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アダマスの船旗  作者: 藤谷とう
嵐の子
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 海へ出る最後の港には、大陸中の保存食が集まる。

 露店のテントで埋め尽くされ、人でごった返した路地は雑多だ。


 干し野菜の店の隣は意匠の凝った手鏡が吊り下げられ、蜜漬け果実の瓶が並ぶ店の隣には宝石を編み込んだ首飾りが、干し肉の隣には色とりどりの生花が売ってある。

 花は特に「船に乗っている間も君を想っていた」と綺麗に乾燥させて持って帰ると受けが良いらしく、強気の値段だが、賑わう空気につられてどんどん売れていく。


 その狭い路地を人波に押されながら歩きはじめて数秒。

 気づけは、六人の周囲だけぽっかりと空いていた。

 灰色の外套を羽織った六人を見て「アダマスだ」と前方まで噂が伝播していく。


「人が多いせいで余計に目立ちますね。いつもは遠巻きに見られるだけなのに……」

「お揃いだからじゃない?」


 アレンが自分の外套をつまむ。

 フードを被っているのは嵐だけだ。


「うーん、どうせ目立つなら、背中に〝アダマス〟って刺繍入れればよかったですね」

「オレ番号がいい。さんばん。さんばんがいい」

「えー? 背中にナンバー背負うんですか? 重いですよ」

「なんで?」

「……リスト、この二人を頼む」


 飛雨が無表情で言えば、リストは「そっちもね」と返し、二人を引き連れて別の路地へ向かった。手慣れた引率で、なんとなく残った三人はホッとする。


「……軽いものから調達するか」

「賛成」

「よし、さくっと終わらせよう」


 シュナがカルラに渡された財布をぽん、と叩く。

 彼女に任せておけば、こちらも買い物に関しては問題はない。


 


 シュナの手腕は見事だった。

 店主の名前を呼びながら「お久しぶりー!」とあっという間に懐に入り、彼女の故郷の話や家族の近況を聞きながら見繕い、しっかりとおまけをしてもらう。それだけではなく、次の店では「マリさんところの乾燥豆、いっつも美味しいんだ」と少し分ける。そうすると、彼らは気を良くして「次はどこに行くのか」と聞いてくるので、伝えれば次の店への土産も持たせてくれるのだ。


 そうして一軒目に戻って「いい買い物ができたよ」と報告に行き、彼女に最後の店で買った〝七色の砂糖飴〟をお裾分けする。

 甘い物に目がない彼女は「また来たときにおまけするよ」とごきげんに手を振ってくれるのだ。



 麻袋をいくつも肩にかけた三人は、揃って船に戻る道を歩く。


「ふー。買ったねー!」

「うん。シュナのおかげ。ありがとう」

「そうかな……そう言われると嬉しい」


 はにかむように笑ったシュナを見ると、心がわずかに和む。

 嵐がちらりと視線を向けた先に、ふと花屋が目に入った。


 思わず足を止めてしまい、後ろの飛雨が背中にトンと当たる。


「あ……ごめん」

「いや。何見て──ああ、ちょっと待っとけ」


 飛雨は迷うことなく花屋へ向かうと、一つの花束を店主に頼んだ。

 小さな白い花の集まりに、黄色い小花を混ぜたそれを買い、その場で嵐に渡す。


「ほら」


 それを見た店主が「だめだよ、枯れてから渡さなきゃ」ところころと笑うが、嵐はそっと手を伸ばした。代わりに飛雨が嵐の荷物を二つ持って行く。


「……ありがとう」

「懐かしいな」


 飛雨の言葉に、嵐の右目が揺らめいた。

 チカチカと瞬くその光が一瞬強くなるのを感じ、きつく目を閉じる。

 リシマによく咲いていた花を胸に抱えて、嵐はもう一度「ありがとう」と伝えた。


 飛雨の目元が和らぐ。


 伝わったことがわかると、心の中にどこかあたたかな風が吹いた。懐かしいリシマの風。

 嵐の頭を布越しに撫でた飛雨は、ぱっと手を離す。


「行くか」

「うん」

「……悪いな、シュナ。待たせた」

「ううん」


 シュナが優しく微笑む。


「すっごい素敵だった」

「?」

「? 何がだ?」

「うーん、二人とも鈍い!」


 大人びた笑みを浮かべたシュナが、先を歩き始めた。嵐も飛雨も、雛鳥のようにその後ろをついて歩く。

 

 シュナを、守るためだ。

 アダマスは周囲に恐れられていると同時に、やや恨みも買っている。

 

 嵐は首から下げた許可証を忌々しく見下ろした。

 暴れ出した天恵の制圧は気象空挺団の仕事ではあるが、彼らが駆けつけられないときは「許可証」を持つ船が〝緊急的に〟力を振るうことが許されている。


 ところが、民を守るために気象空挺団から発行された運航許可証は、今となっては「天恵の死体を売ることを許された船の登録証」という側面が大きい。

 アダマスのように「天に帰す」目的の船はいないからだ。

 彼らを邪魔するのも、アダマスの目的だった。



 シュナはあまりにも()()()()()()


 狙われるのは、いつも彼女だ。





 

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