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どうして俺には〝瞬きの瞳〟がなんいんだろう。
飛雨が、洞窟の中で呟いた。
大量の死骸を前にして、十三の少年と七つの少女にできることはなく、二人は山の中へと引き返していた。
できれば家族であるみんなを弔いたかったが、天恵の下にいる彼らを──それも百人ほどを埋めるなど、冷静な思考が無理だと二人に囁いた。
そして、彼らを見て気づく。
全員の閉じられてた目が、窪んでいることに。
それを目にした二人は、深い絶望に突き落とされた。誰かがやった。同じ瞳を持つ、誰かが。
洞窟の中に腐った果実が転がる。
柔らかいものなど口にできなかった。
木の実を噛むだけでも嘔吐感に襲われたが、嵐は飛雨とともに生き延びた。火を起こすときも、湧水を手で掬うときも、枯れ枝を拾うときも、知恵を授けてくれたみんなを思い出し、そのたびに嵐の頬を涙が伝った。申し訳なかった。あんな姿のままでみんなをそのままにしていることが、申し訳なくて、情けなかった。
六日目の夜に、気を張り続けることに疲弊した飛雨が、そうこぼした。
隣りに座っていた嵐は、飛雨一人だけが持つことができなかった〝瞬きの瞳〟を、深い絶望感の中で初めて呪っているような気がした。みんなが、「飛雨、おまえの目は黒瑪瑙のようで、きれいだなあ」と褒めていた瞳。それがさらに黒く塗りつぶされていき、涙が浮かぶ。
──飛雨。わたしの目が、飛雨の〝瞬きの瞳〟になる。それじゃ、だめ?
嵐がそう言うと、飛雨は俯き、静かに泣き出した。
らん、と何度も名前を呼ばれる中、嵐は彼の懐に入って、心臓の音を聞きながら抱きしめ続ける。
もう二人しかない。
嵐は、わたしが彼の瞳になるのだと、そう誓ったのだ。
「次の日には、カルラにあげることになったんだけどね」
アダマスの無風の甲板で呟くと、同じことを思い出していたらしいカルラが少しだけ眉を下げて困ったように笑った。
「瞳の、話ですか?」
「うん」
「私が父の暴挙を耳にして駆けつけたとき──リシマは酷い状況でした。他の船が、天恵の亡骸を奪いに来なかったのが奇跡に思えるほどです。最低な奇跡ですが」
「あの頃は、船は空を飛べなかったしね」
嵐の声に、カルラはわずかに表情を曇らせた。
リシマの襲撃で二百の〝瞬きの瞳〟を得た王家は、賢者も聖者も術者も次々に呼び寄せて抱きかかえ、天恵の力を借りる方法を編み出したらしいが、それがどんな方法なのか嵐は知らないし、知るつもりもない。カルラの顔を見れば、それが真っ当な方法ではないと察することくらいはできる。自分たちを助けてくれた彼を、追い詰めたいわけではない。
嵐はそっと距離を詰め、カルラの右頬に触れた。
丸い黒眼鏡の下を、優しく撫でる。
今は隠されている、灰色の目。
彼の血筋に時折現れる〝遠見の瞳〟を持つ者は、今はカルラしかいないらしい。
カルラがごろ寝するソファ「船長の椅子」でそれを聞いた嵐が、おそろいだね、と言えば、彼はどこか慰められたような顔で、嵐が編んだショールで頭を隠した。子どものようなそれに、嵐は何も言わずに頭をとんとんと撫でてみたが、拒絶されることはなかった覚えがある。
カルラは、カルラだけの苦しみがあるのだろう。
「……もっと早く策略に気づいていれば、僻地から戻れたのに──いえ、すみません。無駄なことを言いました」
皮肉に笑う顔を、嵐はむにむにとつまむように揉んだ。
「王子様の登場はあのタイミングが一番が早かったんじゃない?」
「それ、やめてくれません?」
「ふふ」
「……」
「? どうかした?」
「最近、ようやく笑うようになりましたね」
「そうかな」
嵐が首を傾げれば、カルラも同じように首を傾げて笑む。
カルラだってそうだ。
彼だって、柔和でふざけたふりをするが、穏やかに笑うことなんてなかった。嵐は、洞窟に来た彼が、振り絞るような声で「何もしませんから、出てきてください」と懇願した声を思い出す。
カルラもまた、目を背けたくなるほどの光景の中を歩き、洞窟まで来たのだ。
二人を助けるために。




