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アダマスの船旗  作者: 藤谷とう
嵐の子
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 赤船は、アダマスに気づいていたらしい。

 真っ赤な船底がアダマスの船首を割る寸前に、船はピタリと止まった。


 同時に、漆黒鳥(しっこくちょう)が割れた窓から入り込む。


 中を激しく荒らしているらしく、甲板に次々と船員が這い出てくる様子を、カルラが絶景と言わんばかりに見る。


「おやおや。私を相手に《《根比べ》》で勝てると思ったのなら──ちょっとイラッとしますねえ、アレン」

「本当に」


 アレンはやれやれと首を横に振った。


「うちの船長ほど忍耐力のある男はいないよ。退くと思った? オオギ」

「──うっせえ、黙れや」


 下品な声だな、といつも嵐は思う。

 自尊心。傲慢。命令口調から放たれる、人を蔑む声だった。

 この男は何があっても好きになれない。巨大な船の高い場所から見下ろしてくる男を、(ラン)はフードの奥から睨みあげる。



 三年前、赤船「ルベウス」の船長を海に突き落として殺した男──オオギ。

 飛雨(ひう)と変わらない年頃の青年の両腕は傷だらけで、右の手首に腕輪をしている。宝石を繋いだようなそれのひときわ大きな青い石は〝(またた)きの瞳〟であり──穴を開けられ、紐を通されているその瞳は、嵐の叔父のものだ。


 ──姉さんに似てないところがかわいいね。


 そう言ってよく肩車をしてくれた叔父の目は、祈りの池の澄んだ水面のような青色だった。

 嵐は手を握りしめる。


「どけ、アダマス」


 オオギが見下ろし、ひらりと手を降った。赤船が徐々に下降し、船首と船首が触れ合いそうになって、止まる。

 嵐が反射的に腰の剣に手が伸びそうになるのを、カルラが後ろ手で制した。


「退きませんよ。あなた達が気象空挺団に捕まるまで」

「割るぞ」

「自分の頭を? ふふ。面白いことを言いますね」

「やっぱオマエ嫌いだわ」


 オオギは軽蔑の籠もった目でカルラを睨む。


「ちっこいボロ船。どけ」

「ふふ。そのボロ船に落とされかけたくせに」


 アレンが無邪気に笑うと、オオギはわかりやすく顔を顰めた。考えていることが表に出る性格は相変わらずらしい。


「そりゃオマエらが一気に雨も雷も風も呼ぶからだろ。なあ、見せろよ。何色の目ぇ、持ってんの?」

「!」

「あー……」


 カルラに掴まれそうになった手を振りほどいた嵐は、身を低くして前に素早く出た。アレンが呆れたような声で「今のは仕方ない」とカルラの肩をぽんと叩く。

 嵐が細い足で踏み込むと同時に剣を抜いた。

 銀の光が斜め上に薙ぎ払われるように、オオギに届く。


 が、彼は微動だにせず嵐の剣を見ていた。

 前髪が揺れ、ぱらりと切り落とされる。

 眼球を狙ったその一撃に、オオギが卑しく笑う。



「おー、相変わらず短気なクソガキだな」

「……」

「つーか、飯食ってる? 成長全然してねえじゃん。少年は食べ盛りだろうがよ、船長」

「余計なお世話です」


 カルラが怒りのこもった声で応じるのを聞きながら、嵐はもう一歩踏み込んで剣を振るった。

 今度は腰の下辺りを狙い、オオギは「うわっ」と言いながらのけぞる。


「オマエ、そりゃねえわ」


 どこかバカにしたような顔は、しかし次の瞬間、不快そうに歪んだ。

 追いついたのだ。

 気象空挺団が。

 空が曇った、と思い顔を上げると、鈍色の船がアダマスと赤船の上空に浮かんでいた。



「──こちら気象空挺団──ルベウス、今すぐに投降しなさい」

「しつけえっつうの」


 吐き捨てるオオギの後ろから、女が走ってくる。


「オオギ! だめ、もう中も漆黒鳥に全部荒らされ……」

「だろーな。誰か死んだかー?」

「……ううん」


 オレンジの髪の女が、アダマスをじっとりと睨みながら返事をする。

 ひと目見て彼女がオオギを慕っているのがわかり、嵐は剣を鞘に収めた。


 誰かを愛しているの者の目が、嵐は苦手だ。

 そこに強い感情を隠すことなく見えたとき、どれほど憎くとも嵐の感情は萎んでしまう。




 前回、嵐が天恵を帰しているときに邪魔をしに来た赤船は、その船首で天恵の体を貫いた。帰っている天恵を、押し潰して船に載せ、去っていこうとしたのだ。

 嵐は呼んだ。

 青嵐(せいらん)を。

 あの船を止めて、と。


 空が曇り、強風が吹き荒れ、雨粒が滝のように赤船の上に降り注ぎながら、雷が迸る。

 それでも赤船は逃げ切った。海に力なく伏せたあとで、青い瞳を使って風を呼び、逃げていった。それ以上追いかけられなかったのは──シュナが嵐を止めたからだった。

 彼女の前では、嵐は無力だった。


 〝忌避の子〟の力ではなく、泣きながら「だめだよ」という愛情のこもった目をした彼女の前にして、追い打ちはかけられなかったのだ。



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