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シュナは知らない。
いつも街におりると、背後から狙われていることに。
彼女を人質にしてアダマスの戦力を奪おうと考える馬鹿共が、後ろをじっとりとついてきている。
大抵はカルラやアレンがそっと路地に引き込んで一人で戻って来るが、今頃二人は大荷物をリストに持たされている頃だろう。
嵐はわざと帯剣している剣が見えるように歩き、飛雨は片手を開けるように荷物を背負い直し、シュナの盾になる。
「嵐」
「わかってる」
相手が何らかの天恵の力を借りられる装備を持っていたら、厄介だ。
使わせる前に何もできない状態にしなければならない。
最悪カルラを呼ぶしかないが、シュナに恐ろしい思いだけはさせたくなかった。
ようやく昨日眠れたというのに。
嵐は、シュナに気づかれないように歩くスピードを落とし、飛雨の隣に並んだ。
「飛雨。わたしがやるから、前に出て死角になって」
「……」
「シュナのために」
「……フード、取るなよ」
「うん。これを絶対に傷つけないって約束する」
花束を見せれば、飛雨は仕方ないと言わんばかりに嵐の荷物を持って追い越した。信頼されていることが嬉しい。
嵐が足を止めて振り返ると、雑踏の中、追いかけてきていた男たちが反射的に足を止めた。
すぐに剣に手を伸ばし、スラリと抜く。
左手には花束を。右手には剣を。
顔も見えない小柄な者の異様な姿に誰もが一瞬呆けたが、嵐は静かに腰を落とし──スッと音もなく一歩前に出たかと思うと、足を止めた者たちに一気に加速するように迫った。あまりにも身軽なその速さに、周囲は思わずといったように身を反らし、道を開ける。
一人。
二人。
三人。
更にその奥の四人。
最小の動きで、全員のベルトを剣先で切っていく。がしゃん、と武器が落ち、ついでに顎先ギリギリまで剣を滑らせて気力を削いだ。
引きつった顔で後退して尻もちをつく男らは、周囲に醜態を見られていることに気づき、ベルトを抑えながら逃げていく。
嵐は剣を鞘に納めると、路地の観客をフードの奥からじっとりと睨んだ。
アダマスに手を出すことは許さない。
その空気だけを残し、背中を向ける。
誰も追いかけてくる気配はしなかった。
「おかえりなさい。遅いから迎えに行こうかと考えているところでした」
アダマスの格納庫に戻ると、荷物を風で船に積んでいるカルラが全く心配していない声で迎えた。
ひゅんひゅんと船に飛び込むその量に、飛雨が顔をしかめる。
「余計な物買ってないだろうな?」
「全部必要なものです。ねえ、アレン」
「そう。必要。絶対」
「……」
なんせ信用できない二人の元気な返事に、嵐は一人船にいるリストを見上げた。
疲れたように船首に足を投げ出して座っている。お疲れだ。
「リストを困らせるな、と言ったはずだが?」
「私たちも善処したんです……ねえ、アレン」
「うん。した。善処」
「……」
アレンのゆるく巻いた長い髪がこくこくと頷くたびに揺れる。
それは無邪気で優美で、どこか触れてはならぬ危うさがある。飛雨は諦めたように視線をそらした。
「もういい、俺が確認する。こっちの荷物も巻き上げてくれ。アレン、お前も──」
「手伝うよ、もちろん」
「あたしも」
「……助かる」
シュナの申し出にしみじみと感謝を伝える飛雨は、アレンが逃げないように先に梯子を登らせる。
三人が船の上についたのを見て、カルラはまた風を使って荷物を運び上げた。
カルラは、外套を脱ぎ、嵐が編んだショールを肩に掛けている。
下手な編み物だというのに、何を気に入ってくれているのか──カルラはそれを決してぞんざいに扱わない。
きっと、戒めのようなものなのだろう。
「旋風?」
「はい──さっき、シュナを護衛してくださってありがとうございます」
「また見てたの?」
「不可抗力です。あなたが強く想ったときは視覚が繋がってしまいますから。あの……盗み見とか、そういうのじゃないんですよ? 仕方なく、見てしまっているだけで」
「わたしは見たことがないけど」
「それも、仕方ありませんね」
まだ何も強く想えない。
そう仄めかしたも同然の横顔を、見つめる。
「わざと?」
嵐が尋ねると、カルラはほんの少し困ったように笑った。
「どうでしょう。あなたに見られて困ることは別にないんですけどね。でも、大人って少し卑怯なんです。卑怯になれるんですよ」
「ふうん……カルラが大人だって知らなかった」
「ふ!」
くしゃっと笑う横顔が、ちらりと嵐の花束を見る。
「よかったですね」




