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アダマスの船旗  作者: 藤谷とう
嵐の子
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30



 海に出て二日。

 ひたすら続く青にも、アダマスの船員は飽きることなくいつものように各々が好きなことをして過ごしていた。


 シュナはデスクで航海日誌を書いているし、カルラは二階でダラダラしているし、リストはハンモックで本を読んでいる。

 アレンは暇なのか、何故かごきげんに(ラン)の髪をいじって遊んでいた。

 嵐は無表情でじっと自分の丸椅子に座り、ぼうっと外の風景を見る。


 飛雨は──ひたすらマロー粉の消費に取り組んでいた。

 焼き菓子にしてしまえば日持ちがする、と毎日せっせとナッツや乾燥した果皮を混ぜて薄く焼いたカリッとしたおやつを量産をしている。焼けたら冷まして空き瓶に詰め、アレンに開けられないように蓋を固く締めるのだ。



「編み込みしてあげようか」


 アレンが楽しげに聞いてくる。

 嵐は頭を動かさないままきっぱりと断る。


「いい」

「んじゃ、してあげるね。スペシャルバージョンで」

「違う。そっちじゃない」

「気にしなくていいよ」


 何も気にしていない、と嵐が抵抗するのも虚しいほど、アレンのご機嫌は最高にいい。

 きっと、シュナを前にして「普通」にしている嵐へのご褒美なのだろう。そう思うと、諦めるしかない。

 アレンの指は躊躇うことなくするすると白い髪を器用に編み込んでいく。一つ二つ、細いロープができていき、それをふわりと束ねる。


「できた。王女様っぽいラン。完成」


 肩を掴んでくるっとみんなの方に向けられる。

 嵐はいつもよりも無の顔だが、目があったシュナはぱあっと顔を明るくした。

 いつか飛雨が買った青いガラスペンを優しく置く。


「アレンさん……天才?」

「そうらしい。オレ、天才」

「ちょっと待って。いいもの持って来る! ランちゃん逃げないでね?!」


 シュナはさっと立ち上がると、操舵室を足早に出ていく。

 シュナに言われては逃げられない。


「……おやおや。本当だ。可愛くしてもらいましたね」


 上から降ってきた声はカルラで、船長の椅子と言い張るソファからだらしなく寝転びながら見下ろしてくる。


「どこかのお城にいそうです」

「どこ?」


 アレンが聞くと、カルラは頬杖をついた。


「うーん、絵本の中。ですかね?」

「だって。ラン、お姫様だって」

「ありがと」

「だめだ。響いてない。リスト。ランを褒めて」

「……何遊んでんの」


 一切耳に届いていなかったらしいリストが、呆れたようにアレンを見る。アレンに肩を掴まれている嵐を見たリストは「? なにか変わった?」と言うとまた本に視線を落とした。そこに、飛雨がキッチンから出てくる。

 

「……何やってんだ?」


 手にはおやつを入れたかごを持っているが、それを大きな丸テーブルに置きながら嵐を見た。

 アレンはあっという間にテーブルの自分の席へ移動している。


「髪、どうした」

「アレンが天才らしい」


 端的に答えた嵐に、飛雨は首をひねった。そして、笑う。


「かわいい」


 おやつに手を伸ばしてアレンも、本を読んでいたリストも、ごろ寝を解除しておやつにありつこうと降りてきていたカルラも、飛雨を見た。そして、嵐を。


「ありがと」

 

 なぜか「おお……」とどよめく中、シュナが帰ってきた。


「ねえねえ、ランちゃんこれ使ってー!」

「……なにそのキラキラしたやつ」

「髪留め。いつかねえ、ランちゃんの髪に飾りたくてこっそり買ったんだよね。いい?」


 大きな髪留めだった。金の糸で細かい花の刺繍をされたそれは丁寧な作りで、普段遣いができそうにない華やかなものだ。小さなガラス玉もついていて、動くたびにキラキラと揺れる。


「使うなら今だと思うの。いい?」

「ラン、諦めな」


 アレンに言われた嵐がコクンと頷くと、シュナは嬉しそうにそっとつけてくれた。


「はあ、かわい!」

「ありがとう。シュナ」

「いいんだよー!」


 シュナがにこにこと笑う。降りてきたカルラは、その様子にふっと悲しげに笑った。


「シュナが一番ランの心を動かしたようですね……我々はまだまだです……」

「なに、これ競ってたの?」


 リストが本をたたんでハンモックを降りてくるのを見たアレンは「うーん、うん。うん」と適当な返事をした。カルラに意味深な視線を送っていたが、その頭にカルラの拳が落とされる。


「お前は本当に余計なことをして」

「船長怖い」

「いやですね。私はいつも笑顔ですよ? 見なさい。ほら。ほら」

「ごめん、胡散臭い」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎ始める年長者を放って、リストとシュナとおやつを手に取る。

 飛雨も手を伸ばしたとき、その手が強張るように止まった。



「飛雨?」

「……いる」


 その言葉に、嵐は窓の外を見た。

 まだ周囲には変化はない。しかし、飛雨が「いる」と言ったらいるのだろう。



「気象空挺団が、近くにいるの?」

「ああ。いる」



 飛雨の手が、怒りに震えている。



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