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空に三つの船が浮いている。
赤船とアダマス。
上には、気象空挺団の灰色の無機質な船。その甲板から、二つの影がひらひらと降ってくる。
黒い外套は広がることなく、フードを被った二人はまっすぐに落ちてくると、赤船に優雅に着地はした。
と、そのまましゃがむような動作をした背の低いほうが、すらりと剣を抜いてオオギの首に剣先を突きつける。
「──ルベウスの船長、オオギだな」
「そーだけど」
「投降しないのならこのまま首を貫く」
静かに。
ただ、粛々と事実を告げるように感情のない声は、気象空挺団をまとめ上げる男、ノヴァだ。
その機械的な声から融通の効かない男であることがわかるが、彼はとてつもなく忍耐力のある男だった。小柄であることを忘れるような威圧感を常に発しているが、嵐は少なくともオオギよりはマシだと思っている。
オオギはにやりと笑った。
「んなこと、しねえよ」
「わかった」
剣先が首の皮を切って貫く──前に、その剣は止められた。
「──おやめ、ノヴァ」
「……」
ぴたりと剣が止まる。
背の高いすらりとしたもう一人は、彼の剣をそっと抑え、取り上げた。
オオギの首からたらりと血が流れる。ああ、こいつの血は赤かったのか、と嵐は冷めた顔で見つめる。
「非道な真似は、お前に似合いませんよ」
「……トファル様」
「もう彼は何もできぬ。どうやら船の中は荒らされているようだしね……?」
アレンがすっと手を上げると、赤船の窓から黒い群れが一気に飛び立つ。
まるで黒煙が上がるように、バサバサと大きな翼が音を立てて天へと飛び立って行った。黒い翼が光を遮り、赤い三つの目の残像が火の粉のように空へ駆け上がっていく。
「ありがと」
アレンの声に共鳴するように、漆黒鳥が一斉に鳴く。
カン、と甲高い声がゆっくりと空に溶け、消えた。
「……連行する」
ノヴァが諦めたように言うと、トファルは褒めるように彼に剣を返し、オオギの腕を必死に掴んだままのイオを見た。
「お嬢さん。我々はあなた方の身柄を正しく受け入れる用意がある。ルベウスのこれまでの役割とその働きに、敬意を払うと約束しよう──抵抗しなければ、の話だよ」
声はあくまでも穏やかだったが、強い意思をにじませたそれは誰かとよく似ていた。
オオギが歯を食いしばる。
ノヴァ相手ならば死ぬ気でいられたが、トファルには逆らってはならないことを嗅ぎ分けたらしい。ため息を吐くと、イオをなだめるように見てから、トファルと向き合う。
「……あんたとは会話ができそうだな」
「ふふ。ありがとう。ノヴァだって聞く耳は持っているさ。そうするべき相手だと判断したときはね」
オオギが頭を掻きながら「食えねえ」とぼやくと、振り返って声を張る。
「そういうわけだ。無理な奴は船から飛び降りろよー」
甲板に逃げ出していた者たちは、顔を真っ青にしたままうなだれた。
誰一人として船から落ちずに、船を横付けした気象空挺団の団員たちに一人ずつ手枷をはめられていく。オオギとイオの手にもかけられ、全員が赤船の船内に誘導され、甲板にはノヴァとトファルだけが残った。
「……《《協力》》に感謝する」
ノヴァの礼に、カルラは「いいえ」と首を横に振る。
「こちらも、事情を聞きたいと思いまして」
「事情」
「はい。色々と」
ふむ、と考えるような素振りをしたノヴァは、カルラを見た。
「わかった。こちらも体制が変わり、対応を変化させる必要が出てきたことは知らせるべきかもしれない」
「それは──私から話しても良いかな?」
トファルが、優しくノヴァに尋ねる。
「ねえ、ノヴァ。私は少しアダマスと少し話がしたい。おまえたちは船を移動させておくれ。私はあとで風で向かう」
「しかし」
「おまえがここに少しでも長くいると、《《彼》》を苦しめるだけだよ。引きなさい」
トファルが、ノヴァの首から下げた胸元の小さな袋をそっと撫でると、彼はほんの少しだけ頭を下げ、その場をあとにした。
ノヴァを見送ったトファルが軽やかにアダマスへ飛んでくる。
赤船と気象空挺団の船が上昇し、アダマスから離れていくのを見た嵐は、ほっと息を吐いた。
離れていく。
船が離れていく。
ノヴァが、離れていく。
あの小袋にある、水輝の瞳が、離れていく。




