茶会は、惨憺たるものだった。


席次は滅茶苦茶。

菓子は湿り、香りも飛んでいる。

椅子の配置は、酔った兵士が並べたほうがまだ整うだろう。


肝心の主催者リドラは

「クラリス様が来てくださった♡」とただ浮かれるばかりで、

茶会を運営する気配すらない。


クラリスは扇を閉じ、涼やかに思う。


(……まぁ、新興貴族ならこんなものね)


似た経験なら腐るほどある。


以前、別の令嬢は失敗のあと、

『クラリス様にどうしてもお会いしたくて……!』

と泣き崩れられたこともあった。


(おもてなしの心を受け取るのが“上級者”の務め。

 茶会とは形ではなく、気持ちですもの)


──茶会が終わり、リドラは感極まって頭を下げた。


「クラリス様、来てくださりありがとうございました!」


「こちらこそお招きありがとう。

 今度、わたくしの茶会も開くの。よければいらっしゃいな」


(仕方がないわね。

 “一流の茶会”とは何か、わたくしが身をもって教えて差し上げるわ。

 なんて……わたくし優しいのかしら)


「ありがとうございます! 予定確認しておきます!」


「……」


(“予定を確認”?

 普通は他の予定など蹴り飛ばして来るものよ……)


だがクラリスは飲み込んだ。

(わたくしは優しい女。これくらいでは怒りませんわ)


──しかし、その優しさは即座に裏切られる。





招待状を出しても返事はない。

そして当日、当然のように来ない。


クラリスの胸で、ピキ、と冷たい音がした。


さらに追い討ち。


「クラリス様……リドラ嬢が言いふらしています……

 “クラリス様が特別に来てくれたのです♡”って……」


「“すごく盛り上がりましたの♡”とも……」


クラリスの扇が止まる。


(……なめられたものね)


空気が氷刃のように張り詰め、

そばにいた令嬢が震えた。


「お、教えてよかったのでしょうか……?」


「ええ。ありがとう。

 お願いがありますの──少し、力を貸してくださる?」


令嬢は蒼白のまま頷いた。



◆ 



リドラも参加する、別の令嬢の茶会。


クラリスが現れた瞬間、

集まった令嬢たちの背筋が一斉に伸びた。


「ごきげんよう、皆様」


その気配だけで、全員が悟った。

──今日は“何か”が起こる。


「あっ、クラリス様〜♡」

呼び出された理由を理解していないのは、

リドラただ一人。


茶会が始まったが、張り詰めた空気のまま。

だがリドラだけが笑っている。


クラリスは扇を伏せ、静かに口を開いた。


「ねぇ皆様。

 最近“わたくしの名前”を

 やたらと利用している方をご存じかしら?」


その場の令嬢たちが、一斉に蒼白になる。

ただ一人、リドラだけが首を傾げた。


「え?誰だろ?」


クラリスは淡々と告げる。


「茶会に呼んで差し上げたのですけれど……

 招待状の返事もなくて。ですからどんな方か思い出せないの。

 ──ああ、ただ“とても酷かった”ことだけは覚えていますわ」


その言葉に、令嬢たちは内心で悲鳴を上げた。


リドラはにこにこしながら言う。


「ひどい茶会!?そんなの最悪ですね、クラリス様!」


クラリスはにっこり微笑む。


「まぁ、どうせ“本人は”自覚しないでしょうけれど。

 それより──あなた方」


令嬢全員の背筋がぴん、と伸びる。


「こういう方を“なぁなぁ”で甘やかすから、

 社交界の質が落ちるのですわ。

 あなた方まで同類に見えてしまいますのよ?」


令嬢たちは蒼白でぶんぶん頷き、

リドラまで意味も分からず頷いた。


「……よろしくてよ」


それは処刑宣告よりも重い一言だった。





翌週。社交界の噂はすぐ広がる。


「……あの子、クラリス様の逆鱗に触れたみたい」

「距離置きなさい。巻き込まれるわよ」


夜会では、リドラの周囲だけぽっかり空く。

家門は事の重大さを悟り、リドラを庇うどころか一切の口出しを控えた。

──巻き込まれれば、家そのものが傾きかねない。


(なんで……?クラリス様、優しかったのに……?)


だが、誰も教えない。

“空気を読めない者は排除される”──それが社交界だ。


一方クラリスは、別の夜会で令嬢たちに囲まれ

満足げに微笑んでいた。


「ごきげんよう」


「クラリス様♡」

「今日もお美しい……!」


(そうそう。こうでなきゃ♡)


深紅の瞳が、満足げにきらめいた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

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◆現在のメイン連載はこちら↓

『転生姫はお飾り正妃候補?愛されないので自力で幸せ掴みます』※ざまぁ系ではありません

→https://book1.adouzi.eu.org/n5770ky/

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人の口に戸はたてられぬ。壁に耳あり、障子に目あり。と昔の人はいいました。不誠実なことをすると自分に返ってきますし、話題の主がいなくても、近くにその主の知人が居るかもしれないんです。きちんとしたことをし…
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