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アダマスの船旗  作者: 藤谷とう
嵐の子
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 自業自得ですね、とカルラが言った。


 父親の最後を聞いても、その声には怒りもなければ哀れみすらもない。

 彼はこの十年で、自分というものの過去ときれいに折り合いをつけたのだろう。


 (ラン)はその横顔を見上げた。


 気づいたように視線を下ろすカルラが安心させるように笑むと、丸い黒眼鏡の隙間から左目がかすかに見えた。

 自分が渡した〝(またた)きの瞳〟が、穏やかに細くなる。


「大丈夫ですよ?」

「うん」

「……ああ、それも、大丈夫です」


 カルラは小さく笑うと、ゆっくりとトファルを見た。


「私に国に戻って欲しいなど、愚かなことは言いませんよね?」

「……はい」


 トファルは苦笑しながら頷く。その顔はどう見ても「言いたかったが諦める」としか見えないが、彼女は目を伏せてカルラの意思を受け入れた。もとより、無駄な提案だと思っていたらしい。



「貴方様に、体制が変わったことを伝えたく──ジェイン陛下の様子からなにか隠しておいでなのはわかったので、その確認と……これを。新しい許可証です」

「……船の数を減らすつもりですか?」



 カルラが受け取った許可証を見て呟く。


 今までの簡素なものとは違う、銀でできた記章だった。シトリアの国旗はなく、五つの宝石が嵌っている。

 青、緑、紫、黄──そして黒。天恵を討つ力を持つ船の旗の色だ。

 カルラは手の中で柔らかく握ると、トファルが穏やかな声で言った。


「王の英断です。手するべきではなかった力に頼る今、とうとう天にまで行って懐を潤そうとする者共も湧いて出てきています。線引を、しなければ」

「……そうですか」

「奇しくも、エトライでは天恵を売る店が竜巻に巻き上げられた、という噂が街を走り抜け、王都にまで来ましてね」

「そうですか」


 無愛想な返事に、トファルが笑う。

 その笑みは少女のようでもあり、それでいて母親のようでもあった。

 彼女の目が、嵐に向かう。


「前国王が亡くなったことも、天恵が落ちてくることも──全ては怒りであり恨みであると、民はそう信じ始めています。災厄が国を包むかもしれぬ、と」

「……」

「怖いのだよ。我々は、あなたたちのようにあれにただ祈るだけの者にはなれぬ。いつの時代も」


 嵐は何も言わない。

 彼女も、嵐の言葉など待ってはいない。

 互いに同時に視線を外す。


「カルラ様。許可証は五つの船に配られることになりますが、落ちた天恵の処理については──」


 嵐はそっとカルラのそばを離れる。

 聞くに耐えない話だったからではない。込み入った話になるとわかったからだった。

 カルラも嵐を止めず、しかしそっと離れる前に腕を叩いて送り出す。


 


 ──すぐに船の数は半分ほどに減るでしょう──奪うために船が急襲される可能性も──天恵についての調査も──今まで通り、気象空挺団とはすれ違わぬよう──そちらの船員を、いたずらに傷つけたいわけでは──




 トファルに言葉少なに頷くカルラの声が、遠くなっていく。


 嵐は操舵室の窓を見た。


 アレンは窓際に座って腕を組み、リストは隣に立っている。嵐が離れたことで「心配はない」と察したのか、強張っていた表情はわずかに和らいだ。


 嵐が階段を指さすと、二人は頷く。

 船室への階段を、足音を立てぬように静かにおりる。


 シュナの部屋には、シュナが作ったもので溢れている。

 〝忌避の子〟である彼女の思いを込めて作ったものが、天恵の影響から切り離すのだ。


 飛雨(ひう)を呼ぶ水輝(みずき)の〝(またた)きの瞳〟の気配を、感じずに済む。



 嵐は、シュナの部屋の前の出窓に座った。

 いつか飛雨がそうして座っていたように、壁一面の出窓に身体を収めるようにして剣を足の間で抱える。



 この穏やかな船にいる間も、世界は絶えず変化しているらしい。


 王が死に、新たな王が生まれ、方向がまた変わる。

 くるくると回る羅針盤の上を、振り落とされぬように船は飛んでいく。

 複雑なことはわからない。わかりたくない。


 誰かの恐怖が、誰かの思惑が、誰かの懸念が、リシマを滅ぼしたのならば、そういうものを理解したくはなかった。たとえ新しい王が素晴らしい国に変えたとしても、嵐はただ飛雨を生かすためだけにしか生きられない。


 出窓の外の景色が、午後を過ぎた疲れた空に溶けていく。

 飛雨は大丈夫だろうか。

 そんなことを思う。




 初めて気象空挺団と会ったとき。

 突き飛ばしたことを謝る飛雨の痛みの理由を知った嵐は、静かに操舵室を出た。

 カルラと話し込む男の顔から視線を逸らさずに歩きながら、嵐は自分の大きな上着の中に手を入れる。


 いつも忍ばせていたナイフを取り出し、無表情で近づいて、不思議そうにこちらを見た二人が止める間もなく、ノヴァを刺したのだ。





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